第 四 章 眠り姫、再び

第十七話 行 動 開 始

~2004年8月16日、月曜日~


「貴斗、そろそろ行きますわよ」

 詩織の言葉に俺は直ぐ反応できなかった。それは心の中にある春香に対しての罪悪感と隼瀬に対しての蟠りがそうさせていた。今日は慎治、宏之、詩織、隼瀬、そして俺の五人で春香の見舞いに行く事になっていた。

「だ・め・よ、今更、行かないなんて言わせないんですから」といって彼女はあの時の録音機を取り出す。

 甘かった。あんな機能が隠されていたなんて。ダブルメモリー、誤消去防止のために録音されたデータはオリジナルとバックアップが同時に記録される。オリジナルが消されても直ぐバックアップで元通りと言う訳だ。

 女の人を卑下する訳ではないが詩織は女性の割に機械音痴でない。その機能を多分知っていたのだろう。だから、拗ねたけど簡単にあの時、機嫌が直ぐに戻ったのだろうと勝手に想像する。

「先に玄関で待ってろ」

 そう言うとパタパタとスリッパの音を立てながら彼女はそちらへ向かって行く。直ぐに動けなかったから詩織には〝行きたくない〟なんて態度に見えたのだろう。だが・・・、今日、決心したことがある。だから心の中にある二つの不安を押し込め、テレビの上に置いてあるフォトスタンドをハンドバッグに入れ玄関へと向う。

 フォトスタンドには三年前、春香がまだ宏之の恋人だった頃の祭りに時、撮った写真が収められている。そう、色々な関係が変わってしまう前の頃の・・・。


~病院に向う運転中の車の中~


「ネェ、貴斗、約束してくださいます?」

「何を?」

「辛い事があったら、私に言って欲しい、相談して欲しい。自分で何でも解決しようと思わないで私に頼って欲しいの!貴斗から見たら私なんて頼り無い女の子かも知れないですけど」

 彼女の最後の語尾は少し弱々しかった。

「そんなこと無い、お前を頼りにしている。詩織、約束する」

「本当にですか?」

「あぁ」

 俺がそう答えると詩織はギアの上に乗せている俺の左手を上から優しく包んでくれる。

〈詩織、ゴメン、約束出来そうもない。お前を信用していないわけではない、信頼していないわけでもない。お前なら俺の心の闇を祓ってくれる裁量だってあるだろう。だが、仮令、詩織、お前がどんなに大切な彼女で、失いたくない人物だとしても・・・、詩織すまない。人に頼ろうとする事が出来ない。これは今の俺の性分だから、簡単には変えられやしない〉と心の中で詩織に謝った。

 病院に到着した俺は車をパーキングへと運ぶ。それから、愛車をパーキングに止め降りる際に詩織が尋ねてきた。

「皆、もう到着なされているのでしょうか?」

「さあねェ?」とそう言いながら車から出た。

 最初に目に付いた物は見覚えのある白のマークⅡワゴンだった。確か、慎治がこれと同じ車を乗っていたはず。車のナンバーを覚えていないから断定できない。だから他人のかもしれん。

「他の連中、来てるかもな?」

「どうしてですか?」

「それ見てみな」と顎でその車を彼女に示した。

「これですか?」と言って彼女はその車に近付いた。

「これ、八神君の車!?」

「何でそう思うんだ?」

「だって何度か乗せて貰った事ありますから、ナンバープレートも私の覚えているもでありますし・・・。それに・・・」

「それに?」

 俺が聞くと彼女は指で〝チョン、チョン〟と助手席のドアを指す。そこを見て確認する。――――――――――――、目立たないが少し凹んでいる。

「これ、お前がやったのか?」

「ナハハッ」と彼女は苦笑した。

「ナハハッじゃない、ナハハッじゃ」といって彼女に軽くデコピンを喰らわしてやった。

「痛ぁ~いよ、貴斗ぉ」

 額を両手で押さえながら、そう拗ねる様な声で言ってから詩織は少しだけ涙目になっていた。

「ハァァ~~~」

 そんな彼女の表情を見ながら深いため息をつく。車好きじゃないし、自分で運転しない詩織には判らないと思うけど慎治の奴、相当ショックだったろうな、確かこれ新車で買ったはずだから。この位の傷なら大して板金はかからないだろう。肩代わりに弁償するか。

そう心の内で思いながら、

「行くぞ!」と言って彼女の手を取って引っ張った。

「ムゥ~~~」

「拗ねるなっ!お前が悪い」

 子供のように顔を少し膨らませたそんな俺の恋人を軽く諭した。既に他の連中が来ている事が分かったので急いで病室に向う事にした。


+ 春香の病室の前 +


「貴斗、どうしてそんなに躊躇しているのですか?」

「違う、俺は皆と違って役者じゃない。3年前と同じに出来るか心配なんだ」

「入りますわヨッ!」

 彼女はそう言うと俺の事を理解してくれたのか、しないのか俺の手を引いて入室する。

「こんにちは、春香ちゃん、遅れてごめんなさいね」

 一瞬その場にいた、隼瀬と目が合い睨んでしまう。そして彼女は下を向いてしまった。

「貴斗」と小声で彼女が呼びかける。

「努力する」と小さく返す俺。

「ウフフフッ、二人ともどうしたのヒソヒソ何ってして?」

「ハハッ、なんでもない。遅れてゴメン、涼崎さん」

「遅いよぉ~~~、二人のこと心配したんだからぁ」

「ゴメンなさいね、貴斗君が我侭言うものですから」

「貴斗君、駄目よ詩織ちゃんに迷惑掛けちゃ」と春香に俺は咎められた。

 この前可笑しいと思ったが気のせいじゃない矢張り彼女は俺の苗字ではなく名前で呼んでいる。

『努力する』と春香の言葉に完全に口癖に成っているその言葉を返した。

「遅かったな。しかし、お前のその〝努力する〟っての口癖だな!」

「宏之にも同じ事、言われた」

「詩織先輩、貴斗さんコンニチは」

 今日の翠は私服姿の様だが春香はそれを見てなんとも思わないのだろうか?・・・、いや今はそんな事など、どうでもいい。時期に春香も今が可笑しいって事に気付くのだから。

 小一時間位、下らない・・・、現実にそぐわない会話を交わす。

 殆んど話す事なく相槌を打つくらい。

 前に比べて殆どなくなっているって聞いていたが会話中たまに春香はトリップしていた。それを見ているのが俺には辛かった。胸が痛い。

 彼女を事故に合わせてしまった罪が、目覚めても昔と変わらないと思っている彼女の姿が俺の心を痛めつける。みんな変わってしまったのに宏之は既に春香とは別の人物を好きになってしまっているのに・・・・・・・・・、この場にいるのが辛かった。そして、俺の取った行動?

「ワァーーーッハッハッハッハ、アァーーーッハッハッハ、アッハハッ!?」

 人間どうしようもない状況に追い込まれた場合、ただ、意味もなく笑うだけ、と言うのは本当だったらしい。

 俺は気違い染みた譏笑を漏らしていた。自ら正気を失わせていた。そうでも、しないと、己から道化を演じて見せねば今から行う事など到底出来やしないであろうから。

「どうしたのよ、急に大声を出して笑ったりして?」

「気でも狂ったのか?」

「何だ急に」

「貴斗さん、何か悪い物でも食べたんですかぁ?」

「ハハッ、これが笑わずに居られるか!」

 俺の表情は三年前、記憶喪失を所為にして誰も寄せ付けない様にしていた冷徹な顔へと知らず、知らずなっていた。知らず知らず?いや、これは今おれ自身が望んで演じている滑稽な行動・・・。

 ここにいる奴等のお陰でこんな顔をしなくて済む様に成っていた筈なのに、俺の心は過去に戻り再びその表情を造っていた。そんな表情に気付いたのは唯、一人、隼瀬だけだった。

「貴斗!アンタ、いったい何を企んでるの?」

「フッ!」と俺は鼻で笑う。

「企む?何も企んでないさ」

 俺は見下すような視線で皆を見る。

「こんなぁ、茶番、付き合ってられるか!」とハッキリとこの場にいる皆に言っていた。

 その言葉に皆が驚愕の表情を浮かべる。

「貴斗君!?」と詩織が困惑の表情でそう呼んできた。

「黙れッ!」

「ヒィッ」

 俺の余りの怒気に詩織は驚き半泣き状態になってしまう。

「お前なぁーっ!」

 強い口調で慎治は言ってくるが宏之は黙ったままだ。

「何だ、お前らその目は?」

 慎治も宏之も俺を非難する目で睨んできた。春香は何の事だか理解できず呆然となすがままに俺達を見、翠は怯えて何もいえない状態。そして、俺は言葉を続ける。

「お前ら、本当にこれでいいのか?こんな状態の彼女を見て何とも思わないのか?嘘、偽りの中に何があるってんだ!こんなこと、ずっと続けて春香さんは本当に嬉しいと思うのか?俺は、潰れそうだ。答えろよぉっ!!」

「タッ、貴斗君、何を言っているの、私には分からないよ!」

 春香は涙目で俺にそう訴える。

「涼崎さん、お前、今まで俺を〝貴斗君〟なんて呼んだことあるか?お前も、気付けよ、涼崎ッ!」

「クッ!ひっ、宏之君、貴斗君が睨むよぉ~~~っ!」

 彼女はそう言って宏之の腕を掴む。それから、しばしの沈黙が訪れた。何故、春香にこんな態度にでたのか?それは彼女に変わってしまった現実を見詰めて欲しかった。

 宏之と隼瀬の関係を認識して欲しかった。

 現実を理解した上で彼女がまだ宏之との関係を望むのなら・・・三年経った今でも宏之の中にまだ春香へ想いが残っているのならば・・・いや残っているのを知っている。

 だからその手助けをしてやりたい。みんなから嫌な奴と思われても、隼瀬から一生憎み恨まれても、そして・・・・・・、詩織に嫌われても。

 それが本当の意味での春香に対する罪の償い。だが、しかし、今からとろうとする行動は贖罪と言う言葉を借りた偽善・・・、エゴかもしれない・・・・・・・・・。そして、ついに現実と非現実の境界線を別ける物をハンドバックから取り出す。

「お前、それまさか!?」

 俺が取り出したものが何なのか気付いたのは慎治と隼瀬だけだった。そして、それに俺は答える。

「二人が察しのとおりの物」

 それを持ち、春香の前へと移動しようとした。だが、俺の歩みを阻止しようと詩織が立ち塞がる。

「貴斗ぉ、やめて頂戴ッ!」

「邪魔だ、どけ」

「キャッ!」

 勢い余って恋人を突き飛ばしてしまった。運良く隼瀬が詩織を受け止めてくれた。詩織が怪我を負わずに済んだ。この瞬間だけは隼瀬に感謝した。

「春香、これを見てみろ!」

 彼女のベッドの前に写真を投げやる。春香はその写真を暫しじっと眺めていた。俺達の顔とその写真を交互に何度も、何度も見返していた。

「2001年8月15日?ぇええぇええ?今日って2001年の9月15日・・・、これどう言う事?今はいったい何時なの?誰か、答えて」

 俺以外、誰も答えるはずが無かった。だから俺が彼女にその事実を教える。

「2004年8月16日、今日の本当の日付だ!」

 彼女は取り乱し、涙を流しながら自分の体の異常にも気付く。

「何で私の髪、こんなに長いの?何で私こんなにホッソリとしているの?答えてよ、ネェ誰か!誰か答えてよぉっ」

 そして、刹那なの時間が過ぎる。

「出てって!皆、みんな出てってよぉ~!」

 春香は手の届く所にあった花瓶を投げ様としたが空しくその場に落ちただけだった。子供でも持てるような花瓶さえ今の彼女は投げられない。そのくらい筋力が衰えている証拠だった。そして、急に彼女が頭を抱え悶え苦しみはじめた。

「うぅ~~~、痛い、痛いよぉ~」

「大丈夫かッ!?」

 そう言葉にすると酷く心配した表情で誰よりも早く宏之は春香の傍に近づいた。彼女、相当苦しそうだ。そんな状況を見て、なぜにこう俺は冷静でいられるのか?自分でも判らなかった。

 宏之の行動を見た隼瀬は一瞬、切なさをその瞳に宿らせたが直ぐに言葉を発していた。

「翠、早くナース・コール!」

「アゥッ、ハッ、ハイッ!」

 翠がナースコールをした後、直ぐに担当医と看護婦達が駆けつけ、俺達は外へ追いやられる。

「貴斗っ!」

 宏之、親友のこの荒れ様に一瞬、俺は嬉しさを感じる。ヤッパリ彼の心は春香の存在が大きく占めている、とそう思ったからだ。彼女の事を想っていなければこれほどに凄く怒りを表す事はないだろう。

「フンッ」

 皆に一瞥すると皆を無視し病院の外へと歩き出した。

「まって、貴斗、どこへ行くのですか!」

「オッ、おいまてよぉ!」

「たかと、・・・さん・・・・・・」

 病室から歩き続けて病院玄関前の芝生、ここで歩みを止める。みんなも案の定、付いて来た。

「病院内では静かに。ここなら、大声を出しても平気だろ」

 冷静に静かな声で着いて来た連中にそう伝えた。

「お前ら俺に言いたいことあるんだろ」

「説明しろよ、何であんなことしたんだ!」

「説明?慎治、それなら病室内で言ったはずだが?それとも、もう一度言って欲しいのか?」

 皆、その言葉を理解してくれたのかその場で押し黙ってしまった。

「ああいう事するにもタイミングってのがあるでしょ!」

「タイミング?それはイツだ?それは?明日か、明後日か?1年後?10年後?何時なんだ、いったい」

 俺は自分の感情の波を抑えきれずに、隼瀬に対して罵りの言葉を続けてしまっていた。

「隼瀬、そんなこと、言う割に俺がとった行動一度も止め様としなかったな。あれか?もしかしたら彼女また意識不明になり、宏之が自分の所に戻ってくれるとでも思ったのか?」

 春香が目覚めた事により宏之と隼瀬の関係がおかしくなっているのを慎治から聞かされている。慎治、詩織も隼瀬を庇うが俺は・・・、心が認めてっくれなかった。

「ナッ」

 一瞬、声が詰まる。そして、彼女は見当違いな事を言ってくる。

「アンタが記憶喪失じゃなかったらこんな風にはならなかった!」

「自分でやった事を俺の所為にするのか?俺の記憶に何があるって言うんだぁ!」

「貴斗!いい加減にしてください、香澄の気持ち考えたことあるのですか?」

「考える余地など無い!」

 俺がそう言うと、慎治と宏之が鋭い視線を浴びせてきた。

「何だ、その目は俺と殺り合おうっていうのか?手加減しないぞ」と言って構えをとった。

「テメェ~、いい加減にしろぉーーーっ」

 言葉の後に二人の親友は殴りかかってくる。そして・・・・・・・・、避けるつもりなど毛頭無かった。自分がずっと前に宏之に言った事をそのまま受け入れた。

 まあ、宏之がその言葉、涼崎春香が事故に遭い、暫く日が経ち、学校に来るようになった宏之と喧嘩して、居た時の言葉など憶えているはずがないだろう・・・。

 慎治は一発殴っただけだった。しかし、宏之はその手を止める事無く殴り続ける。

 俺は己を庇おうともせず、親友の本気で怒りの籠った拳を一身に受け続けた。

 次第に意識が薄れていくことが自分自身でも判っていた。それから、最後に聞えてきた言葉は『行きましょう』と言う恋人の詩織の俺を突き放す言葉だった。


× × × × × × × × ×


 どの位、そこに倒れていたのだろうか?

『ポツリ、ポツリッ』と弱い雨音が聞え、それは俺にも降り注ぐ。次第にその音は強くなった。

『ザザァーーーーーーっ』と激しく音を変え本格的に雨が降り出した。

『ゴロ、ゴロ、ゴロッーーー!ズッドォッーーン!!』と雷の音も聞こえる。それは夕立。

 立ち上がり雨に打たれながらその場を立ち去ろうとした。殴られた所が雨に打たれ余計にヒリヒリする。意識は泥、砂利混ざりの荒れ狂う河川の様に濁り、朝焼け前の濃霧の様に朦朧としている。

 最後に詩織が言った言葉、俺を置いていく言葉、凄く堪えた。だが、仕方が無い。周りから見たらそれだけの惨い事をしたのだから。覚束無い足で〝フラリ、フラリ〟とどこかを彷徨い始めた。

 強い雨で視界も悪く、はっきりとした意識が無い状態で彷徨っていた為、どこを歩いているのか自分でも分からなかった。

『プッ、プゥーーーっキッ、キキィーーーッ、ドカッ!?』

 車のクラクションとタイヤの軋む音が聞えた。何かが何かにぶつかった様だ。遠くから声が聞こえる。

「お嬢様、お濡れになってしまいます、早く車の中へお入り下さいませ」

「何を言っているのですか、早く救急車を呼びなさい、早く!」

 黒塗りのベントレーと言う車から二十歳くらいの女性が飛び出しそう叫んでいた。

「ハッ、ハイ、畏まりました」

 不幸にもこの豪雨の中、誰かが事故に遭遇したようだ。だが、しかし俺には関係ない。今、自分の置かれた状況も知らずまるで他人事のように・・・・・・・・・。

〈ハァ~~~気持ちぃ〉

 雨で冷え切ったアスファルトの上が何だか心地良かった。このまま眠ってしまいそうだ。


~ 手術室前の待合所 ~

「誠に申し訳ない所存で御座います。藤原洸大会長の御孫さんだとは」

(貴斗を轢いた車に乗っていた執事)

「うぬぅーーーっ、黙れ、貴様が三友貿易の所の者じゃなかったら、八つ裂きにしている処じゃったわっ!」

「洸大お爺様、いい加減、馬鹿な事を言うのはおよしになってっ!」

「だっ、だって翔子よぉ~っ!」

「洸大様、本当に申し訳に御座いませんでした」

(三友貿易社長令嬢 神奈川麗奈。貴斗の元許嫁候補)

「おぉ~、麗奈ちゃんか、君は気にしなくてよいぞ。孫、貴斗の無事を祈っておくれ」

「ハイッ・・・・・・・・・」

「数年、会わんうちに随分と綺麗になられたのぉ~~~」

「お爺様、お鼻の下がお伸びになっていますよ、お恥ずかしい」

「いいではないか、ワハッハッハ」

「お爺様、貴斗ちゃんの心配してください」

「お前以上に心配しておるわい!」


手術から四時間後


「未だかのぉ~~~、翔子」

「ソワソワしないで落ち着いてくださいませ、洸大お爺様」

 終に手術室のランプが消灯する。中から医者が出てきた。

「孫は、孫は無事なのか?」

「ご家族の方ですか?」

「貴斗の祖父、藤原洸大と申す」

 その医師は顔見知りのご老体だとしると眉を軽く顰めてから、

「骨格などにだいぶダメージがありましたが後遺症に成る様な怪我はありません」

「おう、そうか、でかしたぞ」

「ただ・・・」

「唯、何じゃ?申してみ」

「お孫さんの頭部に大きなダメージは見当らないのですが、どうしてか脳波が酷く不安定です。今晩、辺りが峠でしょう」

「なんじゃとぉ~~~~っ!?」

「そっ、そんな、貴斗ちゃん」

 それから暫くの沈黙が辺りに訪れていた。

「麗奈ちゃん、それとそこの執事、もう遅い、帰ってよいぞ」

「しかし・・・」

「心配、要らん、大丈夫じゃよ」

「分かりました・・・。貴斗様がお目覚めになられましたら、麗奈の方に連絡をくださいませ。直接緒謝りしとう御座いますので・・・。失礼いたします」

 その令嬢はその様に言葉を残し深く、頭を下げると付き添いの執事と一緒に淋しそうに去ってゆく。

「洸大お爺様、私たちも一度、家に戻りましょう」

「しかし、翔子よ」

「後は、お医者様に任せましょう」

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