第十六話 写真、この中にいない者

2004年8月14日、土曜日


 昨日の脅迫事件?最後は何とも情けなかった。だが、あの小ッ恥しいデータだけは消滅させることに成功した。詩織が俺の頭を撫でている時に録音機を下に置いてしまったのである。それを見逃さなかった。彼女もそれに気づいたが遅し、俺の手の方が早かった。

 彼女は〝卑怯者 〟と罵りながら俺をポコポコと殴ってきたが痛くも痒くもない。打っ倒れた時の方がよっぽど酷かったよ。しかし結局、行く羽目になった俺。

 今、自分の部屋の天井を見ながら徐に三年前、祭りの時に撮った写真を眺めていた。

 宏之、この写真と比べると随分と顔が細くなっていた様な気がする。少し痩せたのか?髪型も少し違う。

 慎治は随分と男らしく締まった表情になっている体型もガッチリしている。唯一変わらないのは髪型くらい。

 詩織はより大人の女性らしい顔つきになり、美しさがいっそう際立ってきた(言っていて恥かしくなる)。表面上は分からないが絶対性格は変わったと思う。しかし、あれが本来の彼女の姿なのかもしれない。

 隼瀬、アイツはこの頃と比べると髪の長さも半分くらい短くなっている。目付きがキツメになった様な猫目ってヤツか?以前、街で見かけ声は掛けなかったが何となく働く女性ってオーラ?と言うものを感じた。声を掛ける事なかったけど目があってしまい、その後は酷かった。

「皆、変わった、春香さんお前だって随分大人っぽくなっていた。変わらないのはお前の思い出と俺の記憶喪失だけ」と独り、呟く。

「ハァ~~~、今日は詩織も来ないしバイトの時間まで寝るか?」

 さっき見ていた写真を元あったテレビの上の位置に戻しベッドの上にダイブした。

『ドォゴッ※』と言う音をベッドはたてる。枕を掴み、そのままうつ伏せになってバイトの時間まで熟睡するはずだった。

 熟睡していたはずの俺は仕事が始まる八時間前に再び目を覚ましていた。時計を確認。

「午後2時11分」

 何故か頭の中がモヤモヤする。そんな状態の頭を強く振ってそれを取り払おうとした――――――――――――駄目だ。

「ハァアァァァアアアア~~~ッ」と大きく溜息を付く。

 溜息の後、何故か調川愁先生に呼ばれているような気がした。そして・・・・・、いつの間にか病院の医局で愁先生に会っていた。

「そうですか・・・・・・・・、大掛かりな検査は出来ませんがここで簡単に、アナタの脳波を診断させていただきます」

「俺に何かあるんですか?」

「急がないでください、結果がでてからですよ」

 先生はそう言うと俺の頭の何箇所かにクリームを塗って脳波測定用のプローブを貼り付けてその波形を観察していた。それから、どれだけの時間が過ぎたのだろうか?やがて愁先生が話しかけてきた。

「藤原君、目を開けても良いですよ」

「ハイ」とだけ返事を返し、目を開ける。

「・・・・・、残念ながら測定結果をお教え出来なくなってしまいました」

「・・・なぜ・・・、ですか?」と途切れ途切れそう先生に尋ねた。

「この測定結果だけでは何とも言えないからですよ」

 愁先生はそう言ってくるが、俺にはそれが嘘に思えた。どうしてかと言われたら、それは俺のただの・・・・・・・勘。

「そうですか・・・、それなら聞きません」

 そして、いつもの様に淡々と愁先生に言葉を返していた。

「時に藤原君、今お時間ありますか?」

 先生はそう聞いてきたので腕時計で時間を確認した。午後6時33分をさしていた。バイトまでまだ時間がある。

「大丈夫です」

「そうですか、それでは私について来てはもらえないでしょうか」

 断る理由もなかったので愁先生に了承の返事を返していた。先生に促されるままある病室?いや違う、ここは病室ではなく看護婦やその他用務員の夜勤休憩所らしき所に連れて来させられた。

「ここです、静かに入ってください」

 先生は俺に先に入るように言って来た。

「了解」と簡単に答えてから静かに入室した。

 その部屋に置かれている幾つかのベッドに知っている女の子が静かに吐息を立て眠っていたのだった。

「彼女、相当疲れているようです。ご両親にも連絡したのですが連絡がつかずここで休ませていたのですよ」

「どうして俺に?」

「アナタと彼女が親しいのは私も知っておりましたから。若し宜しかったらアナタの大丈夫な時間まで彼女を看てやってはくれないでしょうか」

「・・・・ハイ」と少し考えた後、愁先生にそう告げた。

「有難う御座います。それでは私は医局に戻りますので何かありましたらその内線を使ってお呼びください」

「はい」

「それでは私は失礼させて頂きますよ」

 先生はそう言うとこの場から去って行った。今、一度その女の子を確認する。そして彼女の方へ近づいて行った。彼女の前に椅子を用意しそれに座った。

 それから、ずれかけていた濡れタオルを横に置いてあった洗面器で一度ぬらし、それを絞って再び彼女の額の上に乗せる。

 その時、無意識の内に彼女の頬に手を当てていた。その女の子の頬は夏風邪の所為で普通より熱くなっていた。・・・・・・・?何かに気が付く。

 ファンデーション?女性が化粧をするときに使うあれ。何故、男の俺がそれを知っているかって?スッピンが似合う詩織が同じ物を使っているのを知っていたからだ。そして、その感触を知っている・・・。どうしてだ、と突っ込みは入れないで欲しい。

 それを使って顔色を作り変えないといけないほど疲れ、溜まっていたんだな。

 今までそれに気が付かなかった俺・・・、バカもいい所である。兄貴分失格だな。

「フゥ~~~~」

 自分の情けなさに溜息を吐いてしまった。暫く彼女のタオルを何回か水に浸し絞りそれを額に当てると言う作業をしながら彼女を看病していた。この部屋にあった時計が俺の目に着く。現在午後7時21分。彼女の方へ向き直した時、彼女がゆっくりと目を開けて何かを言って来た。

「お・・・にぃ・・・ちゃん?」

「翠ちゃん、具合どうだ?」

 可能な限り優しく冷静な声で彼女にそう問いかけた。

「・・・、うん」と弱々しかったけど彼女はそう頷く。

「いままで無理しやがって、なんで俺に言わなかった」

 彼女は何も答えてくれなかったので勝手に言葉を続けた。

「明日の大会絶対休め、いいな」

 彼女はまた何も答えてはくれなかった。そしてまた彼女は目を閉じ眠ろうとする。翠は目を閉じながら脆弱な声で話しかけてきた。

「・・・、ねぇ、お兄ちゃん。バイトはいいの?・・・・・・、詩織先輩と一緒にいなくていいの?」

「俺の心配をするより、自分の心配をしろ」と淡々にその答えを返す。

「うん。お兄ちゃん、オネガイがあるの。ここにいられる時間まででいいから、私の手を握っていて欲しい」

 いつの間にか目を開いた彼女は今にも消えさりそうな顔付きでそう懇願して来た。そんな翠に対して何も答えず彼女の小さな手を優しく包んでやる。どうして、俺は彼女に甘いのだろうか?それは彼女を妹の様に思っているからか?・・・、それとも今も続く春香に対する贖罪の為?それ以外に何か?・・・・・・、いま考えてもし方がない。

 こうする事で彼女が安心するなら今はそうしてやる。そうしてやると翠は安心したような顔付きでまた眠りに入っていった。彼女から手を放さないようもう片方の手で器用にタオルを絞り彼女の額に当てると言う動作を繰り返していた。そんな単純な動作を繰り返したのかいつしか俺も眠ってしまった。

 俺が目を覚ました切っ掛けを作ったのは愁先生がここへ来たからである。

「藤原君、ぶしつけな御願いをして申し訳、御座いませんでしたね」

 先生は静かに俺に声を掛けていたのだが翠が目を覚ましてしまった。

「・・・、おにいちゃん・・・。手、ずっと握ってくれてたんですね」

「約束したからな。少し俺は愁先生と話がある。手、放していいか?」

 小さく翠は頷くと彼女の方から手を放してきた。その後、休憩室から出て愁先生と話をしていた。

「本当に頼んで宜しいのですか?」

「構いません、自分で決めた事だから」

「君は本当に殊勝な人ですね。貴方は優しすぎるのではありませんか?他人に優しくするくらい、アナタ自身に対しても優しく出来たら。貴方はもっとすばらしい男性になると思いますよ」

「冗談はよしてください。そんな事、今の俺には分かりません。それじゃ、ちょっとバイト先に連絡してきます。失礼」

 そう愁先生に言い残すと病院の外へと動き出していた。ただいまTu―Kaにて電話中

「フゥ、仕方がありませんね。大事な人がご病気では・・・・」

「申し訳、御座いません、店長。穴埋めはきっちりさせていただきます」

「言葉ではなくいつも通り君の行動で示してくれたまえ」

「了解、それでは有難う御座いました」

「それでは大事な人をしっかりと看病して上げてください」

「了解、それでは」

 そう言うと即行で電話を切り、翠の所へ駆け戻っていた。戻る途中、春香の様子も見ようと思ったが直ぐにその行動は取り消される。

 今の彼女に一人で会うのは辛い。罪の意識が俺を狂わせてしまうかもしれないとそう思ったから止めにした。

 休憩室に戻ると洗面器の中を氷水に交換し再びそれに浸したタオルを絞り再び翠の額へと当てた。

「おにいちゃん」と彼女は弱々しい声で俺を呼ぶ。そして俺は淡々とした口調でそれに答える。

「どうした?」

「バイト、行かなくていいんですか?」

「今日はない」

「詩織先輩・・・、一緒にいなくていいんですか?」

「心配ない」

 今日は詩織の方が忙しいから会えないと言って来たのでその心配はない。

「お兄ちゃん有難う」

「気にするな」

「ねぇ、お兄ちゃん、また手、握ってくれるかなぁ?」

 翠は小さくいまにも潰れそうな声でそう求めて来た。

「いまの俺の手はそうとう冷え切っているぞ・・・・、俺の心のように・・・、それでもいいか?」

 俺の手は先ほど氷水に付けていた所為か大分冷え切っていた。

 ・・・・・・・・・、慎治、詩織や翠などの心の支えがあって記憶喪失なままでも安定した心を保つ事が出来る。だが、今でもたまに俺の言葉や態度の受け答えの中には冷淡なものがある。それは冷え切った心?・・・、凍りついたままの記憶の所為なのかもしれない。

「お兄ちゃん、バカな事いわないで欲しいなぁ、そんな事を言うお兄ちゃん嫌い」

「フッ、悪かった」

 鼻で笑い、一度、強く熱い息で自分の手の温度を上げると翠の手を優しく包んでやった。その行為で本当に手が温かくなったかどうかは不明。

「有難う、お兄ちゃん・・・、大好き」

 そう俺に告げると再び眠りに落ちた。翠のその小さな手を握りながら彼女の顔を覗く。

『スゥー、スゥーzzz』と可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 翠はもう立派な大人の身体つきをしている。彼女の顔もすでに幼さが残っている気配はない。たまに誰かと話している時の彼女は俺が知っている喋り方ではない。ごく普通の標準語だった。三年間、長い様で短くもあった。その月日は彼女をここまで成長させていた。

 もう昔みたいにガキとはからかえない。何故か無性に悲しくなって来た。春香はそんな成長した姿の翠を見てなんとも思わないのだろうか?不思議でしょうがない。


                *


                *


                *


                *


 彼女の容態が一亥でも早くよくなるように出来る限り彼女の看病をしていた。

 現在午前2時を過ぎようとしていた。俺の瞼もいつの間にか重くなり始めていた。

 本当だったら今頃バイトに勤しんでいるところだったが俺は彼女の手を放さないようにその欲求に従う事にしたのだった。次の朝を向かえた時、すでに翠の姿はそこになく、毛布が掛けられた状態で俺は寝ていた。

「翠・・・・・」

 そう口にした後、直ぐに途轍もない不安に駆られ病院をあとにした。病み上がりの状態で彼女は大会に出るのではないかと思ったからだ。しかしその心配もすべて杞憂に終わる。


2004年8月15日、日曜日


全国水泳連盟記録会会場、聖陵大学付属学園高等部屋内プール場

「ワァ~、わぁ~」と言う人々の歓声が聞こえてくる。

 俺と詩織はそろそろ始まる大会決勝戦を係員関係者席に座って固唾を呑み見守っていた。何故、ここにいるかって?この大会、詩織が役員をやっているらしく俺はその付き添いって事でOKらしい。

 本当は駄目なのだろうが彼女がそう出来る様にしたのだろう。他の連中は皆、観客席の方だった、翠の両親も来ているみたいだ。慎治、宏之それと隼瀬、皆、同じ所に座っているから直ぐ分かる。彼女よく、隼瀬がここに来ることを承諾したものだ、それとも勝手に来ているのか?

 翠は俺以上に隼瀬を嫌っていたからな。何故?それは翠の姉、春香から彼氏である宏之を奪った奴だから・・・。

「貴斗、どうしてそんなにソワソワしているのですか?・・・、もしかして緊張でもしているの?」

「緊張なんってしてない!」

 確かに緊張はしていないがソワソワしているのは確かだ。何故?それは〝貴斗先輩、優勝したら、ご褒美下さいね!〟が頭に過ぎるからだ。

 それだけは避けたい。しかし、ここまで頑張って来た。だから優勝して三年連続の栄冠を手にして欲しいのも事実。人はこれを矛盾と言うの・・・か?あの言葉は杞憂であって欲しい。だが、それ以上に翠の身を案じていた。昨日、彼女が倒れて寝込んでいた。病み上がり。

 大会前、翠は〝全然平気〟と口にしていた。

 その時の彼女の表情がそれを物語っていたから渋々その言葉を呑んだのである。

 正真正銘、元気な顔色、今日の彼女は昨日のような化粧はなくスッピンの状態でそんな表情を俺に向けていた。色々な不安に取り巻かれ様とした時、詩織が呼びかけた。

「ホラッ、貴斗、始まりますよ!」

 彼女がそう言って、俺が振り向いた瞬間、

『プッ、プッ、プッ、ポォ~ン♪』とスタートの電子ブザーがこの場には似つかわしく、大きな音を立てて響いた。

 その音で選手は一斉にスタートする。

 翠、彼女は詩織の4倍も長い400m自由形。

 これを三年間も維持しつづけるには並大抵の努力では無理のはず、だから彼女には頑張って欲しい。真剣になって彼女の最後の試合を観戦。翠が折り返し最後のターンを決めた。

 それとほぼ同時にもう一人の選手が彼女を追う。接戦している。両手の拳を握り締める。そして、最初にタッチを決めたのは?

「ただ今の記録を発表します」

「第1位、私立聖陵大学付属学園高等部、3年生、涼崎翠、タイム、4分9秒80」

「第2位、東京都東亜大学付属学院高等部、1年生、友永優、タイム、4分9秒88」

「3位、徳島県立城ノ内高等学校、2年生、鍋島菜々、タイム、4分10秒33」

「4位・・・、」

「やりましたねっ、翠ちゃん優勝よッ!」

「俺も冷や冷やしたよ、最後は」

 大会終了後、俺と詩織は翠と待ち合わせをしていた。

「詩織先輩、貴斗先輩!やりましたッ!」

 翠はそう言ってから詩織に飛びついた。

「頑張りましたわね、優勝おめでとうございます」と詩織はそう言いながら翠の頭を撫でる。

 この光景を三年間、幾度となく見てきた。

「よくやった、オメデト!」

「有難うございます」と翠は詩織の胸の中で感謝の言葉を述べた。

「たぁかっとさぁ~んっ、約束覚えてます?」

 そう声を出して彼女は詩織に抱き付いたままこちらに頭だけ振った。俺はと言うと『ギクゥ!?』などと聞えもしない擬音を立て俺は後退っていた。

「ハテ?約束?俺は約束、何ってしたつもり無い!」と冷たく言い放つ。

「ひどいよぉ~~~、詩織お姉さまぁ、貴斗さんあんな事、言ってます、グスゥン」

「貴斗、男でしょ、それ位いいじゃないですか!」

 都合のいい時だけそういう言葉を使うな。女はずるいと始めて痛感した。

「両親に祝ってもらえ!」

「だって今日、パパとママ結婚記念日だからって大会の後、温泉旅行に行くんだって言ってたもん」

〈絶対嘘だ!あの秋人さんの人格からして入院している春香を置いてそんなこと出来るはずがない〉

 そう心の中で思いながら電話で確認を取って見る。

「もしもし、藤原と申します。涼崎さんのお宅でしょうか?」

「オォ~~~、貴斗君かそんな改まった挨拶しなくて結構ですよ」

「つかぬ事をお聞きしますが今日これからお出かけでしょうか?」

「はい、3日間、温泉旅行へと」

「入院中の春香さんは如何するんですか?」

「私達のいない間、翠共々宜しくお願いいたします。葵、お前からもちゃんとお願いしなさい」

「貴斗さん、申し訳に御座いませんがなにとぞ娘達、二人を宜しくお願いいたしますね。それでは」

『プツッ、プゥー、プゥー、プゥー』

 切りやがった、切りやがったぞッ!・・・、初めて知ったこうも強制的に電話を切られた時の苛立ちさ・・・。己の電話の対応、考え直しておくべきか。

「詩織お姉さま、酷いですよ!貴斗さん、私が嘘ついていると思って態々、家に連絡するなんてぇ」

 そんなことを考えている内に翠は〝嘘〟と〝態々〟を強調して詩織に言っていた。

「酷いです、貴斗、アナタがそんな人を疑うようなことをする何って。今までそんなことありませんでしたのに・・・クスンゥ」と下を向き、涙を浮かべる詩織。

「ワァ~~、分かった、だから泣くな!」

「テヘッ、う・そ・な・きですっ!?」と詩織は言葉と一緒にウインクをする。

 詩織、こいつ・・・・・・、また、彼女の演技に騙された。

〈ヌウォ~~~、やめてくれ翠ちゃんと詩織が3日も一緒にいたら闇で臓器でも売らないと金が持たァ~~~ん!これなら死んだ方がましだ〉と心が叫ぶ。

 そんな馬鹿なことは考えるな貴斗・・・。実は今月、詩織に黙って三〇万円近く車の改造につぎ込んで遣える金は然程無い。仕方がない、貯蓄から少しだけ出すしかない。

 最後に「ドウにでもなれ、クソッたれぇ」と聞えないように呟いていた。そして、呟きの言葉が聞えてしまったのか?

「何か言いました?」

 小悪魔的な笑みを浮かべながら彼女達はそう返してくる。俺はフル、フルと頭を横に振りこれ以上、泥沼に引きずられない様この会話を止めた。この後、慎治も呼び出し、同じ思いをさせようと企てたが捕まらなかった。

〈くそォ~~~、逃げやがったなっ、負け犬め!〉

 今日が祭りの日と相まって彼女等にありとあらゆる贅を尽くされ、しかも翠の友達二人が一緒になってしまい財布の中を確認したら・・・・・・・・、

〈ウウゥ~~~、野口英世君は先ほど逝ってしまわれた。夏目君、君だけが俺の気持ちを分かってくれたかぁ~~~~~~〉などと思っていたのも束の間だった。

「センパァ~~~イ喉渇きましたぁ」

「私も何か飲みたいなぁ」

「無理、無理、俺もう金無い」

「貴斗さん、あそこに金髪の美女さんが」

「エッ、何、ドコ?」

 漢の性に逆らえずそんな旧世代な言葉に釣られそちらを見た瞬間、・・・・・・。

「漱石さぁ~~~ん見ぃ~つけたぁっ!」

 俺の手で開きっぱなしになっていた財布から最後の札が逃げていく。

「夏目ぇ~~~、貴様まで俺を見捨てるというのかぁ~~~っ!」

 しかし、夏目漱石(千円札)はニコヤカな顔で翠の手へと渉って行った。

「俺の完敗だ、真っ白く燃え尽きたぜぇ!」

 両膝を付き地面にうなだれる

「貴斗、元気出してください。ハイッ、これ差し上げますから」

 言って詩織から手渡された物は無論、俺の金で買われた午後ティーである。愛おしい人、詩織。妹のような存在、翠。

 こんな状態にされながらも、彼女達との関係がこれからもずっと、そうずっと永遠に続けばどれだけ楽しい事か、そう心から思った。

 しかし、こんな楽しい日々を何の前触れも無く崩れ去ってしまう・・・・・・、自分の手によって。

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