第十五話 策士、慎治の真意?!

2004年8月11日、水曜日、自宅のマンション


 真剣に黙々と勉強をしている詩織を彼女の背中から包む様に抱き付く。すると彼女は可愛らしく驚いてくれた。

「たっ、貴斗・・・、急にどうしたのですか?」

「俺なりの愛情表現」

 そんな事を言葉にしてみたが詩織をからかいたかっただけで他意はない。だが、何故か彼女は〝ばっ、馬鹿〟と落とした声で言って横顔が紅らめていた。そんな詩織の表情を見た俺は少なからず罪悪感を覚えてしまう。だからそのままの姿勢で謝る事にした。

「ごめん、気悪くしたか?」

「急に・・・、でしたから・・・」

 詩織はそう言葉にするけど声の質は落ちたままだった。このままでは埒が明かない、だから無理に話題を変える。

「どうだ、勉強進んでいるか?」

「頑張っていますけど、ドレだけ出来ているか自分では判断できません」

「まぁっ、それなら仕方がない。それよりそろそろ夕食にしようか」

 そう言葉に出すと詩織は壁に掛かっている時計を確認する。午後7時32分。

「いっけなぁ~~~い、もうこんな時間なのですね、急いで準備いたします」

 詩織が勉強している間、既に夕食の準備は俺が済ませていた。だから台所に向おうとする彼女の手をとって俺の方へと引き寄せる。さっき以上のからかいの言葉を優しい視線を投げ掛け、可能な限り穏やかな口調で口に出す。

「オカズは詩織お前だ」

 その言葉を聞いた詩織はさっき以上に真っ赤になった・・・、面白い。

「・・・・・・・・・、じょ・う・だ・ん、冗談だ、詩織。ハッハッハハハ」

「ぬぅあぁんですってぇーーーっ?」

 何がそんなに詩織の気に触れたのか彼女は異様な殺気を放ち俺を睨む。そして、

「たぁかとぉの~、ばぁかぁぁああぁぁぁあぁぁぁっぁぁっっ!!!」

 言ってテーブルに置いてあった六法全書らしき物?を俺めがけスウィングした。


「じゅびばじぇん(すみません)、グハッ」

 腕でそれをガードしたはずだがそれを上回るスピードで物理的質量と速度に負け多大なダメージを食らった。しかも〝角〟で。数分後、詩織の膝の上に頭を乗せていた。気絶していたようだ。彼女は上から俺を覗き込みむ。

「アッ・・・気がついたのですね、貴斗。ごめんなさい」

 申し訳なさそうな顔で彼女は謝る。だが、元を正せば俺が彼女をからかったからこうなってしまった訳で、悪いのは俺。だから俺も詩織に謝る事にする。

「悪いのは俺の方だ、だからお前が謝る必要ないゴメンな」

 そして、そう言ってから体を起こした。

「うぅん、もういいの。貴斗、夕食ご用意してくれていたのですね、有難うございます」

「お前の料理ほど美味くないが、食べられない事ないだろう」

 事実、詩織の料理の腕はこの歳で一流シェフ並みで俺が作った物など・・・、見劣りするだろう。いつも彼女ばかりに炊事をやらせてはと思って、一年位前から料理を始めてみたが案外楽しかったりする。今は男女分業の時代、覚えていても損は無い。

 それに今、詩織は司法試験の勉強で手が一杯のはず、出来るだけ彼女の手を煩わせたくないという気持ちもあった。

「貴斗の愛情がこもった料理ですものね」

 食事を用意してやったのが嬉しかったのか、恥ずかしそうに詩織はそう言った。しかし、愛情を込めて作っていたかは・・・・・・・・・、謎。

「嫌だぜ、幾ら愛情が篭っていても不味かったら、ぜぇ~~ったいに食わん・・・、その点、お前の料理は極が付くほど美味いから問題ない。レストランのシェフ長に成れるのと違うか?」

 嘘を言ったつもりは無い。いくら愛情がこもっていても不味いものは不味いんだ。食えるはずだない。それを愛情で答える形で食べて、体を壊しては意味が無い。

 多分、この食べ物に関して、閉ざされた過去の記憶にトラウマらしき物があるのだろう。しかし、いまだ記憶喪失が続く俺に確証は無い。

「もぉ~~~、馬鹿なことを言っていないで早くお食事にしましょ」

 彼女はそう言葉を残して先に台所へと逃げて行った。詩織があんに表情コロコロと変えるのを見ているのが俺にとっては凄く楽しい。

 小さい時もあんな感じで・・・・・・・・・可愛らしかった。ハッ?今、何を思った?彼女と初めて逢ったのは高校三年の時だ!それ以前の彼女を知る訳がない。

「ゥウック」頭が酷く痛む。

「貴斗、どうしたのですか?早くこちらへ」

 詩織の言葉を聞き頭の痛みから解放された。

「ああ~、今行く」

 そう言って頭を押さえキッチンへと向かっていった。


2004年8月12日、木曜日


 今日は慎治から電話があった。

「ヨッ、貴斗、元気してるか?」

「あぁ~、死なない程度にな。どうした、電話なんかして来て?」

「迷惑だったか?」

「そんなコトはない。だが、話ならバイト先でも出来るだろ!」

「今日、おれ早番だ!後1時間ぐらいしたら出るよ。しっかし、強引にアルバイトさせるんだもんなぁ~~~、以前のお前ならそんな事しなかったのに」

「悪かった。あの時、頼れる奴、慎治お前しかいなかったんだ」

「分かてるよ、冗談で言ってみただけだ。あそこ、不景気だと言うのに時給いいし、バイトの子、結構可愛い子多いし」

「用件がないなら切るぞ!」

「お前なぁ~、たまにはいいだろ」

「切るッ!」

『ブツッ!?』

 本当に受話器を下ろす。また電話のベルが鳴る慎治である事は周知。

「お客様のお掛けになった電話番号は現在、使われておりません、電話番号をお確かめになった上もう一度お掛けなおしてください」

 よく慎治は詩織の事で俺をからかう、だから仕返しにそう言ってやった。

「わかった用件だけ言うよ!」

「はい、どうぞ」

「何で直ぐ切ろうとするんだ?」

「長電話、無駄話嫌い」

 即答。それに本当の理由を慎治は知っているはずだった。

「話が長くなるなら直接来い。北極と南極位離れているわけでないだろ」

「例えがでかすぎ!」

「でっ、用件は」

 さっさと電話を済ませたかったからそう切り出した。

「8月16日、俺達、全員で涼崎さんの見舞いに行く事になった」

「詩織から聞いた」

「お前も来るだろ?」

 慎治のその声は俺もそうするのが当然だという感じを受けた。だが淡々と、

「行かない」と返事を返していた。

「どうしてもか?」

「いやだね」

 慎治は俺が行きたくない理由を知っている。一つは、その場に隼瀬が同席すること。彼女と顔を会わせれば冷静でいられないだろう。もう一つはあんな姿の春香を見たくなかった。

 春香のあの純粋な瞳、彼女のあの何も昔と変わっていないんだと思い込んでいる姿、それは俺の中にある罪悪感を強く煽る。それは心が潰れてしまう位に。

 春香の見舞いに行けばあの頃を演じなければいけない。言葉遣い、仕草、どれ位変わってしまったのだろうか自分では分からない・・・。

 三年前と同じ様になんて演じられる程、器用じゃない。俺の思いを判ってくれたのか?慎治は、

「分かった」と答えてくれた。

「慎治、分かってくれて何よりだ」

「テメエをぜぇっったいに連れて行くからな、覚悟して置けよ」

〈何故、そんなことを言う慎治。判ってくれたんじゃないのか?お前が力ずくで来るなら目には目をだ・・・〉

「ほぉ~、大した自信だな、慎治。俺と殺り合おうってのか?」

 何故だかは知らないけど喧嘩には滅法強い。

「お前と本気で殺りあって勝てる奴なんて、そうそういねぇ~ヨッ!だが、われに策あり!」といって慎治の方から電話を切ってきた。

 出来るもんならやってみろ―――――――――だが、しかし、慎治の策にアッサリとハマる事になる。


2004年8月13日、金曜日、藤宮家宅


 結局、慎治の策にハマり?16日に見舞いに行くこととなった。

 詩織を味方につけられては流石の俺も一発ノックアウトだ。慎治は俺が行かない理由を彼女に言ったらしく、説教された挙句、膨れるわ、泣くはで手に終えない始末。渋々承知した。しかし、詩織のその行動も慎治の策でしかなく・・・。

「ホントですか、貴斗も一緒に行ってくれるノォですかぁ?」

「二言はない」

「ウフフフッ、本当に八神君が言った通りですね」

「なにっ!?」

「ゼェ~~~んブ、今までの演技ですよ」

「だって泣いていたじゃないか?」

 そう言うと彼女は手に持っていた目薬をペロッと可愛らしく舌を出しながら見せた。

「NO~~~こんな子供騙しに騙されたのかぁ~~~!?行かない、絶対に行かない」

 余りにも馬鹿馬鹿しい罠にはまってしまい情けない口調でそんな事を言葉にしていた。

「ねぇ貴斗、二言はないのでしょ?」

「フッ、そんな事、言った覚えはない、世の中、証拠が無ければ全て偽り」

 今は苦し紛れでもそう言ってここを切り抜けるしか方法は無いと思った。しかし、その言葉は己の立場を更に悪くしてしまう。

「貴斗、ハイこれ聞いてくださいねぇ」

 彼女はどこからともなく小型デジタル録音機を取り出して再生した。

『貴斗、私の事、本当に愛してくれて?』

『アッアァ~~~』

『ちゃんと言葉に出してくれないと気持ち伝わらないです』

『スッ、好きだよ、詩織だけを愛している。だからその・・・』

『分かったよ、行く、行きます、行かせて貰います、だから泣き止んでくれッ!』

『頼むよ、詩織!』

『ホントに貴斗も一緒に行ってくれるのですか?』

『二言はない』

「ハイ、これでおしまいです。八神君が〝最後にアイツの事だ。証拠が無いと認めないだろう。何かに録音して置けば完璧だ!〟って言ってこれを私に貸してくれたのですよ」

〈慎治、あんなものを詩織にっ!!〉

「・・・・・・シ・オ・リぃーーーっ、それを、俺に寄越せぇ~~~っ!」

「いやですよぉ~~~。だって、貴斗、私に」

 言いながさっきの〝スッ、好きだよ、詩織だけを愛している〟の部分だけを器用にリピートさせ逃げ回る。

「何て滅多に言ってくれないのですもの」と俺の手から逃れていた。

 やけに広い彼女の家の庭を追い回す。こう言う時の彼女は妙に素早い。

「捕まれ、このやろっ!」

 あんなのずっと持っていられたら、一生詩織に頭、上がらないかもしれない。そんなの俺のプライドがゆるさぁ~んっ。なんて思っていたら何かに躓き、勢いよく前方へと打っ倒れた。

「タッ、貴斗!」

 彼女はそういって逃げるのを止め俺の方へと戻って来た。そして、目の前に座り込む。涙目で彼女を見上げる。

「貴ちゃん、大丈夫?ヨシ、ヨシ」と言いながら俺の頭を撫でた。

 なんとも情けない光景だが・・・、懐かしく感じる?何故だ!何故、こうも懐かしく思ってしまうのだろうか?しかし・・・・・・・・・、その答えは見つからない。

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