第十四話 偽りの目覚め

2004年8月9日、月曜日


 春香が目覚めて以来、一度も見舞いには行ってない。慎治から聞いた話で宏之は毎日見舞いに行っている様子だと確認を取れた。だが、どうも慎治の奴、会話中の歯切れが悪かった。

「ネェ~~~、貴斗!翠ちゃんから電話」

 詩織がそう言って来たので受話器を受け取りその人物と会話。

「ハイ、もしもし藤原貴斗です」

「分かっていますからそんな挨拶しなくていいですよ」

 翠にそう言われると無性に腹が立つが大人なのでそれを軽く流した。

「それで、用件は?下らない事だったら切るからな」

「大事な事ですちゃんと聞いて下さいね」

「わかった、それで」

「明日、必ずお姉ちゃんの見舞い来て下さいねぇ。詩織先輩は何度か、顔を出してくれたのに貴斗さんはあれっきりなんだからぁ」

「了解、行く明日だな」

「絶対ですよ!もしこなかったら」

「もし行かなかったら?」

「もし来なかったら、クックックックック」

 何だか嫌な笑いが聞こえてきた。行かないと何されるか分かったもんじゃない。絶対行かなければ。

「分かった、切るぞ」

「アッ、詩織先輩に代わって下さい」

 そう翠に言われたから再び受話器を詩織に渡した。その後二時間近くも詩織は勉強そっちのけ、電話で翠と話していたようだ。よく女ってあんなにも長電話できるよ・・・・・・、中傷している積もりは無い。

「ゴメンなさい、長電話してしまって」

「気にしなくて良い。詩織なら家の電話、幾ら使っても構わないさ」

「本当にいいのですか?」

 一瞬、詩織の目が輝いた。マズッタかな?

「詩織、何で春香さんの所へ行った事、隠してたんだ」

「隠していたつもりないのですけど・・・、それに貴斗、お聞きしなかったじゃない」

「そうだけど」と言葉を詰まらせてしまった。

「明日はご一緒しましょうね、貴斗」

 この時、詩織は春香の事で重大な事を隠していた。


2004年8月10日、火曜日


 夕方、詩織が部活のコーチをし終えた後、途中で小一時間、買い物をしてから春香の見舞いに行くことになった。

「貴斗、アナタはここでちょっとお待ちくださいね?」

「なぜだ」

「いいですから、おねがいします」

 詩織はそう言うと挨拶をして中に入って行った。会話が聞こえてくる。女性同士の会話を盗み聞きするのはポリシーに反する。だから、会話の聞こえない病院の窓側の位置まで移動した。窓の外を眺める。

 そうしている間、今まで過ぎ去った日々の事を、春香が目覚める前のみんなの事を色々と思い出そうとした。しかし、そうし様とする前に詩織が呼びかけてきたため、その行動は阻まれてしまう。

「貴斗君、もう入ってきても構いませんよ」

 彼女はそう言って俺に中へ入る事を促した。

「こんちは、涼崎さん!」

 何故か病室に入る前に詩織から春香を苗字で呼ぶ様に忠告されたからそう挨拶して入っていた。

「藤原くんぅ、酷いよぉ~~~皆、来てくれたのに、藤原君だけちっとも来てくれないんだもん」

「詩織先輩、コンニチハァ。ついでに、貴斗さんも」

 翠は俺達より先に来ていたみたいだ。一瞬、戸惑った。春香ってこんな口調だっただろうか?

「お前も来たのか?」

 久しぶりに聞くこの声は?椅子に座っている宏之が視界に入った。

「ヒっ」

 宏之がちゃんと見舞いに来ている事が分かって嬉しさのあまり彼の名前を驚いた口調で呼ぼうとしたが、詩織が俺の口を素早く押さえて小声で呟く。

「貴斗。その様な驚いた声で柏木君の名前呼ばないで、普通に会話して」

「如何して?」

「お願いですッ!」

「わかったよ」

 詩織がきつく睨むので仕方がなく承諾した。

「よっ、宏之、お勤めご苦労さん」

「あぁ~~~」

 返って来た宏之のそれは何と無く曖昧な返事だった。気づかれないように視線を至る所に巡らす。異常なことに気づいた。春香、彼女は会話中よくトリップする。しかも会話の前後が食い違ったりした。

「宏之と涼崎さん二人きりにしてやろう」

 そう言って詩織と翠を外に連れ出そうとした。

「貴斗君、そんな事、気にしなくていいのにぃ~~~」

 春香、俺を名前で呼んだ?・・・、だが今はそんなことを気にしている場合ではない。

「二人とも行くぞ」

「貴斗さん、目が怖いですぅ~」

 睨んで口を動かしたのだから、怖くて当然。そして、俺が先に退室する。病室から少し離れたところで翠に説明を求めた。

「翠ちゃん、これはどう言う事だ」

「そっ、それはぁ・・・」

「何故、翠ちゃんは中学生の頃の制服を着ている!答えろ、みどりぃーーーっ!」

 彼女の両腕を掴んで物凄い剣幕で睨んでいた。

「ヒィッ」

「よして下さい、貴斗!翠ちゃん、怯えていますわ」

「アッ、ゴメン翠ちゃん」と我に返りすぐ彼女の腕を放す。

「痛かっただろ?ゴメンな」

「いえ、大丈夫です」

 無意識の裡に力を入れてしまったのであろう。翠はそう言って言葉とは裏腹に痛そうそうに両腕を摩りながらから下を向いてしまった。本当にすまない事をしてしまった。

「ここは病院です、静かにお願い致します」と聞えてきたのでその声のした方へ振り向く。

「先生は・・・?」

「忘れてしまわれたのですが?随分と酷いものですネェ~~~、3年間もここで貴方とお会いしている筈なのに」

「アッ、エッ、・・・、調川愁先生?」

「正解です、忘れられていたら結構悲しいのですけどね」

「スミマセン、直ぐに名前、思い出さなくて」

「いいですよ」

 目の前の医者は調川愁。春香の担当医で三年間ずっと彼女を見守ってきた人。

「春香さんの容態については担当医であるこの私がご説明いたしますよ」

 愁先生によると春香は現実把握能力に欠けており、あの事故が起きてから三年経った事を理解出来ず、あの頃のままだと思っていると言う。先生は春香が自分の変化すら気づいていないとも教えてくれた。

「そんな馬鹿な、せっかく、折角、目覚めたのに・・・・・・・・・、あんまりだ」

 これを知る事により、また開放されたと思った罪の意識に囚われる様になる。俺の気分が沈む。

「タカト、もう貴方が気に病む事ではないのですよ」

「貴斗さん・・・」

 俺はどうしても、二人の言葉に心を素直に出来ず。

〈二人とも心配した目で俺を見るな。止めてくれそんな目で見るな!余計辛い〉と内心呟き、

「少し考えさせてくれ」

「たかとぉ!一人で背負い込まないで!」

「貴斗さん、私では頼りないんですか?」

 二人もの女性にあんな事を言われてしまった。男として情けない。

「藤原君、貴方は、もう少し心を開いて彼女達の優しさを受け入れるべきです」

「愁先生・・・、それ俺の事、知っていて言っているんですか?愁先生には俺が何故そう出来ないのか、全て教えている筈なのに」

 記憶喪失のまま三年が過ぎる。今でも恋人の詩織にでさえどうしてか一線を置いて付き合っている。彼女を嫌いなわけじゃない。嫌いになるはずが無い。だが、その理由は・・・・・・・・・俺にも判らない。ただ、今の俺が知らない過去の柵がそうさせているのかもな。

「ええ、知っていますよ」

「だったら」

 俺の次の言葉を遮り先に先生が話しだす。

「藤原君、貴方がその殻から、一歩でも踏み出さない限り貴方は成長しませんよ。籠の中の鳥のままです」

 その先生の言葉に明確な答えを何も返す事が出来ずただ沈黙してしまう。詩織も翠も俺と愁先生の会話が何の事なのか理解できず呆然と待つだけだった。

〈愁先生、分かってる、先生の言いたい事。でもその一歩をどうやって踏み出すのか分からないんだ。記憶喪失と言う恐怖が俺の行動に歯止めをかけてしまう。だから・・・〉

 愁先生の言葉が尚も続く。

「それが貴方の閉ざされている記憶を戻す手掛かりになるかも知れませんね」

 本当にそうなのだろうか?俺には判らない。

「それでは私は春香君の診察が在るので」

 先生はそう言ってこの場を立ち去った。

「詩織、帰ろうか」

「元気出してください」

「大丈夫。翠ちゃん、一緒に帰るか?送っていくぞ」

「あっ、ハイッ有難うございます」


運 転 中


「そういえば、翠ちゃん。そろそろ高校最後の大会だな?」

「如何して知っているんですか」

「詩織」とだけ答える。

「なぁ~~るほどねェ~。今年も大会応援来て下さい!」

「詩織と一緒に行くつもりだ。いいだろ詩織?」

「フフッ、わかりました」

 詩織は可愛く笑いながらそう答えるのがバックミラーで確認できた。何故、詩織が助手席でないのかって?翠が詩織を強引に押しのけて俺の隣に座っている。

「貴斗さん、優勝したら、ご褒美下さいねぇーーーっ」

「馬鹿いえ!」

 コイツに集られると諭吉君(壱万円札)が笑顔であっという間に財布から逃げていくし、新札の鳳凰なんかは翼を羽ばたかせ優雅に飛び立って行くからたまったもんじゃい。

「丁寧にお断りする!」

「絶対ご褒美貰うんだからっ!」

「絶対やらねェ~~~っ」

「少しくらい、いいじゃないのですか」

「さっすがぁ~~~詩織先輩。話が分かるっ!」

「こらっ、詩織余計なこと言うな」

「ごめんなさぁーい」

 昔、宏之が隼瀬と翠のタッグ行動の凄さは驚異的だって言っていたがこの二人の場合違う意味で驚異的である。この二人に掛かればどんなにボンボンな奴でも次の日には簀巻き状態になっているかも?それとも俺が甘いだけなのか?

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