第 三 章 過ぎる時の中で

第十一話 理解ある者

 何の支障も来たす事なく大切な数少ない友人、そして恋人共に今年も上へと進級していた・・・・・・・・・実はかなりやばかった。

 詩織がいてくれなかったら進級出来なかったかもしれない。何故なら相変わらず好きでも無い講義は爆睡していたからな。テストの対策とか提出物なんかは彼女がいなかったら絶対駄目だった。更に国語の小論文提出なんか詩織が態々、俺の為に彼女が書いたものとは別の文章の物を用意してくれる始末・・・、情けない。

 それでも見くびるなよ!俺だって詩織に何もしてあげてない訳ではない。大学に入ってからは彼女も理数系は上手く行かないらしかったから手取り、足取り教えて上げた。

 詩織は理数系以外の教科はほぼパーフェクトだった。そして、俺のそれにより、一般教養過程は完全無欠の物となり彼女の右に出るものはいなくなった・・・・・・。そんな頭も良く綺麗で可愛い子が俺の恋人なんかしていて良いのかと思ってしまう今日この頃。

 話しは数ヶ月だけ時を遡る・・・、それはすでにその生命を精一杯全うしたかのように桜の桃白色の瓣が舞い終わった少なからず哀愁を感じさせる4月下旬。


2004年4月29日、木曜日、緑の日 5時27分AM


 店長の計らいで同性同士が同じ時間帯に組み込まれる事が少ない。しかし、今日は分け合って慎治と一緒に仕事をしていた。

「ファアァ~~~、ねむッ」

 客のいない店内で大きな欠伸をしながら目をこすっていた。そんな俺の顔を見ながら数少ない親友の一人、慎治が苦笑し話しかけて来る。

「なに、馬鹿面してんだヨッ」

「眠いんだ、しょうがない」

「貴斗、俺達、もう三年だな」

 彼は感慨めいた口調でそう語っていた。

「そうだな、何とか進級できたな俺達」

 なんて答えて良いのか分からなかった、だから何時もの調子で淡々とそう答えをかえしていた。

「おい貴斗、今日これから仕事、終わったらどうすんだ?」

「帰ったら寝る。起きるまで、爆睡」

〈アァ~、早く帰って寝たい。眠すぎる春眠暁を覚えず〉

 そう心の中で思いながら口を手で押さえ今度は小さく欠伸をした。

「祭日なんだから、藤宮とドッカ出かけ様と思わないのか?」

「爆睡、まっしぐら」

 詩織がそうしたいのなら彼女からそう言ってくるだろうと思って、慎治にはそんな愛想のない言葉を返す。

「・・・ハァっ」

 彼は目を瞑り、下を向きながら大げさに苦笑交じりの大きな溜息をついてくる。

「何だ、急に意味ありげに溜息して」

「オマエみたいな、アホんだら鈍感朴念仁と付き合っている藤宮が可哀想だと思ったんだよ」

 何となくその手の事は鈍感なのは理解している。然し、人から言われると何故か少なからず〝ムッ〟としてしまうのはどうしてだろうか?

「失礼な、慎治にそんな事、言われる筋合いない」と自分の感情そのままの言葉を彼に叩きつける。

「いう、いう!お前なぁ、もっと彼女に積極的になれ!藤宮だってそう思ってるぞ」

―――――――――――――――とそんな事を言われてもどう接すればよいのかよく判らない。何をすれば詩織が喜んでくれるのか考えるだけで脳内がオーバーフローしてしまいそうだ。

「・・・、努力して見る」

 だが、ヤツの言っている事も当然なのかもしれない。だから俺は小声でそう答えていた。

「ハッ?今なんて言ったんだ?聞こえなかったぞ!」

〈慎治の事だ、絶対聞こえていたはず。俺をからかいやがって。アアァ、わぁった、わぁった、言ってやるよ、言ってやる。しかと聞けよ〉

「努力する!」

「・・・貴斗、オマエそれ以外になんか他のいい方ないのか?」

「ナッシング!!」

 俺の脳内日本語能力の乏しい事は明白だった。だから、それしか言わない・・・。いや、それしか言えない。

「そんな事、偉そうに答えるな、ドアホ!」

〈ハァ、親友にドアホなんて言われてしまった。悲しいかな〉

 バイト時間上がりまで陳列物の整理をしていた。

 慎治の奴はペーパーワーク。時折来る客には手の空いている方が順に対応して今日のノルマを終える。


                *


                *


                *


                *


 バイトが終わると車に乗り込み自宅へと向かった。通勤に車を使うのはごく稀、普段はバイト先が近い事もあって高校時代から愛用のMXBでバイト先には来ている。時間にして10分弱。バックミラーを見ながら後方を確認していた・・・?

 俺を追う一台の白いマークⅡワゴン。知っている奴の車だ。何を考えて慎治は俺の後に着いて来るのだろうか?・・・、撒いてやれ。そう思っていつも通りの慣れた道ではなく違う道を上手くステアリングとギアのチェンジをし、緩急を与えながら愛車、スカイラインGT―R32を突き進めて行った。

 時間にして一分足らず、簡単に彼を撒く事に成功した。そして、マンションの駐車場に車を止め自分の与えられた部屋の番号へと向かったが・・・・・・。

「・・・・・・・・・?慎治なんでお前がここにいる」

 当然の疑問を投げかけるように彼に問う。

「そりゃァ~~~、決まってるだろ?お前を追ってきたんだ」

 朗らかに笑いながらそう答えを返して来てくれた。これでは撒いた意味がなかった俺って莫迦だな。

「か・え・れ!俺は爆睡するんだ」

 これからの安眠を邪魔されたくないので強く彼に言った。

「オマエが俺に隠している事洗いざらい吐いたら帰ってやる」

 慎治は一体何を言っているんだ?しかし、彼と一緒にいると俺のカウンセラーでありコイツの母親でもある皇女さんと同じくらい言葉巧みに根掘り葉掘り聞かれてしまう。

 辞退願いたい。帰れ!

「なんのことだ?」

 眠気を装っていたのか言葉に覇気がなくなっていた。

「何の事だって、冷静な口調で言うな!?隼瀬の事とか色々だ!」

「・・・入れッ・・・」

 ウッ、俺、なに自分の意思と反する事を言っているんだ?・・・心のドッカでこの親友に何かを言いたいのかもしれない。

 慎治を部屋に入れた後、キッチンへ向かいインスタントコーヒーを彼に淹れてやる。

 自分は紅茶を飲む事にした。今日はどれを飲もうかな?棚にある紅茶のリーフが入ったビンを眺めて物色中。今日はアプリコットセイロンにするか?

 自分の物と慎治のカップを持ちリヴィングへと戻り彼に確認するように、持ってきたカップをローテーブルに置いた。

「慎治、オマエはコーヒーだったよな?」

「サンキュ!お前、カフェインとか摂取したら眠れないんとちゃうか?」

「そんなの人によって違うだろ。カフェイン大量に摂っても俺は爆睡できる自信がある」

 そんなのは迷信、人の体質によって変るもんだ。だからそう断言した。

「たいした自信だ」

「それよりも話って何だ?」

 サクット、話を切り上げ、眠りたかったので俺は慎治にそう促した。

「まず・・・、そうだなぁ~?」

 彼は何やら思案めいている。そして最初に俺に聞いてきた事とは恋人である詩織の事だった。

「そうだな、藤宮の事だ!お前、彼女と何処まで進展してるんだ?」

「進展?どういう意味だ」

 別に惚ける風でなく普通に聞き返していた。

「A、B、Cの事だ?」

「アルファベット?何だ、それは」

 さて・・・、A、B、Cとは何の事だろうかと脳内のメモリーから検索を開始した。

「お前、本当に大学3年か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ナッ、何でお前にそんな事を言わなくてはならんのだ?」

 検索する事、約四十七秒、彼の言った言葉に気付き慌ててそう答えた。

「いいから答えろ!答えなかったら、ある事ない事を藤宮に言うぞ!」と彼は俺を脅してくる。

 詩織に変な事を吹き込まれては後々ご機嫌取りが大変だ。だからしかたがなく彼の問いかけに答える事にした。

「わっ、分った、答える」

「でっ!」

「アルファベットの三番目」

 顔には出していない積もりだが、恥ずかしかったので言葉を枉げてそう答える。

「ハハッ、Cね。でっ、その数は?野郎同士だ、恥ずかしがる事ないだろ答えろよ」 何でそこまで答えなければならんのだ?前頭葉近辺を探索し、その回数を思い出して見る。勝手に指がその探索結果を彼に知らせていた。

「じゃぁ、Aは?」

 彼の問いに明確に刻まれている回数分だけを両手を使って教えた。

「・・・、マジか?」

 彼はさも珍獣でも見るかのよう驚いた表情でそう答えてきた。

「確かだ」と言葉と同時に頭を振ってそれを肯定した。

「貴斗、おまえホントォーに藤宮を愛してると思ってんのか?」

「当然だ!」

〈当たり前の事を聞くな。彼女、詩織がいなかったら今の俺はどうなっていたか〉と頭の中でそう思った。

「何が当然だよ、馬鹿やろうが!少なすぎ、少なすぎんだよ!」

 やはり少ないのだろうか?俺の知識の中の一般統計では少ない事を百も承知。然し、それは俺にとって他人事。

「お前にそんな事を言われる筋合いない」

「藤宮が不満に思うのは当然だ!彼女をもっと抱いてやれよ!」

「黙れ、俺と詩織はプラトニックラヴだ!」

「んなぁにぐぁ、プラトニックラヴだ!一度以上はやってるくせにそんなこと言うな、この唐変木!いいか、貴斗。全ての女の子に当てはまる事じゃないけど、抱かれる事で、繋がる事で心が満たされ存在意義を確かめられるって言う子もいるって事、憶えておけ・・・」

 彼はその言葉と同時に俺に足蹴りをかまして来た。俺の腕は無意識的にその攻撃から身を護っていた。どうも俺の体の記憶の中には格闘術らしい物が染み付いているようだった。

 慎治の言葉の攻撃はまだ続く。体術では勝てても話術では彼に敵うはずもなかった。

「そっ・・・、それはだなぁ・・・」

「全部、吐いてスッキリしちまえ」

「・・・、笑わないか?」

「俺がそう言う話でお前を笑った事があったか?あるなら言ってみろ!」

「・・・・・・・・・・・、ない」

 確かに慎治は重要な話でけして笑う事などない。むしろ、俺にどうすれば良いのか指示をくれ、安心させてくれる。

「だったら話せよ!」

「わかった」

 そう言ってから俺が隼瀬に向ける気持ちを慎治に話し始めた。


                     *


                     *


                     *


「俺は宏之の親友だと思っていた、無論今でも・・・、だが如何だ?蓋を開けて見ればヤツの精神を救ったのは誰だ?オレか、お前か、詩織か、翠ちゃんか?・・・、他の誰でもない隼瀬だった。それに今でもヤツの支えになっているのは彼女。だが隼瀬のした行動は横恋慕だ。しかし、彼女にそう言う行動に走る原因を作ったのは誰だ?あの事故に春香さんを遭わせ彼女から宏之を奪ったのは?本当は誰だ!紛れなく、俺だ、オレ、藤原貴斗と言う人物だ」

 言葉に激情が走る。そして、自分のした事に対し異常に苛立ちを感じていた。

「・・・、お前本当にそう思ってんのか?」

 何で慎治はそんな事を言うんだ?俺自身で言ったはずだが?〝紛れなく俺だ〟と。

「黙って聞いてくれ!」

 俺の昂ぶった激情が更なる言葉を求めてそう彼に言い放つ。

「続けろよ」

「親友の精神を救い、支えた奴を俺がどうやって断罪することが出来るんだ。俺だって、分かっている、そんな事くらい判ってる」

 何を本当に判っていると言うのだろう?自分の言った言葉に疑問を感じながら話を続けていた。

「でもそれを許してしまうと、自分の事まで赦してしまうのではと思って。隼瀬の屈託のない笑顔を見てしまうと自分を許してしまいそうで。俺だって彼女を嫌いな訳ない」

 隼瀬を嫌いになるはずがない。成れる筈が無いのだ。彼女は俺に藤宮詩織と言うココロの支えを与えてくれた人なのだから。

「隼瀬は、オッ・・・」

「オッ、何だ、その言葉の先は?早く聞かせろ!」

 慎治は俺の言葉に表情を急変させてそう言ってくる。

「オッ、俺に・・・、その・・・」

「・・・、俺に?」

「俺に詩織を紹介してくれたのが隼瀬だから・・・」

「・・・、ハアァ~~~~~~~」

「なぜ、そんな落胆した表情と溜息を吐く」

 俺の言葉は彼にとって期待はずれだったのか?一体慎治は何を期待してたと言うのだろう。

「いい、いい、先続けろ!」

 彼は何を怒っているのか?不機嫌な口調で俺に続きを促す。その態度は彼の顔にも現れていた。

「だから嫌いなはずがない。だが、俺の心がそれを認めてくれない、それを否定する。俺は自分のした事をけして赦しはしない。春香さん、彼女が目を覚まし全てが現実となるまでは、俺は絶対オレを赦したりしない!隼瀬の親友の春香さんが欠けたこの非現実が現実となるまでは」

 言葉を全部聞いた慎治は瞑想し沈黙している。俺の中の感情を取り止めなく彼に伝えた。俺の言った言葉に偽りはないと思う。そして、暫くして、慎治は急に、

「答えろぉーーーーーー、貴斗!!」と叫び俺の名を呼んだ。

「何だ、急に!」

 慎治の意が理解出来なかったのでそう答えるしかなかった。

「あっ、悪い何でもない、気にしないでくれたまえ、ココロの叫びだ」

「そうか、言いたい事、言ったし何だか眠くなってきた、爆睡する、お休み!」

 何だか全部、彼に話したらスッキリしたのか急に脳内が沈黙を要求してくる。眠い。その要求に身を任せ座っていたソファーベッドの上にそのまま倒れこんだ。眠りについてから慎治は何をしたのか分からなかった。目が覚めた時には既に彼はいなく、代わりに詩織がニコニコとした顔で俺のソファーベッド前の床に座っていたのであった。


 慎治は俺の最もな理解者・・・、多分それは恋人の詩織以上か・・・。その慎治の事を俺はどれだけ知っているのだろうか?

 本名、八神慎治、現在聖稜大学国際経済学部三年で勉強しなくともそこそこ出来てしまう秀才。だが、彼はどちらかというと努力型なので頭のよさに磨きがかかっている。

 不得意教科もそれでカバーしているから成績のばらつきはない。・・・、好きでない授業は真面目でない俺とは明らかに違う。

 詩織と同じで優等生の部類に入る。それとスポーツもそつなくこなすようだ。

 性格は良好で人当たりがよく、裏表もなし。判断力と決断力が極めて明確・・・、に思える。他人の話しを良く聞きそれを理解したうえで言葉を出すから周りからは信頼されているようだ。そのせいか彼の交友範囲は広い。だがそれだけ広いにも関わらず、俺みたいな捻くれ者と多くの時間を過ごしてくれている。感謝すべき事だな。

 そういえば以前、焔先輩に頼まれて学内男女人気投票集計のデータベース製作を頼まれた。

 学部の数が多い聖稜大学内、一万と数千の学生の中、慎治はベスト10入りしていた。学部別では何とベスト3入りでもあった。そんな彼の友達である事が光栄だと思う・・・。

 詩織や俺はどうだったって?・・・、ご想像に任せる。

 慎治の家族関係のこと・・・、彼の母親の八神皇女、彼女は俺の記憶喪失と心のカウンセラーだ。今も月一回の割合で診て貰っている。

 そういえば、慎治と皇女が親子だと気付くのにかなりの間があった。その二人が親子であると知ったときは驚き半分納得半分とそんな感じだった。言葉巧みに操る慎治、それは母親の影響を受けているのだろうと推測できる。それと慎治の姉、佐京という方だ。

 何度か会った事があるが何というのか格好の良い女性とは彼女の事を言うのだろう。そして、その人は俺の姉であるらしい翔子・・・姉さんと親友だというのを知った。

 因果というものだろうか?その弟二人はこうして又、知り合いになり、深くつき合わせてもらっている。そうだった、まだ会った事はないが慎治には十五歳も離れた妹がいるらしい。彼の父親は出張が多いらしく、慎治はその三人と暮らしている・・・、定説で家族関係の中で女性多数、男性一人の場合、使いッ走りにされるというのがある。

 なんとなく可愛そうに思えてきてしまうのはただの気のせいなのだろうか?慎治のことで知っているといえばこの位であろう。

 これはあくまでも俺という客観的立場で見たものだ。彼自身、己の事をどう見ているのかは分かるはずもない。

 人を本当に理解して付き合うは難しだ・・・・・・・・・、ああ、理解といえば、これは憶測でしかないが八神慎治は隼瀬香澄に特別な思いを持っているようだ。彼の言動や態度から判断したもの。

 本人から聞いたわけでもないから・・・・・・・・・、ただの勘違いかもしれん。もし、慎治が隼瀬と付き合っていたら俺が彼女に対して嫌悪してしまうような事はなかったろう。しかし、彼女が宏之を支えなかったら彼の今は無かっただろう。

 心の矛盾か、アンビヴァレンス・・・、世の中上手く行かんな・・・・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る