第十二話 ナイトメア

 周囲は赤々と燃えていた。建物の炎上、爆発音、全身が焼け付いてしまうほどの周囲の温度。どうしてそんな状況に俺が存在しているのか理解が出来なかった。

 周囲を見渡す。ところどころに必死に生き残ろうとする緑色が見える。だが、そいつ等の頭も、まるで導火線の先の如く赤々と燃え、その身を焦がされていた。

 本来なら芝生で埋め尽くされていたのであろう、その地面の殆どは焼け焦げて地肌を見せていた。

 そんな中に、俺の視界から幾分遠く離れた場所で何かを包むように抱きかかえる重傷に思える少年と、軽傷と思われる少年が存在していた。傷が浅そうな少年は俺の存在に気づかなかったが、何かを抱えた少年は俺を見て何かを必死に訴えて居るような気がした。

 何とかして助けようと思い、その少年に近づいて行く。しかし、なぜか俺の足取りは重かった。だが、一歩一歩、少年達の方へと歩み寄って行く。その場に向かいながら考える。

 何故、こんなにも俺の脚が重金属のように重く、その動きが硬いのか?だが、考えはして見た物の答えなど見つかるはずもなかった。それに何故、俺がこんな場所に居るのかさせ理解不能。

 どれだけの時間を費やしたのであろう?ようやくの思いで、俺に何かを訴えかけて居た少年の顔がはっきりと分かる場所まで辿り着けていた。

 少年は一瞬、倒れて居るもう一人の少年を見てから、苦痛の表情で俺を見上げた。

「ボクも苦しい・・・、で・・・・・・でも、お願い・・・、・・・、・・・、助けて・・・、ボクじゃない・・・、僕のことじゃない・・・、よ。ぼくは・・・、どうなっても・・・、いいからぁ・・・、このおんなの子・・・を・・・、あっちの男の子、ひぃろを・・・」

 少年はその言葉を言い切ると、何かを包むように抱えていた腕を広げ、その中を俺に見せる。

〈頼む、そんな目で俺を見るなっ!その少女を俺に見せないでくれぇえええぇぇえーーーーーっ!〉

「おね・・・、がいだ・・・から、たす・・・けて・・・よぉ・・・」

 どうして、そう思ったのか俺自身知らない。

 そんな言葉を心の中で叫びながらも俺の命と交換してでも少年の腕の中の少女を救ってやりたいと思ってしまっていた。

 だが、その少年の最後の言葉を耳に居れ、少年の腕の中に居た傷だらけの少女?を目にした瞬間に、言い知れない精神的な苦痛を感じるとともに、全身が焼けるような痛みと発熱を感じてしまう。特に己の心臓部分に・・・。

 その耐え難いような痛みに俺は身を悶え、顔をしかめ、歯茎から血が滲み出るほどの歯軋りをしながらその場に倒れこみ、蹲ってしまっていた。

 暫くその焼けた大地の上で痛みに悶えながら融解してしまいそうな胸の部分、心臓のあたりを・・・・・・、握りつぶそうとしていた。

 全身を蝕む痛みどころで思考などままならないはずだが、俺は考える、何故こんな場所に居るのか、何故こんな苦しみを味はなければいけないのか?どんなに考えても答えなど見えてこない。

 肉体的な痛みよりもどうしてなのか精神的な痛み、心の痛みの方が激しい・・・、何故だ?俺が記憶喪失だから分からないのか?記憶喪失の所為なのだろうか・・・。分からない・・・。ただどんなに今いる場所で俺が苦しんでいても俺の方から、誰かに助けを求めるような事はしていない。助けてもらいたいと言う意思が沸いてこない。

 誰かに縋り、誰かのために生き抜いて行こうと言う希望が無い所為なのだろうか、俺自らその中に居る誰かに助けを求める声を出そうとはして居なかった。まあ、苦しんで悶えているのだから、声など上げられるはずも無いのだが。

 ただ、どんなに苦しくても、眼前に居る少女とその場から少し離れたところで倒れている軽傷の少年だけは助けて遣りたいと強く願っていた、眼前の少年が助からなくても・・・。

 だが、しかし、今の俺の状態ではそう思うだけで、何一つ少年少女たちに救いの手を差し伸べて遣れる事はなかった。

 今居る場所で、どれだけの時間が過ぎたのか分からないが、やがて、肉体的にも精神的にも痛みの絶頂に達したとき、俺はその場から消えていた。

 死んでしまったのだろうか・・・?それともこの夢のような状況から現実に戻ろうと言うのだろうか?そして、俺は目を覚ます。だが、その中も、俺が知る現実の中ではなかった。先ほどまで、俺の体を取り巻いていた痛みは消え去っていた。

 痛みが消え去っていた為なのだろうか?俺は冷静さを取り戻していた。

 周囲の状況を確認する。ここもやはり非現実的な情景が俺の瞳に焼き付けられてゆく。しかし、どこかで見たことあるような、俺の記憶にあるような建物群が認識される。ただのデジャビューだろう・・・。

 遠くからは爆音とともに火柱が上空に向かったそれを突き刺すように伸びて行く。それから生ずる爆風に吹き飛ばされる白衣を見につけた人々。

 衝撃波は無論俺のところまで届いていた。俺の周りに居た日本人とは違う連中はその力の波をもろに受け、紙人形を団扇で扇ぐように、簡単に押し流されて行き障害物に当たれば、べちゃりと水の入った風船を壁にぶち当てて割る様な音とともに周囲に赤い液体を撒き散らす。

 無論、俺もその衝撃にどこかに吹き飛ばされていた。だが、運が良かったのだろう。流された先に障害物は無く、落ちた先もコンクリートの様な固い場所ではなく土の地面だった様だ。

 落下の勢いで、身体から骨だけが飛び出るような痛みを感じた。そして、落ちた場所で暫く、気を失う。

 俺がその場所で再び目を覚ます切っ掛けを作ったのは周囲の多く行き交う銃声といろんな言語の悲鳴だった。

 その中には俺が理解できる言語もあった。そして、聞き覚えのある誰かの声。全身にまだ痛みが残る。

 苦痛を顔に浮かべながらも必死に痛みを押し殺し、大地に二つの足を立たせ、歯を食いしばりながら、聞き覚えのある声が聴こえた方へ思い足取りで歩き始めた。

 何度か、その声を俺の耳がとらえていた。だが、方向感覚が定かでない。場所がなかなか特定出来なかった。何とかその言葉の持ち主の所に辿り着いた時は・・・。

 軍服に近い制服を見につけた一人の男が悪魔的な笑みで、数歩手前の冷静な表情をしている男の額に突きつけていた拳銃の引き金を引く瞬間だった。

「Stop! Stop, please! Stop doing, please! Don’t do it in! Have done! (やめてよっ!、おねがいだからやめてよっ!おねがいだら、やめてぇ!やめろぉおおぉお!)」

 誰かがそう叫んだ瞬間、俺は痛みが消え去っていた体を動かし、拳銃をもって居る男に殴りかかろうとした。だが、間に合うはずも無く、三回の銃声が聞こえると撃たれた男は弾丸の持つ威力で撃たれた部分から血を噴出しながら後ろに倒れこんで行く。

 その瞬間を俺の目は確実に取られていた。コマ送りの様にゆっくりとした時の流れで・・・。

 誰かが、倒れた男を父親と呼んでいた。そこからはまた通常の時の流れに戻る。

 その声が聞こえた方に振り向くとその声を出した少年は拳銃をもって居る男に事もあろうに背中を向け、逃げ出す瞬間だった。

 逃げ出そうとした少年は彼だけじゃなく複数居た。

 拳銃を持った男はそのようなこともお構いなしに再び、悪魔的な笑みを浮かべると、弾が尽きてしまったそれのカートリッジを楽しそうに交換し、ゆっくりと拳銃を上げ走り出した連中に向けてトリガーを引こうとする。

 今度こそは止めないと、とそう思った俺は再び動き出した。なぜか、相手は俺の事に気づいて居ない。気付いて居ないのなら俺にとっては好機だ。

 重い一撃を食らわしてやろうと思って、右手の拳に全体重が乗るような体勢でそれを放った。・・・、・・・、・・・、だが、脊髄に向けたその一撃もその男のその部分を透かす様に通り抜けてしまっていた。

 それとほぼ同時に、数回の撃鉄が降りる音が俺の耳についた。そして、悲鳴と悲痛な叫び。どうしてか、悲痛は俺の口からも叫ばれていた。

 その叫びが俺の口から出ていると分かったときにはなぜか、目に悔し涙を浮かべながら誰か知らない二人の背中を追いながら走っていた。

 どこか分からない場所を走り続ける。その道筋には多くの人が倒れていた。

 走り去る俺に助けを求める声。その声に答えその場に止まったのであればその人たちを助けて遣れたのかもしれない。だが、俺はその走る足を止める事は出来なかった。

 走り去った跡に俺の耳に入る声は嘆きの叫びと、人の命を奪ういやな音。その声と音を聞くたびに俺の心は軋み、痛みを感じる。その痛みが徐々に膨れ上がり、俺は叫んでいた。

「やめろっ!やめてくぇぇえええぇ、そんな声を、音を、俺にきかせるなぁあああぁぁぁああっ!なんでだっ!俺がいったいなにをしたっていうんだぁああぁ!たとむやめてくれぇええぇぇぇ」

 そう俺が叫んだとき、前を先行するように走る二人が振り向く。二人の顔がおぼろげで誰なのか分からない。だが、なぜか微笑んでいた。しかし、二人のその表情は俺を余計に苦しめる。いったい俺の前に居る二人はだれだっ!

 二人の顔を確認したくて追いつくように必死になったもっと早く走り出す。どうしてか痛み出す、心臓に手を当て強く押しながら、走り続ける。そして、徐々に、徐々にその二人に近づく、輪郭がはっきりしてくる。あと少し、あと少し、もう、あと少しだ。

 心と心臓の痛みに耐えながら、最後の一間を詰め様とした時に誰かが俺の足首を掴んだ。速度の絶頂、無論そんな状態で足を掴まれたら俺は前に倒れるほか無かった。

「くうぅ、つぅ・・・」

 痛みが口から漏れる。いったい誰が俺の脚を掴んだのか、その方向を見ても誰も居なかった。前方を向いた時には先行していた二人の距離はまた遠くに離れてしまった。離れて行く二人を見て、どうしようもない孤独と焦燥を感じ、再び叫ぶ。どうしようもなくて両目から涙をこぼしていた。

「俺を・・・、ぼくをぉ・・・・・・、独りにしないでよぉおおおぉおぉぉおお」

 その口調はおおよそ今の俺ではない。叫びとともに、俺は身体をその場から起こした。

 目元がちらつく、視界が暗い、頭の中がかき回されるくらい、胃の中の物が逆流して全て口から出てしまいそうなくらい気持ち悪い気分だった。

「・・・ぁとぉ、・・・うぶですか・・・、お願いです・・・、たかぁ・・・、わたくぅ・・・がぁ、おわかりにぃ・・・ます?」

 すごく近い場所で俺を呼ぶ誰かの声が聞こえたような気がした。脳内が混濁している。

 今の状況をしっかりと認識できて居ない。再び目を閉じて何とか冷静になろうとした。

 再び俺を呼ぶ声が耳に届く。すごく近い場所ではなく、隣から・・・。

「しっかりして、タカト、貴斗、たかと。大丈夫です、わたくしが貴方のお傍に付いておりますから・・・」

 その言葉でようやく現実に戻ってきたような気がした。身体を起こし、ゆっくりと両目を閉じていたまぶたを開ける。空間は闇が支配していた。しかし、すぐにその闇に目が慣れる。そして、隣を振り向いた。

「しおり?」

「貴斗、苦しいのでしょう?お熱があるのですから体を起こさず横になって楽にしてください」

 暗闇になっている寝室に明かりを灯す為に、手探りで近くにあるはずの照明を付けるリモコンを探し、それが手に触れたのを感じると、掴みボタンを押す。周囲が明るくなると、少しだけ、目に痛みが走ったがそれも長くは無い。視界にはっきりと俺の彼女の顔が映る。

 詩織の顔が見られた瞬間、俺の心は安堵を覚える。

 今までの心痛が嘘だった様に消えさり、平静さを取り戻していた。そして、小さく、「詩織」と口から漏らすと、彼女を力強く抱きしめていた。

 俺は今が夢ではなく現実だと実感したかった。

 傍に居る詩織を抱きしめれば其れを感じられると思った故に、俺は詩織を抱き締めていた。その存在感を確かめていた。

 詩織は俺のその突飛な行動を嫌がりもせずに受け入れてくれる。少しの間の抱擁、彼女のぬくもりを感じていた。

 詩織とどれだけそうしていたのか分からない。だが、いつの間にか俺は安らいだ気分のまま再び眠りに付いていたのだ。

 何故、今になってあのような悪夢をまた見たのか分からない。

 ”悪夢”、その二つの悪夢は俺が高校で詩織に出会う前、それと、詩織が、俺の彼女になってくれてからも高校を卒業するまで見続けていた物だった。

 俺は悪夢を見たくなくて肉体労働的な仕事をくたくたになるまでやっていた。

 そうすれば重い疲労感で深い眠りに就け、悪夢など見ないと思ったからだ。だが、そんな考えは甘かった。

 どんなに疲れ、深底の眠りに就いても見る物は見るだった。それ故に、悪夢を見るのが怖くて眠らないでいる夜もあった。

 それは、詩織が傍に居てくれるようになってからも暫く続いていた。だが、良く学校では授業など気にせず居眠りできたものだな。

 いつから、この悪夢を見なくなったのか覚えてなどいない。だが、何故今になって・・・。考えた所で答えなど見えないのは分かっている。だから、何も考えない。傍に詩織が居るのならそれでいい。

 仮令、悪夢が俺の記憶の何かに関係したとしていても、俺の記憶喪失が、記憶喪失のままでも、記憶が戻らなくても、それでいい。

 彼女、詩織が傍に居てくれてさえいれば・・・、それでいい。

 記憶を取り戻してしまえば、全てが変わってしまいそうだから・・・。だから、これでいい。

 記憶を取り戻してしまえば、今の俺が、俺でいられそうに無いから・・・。

 俺の記憶の復活は周りの全ての物を倒壊させてしまいそうだから・・・と、俺の心の深層がそんな事を結論付けていた。そして、また、詩織とともに新しい朝を迎える。

 この先に思いもしない出来事を俺が仕出かすとも知らずに・・・。そして、知る、己の存在意義を・・・。

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