第三話 Lost Memory in The Dream Ⅰ

2001年12月 2日、日曜日


 今、冷え切ったベッドの中で夢を朧気に見ていた。


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 少年は冬の低い太陽の日差しを浴びながら、白い息を漏らしていた。

「二人とも遅いなぁ~~~?」

「ボヤクナ弟、女の子にはそれなりの準備って物が必要なのですよ」

「そうなのか兄さん?」

「そうだ、よく覚えておきなさい!弟、お前に彼女が出来たら、その事をもっと詳しく教えてあげましょう」

「別に彼女なんて要らない」

「何を馬鹿なことを言っている!兄を心配させる事を言うな、兄さんは悲しいよ」

「変な顔するな。要らないものは、要らない。だって、ボクには二人の幼馴染みがいるもん、だから要らないよ」

「何、贅沢で欲張りな事を言ってるのだ!コイツは、まったく」

 その少年の兄はそう言うと苦笑しながら弟の頭を軽く殴る。

「なにすんだよ!」

「フッ」と彼は笑うだけ。

 暫くして、その歳の離れた兄弟の前に活発そうな子、それとお淑やかそうな子、可愛らしい二人の少女が現れた。

「遅れてごめんなさい」

「ハハッ、遅れてごめん。コイツが支度に手間取ってたから」と言いながら片方の少女を指差した。

「そんな事、無いよぉ!ムゥ」

 その少女は顔を小さく膨らませながら一緒に来た女の子に反論していた。

「いいんですよ、二人ともちゃんと来てくれましたから」

「チッ、僕は待ち草臥れたぜ、凍え死ぬかと思った」

 弟の方が言うと『ゴツッ☆彡』と再び兄に殴られる。その力は先程とは雲泥の差。

「弟、そう思っていても口にするな」

「何すんだよ、痛いじゃないか!本当は凄く心配してたんだから」

 少年は頭を摩りながら兄に文句を言った。 それを聞いた二人の少女の顔は上機嫌にさせていた。しかし、兄は再度突っ込みを入れる。

「それも、口にしてはいけない。男は黙って女性の全てを受け入れなさい」

「そんなの無理だよぉ~~~」

「育て方を間違えたかな?」

「オマエなんかに育ててもらった覚えは全然無いぞ」

「オマエって・・・、今まで私にそのような言葉を言った事がなかったのに、兄さん、悲しくて涙が出てしまいます」

 その不毛な争いを見兼ねた少女達がその兄弟に話しかけてくる。

「今日はお招き有難う御座います」

「お兄さんありがウ、そっちはついでにね」

「ボクはついでかよ」

「ボヤクナ、弟。それではお二方、参りましょうか」と言って彼女ら二人に手を差し伸べた。

 かなり年上そうな男がそう言うと二人の少女は片方ずつ彼の腕に抱きついた。

「アッ、オマエら兄さんにそんな事、するなよ」

「アハッ」

「へへぇ、悔しい?」と二人は笑いながら弟の方を見て言った。

「弟、男の嫉妬ほど醜いものはないぞ」

 兄と弟では役者が違いすぎた。彼等、彼女等はその後ショッピングをそしてプラネタリウムへと足を運んだ。それはある日のクリスマスイヴの出来事であった。




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「ウッ、ウヒィ~~~、フアァーーーーーー」

 奇妙な寝起きの声を揚げながら身体をベッドから立ち上げる。

「ブルッ、ウゥ~~、寒いな」

 そう言いながら身体を移動させリヴィングの柱にあるコンパネを操作し床暖の温度を設定した。俺、冬でも半袖、トランクスで寝る奇人・・・、それとも変人?だから余計に冬の朝を寒く感じていた。

 さっきまで見ていた夢について考える。俺の昔の記憶なのか?それともただの夢なのか?記憶喪失の俺には分からないが少年一人、青年一人と少女二人。

 誰も顔に靄がかかっていて不鮮明ではっきりと思い出せない。だが、何故だかとても懐かしく、温かさを感じさせる夢だった。

 そんな夢を見たからかどうか判別できないが、今の俺の恋人、詩織と無性にクリスマス・イヴを過ごしたくなった。

 今の俺には自閉して行く宏之を助けてやれない。眠ったままの春香を目覚めさせてやる事だって出来やしない。だが、せめて俺の支えとなってくれている詩織には何かしてあげたい。だからイヴの日くらい楽しく過ごす事を許して欲しい。

 いつもの様に朝食をとりながら徐(おもむろ)に自分の貯金通帳を眺めていた。――――――、一二一万三千七三三円。

 結構、いやかなり貯まっている事に驚いた。勉強そっちのけで現在バイトを二つ掛け持ちしている。コンビニと夜間工事。夜間工事のバイト、それほど多くの機会は無いが日当で一万千円も懐に入ってくるオイシイ仕事だ。

 コンビニの方も店長がとてもいい人で働き易く、時給もそれなりに良い。自分にあまり金を掛けない所為か?それだけの貯金があった。

 よく考えたらバイトばかりで余り詩織に構ってやっていなかった。それに最近は記憶喪失での不安、宏之や春香の事もあって迷惑ばかり掛けている。良い機会だ、奮発しよう。

 通帳を見ながらイヴの日に詩織に何をしてあげたら悦ぶのか考察してみる。暫く考察をしてやっと結果を手に入れた。プレゼント、雰囲気のある場所でのディナー、それと待ち合わせ場所。それを見出すと、インターネットでこの街を検索・・・・・・、

なさそうで結構な量の検索結果がディスプレイに表示された。

「ハあァ、結構骨が折れそうだ」

 嘆息しながら彼女の喜ぶ顔を思い浮かべ、その検索結果の内容を調べていった。

 それから調べること約二時間、それぞれが決定される。プレゼントはブローチと小箱のオルゴール。

 ディナーはインペリアルハイムと言う今年オープンしたばかりの予約制、一流レストラン。最後は待ち合わせ場所、鳳公園。

 早速、予約の必要なそのレストランに電話を掛けた。・・・・・・・・、すでに予約がいっぱいでキャンセル待ち状態。それでもキャンセル待ちに賭けて予約を取る事にした。

 駄目な場合も想定していくつか予約なしでも行けるレストランをピックアップしておく事にした。

 次にブローチとオルゴールを買うため街へと足を運んだ。909と言う総合クローズデパートへと向かっていた。余りあそこへは行きたくないが仕方が無い。

 なぜかって?混雑しているところあまり好きじゃない。だが、詩織の為を思って我慢してそこに行く。

 建物内に入り一階のインフォメーションボードを見ながらアクセサリーショップを探した。これもまた店が結構ある。この巨大なビル内には日本国内だけではなく各国の様々なメーカーの直営販売店が所狭し軒を並べていた。

 その店の数は909店舗。一日で全てを回るのは不可能に近い。

 直感に任せて店を幾つかチョイスして見まわった。しかし、なかなか詩織に似合いそうなのが見つからない。それから、何件目だろうか?

 〝オリジナルアクセサリーを造ります〟と言う立て看板が目に入ってきた。迷わずその店の中に来店していった。

 店の雰囲気はと言うと・・・、男一人で来る場所ではない。早々に立ち去りたい気分だ。彼女の為に中央のショーケースの前に立つ。すると女性店員に声を掛けられた。

「恋人へのプレゼントですか?」とその女性は言葉と一緒に営業スマイルをくれる。

「そうだ、立て看板を見てきたんだが?」

 場の雰囲気が俺似ではなかったから声は恥ずかしさでくぐもっていた。

「ハイ、畏まりました」と店員はそういってカウンターの下からカタログらしいものを取り出し、

「こちらをご参考にしてお選びください」と言ってくれた。

 それを周囲の視線を無理に無視して目を通す事にした。やっとの事で俺のスピリッツを揺さぶる物を発見。デザインを口にするのは難しいが、なんとなく流星と羽根を思わせるような、そんなデザインだった。そのブローチの中央には三つ大きさを変えた宝石が埋め込まれている。脚注があったのでそれを読むと、任意でその宝石を交換出来ると書いてあった。資料として誕生石が載っていたのでそれも確認。

 詩織、確か俺と同じ9月だって言っていた。そう思いながらその月をカタログに指をなぞる・・・。

〈サファイア?ハハッ、サファイアですか〉と心の中でそう言いながら苦笑した。

 ブローチの装飾金属には幾つかの種類があった。一つの金属で統一するもよし、幾つかの金属で彩るのもよし。本当にカスタムメイドの様だ。どうしてか迷わず、金、銀、白金の三複合を選んでしまっていた。

「ハイ、分かりました少々お待ちください」と店員は俺の注文を元に金額を計算している。

「お待たせ致しました。こちらがお見積もりとなります」

 それを確認する・・・!?俺の顔色を見たのかその店員は、

「3つともサファイアで無く一つにし、後はイミテーションにすれば値段も随分と変わりますよ。それでも高いと思われるのであれば、装飾金属のランクを落としてみては?」と言ってくれた。

 普通にバイトしている学生が買える金額じゃない。だが俺も男だ!一度、言ったことを撤回するつもりは無い。

「変更なし、それで頼む」

「ハイ、畏まりました。それでは、今日のお支払いは商品の10%を戴きます」

 彼女にそう言われたので財布を取り出し現金を確認する。何とか支払えそうだ。支払いを済ませながらいつ出来上がるか彼女に尋ねることにした。

「いつ取りにこればイイ?」

「3週間後に御願い致します」

俺の方からでは覗けないカレンダーを店員は見ながらそう答えてくれた。頭の中で計算し・・・

〈ギリギリ、何とか間に合うか?〉と心の中で呟いた。

 909で買い物を済ませ、今度は最近、街角で見つけた俺の感性を惹き付けるアンティークショップへと足を運んでいた。

「いっらっしゃいませぇ~~~」

 場の雰囲気とは似つかわしい明るく可愛らしい声で店員の女の子は俺を迎えてくれた。

「何をお探しぃですかぁ?何か趣味の物をお探しですか?それとも彼女への贈り物ですか?」とその子は馴れ馴れしい口調で尋ねてきた。

「オルゴールを探している」と言っただけだが、

「彼女さんへの贈り物ですねぇ~~~、こちらです」と勝手に解釈して答えを返してきた・・・、外れてはいないが。

 その子に案内されて所狭しに飾ってあるオルゴールの場所へと導かれる。

「手に取って見てもいいのか?」と確認のためその子に聞いていた。

「当然ですよぉ~~~、ちゃんと確認して好いのを買ってくださいねぇ」

 その子はそう言うとカウンターへと戻っていった。色々と手にとってメロディーを確認する。どれも俺の心を意図も簡単に捕らえる調を聴かせてくれる。中々決められない。もう一度確認してみる・・・、駄目だ!決められない。そう思っていると飾っていた一つのオルゴールを誤って落としそうになった。床に落ちる寸前で何とかソイツの危機を救って見せた。それはまだ音階を確認していないものだった。

 それは俺の手の甲よりもやや小さかった。それの口をあけ旋律を確認。・・・・・・何時か何処かで聞いた事のあるような音色だった。決定。オルゴールの小箱には何とかさっき注文したブローチが収まりそうだ。そして、それを持ってレジへと向かう。

「ありぃがとぉ~~~ございまぁ~~~すっ!彼女さん、喜んでくれるといいですねぇ」

 会計を済ませるとその子はそう言って来た。俺は苦笑しながらその店を後にした。

 最後に待ち合わせの場所の鳳公園に向かい手ごろな場所を探し周囲を見回していた。なんとも芸術的?奇妙な形のオブジェが幾つか飾ってあるのが目に映る。

 その中から一番まともそうな物を探すこと15分。決定したオブジェの前に立つ。そのオブジェにプレートが付いていたのでそれを読んでみる。

〝シュトラート・シュトラス作、シャイン・ピサロ〟と書いてあった。

 そのオブジェの名前を持っていた手帳に書き記しその場を後にした。

 イヴの日の事を決定してから約二週間。どんな風に詩織を誘おうかとバイトの合間に考えていた。

「藤原君、ソロソロ上がりの時間ですけど?・・・、来週のシフトの件の確認したいのだがいいかね?」

「ハイ、何でしょうか?店長」

「24日の仕事ですが・・・」

 店長の言葉を聞いて俺はハッとした。二十四日にバイトが入っていたことスッカリ忘れていた。

「店長、済みません、その日・・・・・・」

「ハハッ、確認してよかったですよ。彼女のいる君がこの日を開けておかないなんて可笑しいと思っていましたから」

 店長に理由を聞かせた。そしてその店長はスンナリと俺の意思を受け入れてくれた。その代わり二十三日はフルタイムで働いてくれと約束させられる。しょうがない自分が悪いのだから。

 詩織へどうやって誘い出そうかと考えてすでにクリスマス四日前。彼女にはその日に予定が無いって事はすでに確認済み。ベッドで横になりながら頭の中で思考を巡らす。

「E―メール」と言葉にするとPCの置いてある書斎へと向かった。

 ディスクトップPCを立ち上げOSが立ち上がるのを待った。全てが入力出来る事を確認するとアウント・ルックというメールソフトを起動させた。

 画面上のそれを眺めながらどんな文面にするか考えた。・・・、面倒だ。簡単に、

『12月24日、5時30分PM』

『鳳(おおとり)公園、シャイン・ピサロ前で待つ』

『ドレスアップして来る事』

『From 藤原貴斗』とメールソフトの文面欄にそう入力した。

 それを見てハハッと自分に苦笑した。これで良い、〝シンプル・イズ・ザ・ベスト〟と自分に言い聞かせる。後は件名だけか?どうしよう?気が聞いた文面など考えるはずも無い。件名だけで暫く考えてしまった。

 結局その文面は、〔X,mas With You!〕となった。単純だがこれでいいだろう。

 二十三日のバイトの後、二十四日の明け方まで慎治の悪につき合わされ午前中から午後にかけて爆睡してしまった。

 目覚めた時はすでに午後四時を過ぎていた。目を覚まし時計を確認する・・・、4時37分PM。

「チッ、しまった、もうこんな時間か!」

 そう独り言をすると即行で支度に取り掛かった。家を出たのは午後五時前。昨日、取りに行けなかった。発注済の詩織へのプレゼントを取りに909に向かった。

「クソッ、この服、動きにくい」

 ボヤキながら着慣れていない服に文句を言い、コートを片手に909へと駆け寄って物をGet。ブローチのケースの包装を断っていたのでそれは剥き出しのままだった。持っていたオルゴールケースにそれを移し替える。

 オルゴールの中はクッションがあってこのブローチが傷付く心配は無いだろう。ブローチはそれの中にぴったりと収まった。多分、このオルゴールケースは本よりアクセサリーを入れる意味で作られていたのかもしれない。

 現在時刻5時18分、何とかギリギリ間に合いそうだ。彼女の喜ぶ顔を思い浮かべ、それと若しかして待たせてしまうかもしれない事を心配しながら鳳公園へと特急した。

 鳳公園に到着すると息と服装を整え、詩織が待つ指定した待ち合わせ場所に向かった。徐々に彼女が視界へと入ってくる。詩織は下を向き、白い息を漏らしていた。寒そうだ、早く彼女の元にいって暖めてやりたいとそう思った。

 詩織の前に立った俺は紳士的に言葉を掛ける。

「こんな寒い所で待たせてしまったようだな、済まない」

「そんな事はありません、時間ぴったりですよ」

「時間通り来ようが来まいが、詩織を待たせてしまった事実は変わらない、だから謝る」

 自分の感情を曲げずにそう彼女に伝えていた。

「フフッ、分かりました、許してさしあげますわね」

 詩織は微笑みながら俺を許してくれる。だが寒さの所為なのか?表情が幾分硬い。

「寒いのか?」

「少々、冷えてしまったかもしれません」

「俺の手そんなに暖かくないが」と自嘲まじりでそう言いながら俺の手は彼女の手を包んでいた。

「貴斗君の手、とても暖かいです」

「そろそろ、移動しよう。寒さは女性の身体によくない」

 詩織の手に温盛を感じ始めたので、彼女に言葉を掛けながらここから移動する。

「ネェ、メールにはどう言うご予定なのか何も書いていませんでしたけど?」

「何も知らせない方が、面白みが有ると思ったから・・・・・・・・・、嫌だったか?」

「そんな事ありませんよ、私も貴方の意見に賛成です」

 これは俺なりの趣向であった。彼女がそれに喜びながらそう答えてくれたので、少なからず嬉しかった。

「それで貴斗君、今からどちらへ向かうのでしょうか?」

「そこに着くまで待て」

 詩織の反応を楽しむようにそう言葉にし、彼女をその目的地に連れ出そうとする。

 この日、詩織の大胆さを・・・、それと彼女がどれだけ俺を想ってくれているのか知る事が出来た。

 この先、ずっと何の障害も無く彼女と一緒にいる事が出来るのだろうか?

 宏之、慎治、隼瀬、春香、翠達を差し置いて俺達二人だけが平穏な日々を送る事を許されるのだろうか?

 そんな筈は無いのだろうけど、もしそれが許されるのであれば詩織をあらゆる事から護っていけるだろうか?

 記憶を取り戻しても彼女をずっと変わらず好きでいられるだろうか?しかし、その答えは現時点の俺ではそう易々と予測できる事ではなかった。まぁ、そんな事は誰だって出来る事ではないな。だけど今は出来るだけのことはしよう。

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