第 二 章 自分の意思

第四話 束の間の喜び

 あの事故から更に半年が過ぎ様とする2002年3月18日、月曜日

~ 聖陵大学付属学園高等部校門前 ~


「詩織先輩、貴斗さん、おはようございまぁ~~~すっ!」

「翠ちゃん、おはよう御座います」

「おはよう」

 今日は聖陵高校の受験合格発表日。この学校は私立なのに受験日が遅い。学校側によると、公立の滑り止め対策だそうだ。

「翠ちゃん、早速、見に行きましょうか」

「あァ~~~、なんだか凄くドキドキするぅ~~~」

「心配する必要ない、大丈夫だろ。あれだけ頑張ったんだから」

 彼女、翠はスポーツ特待、多数の有名校へ進学の道が十分あった。

 ここもそれで入学出来たはずなのだが、態々、入学試験を受けてこの学校に入学しようとしていた。

 話しによれば友達に特待生で入れるのを羨ましがられ、それに反発して受験をする事にしたらしい。去年の十月の終わり位から恋人の詩織と翠の頼みもあって彼女に得意分野を教える様になっていた。

 詩織から翠の家庭教師みたいなものを頼まれた時はどうしようと思ったが彼女の姉が事故に遭ってしまったのは自分に責任があるから、その贖罪のため春香が目覚めるまでは詩織と二人で翠を支えていこうと心の中で誓った。

 俺の教えがどれだけ彼女の役に立ったかどうだか知らんが到頭、結果発表の日を向かえてしまっていた。今、俺達は校舎入り口の特設掲示板近くにいる。

「あぁ~~~ん、人がいっぱいで見えませ~~ん」

「わたくしが、受験し、その結果を知る為に同じ様にこの場所へお運びしました時もそうですが、結構、今年も多く見に来ていますわね。これでは私にも覗くのは無理みたいです」

「当然だ、ここマンモス校みたいだからな」

 当然と言えば当然、何せ普通科、商業科、電気電子工学科、機械科、体育科、家政科、音楽科と他にも多くの学科が存在する。人気校らしいので圏外からの受験生も多いようだ。

「科別に掲示してくれれば良いのに」

「今更ながら、私もそう思います、少し待つことにいたしましょう?」

「早く見たいですぅ~!」

 不満そうに口走る彼女。そんな彼女を分からない様に見下ろす。相変わらず翠は小さかった。この人込みの中では50cmくらいの踏み台が無いと掲示板を覗くのは不可能だろう。

「俺が代わりに見てやる」

「自分で見なくちゃ意味ないですよぉ」

「それもそうだな」

 暫くして――――――――――――、一向に受験生達の数は減っていない。

 あちらこちらで、泣いたり笑ったり歓喜の声を上げる奴らがいた。

 翠は自分の受験番号を見ながら不安な表情を浮かべていた。しょうがなく行動を起こす。彼女の体を掲示板が見える位置まで持ち上げることにした。そして、急に抱き上げられた翠は驚いた言葉を上げる。

「キャッ、エッチィ~~、何するんですか貴斗さん。ハッ、恥ずかしいから放してください、下ろしてください!」

「そう思うんだったらさっさと自分の番号探せ!」

 俺だって恥ずかしくないわけじゃない・・・。だが、いつもどおり平静を装いそんな風にぶっきらぼうに口にする。俺のその言葉で彼女は早々と探し始めた。なぜか詩織の視線が妙に俺の背中に突き刺さる。何故?

「アッ、有りました、有りましたよ、貴斗さん、詩織先輩、やりました!」

彼女がそう言うと彼女を直ぐに下ろす。すると翠が急に俺に抱きつき、感謝の言葉を連呼する。

「先輩、アリガト、有難う、有難うございますぅ!」

 詩織の視線が尚も俺を責め立てる、何で彼女は俺を睨むんだろうか?

「いたたたたっ、痛いから放してくれ」

 そう言うと翠は俺から放れた。彼女、小柄な割り結構力がある事をこの時、理解した。さすがスポーツをやっている事だけはある。

「翠ちゃん、よかったですねぇ、おめでとう御座います」

 詩織がそう言うと彼女は俺にとった同じ行動を詩織にもして感謝の気持ちを伝えているようだ。そんな翠を詩織は詩織でまるで子猫を扱うような感じで頭を撫でていた。

「オメデトウ」と一応、祝福の言葉を伝えてやる。

「貴斗センパぁ~~~イ、何かお祝いください!」

 詩織に抱きついた体勢のまま翠はそう言ってきた。

「ハッ?何を言っているんだ、言葉だけで十分だろ!」

「エェーっ、だって八神さんが、貴斗先輩にオネダリすれば何でも買ってくれるって言っていましたよ」

〈慎治、あやつ余計な事を吹き込みやがって後で絞めないといかんな〉

「俺が誰かの為に買ってやるのは詩織だけだ!」

「やっ、止めてください、貴斗君、そんな事を言うの!恥ずかしいです」と言いながらかおを紅くしていた。

「ハイ、ハイ、ご馳走さまぁ~~~」

 だがしかし、本当にどの様にしてやるべきか・・・?ここは俺の心の器のでかさを見せるべきだな・・・。

「ハァ、しょうがない、今まで頑張って勉強してきたし、受験にも合格した、いいぜ!祝いのもん買ってやる」

「ホントですか!?」

「俺のメモリーに、二言と言う言葉は登録されていない、安心しな」

「ヤッタァ~~~。じゃ、早速、買い物に行きましょう!」

「もう、本当に貴斗君って翠ちゃんに甘いんですから」

「別にいいだろ、これくらい」

「私、知りませんからね!」

 この後、詩織の言葉を痛いほど痛感した。翠に買ってあげた祝いの品、再生専用MD税込み二万五千円、詩織にせがまれたUFOキャッチャーのぬいぐるみ六千円(俺も詩織も下手くそなゆえに最後は翠に頼んで取ってもらった)。

 三人分の昼食代全て俺持ち五千六百円(二人ともあのホッソリした体系の割にはよく食べる)、その他諸々、壱万円札五枚は羽を着けて財布から飛び去って行ったのである。

 いくらバイトしていても突然の出費で一日だけでこの金額が出るのは少々?いや、かなり痛い。

 だが、詩織も翠も良い顔していたから、マッいいだろう。それと俺は聖陵大学工学部、詩織は法学部、慎治は国際経済学部へと駒を進める。

 隼瀬の奴は実業団行きを止め大学進学ではなく就職。何故そうしたのか?その理由を今の俺は知らない。宏之はあんな状態では受験どころか進学など不可能だった。故にフリー・ランサー。

 慎治とは大学が一緒だから顔を合わす機会はいくらでもこの先ある。だが、隼瀬と宏之は別の場所。春香は目覚める気配が無い。それにいまだ俺の記憶は戻らない。これから先俺達の仲はどうなってしまうのだろか?不安でしょうがない。

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