第二章
休息
「さっむ.....早く交代時間になってくれねえかな」
深夜、秘匿基地の付近で監視をしている兵士は白くなった吐息を見ながら身を震わせて職務を執行していると、不自然な反射を見た。
「なんだあれ?」
すかさず双眼鏡で反射のあった場所を覗き見るが、暗闇しか見えず海面の反射だったと納得させて双眼鏡を下ろした瞬間、「うわあっ!」と叫んで思わず腰を抜かしてしまった。
昼間の勝利を噛みしめながら帰還した山城は鼓膜を貼り直してもらい、仲間たちと夕食を共にしてそのまま宿舎で眠って夢を見ていた。
その夢は〈ゆきかぜ〉に乗艦して[海の守人]たちを一網打尽にするというモノで、そして今見ている夢は自覚があった。
明晰夢という体験は初ながらも冷静に山城は分析し、この夢は小学生などがよく見る
普通なら咎められるかもしれない。だがここは自身の夢だ。石川艦長は離れた山城へ何も言わず前を見据え続け、先程まで撃ってきた[海の守人]たちも途端に静かになった。
艦内をしばらく歩き山城は驚く。娯楽室、食堂は錆の形までそっくりそのままで極めつけは自分の使っている部屋の枕元に先輩英国人クルーが置いて行ったコミックだった。
「機関室なんて一度も見たことないが、しっかり作られてるのか? 」
純粋な疑問を抱いた山城は階下へと歩みを進める。歩き始めてしばらくは見覚えのある景色だったが、段々と見知らぬ景色となりそこで自分は道に迷ったのだと気づく。
狭い艦内を迷うはずがない。だが、現に今こうして迷っている。もしこのまま目が覚めなかったらどうなるのだろうという疑問や恐怖が形を成さずに襲いかかり、引き返そうとして振り返ってさらに驚く。
そこには壁があった。
「え? あれ?」
「迷子?」
壁に驚いていると背後から声がかけられ振り向くとそこには巫女服を着た少女が首を傾げながらこっちを見ていた。
「迷子?」
少女はもう一度同じ言葉を口にする。山城は頷く。
「ううん」
しかし少女はその肯定を否定するように首を横に振ってこちらを見下ろす山城に近づいてきた。
そして少女が近づいてきた瞬間、地鳴りのような音と共に大きく揺れ、何事かと思っていると少女は彼の両手を握って切羽詰まった様子の表情で話しかける。
「お願い。機関室の一番奥のハッチを開けて! お願い!」
「ちょっと待って。もっと分かりやすい説明を───」
「教えてくれ!」
山城は自分の大声で起き、変な夢を見たと思いながら両手を見てぎょっとした。
「うわあ.....お祓い受けるか」
まるで子供に握られたような形で赤い跡がくっきりと腕に残っており、それを見て幾らか断片的な内容を思い出す。
「なんで今更〈ゆきかぜ〉のことを?」
「やっと起きたか! おま───ってどうした?」
寝床で重い身体を持ち上げ、手を握ったり閉めたりして疑問を問いかけていると伊藤が両手にプレートを持って山城の元へ現れ謎の挙動に首をかしげていた。
「食うか? まあ、腹が減ってるだろ?」
「ああ。勿論だ」
腰を上げ近くの机を指差すと伊藤はプレートを置き、椅子を引いて座り朝食を取る。
プレートの内容はブルーベリージャムのかかったマッシュポテト、ポークビーンズ、サラダで日本人の二人には慣れぬ味わいだったが、異国情緒を感じるのも一興だと思い箸を進める。
「美味いな。ジャムと
「だろ? 俺は前から知ってたぞ」
「ならさっさと教えてくれよ。損しちまったじゃねえか」
得意げな伊藤に山城は鋭い突っ込みをかまし、二人は笑いながらあっという間に完食した。
「食った食った.....だが、まだ食える」
「底見えずの腹は健在だな孝弘。食堂へ行けばまだあるはずだぞ」
「まじか行こうぜ!───と言いたいんだけどな」
山城は何処か楽しそうな声を出しながらもそれを抑えた様子で壁にかけてある時計を見る。針は秒針を除いて真上を向いており、時間がすでにかなり経っていることを示しながら同時にそれが昼食だと伝えてくる。
時計を見た伊藤はうなずき、山城へ一枚の紙を渡す。
「これは?」
「読んでみろ」
言われたとおりに目を通し、しばらく目を見開いて硬直している様子の彼を見ながら伊藤は
「『数量限定ランチプレート〜卓上連合〜』だと!? しかも昼食.....行くぞ!」
紙を握りしめ、まだ見ぬ味わいを求めて山城は急いで宿舎を飛び出して伊藤はゆっくりと後を追った。
「ううう.....」
「仕方ないだろ。数量限定って書いてあったろ?」
食堂へダッシュで向かったまではよかったものの、最後の一皿が目の前で売り切れてしまい、山城はそのまま崩れ落ちたところに伊藤が追い付き、周りの迷惑にならないよう近くの席に座らせる。
「だってよお.....あと一皿だぜ? それが目の前で....」
「はあ....まあ、これでも食え」
机に頭を預けうなだれる山城へため息をつきながら貰ってきたプレートを差し出す。
「これは?」
「まあ食ってみろ」
意図が分からず「??」で頭が埋め尽くされながらも山城は一口を運び咀嚼して飲み込む。
「うっまあ」
「昨日の戦闘で食べられなかったからな。心置きなく食え」
懐から財布を見せて余裕を見せる伊藤に山城は礼を述べてから言われた通りなんの心置きもなく次々と平らげ、段々持ってくる時間も惜しいと思ったのかカウンターに一番近い席に移動した。
それから時計の長針が半周するまで休みなく山城は食べ続け、やっと満足した様子でふう、と一息ついた。
「あともう少し食ってたら破産してた」
「何言ってんだ。ここは無償だろが」
ばれたか、と伊藤は舌を出しすぐ収めてコーヒーを飲む。
「さて、しばらくしたら行くか」
「どこへ?」
カップの半分ほど飲み終えてから意味ありげなことを提案する伊藤へ山城が首をかしげる。
「決まってるだろ。お見舞いだ」
「元気ですか? 艦長」
「おお、ケイにタカヒロか。見ての通り元気だ!」
ベッドに横たわっているガルシア艦長は二人の来訪に気付いて起き上がり、包帯まみれの右腕を叩いて元気をアピールしてると看護師から雷が飛んできてそっちの方が二人の笑いを誘う。
「にしても、まさかお前らだけしか来ないなんてことは無いよな?」
「『トリアイナ』の反動で〈サラトガ〉の甲板は全壊。さらに衝撃波で上空を飛んでいた機体の全てが不調なので全員それの修理につきっきりなので暇な僕らが来たんですよ」
「そうだ『トリアイナ』! あれはそんなに凄まじい威力だったのか!?」
目を丸くして声を張り上げ、その声量で痛めたのか脇腹を抑えながらガルシア艦長はうずくまるもすぐに起き上がり山城へ視線を移す。
「タカヒロ、あれを撃ってどう思った?」
「え?───私見ですが、効果は抜群です。しかしさっきも伊藤が言ってましたが連射が出来ない、さらに発射後の反動が大きすぎることから例の作戦には使えないかと思えます」
それに、と山城は付け加えるように自身の耳を指差し「砲手を考えられていません」と言うとガルシア艦長はため息を大きくつき、頷く。
「そうだ。あれは人が使うことを考えられていない。第一にドイツ帝国の陸上兵器を海でも使えるようにと考えた上層部と研究部の奴らに見せてやりたい
心底忌々しそうに呟きながら頭を抱える艦長と何も言えない二人に沈黙が流れ、気まずさが少しずつ歩んで来た頃、山城は素朴な疑問を口にした。
「そういえば、どうやってあの砲撃を生き延びたんですか?」
「砲撃?───ああ、あれは偶然だったんだが何故か艦橋にあった機器すべてが不調に陥ったんだ。それで仕方なく伝声管で各機関に担当が向かうことを伝え、私がそこから出た直後に砲撃が当たって吹き飛ばされてこの次第だ」
「強運ですね」
「そうだな。カズの言葉を借りるなら『
カズと言う名を聞いた山城は無意識に顔を強張らせていたらしくガルシア艦長は不用意にその名を口にしたことを恥じたようにさらに押し黙ってしまい、伊藤はその空気を察知したが何も思い浮かばず同じように黙る。
そして沈黙が病室を支配して時間が経った頃、カツカツと靴音を鳴らしながら一人の女性軍人が入ってきた。
「ガルシア艦長ですね? 他の皆様は退出していただけないでしょうか」
「だ、誰ですか?」
病室に入ってきた女性は掛けていた黒いサングラスを外し、青い瞳で動かずにいる二人を見下ろしながら軽蔑の色を混ぜて改めて見る。その言葉を発さずとも感じる圧に二人は仕方なく外へ出る。
外へ出ると先程の女性軍人と似たような服装の屈強そうな士官二名が扉の前に立ち塞がり入れないようにした。
「なんなんだよ....」
「全くもって意味が分からない....だが、このタイミングだ。昨日の戦闘に関することじゃないか?」
不快感を露わにしながら近くの喫煙室で煙を吐き出す山城と冷静に分析と推測をする伊藤が手に持っている煙草は既に灰が溜まっておりそれを灰皿へ落としながら吸い直していると壁越しでも分かるほどの怒号が耳を襲う。
「なんだ!?」
「しっ!」
驚く山城を抑え、伊藤はまだ聞こえてくる怒号へ耳を傾ける。
(なんの根拠があってそんなことを! 第一にあり得ない!)
(そ──得な────観され────告しに───す。分かってください)
「相手の方は声が小さいな。上手く聞き取れない」
「おいおいなんなんだよ全く」
そんなことをしているうちに女性軍人は病室を退室し、サングラスを掛け直す間際に喫煙室で盗み聞きしていた二人へ冷たい視線を投げかけ士官たちと共に去っていった。
「艦長に聞くか?」
「いや、今聞いても話してはくれない。日を置こう」
新しい煙草を取り出し、伊藤はそれを吹かして時間を潰し、山城も同じように喫煙室にとどまる。
だからこそ彼らは気づかなかった。大急ぎで〈サラトガ〉などが停泊する港へ向かう兵士と整備員の波を。
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