追憶

皇歴2611年

記録日 1951年10月24日

記録者 【検閲済】

 洋上施設〈ハイランド〉への襲撃時、世界連合艦隊はこれを撃退しさらに[海の守人]所属の空母一隻と護衛に就いていた駆逐艦四隻の拿捕に成功。しかし、直後に襲来した別動隊の奇襲によって〈ハイランド〉は修復不可能なほどに破壊された。我々は太平洋の制海権の前哨基地を失ってしまった。これに代わる前哨基地の建設が目下の課題である。

 この防衛戦によって米国海軍艦一隻、英国海軍巡洋艦一隻、重巡洋艦一隻、駆逐艦八隻が轟沈。空母一隻が大破。死傷者は三千人超えとされており行方不明者はそれを凌駕する四千人。

 後述の艦は本戦闘によって撃沈または行方不明のため、敵艦認定。発見次第、攻撃は無条件に許可する。

〈ニュージャージー〉〈ロンドン〉〈ヨーク〉〈ノーフォーク〉〈ウィルトン〉〈ヴィンディクティヴ〉〈キャティストック〉〈タインデイル〉〈ベルモント〉〈スウィフトシュア〉〈カナダ〉〈レゾリューション〉〈雪風〉



 図書室の一角で淡々と書き記されている報告書を読み終え、それでも現実が受け入れられない日本人士官はただただ文面を見続けて目に焼き付けていると背後に気配を感じ、振り向くとそこには彼と旧知の仲である伊藤が立っていた。

「ここにいたのか。行くぞ」

「ああ」

 報告書を司書士に返還し、帽子を被りなおして後に続く。

 廊下を慌ただしく駆けまわる水兵たちとすれ違いながら伊藤は口を開いた。

「何を読んでいたんだ?」

「あの日の報告書さ。未だに信じられないんだ」

「そうか.....」

 伊藤は質問しながら次にかけるべき言葉が思い浮かばず、閉口し再び沈黙が二人の間に流れるも館内いっぱいに鳴り響く警報で顔を見合わせる。

《[海の守人]の艦隊が付近に出現。機動打撃艦隊は迎撃せよ》

「早速お呼びだ。食堂へ行こうと思ってたがこりゃあまたしばらくお預けだな」

「俺は嫌いじゃないぞ」

「まじかよ!」

 帽子が飛ばないよう片手で抑えながら奥の避難所へ逃げていく兵士たちとすれ違っていき洞窟を改造した港に係留してある空母〈サラトガ〉へ乗艦し艦橋へ駆け込む。

「山城准尉、入室します!」

「同じく伊藤一曹、入室!」

「遅いぞ貴様ら。───それより配置につけ」

 ガルシア艦長は慌てて入ってきた二人へ厳しい声で指摘するも腕時計を見てからまだ時間内だと気づいて静かに前を向いて閉口する。

 それが遅刻を許したの意に気付くまでしばらくかかった伊藤は急いで羅針盤の前に駆け、山城は敬礼をして艦橋から退出して格納庫へ下りると目的のモノはすぐに見つかった。

 格納庫へ降りた山城から見て最奥部、つまり〈サラトガ〉の艦首近くに置かれている布が被された巨大な鉄塊を整備していた初老の米国人に話しかける。

「どこが砲手席ですか?」

「ここがそうだ。だが、一発しか撃てないぞ。気を付けて狙ってくれ」

 黒光りする鉄塊を愛おしそうに撫でながら強く頷いてから米国人整備長は席を軽く叩き、続いて撃ち方などを解説する。

「ココとコレを目標へ合わせて引き金を引け。角度修正などはペダルを踏めば出来るからな。健闘を祈る」

「りょ、了解!」

 強大なプレッシャーを感じながら山城は頷いたと同時に船体が大きく揺れ、どよめきが起こる。

「慌てるな!───ついに場所が特定されたのか.....お前ら! 機体のメンテナンスおこたるなよ!」

「はい!」

 格納庫いっぱいの機体をチューニングしていた国籍、年齢様々な整備兵たちはスパナなどを掲げて元気よく返事をしてすぐ職務へ戻ると艦内放送が始まる。

《全乗組員たちへ告ぐ。本艦はこれより西吉港を出港し、砲撃を行っている[海の守人]艦隊を攻撃する。我々が逃げるだけだと思っている鉄屑どもへ手向けをしようではないか。以上》

「よし聞いたなお前ら! 急がず大慌てで完璧にしろよ!」

 艦内放送より大きな怒号で整備長が喝を入れると一層慌ただしくなり、山城はとりあえず更衣室に避難していった。

 更衣室には航空服に着替えてくつろいでいる飛行隊たちが談笑を交わしており、入ってきた彼を知っている人物も手を振ってくる。

「お? 久しぶりだね」

「お久しぶりですウィリアム伍長」

 黒髪をまとめ上げた中性的な顔立ちの日系人パイロット、ウィリアム伍長は敬礼してきた山城を軽くなだめて隣の席を指差すと礼を述べてから座ると、紅茶を淹れて差し出してきたパイロットにも例を述べて受け取った。

「いや~まさか同じ艦隊に配属されるなんてね。そういえばあの二人も?」

「ええ伊藤も絢加里も一緒です。本当に驚きました」

 ははは、と笑うウィリアムの胸元にはかつて所属していた部隊の象徴である鷹とカラスが睨み合っていたのではなく、北極星へ剣が掲げられている物に変わっていた。

「ここもだいぶ変わったけど、何より笑いが無くなってきたね」

「そうなんですか?」

 ああ、と頷きながら答えるウィリアムの顔は少し曇り気味でビースト隊が解体されたことに対して気が落ちているのだと山城は推察した。

「違うよ? なんていうか、なりふり構わなくなってきたから寂しいのさ」

「どういう───」

「おう皇国海軍人! 吐かなくなったか?」

 質問しようとして、急に背後から背中を叩かれた山城は飲もうとしていた紅茶を詰まらせ、むせてしまう。

「おお、わりいな。で、あれ以来飛んだのか?」

「ごほっごほっ、飛んでませんよ....」

 背中を叩いた犯人であるウィリアムと同部隊所属のセバス・カスカミは山城の答えに不服そうに顔をしかめ、すぐいつもの豪快な笑い声を上げながら隣に座り山城の飲んでいた紅茶を横取りして飲む。

「で、調子はどうだ? 〈サラトガ〉の水は飲めるか? 俺は飲めねえんだけどな」

「その飲んでる紅茶、〈サラトガ〉の水使ってますよ」

 ぶほっと山城以上に吹き出したセバスへ周囲は笑い、むせながら彼は真実を突きつけたウィリアムを睨みつけた。睨まれたウィリアムは素知らぬ顔で視線を逸らし、何かを思い出した様子で指を鳴らしてポケットから布に包まれた何かを取り出す。

「これは?」

「戦争が終わったら開けて。それまではお守り代わりにね」

 ウィリアムが意味ありげなことを言った直後、赤色灯が灯され警報も鳴り響く。

「時間か。出撃!」

 柔らかな表情から一変し、部隊を率いる隊長としての顔に変わったウィリアムは一足先に部屋を出て愛機へ駆けていき、他も同じように向かった。

「砲撃なし! レイヴン隊上げろ!」

 整備長の鋭い指示と共に天井部が開きながら数機の機体を載せたエレベーターが上がっていく。

 ガタン、と小さな衝撃と音を上げて静止した甲板上には誘導灯を持った飛行甲板士官が先頭で待つ二一型零戦へ出撃許可のシグナルを送ると、パイロットは敬礼をしてから離陸していき、先に離陸した零戦や後続の機体たちの垂直尾翼には世界連合艦隊のロゴである円状の星を咥えるカラスが描かれていた。

「レイヴン隊.....烏か」

 エレベーターに乗って甲板に上がった山城は部隊名を復唱しながら周りを見る。

 ひらけた海、僅かに漂う霧、そして鼻腔を刺激する何かが焦げた匂いとガソリンが燃える特徴的な臭み。ふと見上げると一部が吹き飛んだ艦橋部が目に入り、考えるより先に走り出す。

「ケイ! ガルシア艦長!」

 ひしゃげた扉へ渾身の体当たりをして解放し、艦橋があった場所へ駆け込むとそこは黒焦げの機械と破片や、その機械の上で炎がくすぶっていた。

「そんな.....」

 さっきまで話していた。ここで叱られ、格納庫へ駆けて行った。

 鉛のような足を引きずりながら伊藤がいた場所へ歩む。計器は爆心地から近かったこともあって原型は留めておらず、土台部分しか残っていない。

 旧友と恩人を同時に失い、ついにその場に座り込んでしまった山城へ背後から厳つい声が飛んでくる。

「山城砲手! 目標が出てきたぞ!」

「っ───はい!」

 零れた涙を袖で拭って隠し、格納庫へ下りる。

 既に格納庫では『切り札』の準備は整えられており後は撃つ人間のみが必要な状態であった。

「準備はいいな? 一撃必殺だ」

「勿論です」

「よし。上げろ!」

 格納庫の最奥部でエレベーターに固定された黒い鉄塊に座り、トリガーを握り照準を覗き込んだ山城を見た整備長は合図をし天井部が開き鉄塊がその姿をさらす。

 鉄塊が〈サラトガ〉の甲板上に現れた時、海上には一隻の船しか山城には見えなかった。否、重なっていたため一隻に見えていた。

「ここで沈める。絶対に!」

 艦隊の最前列に鎮座する〈ワシントン〉を睨みながら揺れる船とその中心部が合わさるその一瞬を今か今かと待ち、その時間を山城は一生にも感じた。

 そして遂にその瞬間は来た。

 僚艦が放った砲撃が〈ワシントン〉の近くに着水しその衝撃で一瞬照準の中心部へ移動した。

「今!」

 その一瞬を見逃さずに山城は撃鉄を引き、その動きに連動して鉄塊は膨大な熱と音を〈サラトガ〉にぶつけ、その衝撃で艦は大きく後退する。

 鉄塊こと列車砲から放たれた徹甲弾は空気を切り裂き、音を置き去りにしながら〈ワシントン〉の艦首を貫きそれでも勢いは衰えず後続の戦艦〈リットリオ〉も貫通しそのままさらに後続へ、後続へと挑みついに最後尾にいた〈アロー〉の艦中心部あたりで静止し、遅れて四連続の大爆発が起きた。

 波に揺られ、眩しさも消え去った頃、〈サラトガ〉と迎撃していた艦たちから歓声が沸き立つ。

「やったぞおお!!」

「おおおお!!」

 歓声は海をつたって陸地にまで届き、空にまで響き渡った。

「はあ、はあ.....」

「よくやったな山城!」

 列車砲の衝撃を最も近くで受けた山城の鼓膜は破れ、さらに一発しか撃てなかったというプレッシャーから解放されヘトヘトだった彼の肩を叩く人物。肩を叩かれた山城はその方向を向いて目を見開いた。

「お、おま.....え......」

「ああ。俺だよ」

 肩を叩いた人物の正体は死んだと思っていた伊藤だった。そのことに驚き、同時に無事を知った山城は彼に抱き付こうとして拒否され、そのやり取りにぷっと吹き出した二人はたった一瞬の安息を楽しみ尽くそうと笑い続けた。


 戦闘が終わり、夜を迎え誰もいない静かな海域に『それ』は現れる。音もなく浮上し、排水しながら航跡を海へ残しながら世界連合艦隊秘匿港へ向けて舵を切るその艦の存在を誰も知らなかった。



皇歴2611年

記録日 1951年11月3日

記録者 【検閲済】

 世界連合艦隊はこの戦闘で初めて知った事実があった。それは、[海の守人]が変異しなかったことである。要因は不明だが最も有力な仮説は一撃で仕留めたという説である。

 さらなる収穫は甲板を一撃でダメにしてしまうというデメリットを持ちながらも絶大な威力を誇った設置型砲台、通称『トリアイナ』の有効性が証明された。我々もついに反撃の準備が整った。あとは時間だけである。




第一章

洋上施設防衛編、完結

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