敗戦
「ソナーに反応あり! 駆逐艦四隻と巡洋艦一隻です。──まさか本当に海底から来るとは」
「彼らも学習してるんじゃないかと仮説を立ててみたら的中だ。素直に喜べん」
「艦長の終戦後の職は専門家かもしれませんね」
笑えない冗談だ、と石川は苦笑を浮かべながら前方の敵艦隊を改めて確認する。
「敵艦隊を視認。空母の国籍は分かるか? それと、護衛艦の種類もだ」
《了解。今すぐ取り掛かります》
昨晩の戦闘で見事艦種を当てた船務士に依頼をすると二つ返事が返ってきた。
「高高度より接近する反応アリ!───機種を確認。シーファイア二個小隊。〈サラトガ〉から発艦した部隊かと」
「バカな! 今攻撃をすれば撃墜されるぞ! 今すぐ中止させろ!」
「はい!──敵艦は一隻にあらず。駆逐四隻なり──ダメです通信繋がりません!」
「手旗でも発光信号でもなんでも使え! モールスに固執するな!」
艦橋に響く通信士の悲鳴にも似たような声色での報告と怒号散らし外へ駆けていく足音を聞きながら石川は手遅れだと思い、顔を伏せる。
「諦めないで! 和佐!」
「───両舷全速前進! 同時に全砲門特殊榴弾を装填!このまま突撃する! 〈大和〉は全砲門に徹甲弾を装填し次第敵空母へ射撃!」
どこからともなく聞こえた雪風の声に石川ははっとし、そして現状では最も無謀で愚かだが効果的な命令を下した。
「両舷全速前進!」
「全砲門特殊榴弾装填!」
石川の命令通りにボイラーは大きく唸りを上げ、〈ゆきかぜ〉は一気に敵空母艦隊へ距離を詰めていき〈大和〉もまたその背後にぴったりと追従していく。
「船務士より連絡あり! 敵駆逐艦はA級駆逐艦二隻、N級一隻に
「ついに皇国海軍が現れたか.....」
実に六年ぶりか、と年月のながらを感じながら昨日のように思い出す悔しさと怒りを抑えながら本命である空母の正体を見極めようと双眼鏡を構え、覗き込む。
「甲板部に日の丸は無し....我が陣営ではなさそうだ」
《あの煙突の形状と過去の撃沈記録からおそらく〈レキシントン〉かと》
「そうか。なら〈レキシントン〉の艦載可能数と艦載機を詳しく教えてくれ」
「飛行隊、爆撃体制に移行!」
「やむを得ない....対空機銃へ曳光弾装填し当てずに奴らの目に付く角度で撃て!」
「よろしいんですか!?」
驚いた様子で聞いてくる砲術長に石川は声を荒らげて許可をする。
「非常事態だ! 彼らが死なないなら汚名の一つや二つ被ってやる!」
「左舷部の対空機銃に配置! 曳光弾で当てない程度に狙え!」
命じられた機銃員が対空機銃に座り、手動で角度を修正し狙いを澄ませていると突如〈ゆきかぜ〉の近くを複数機の航空機が通過していった。
「なんだ!?」
「なあ暇すぎないか?」
「仕方ないですよ。出撃命令は出てませんし、暇なら参加してくださいよ」
「来ない方がいいぞ。コイツめっちゃ強えからな。もう二百ドルも吹っ飛んじまった」
「お前が弱すぎんだよ。ほいフルハウス」
おー、と周りがどよめきを漏らし手札を出したジェフに拍手が飛び対戦相手のウィルに全員の視線が移動する。彼は未だ手札を握り、残りのセバスが先に出すよう目線で促してきた。
「だークソが! ブタだよ!」
セバスが乱暴に机に叩きつけられた札はどれも揃っておらず、狭いロッカールームは笑い声が反響した。
「さあウィル、今度こそ君の番だ」
「はい。これです」
微笑を浮かべ、羽毛のように優しく出された手札を見て全員息を呑む。
「なっ!?」
「嘘だろ.....」
「ロイヤルストレートフラッシュで僕の勝ちです」
頭を抱えて悶絶するセバスの手元からウィルは得意そうな表情でまた紙幣を奪い取り、ジェフは素直に手渡すと満足そうに頷く。
もうセバスの財布が軽くなったのでお開きにしようとした時、ジェフは謎の危機感を感じ取り、表情が硬くなりその様子を見たビースト隊のパイロットたちは何事かと思った。
「隊長どうした?」
「いや、分からないが何かマズイことが起きそうな予感がするんだ。ウィル、ダスト隊やフレアのパイロットたちに出撃用意をしておくよう伝えてくれ。あそこの隊長二人はまだ物分かりがあるからな」
「了解」
ジャケットを羽織ってウィルがロッカールームから去ってからセバスは質問する。
「んで、最年少を追い出した理由は?」
「すまないがここで俺達は死ぬ」
ざわめく古参兵たち。しかしセバスは動じずに理由を問う。
「根拠は?」
「奴らの空母が来る。護衛を大量に引き連れてな」
「数は?」
「少なく見積もっても八隻以上。空母は二隻」
ひゅう、と感心したように口笛を吹いたセバスに周りは苦笑し口笛を吹いた本人は「ジョークだよ。笑え」と無理強いをした。
「だが居残るビースト隊が一人だけだとダメじゃないか?」
「そのことだがセバス、君は
「は? おいどういう────」
思わず立ち上がり問い詰めようとしたセバスの後頭部を隊員の一人がスパナで殴りつけ、セバスはそのまま伸びてしまった。
「さあ、これでウチの主力二人が出撃出来ない。君たちで補えるか?」
言葉は無く、自信満々な表情で強く頷く日系人たちへジェフは安心と罪悪感を覚えながら命令を下す。
「ビースト隊出撃! 各自とっておきの装備で最高の機体で臨め!」
「「了解!」」
ビースト隊はジェフの命令に日本語で答える。それは前もって考えられていたわけではなく、個々が最適解だと導かれた回答だった。
「おい、ビースト隊は出撃許可出てないぞ?」
「〈サラトガ〉の護衛だ。お前らも死にたくねえだろ?」
突然チューニング中だったモーラー改と一機の二一型零戦を引っ張り出したビースト隊へ整備兵たちは不信感を覚えながらも死にたくは無いので黙って発進準備を整え、エレベーターで甲板に並べる。
「本当に護衛なんだな?」
「くどいな。当たり前だろ? さあとっととエンジンを回してくれ」
そして全員の発艦準備が整った頃に慌てた様子の無線が入る。
《どこのバカだ! 今すぐ降りろ!》
「え?」
「もう遅い!」
艦長の怒りの声を合図にパイロット達は一斉にフルスロットルへ変更しモーラー改たちは己が先だと競って発艦していき二一型零戦だけが残っていた。
《おいゼロ! お前だけでも飛ぶな! そして何があったのか説明しろ!》
しかし零戦のパイロットは一切聞こえていないのかスピードを上げ、制止する怒号の主へ優雅に敬礼をしながら発艦していった。
「さらばだ艦長。世話になったね」
《こちらビースト4。ビースト9までを代表して準備完了を隊長殿に通達》
砂嵐音を混ぜながら来た報告にジェフは了解し、機内に無理矢理拡張され設置されたレーダーに目を向けると二つの白点が点滅している。
「全部隊員に伝える。手前の白点は友軍だからな。攻撃はするな。せめて冷やかし程度にしておけ」
ひゃっほう! とはしゃいだ声を無線が拾い、一部のモーラー改たちは降下していく。
「冷やかしだけだからな。絶対に傷つけるなよ」
《正規隊が高高度にて捕捉》
「まだ攻撃していないのか。だが────おいちょっと待て。敵艦数おかしくないか?」
ジェフは見え始めた白点のある場所を見ると空母の周りに四隻の駆逐艦が追走しており、高高度に位置するシーファイアたちでは目視出来ないほど暗い塗装が施されていた。
「気づいてると思うか?」
隣を飛ぶ僚機にハンドシグナルで問うと彼は首を横に振って上を指差す。
(お前が飛んで注意をそらせ、か)
「全部隊、これよりビースト1は独立する。以降の指揮系統はビースト6が後継する。以上」
指揮権の譲渡を終えてから思いっきり操縦桿を引いて急上昇し、爆撃しようと高度を落としてきたシーファイアたちとすれ違う間際、ジェフはトリガーを引いて乱射するとシーファイアの隊列は瞬く間に崩れ去りその場で旋回を始める。
《なんのつもりだ気狂い野郎! ついに反乱か!?》
「良く見ろ間抜け! 空母一隻だけじゃない! レーダーには映っていないんだ! 肉眼で見ろアホが!」
「なんだよ。どっちつかずのコウモリ野郎どもが.....」
怒号を逆にくらって少し驚いたシーファイアのパイロットは何か恨み言を呟きながら眼下の目標を見ると確かに空母以外に数隻の船がこちらを見ているようにパイロットは感じ、悪寒が走った。
《ここからは俺達狂犬の仕事だ。青臭いガキどもは飛んでくる爆撃機の相手をしておけ》
「はあ? 爆撃機なんてどこにもいねえぞ?」
周りを見ても爆撃機らしき影は一機もなく、意味の分からないことを言ってくる奴だと思いながら帰還しようとして上空から迫ってくる不可視の存在に気付き、慌てて回避軌道を取ろうとしたが間に合わず炎に包まれた。
「二一型零戦、タウン級へ急降下! 続いてモーラー改たちも他の護衛艦へと突撃を開始!」
「魚雷発射管用意! 全発射管左90度回転! 我々もこの期に乗じる!」
「進路そのまま!」
「全魚雷発射管左90度回転!」
機関を最大限に活用し、左舷側に見えるA級駆逐艦一隻が主砲の射程圏内に入る。
「主砲一番二番発射用意! 目標、前方側のA級駆逐艦!」
「主砲狙え!」
三門の主砲が前方側のA級駆逐艦へと狙いを定め始め、ついに互いの最も無防備な腹部を見せ合う形になった瞬間に石川の鋭い命令が下された。
「主砲、魚雷撃て!」
「主砲撃て!」
「魚雷射出!」
空気を震わせながら放たれた榴弾三つは全て命中コースを描き、A級駆逐艦の前方主砲部を鉄くずへ変え、魚雷たちはスクリュー部に命中したらしく大きな水柱を上げ速度を落とし、後続の同型艦も艦首部が減速した艦尾に激突し軋みを上げる。
もう継戦能力は無いと思われた矢先、上空から飛来してきた零戦は爆撃軌道を中断して上空で旋回をし始めた。
「分かっているな。あの飛行機乗りは」
今ここで沈めれば凶ツ神になると知っている人物は数少ない。少なくとも公式な記録は数えるほどしか存在しない。そんなことを思い感心しながら浮いてる鉄くずたちとすれ違い、旋回し空母右舷側に位置していたN級とタウン級を見るとこちらも炎上しているのみで沈められてはいなかった。
「空母の艦尾を狙え。これ以上〈ハイランド〉へ近づかれたら困る」
「副砲一番狙え。目標〈レキシントン〉艦尾!」
砲術長の命令後まもなく、副砲は轟音を響かせ〈レキシントン〉の艦尾へ命中し速度を落としやがて停止した。
(ついに拿捕か。────待った、出来すぎていないか? いや、それより〈最上〉はどこへ消えた!?)
機関を停止した〈レキシントン〉に接舷しようと接近しながら石川はあまりにも肩すかしを食らったように味気ない戦闘に不審感を覚え、裏があるのではないかと疑い始めた瞬間、艦内に衝撃が走りそれと同時に上空から不快な音と炎を抱いたシーファイアやモーラー改たちの残骸が落ちてきていることに気付いたその直後、警報と不快な音をまき散らしながら艦内に衝撃が走る。
「艦底に衝撃! さらに上空より爆撃機接近中!」
「対空戦闘! 急げ! 機関最大出力!」
「これが狙いか......!」
〈最上〉に下から体当たりされ、半ば座礁した状態で死神の鎌が振り下ろされるような風を切る音を聞きながら、石川は直上を向いて[海の守人]たちの成長速度に驚き、轟音と衝撃を最後に感じた。
その晩、太平洋のある海域はいつまでも日が沈むことがなかった。炎上し続ける〈ハイランド〉と周りの洋上に炎上しながら浮かぶ戦闘機の残骸、必死に防衛していたのか蜃気楼を未だに漂わせている鉄くずの上に据え置かれた主砲たち。そんな惨状の跡地を菊の紋章が縫われた艦長帽が一つ重油と血液の混じった海上を寂しそうにプカプカと漂っていた。
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