空の景色

〈ハイランド〉が敵空母の襲来に気づくところから遡ること二時間ほど前、〈サラトガ〉の甲板上からシーファイア一個小隊が発艦していた。

 理由は後に続く爆撃機BTMモーラー改の護衛の任につくためである。

 一小隊が発艦を終えた頃にモーラー改も発艦シークエンスに入る。

「エンジン駆動率問題なし」

《了解。続いてフラップ確認》

「フラップ確認了解した」

 管制官の指示通りにクンとフラップを動かし、それを近くにいた発艦員が確認し手を上げる。

「フラップ確認。問題なし」

《フラップ確認了解した。続いてエルロン確認》

「エルロン確認。問題なし」

 先程と同じようにエルロンを動かして確認を終え、管制官から次なる指示が飛ぶ。

《武装、機体共に問題なし。発艦を許可する》

「了解。ビースト1発艦する」

 黄色いジャケットを羽織った士官が旗を一気に振り下ろすのを確認してからフルスロットルで発進する。プロペラを回転させ一気にスピードが上がっていき甲板を発ち一瞬ガクンと衝撃が走りすぐに高度を取り始めた。

「ビースト1発艦成功。これより偵察任務に就く」

《コントロールよりビースト1了解》

「どうです? 空は気持ちいもんでしょ?」

 複座式に再度改造され拡張された後部座席に座るパイロットへビースト1は質問する。だが返事は返ってこず、不審に思って後ろを見るとパイロットはコックピットガラスから見える景色に釘付けとなっていた。

「これが、空──!」

「まだまだ高くなりますよ。そん時には酸素マスク装着お願いしますよ」

「了解しまし──って日本語喋れるんですか」

「そりゃあ、日本人ですもん」

 後部座席に座る山城はビースト1をまじまじと見る。すると彼は下げていたバイザーを上げた。米国人によくみられる青い目が山城を見つめ、からかっているのかと思った。

「いや、日本人ではあるんですよ。日系って言えばわかりますか?」

「日系人だったんですか.....」

「高度も安定してきたので改めて自己紹介を。今回山城二曹を乗せて飛行しますジェフリー・サガ・スミスです。どうぞジェフでもサガとでも呼んでください」

「山城孝弘です。よろしくお願いしますサガさん」

 操縦桿から片手を離してこちらと握手するべく伸ばされた手を握るとビースト1ことジェフは頷き、前を向きなおす。山城はジェフが操縦に集中し始めたのを見てまた外を見始める。

(こんなにも奇麗なのか.....)

「奇麗だ.....」

「でしょう?ここだけは[海の守人]も関係ないですから」

「空だけは水に接してないですもんね」

「ええ。───れも来ましたよ」

 左右を見るよう指差され視線を向けると二機のモーラー改が雲の海から浮上してくる。

《こちらビースト2。調子はどうだジェフ?》

「ビースト1良好だ。ビースト3は?」

《ビースト3同じく。ただお客さんはよろしくないようだ》

 そう言ったビースト3背後では伊藤のえずく声が聞こえ、山城も口を押さえた。

《おいセバス。他のお客人まで気分を害させてどうすんだよ》

《すまないウィリアム。気を付ける》

 そんな時、ビースト隊のやり取りを聞いていた護衛部隊であるシーファイアの一機が通信に乱入してくる。

《元気そうだなビースト1! 今日は暴れないのか?ああ、首輪があるから仕方ないな!》

「あまり愚弄するのも大概にしてもらおうかダスト4」

 けっ、とつまらなそうに舌打ちをしてシーファイアは元の護衛列に戻っていき、山城は呆気に取られていた。そんな彼の気配に気づいたジェフは謝罪し、説明をする。

「我々が所属している航空部隊、ビースト隊は日系アメリカ人だけで構成されてるんですよ。アイツらからすれば俺たちが乗ってるだけで気分が悪いんでしょうね」

「今はそんな些細なことを気にする余裕はないだろうが.....!」

 山城が悔しさを滲ませながら言うとジェフは笑い、手を横に振って否定した。

「言ったでしょう? 空は[守人]が文字通り手を伸ばしても届かない場所。近づきすぎると対空機銃が狙ってきますが。とと、そんな暗い話をしてても仕方がないですね」

《なら、俺が笑える話をしてやろうか!?》

《ビースト2、お前の話は毎回イジメてくる奴がボコボコにされる話だろ?つまらんよ》

《んだとセバス!?》

「ビースト2、3静かにしろ。まずはそうだな───海面ギリギリを飛ぼうか」

《了解!》

《あいあいさー》

 急遽予定を変更し、機首を下へ向かわせ急降下する三機のモーラー改を見て慌ててシーファイア達も続いて降下する。

 雲海を切り開いて進みながら抜けると、〈ハイランド〉とその周りを巡航している戦艦たちが目に映った。その中には〈ゆきかぜ〉もおり、山城たちはその全貌を客観的に見れた。

「あんなに改造されているのか.....」

「見たところ火器は全て巡洋艦レベルですね。エンジンも相当すごいでしょうよ、あの煙突だと」

 今までは前部甲板掃除と艦橋、そして艦内しかまともに見ていなかった山城は改めて敬意を表すると同時に〈ハイランド〉の損傷具合も目に映る。

 多くの施設は破壊され、尚も炎を上げ続け太陽に代わる光源となりそうな中を豆のように小さな点が走り回っていた。

「生存者見つかるといいですね」

「いや、いないと思いますよ」

「え?」

 思わず聞き返すがジェフは無言のままこちらを振り返らず、しばらくの間エンジンの駆動音と振動だけが二人を現実に留めていた。

「さあ、海面がみえましたよ」

「うおお...」

 コックピットの少し曇ったガラスから見える海面はいつも甲板や艦橋で見えるモノとは一味違って何か風情を感じた山城はこれにもまた見惚れているとジェフが操縦桿を横に倒し、反転させる。

「おっ!?」

「手に届きそうな距離ですよ! ほらほら!」

「安全飛行! 安全飛行お願いします!」

 楽しそうに操縦するジェフに山城は懇願するとしばらく背面飛行を続けてから戻り、その頃には満足そうなジェフと顔を真っ青にした山城がいた。

《なんだよ、背面飛行するなら言ってくれよ!》

《お客人を困らせるだけですよ。隊長はもう少し人がいるっていうことを理解してください》

 無線に二人は乱入しながら二機のモーラー改がそれぞれ側面に合流してきたのを見たジェフは頷き、良いプランを思いついて命令する。

「分かっている。セバス、ウィルは私の後方に移動しろ。」

《了解》

《あいさー》

 速度を落とし、三角の陣形になった三機は一度高度を上げて改めて〈ハイランド〉上空で旋回飛行をし始めた。

「よーく見ていてくださいね」

「は、はい」

 ジェフに言われた通りに〈ハイランド〉を見ていると突如急降下し、他の二機も追従し、乗客三人は席に縛り付けられる。

「おおお!?」

「さあ行くぞ!」

 エンジン全開で海面めがけて落下する三機はギリギリで機首を上げて水柱を作り上げて近くの巡洋艦を水浸しにした。

《ビースト隊! もっと節度を持て!》

「サービスですよサービス。それじゃあ、まだ演目もあるのでこれで」

 まだ何かを言い続ける無線を切り、前を見るジェフの顔はこの上ないほどの笑顔を浮かべながら操縦桿を握る手にも力が入る。

「ジェフさんもっと安全飛行を──」

「次は急旋回からの回転!」

 グルンと角度を変えて〈ハイランド〉内部の水路を駆け抜け、さらに直角の水路を無理矢理な飛行でしのいで空に出た。

「はあ、はあ.....」

「いやー楽しかったですね」

「もう飛行はこれっきりで───うぷっ」

 山城はついに耐えかねたのか席の下にあった紙袋を取り出し、嘔吐する。

 それからは至って普通の遊覧飛行で、山城ら三人はこれを最初からしてほしかったと青い顔で外を見ながら思っていた。

「着陸っと。お疲れさまでした!」

「はあ、はあ...もう...無理...」

 フラフラな状態で〈サラトガ〉の甲板に降り立った三人へビースト隊の面々は励ましの言葉とまた乗りに来てほしいと告げ、エレベーターで機体と共に下へ降りて行く。

「ずいぶんとお疲れですね。空はきつかったですか?」

「空が、と言うより操縦が人間じゃなかったです....」

 飛行甲板で生気が無い三人をオリバー伍長が拾って艦長室へ案内し、室内で待っていた笑顔のガルシア艦長と茶を飲み、少し楽になった井口は率直な感想を述べると艦長は豪快な笑い声を上げて自身の膝を叩く。

「そりゃあそうですよ。彼らは我が艦隊でも屈指の飛行隊です。常人が耐えられるという方がおかしいんです」

 そんな奴らと知っていながら石川は送ったのかと気づいた三人はやはりあの人物はいけ好かないと心の中で思っただけのつもりが顔に出ていたらしくガルシア艦長はさらに豪快な笑い声を上げていた。

「そういえば、石川艦長が渡した手土産って何だったんですか?」

「ああ。その正体はこれさ」

 ガルシア艦長は風呂敷で包まれた手土産を机の上に置いて封を解く。

 封が解かれ、あらわとなった正体は酒だった。

「これは?」

「カズサの故郷で作られている銘酒だ。私は日本の酒が好物でな」

「へえ」

 石川の故郷で酒が造られていたという初耳とガルシア艦長のあまりに嬉しそうな笑顔に三人は言葉が浮かばず、とりあえず頷き同意しているとサイレンが遠くから聞こえた。

「この音は?」

「これは───皆さんはここで待っていてください」

 低く腹に響くようなサイレンを聞いたガルシア艦長は艦長帽を被って部屋から去り、続いてオリバー伍長が敬礼をして退出していった。



「何があった」

「はっ、五時の方向より爆撃機が多数接近中とのことです」

「なに?」

〈サラトガ〉の艦橋に移動したガルシア艦長が状況を聞くと通信士が報告し、艦長がレーダーを覗き込むと確かに大量の点が南南東から迫ってきておりその点の奥には一つ大きな点がこちらに迫ってきている。

「空母か?」

「一隻だけです。護衛もいないのを見る限り[守人]かと」

「ついに来たか...」

 このタイミングで来るか、と忌々しく思いながらも今はこの大群が〈ハイランド〉を爆撃しようとするのは目に見えているため撃墜しなくては、という義務感に追われていた。

「英国海軍に連絡。方位170より爆撃機多数接近、至急撤退すべし。だ!」

《こちらダスト隊。飛行準備完了》

《フレア隊、同じく!》

 まだ警報すら発令していないにも関わらず飛行隊たちは既に準備を整え、甲板に続々と機を並べて命令を今か今かと待っていた。

「ダスト隊から順次発艦! 絶対に奴らを近づけさせるな!」

「発艦許可を確認!」

 ガルシア艦長の命令を復唱し、同時に甲板から紅の空へと飛び立つシーファイアたちを艦長は敬礼し送っていく。

(この戦闘で何機が生還するだろうか...)

 見送りながら在りし日の屈辱を思い出していると通信士が慌てた様子で報告をする。

「レーダーに反応!」

「どういうことだ!?」

 レーダーにかじりつくように見ると大きな点の周りから続々と点が現れ、あっという間に十二隻の大艦隊となった。

「発艦した飛行隊に連絡を入れろ! 未帰還者を絶対に出すな!」

「駄目です! 高高度に位置しているため通信が届きません!」

 もう駄目だ、何もかもがお終いだと諦めかけた艦橋に一通の希望が舞い降りる。

「友軍艦が一隻突入────駆逐艦〈ゆきかぜ〉!」

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