凶ツ神
「,,,,,ここは?」
ローガン中尉は頭痛から起き上がると、そこは装い豪華な部屋だった。身だしなみを整えてから外に出ると士官が一人、こちらに敬礼をしてきた。
「おはようございます艦長」
「艦長? 私が? なにかの間違いだ」
そう言いながらも自分の着ている軍服の肩には大佐を示す階級章が縫われておりローガン”大佐”は一応頷き、士官と共に艦橋へ向かう。
「艦長入室!」
案内した士官が大声で言いながらドアを開けると艦橋で作業をしていた全乗組員たちはローガンの方を向いて起立し敬礼をしてきた。
これは夢ではないだろうかと疑いながらもローガンは艦長席に座ると乗組員たちはまた仕事に戻り、打電する音や艦内設備に関する報告が飛び交い始める。
「[海の守人]捕捉!」
「どこだ!」
レーダー員に報告を要求する。
「〈ハイランド〉内部にいます! 数は―――八隻以上!」
「バカな!」
ローガンは驚き、双眼鏡で確認をする。
炎上する〈ハイランド〉の中、陣形を成して航行している〈ゆきかぜ〉を先頭とした艦隊を見てローガンは拳を強く握りしめ怒りを露わにした。
「803.....敵は討つぞ。全砲門開け! 戦闘態勢!」
「戦闘態勢!」
ローガン艦長の命令を復唱しながら警戒ベルを艦内に響かせ第一種戦闘配備に就いた〈プリンスオブウェールズ〉はエンジンに火を入れ、唸りを上げ始める。
「凶ツ神? どういうことです? アレが?」
「変異艦通称『凶ツ
凶ツ神と言う変異艦と化した〈レナウン〉は黒い船体に赤が横に走り、パチパチと放電すらして禍々しさを醸し出していた。
そんな〈レナウン〉を指差しながら山城の質問に石川は丁寧に答えながら額から落ちてきた汗を拭いながら砲術長へ即座に命令する。
「主砲三番目標〈レナウン〉!」
「しゅ、主砲三番狙え!」
慌てて復唱し駆動音を鳴らしながら後部主砲が〈レナウン〉に狙いを定め、命令を待つ意のベルをカンカンと鳴らした。
「そこの英国船四隻! 今すぐ撤退せよ!」
石川の警告も空しく赤く変色した船体の〈レナウン〉は砲塔をそれぞれ動かし狙いを定め、射撃する。
爆発音と鉄の裂ける悲鳴と共鳴するようにさらに〈レナウン〉は先程と同じような咆哮を上げた。
「何をしている! 撃て!」
「主砲三番
轟音と共に砲門から射出された徹甲弾は迷わず〈レナウン〉中腹部へと向かい着弾するもキンという軽い音と共に跳ね返され海に落ちた。
「貴様今何を撃った!」
「て、徹甲弾です」
その回答を聞いた石川は絶句し、その反応にただならぬ雰囲気を感じた艦橋はより一層緊張感が漂い始める。
「私は言ったはずだ。〈ハイランド〉で搭載した砲弾を装填しろと。もし装填済みなら急ぎ換装しろと!」
「か、換装する意味がないと思っていたんです! そもそもあんな化け物を相手にするなんて聞いてません!」
泣き言を言った砲術長を石川は殴りそうになり拳を振ろうとして鈍い音が艦橋に聞こえる。
なんと砲術長を殴ったのは石川ではなく山城だった。
「な、なにをする!?」
「命令をきちんと受理しなかったお前が悪い。今からでも遅くない!早く!」
頬を抑えながら砲術長が主砲3番装填員に〈ハイランド〉で搭載した砲弾へ換装するように命令し、数十秒してから装填完了のベルが聞こえる。
「現在〈レナウン〉は沈黙中―――なっ」
「どうした。報告しろ」
先程の一悶着から艦長席に戻った石川はレーダーを見ていた乗組員に報告を急くと震える声で信じられない言葉を口にした。
「[海の守人]の反応が増殖! これは―――先程撃沈された四隻のようです!」
「なにっ」
直後〈レナウン〉の付近から静かに水をかき分けながら浮上してきた四隻は〈レナウン〉と違って赤い船体ではなく撃沈前と大差はなかった。しかし、艦橋には人の姿はなくブウウウンという低い音を鳴らしながら〈レナウン〉を守るように〈ゆきかぜ〉と対峙する。
「5対1で完全に形勢不利だ。牽制射撃をしながらこのまま目的地へ前進―――いや待て回頭180度。ここで奴らを沈める」
「正気ですか!?」
操舵長の心の底から驚いた声に石川は無言で頷き、もう一度命令を下す。
「回頭180度! 主砲一番二番は前方英国船二隻を狙え。副砲一番は花火を装填しろ!」
冗談か果たして戦略的な意図があるのか分からない命令をすると〈ゆきかぜ〉がゆっくりと旋回し、〈レナウン〉に船首を向ける頃にはそっちは既に全砲門がこちらを歓迎していた。
「まずい!」
「総員衝撃に備えろ!」
一斉に衝撃体勢を乗組員たちがとる中、石川は艦長席に座りながら獰猛な笑みを浮かべて切り札へ命令をする。
「〈大和〉主砲一番から二番、撃え!」
命令後、姿を不可視の状態で〈大和〉が砲撃し、その爆音をまき散らしながらたった一瞬で英国船三隻が火を噴きながら水の上に浮くだけの鉄くずと化した。
「魚雷四番から六番、右20度回転! 回転後即発射!」
「魚雷四番から六番、右20度回転! 発射!」
ゴウンゴウンと回転し、魚雷発射管先端部が〈レナウン〉を見据え発射しバシュッと言う音と共に魚雷は白線を描きながら〈レナウン〉の腹部に激突し、水柱が三つ上がる。
「命中!―――目標に効果なし!」
「まだまだあ! 全速前進!」
「全速前進! ヒヒヒ...」
艦長の狂気に当てられたのか操舵長もおかしな笑い声を上げながら復唱しエンジンを唸らせながら〈レナウン〉へ突進していき、目の前に無傷の一隻が立ちはだかってきた。
「構わん! ぶつけてやれ!」
「うおおお! 総員衝撃に備えろぉぉ!」
警告した直後に〈ゆきかぜ〉の艦首は立ちはだかった船の右舷部に激突し、ギイイイと不快な音を撒き散らしながら減速しながらも少し押す。
「主砲一番、敵艦橋狙え!」
「主砲一番、目標敵艦橋!」
命令直後主砲が動き、艦橋を捉える。
「撃え!!」
「撃ち方はじめ!」
腹に響く轟音と共に敵艦橋を吹き飛ばし、その衝撃でグラリと重心を失った船を〈ゆきかぜ〉は体当たりで押し除けて転覆させついに〈レナウン〉を照準に捉えた。
「副砲、発射!」
「副砲撃ち方はじめ!」
ヒュルルと風を切る音を鳴らしながら〈レナウン〉の右舷甲板部に当たり、パアンと破裂し彩鮮やかな火花を散らし艦橋にいる乗組員たちの目を灼く。
「続けて主砲二番撃て!」
「主砲二番、撃え!」
ドオンと音を響かせ放たれた〈ハイランド〉で搭載された特殊砲弾は〈レナウン〉の腹部に迷わず命中し、先程の徹甲弾と違って鉄のひしゃげる音と共に爆発する。
「やった!」
「まだだ! 続けて魚雷一番から三番右30度回転。すれ違いざまに撃ち込む!」
鋭く間髪入れずに命令を下しながら石川は突然ズキンと頬の傷が痛み思わず反射的に触れた。
「艦長?」
不審に思った乗組員の一人が聞いてくる。
「いや、すまない。気にしないでくれ」
触れた手を下ろしながら石川は何故今この傷が痛んだのかと考えながら対峙する〈レナウン〉の動向を探るべく注視しているとある違和感を感じ取る。
今まで戦ってきた[海の守人]たちは長い時間をかけて狙いを定め、意味のない旋回行動などをするという意味不明な挙動が多かった。
しかし今目の前にいる〈レナウン〉は確実に僚船ごしの〈ゆきかぜ〉を狙いを定めたり、すれ違う際に極力魚雷が当たらないように角度を取っており[星の瞬き]作戦の際に接敵した時と同じようだと感じる。
(もしこの〈レナウン〉があの時と同じなら.....)
一つの答えにたどり着いた時、一際頬の傷が痛み背筋が凍った。
「和佐避けて!」
それと同時に少女が突然石川の前に姿を現して警告を口にする。
「進路反転! これよりD4域へこいつを誘い込む!」
「は、反転!」
既に二隻ともすれ違う直前であり、突然の反転命令に操舵長は驚きながらも命令をこなして反転し遠心力が〈ゆきかぜ〉全体にかかる。
「今だ! 魚雷発射!」
「ぐうう.....魚雷発射!」
反転中に雷撃長に指示を出し、即座に魚雷発射管から三つ射出された。しかし遠心力などもかかっていることから魚雷は二つほどあらぬ方向に進み、まともに向かっていったのは一本だけだった。
「駄目です! 回避されました!」
〈レナウン〉はたった一本の魚雷なら避けるのは簡単だと無言ながら主張するように避け、後方の水路に激突した魚雷は水柱を上げる。
既に〈ゆきかぜ〉と〈レナウン〉は互いに弱点である腹部を見せ合う形でありさらに〈ゆきかぜ〉の全砲門は向いていないのにも関わらず〈レナウン〉はこちらに砲塔を向けていた。
乗組員たちは打つ手なしと絶望し、〈レナウン〉の砲塔が火を噴くのを待っていた。
だが石川は違った。この瞬間を待っていたと言わんばかりに口角を上げ獰猛な声を上げる。
「〈大和〉! 押し潰せ!」
霧の中から現れた巨体の〈大和〉が汽笛も上げず〈レナウン〉へと迫り、乗組員たちは驚いた。
「どこから!?」
「いつでも〈ゆきかぜ〉の背後にいるのだよ。〈大和〉は」
伊藤への回答は〈大和〉の艦首が〈レナウン〉の艦尾に触れた際に生じた鉄の不協和音で押しつぶされる。
キイイイと不快な音を立てながらも〈大和〉は進撃を続け、〈レナウン〉は突然現れた巨人へと慌てて砲塔を旋回させて狙いをつけようとした瞬間に爆裂した。
「撃たせねえよ!」
「よくやった! 砲術長!」
〈ゆきかぜ〉の第二、第三主砲が硝煙を吐き出しながら〈レナウン〉へ向いており最早抵抗する術がなくなった〈レナウン〉は悲鳴のような鉄の擦れる音を上げて水路と〈大和〉に押しつぶされた。
「〈レナウン〉撃沈!」
「おおおおおお!!」
レーダーからも反応が消失したのを確認した連絡員の報告で〈ゆきかぜ〉の緊張は解かれ、歓喜に湧く。
そんな中で石川は深く息を吐き出し艦長席に身を預けながら間近となったD4域で救助を求めている艦隊を思い出し、手を叩いて沈黙と注目を集めさせた。
「貴官らは初陣を白星で飾った。だが今は〈ハイランド〉に救助を求めている艦隊のためにも進まなくてはならない。総員第二種警戒態勢!」
「総員第二種警戒態勢!」
艦内放送で一通りを流し瞬く間に警戒状態を作り上げた〈ゆきかぜ〉は水路をまっすぐに進み、救助任務へと舵を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます