黒い王子

「[海の守人]の群れを視認!」

「今すぐ叩きましょう」

 副官の申し出にローガンは首を横に振った。

「いや、このまま〈ハイランド〉から出港させる」

 ローガンの命令に乗組員たちはどよめき、その真意を知りたかったのか顔を覗き込む。

「なに簡単なことさ。あの思い出の地を穢したくないっていう僕のエゴさ」

 ローガンの本音を聞くと笑い声で艦橋は満たされ、その意志を尊重すべく〈プリンスオブウェールズ〉は〈ハイランド〉正門部にて機関を停止させて待ち構える。

(待ち伏せは卑怯ではない。正攻法だ)



「前方に味方艦を視認」

「きちんと艦橋に人の有無を確認しろ。偽装してるとは思えないがな」

「損傷軽微。あとで通信が出来たら補給艦がいないか聞いてくれ」

 艦橋では訓練通り無駄のない動きで報告も飛び交い、しばらくすると通信が入る。

《こちら米国海軍統括艦隊所属〈ノースカロライナ〉。貴艦の所属を伝えてもらいたい》

「こちら日本皇国803艦隊所属同艦隊旗艦〈ゆきかぜ〉艦長石川和佐准将だ。救難無線を傍受し現在到着した」

 803の名を聞いた〈ノースカロライナ〉は無線越しでも分かるほど大きなため息をつき、それから返事が返ってくきた。

《了解した。貴艦の他に駆け付けた船はいるか?》

「〈大和〉が待機している」

 今度は〈ゆきかぜ〉の艦橋も一緒にどよめく。

「本艦の後方に同艦の反応は見られません。ハッタリでももう少しいい嘘を―――」

《嘘なのか? 貴艦は嘘をついたのか?》

 無線越しに問い詰めてくる〈ノースカロライナ〉の乗組員の声は切羽詰まって相手をあわよくば潰そうという意図が見られ、ソナー員は気まずそうな顔をした。

「嘘と判断するにはお互いに決定因子が無いのでは?それより被害状況を」

《そんなことより今は―――》

《こちら〈ロンドン〉艦長エメリッヒ・ローガン。石川艦長、よく来てくれた》

 米国戦艦の無線を無視するかのように突如介入してきた〈ハイランド〉のかつての責任者は心の底から感謝しているのが声だけでも分かる。

「ローガン大佐生きていましたか。積もる話もありますが被害状況を」

《現在〈ハイランド〉に停泊していた駆逐艦、巡洋艦の四割が生存。戦艦、重巡は全滅。空母、軽空母は演習中だったので無線で襲撃の旨と近くの港へ避難するように伝えた》

「米国陣営の状況は?」

 しばらくしてから〈ノースカロライナ〉から渋々、と言った様子で報告が来た。

《現在は本艦と〈サラトガ〉、〈ヴェスタル〉、それと殿を務めていた〈ニュージャージー〉のみ生存だ》

「〈ニュージャージー〉はどこへ? それより〈サウスダコタ〉は?」

 石川の質問に沈黙が走り、絶望的なのだと判断した直後に正門側から汽笛が鳴り響き、その方向を見る。

「あれは〈ニュージャージー〉です! かなり大破していますが無事です!」

「良し。戦艦がいるのであれば現海域の撤退も少し難度が落ちたも同然だ」

 前部の主砲一門はひしゃげ、側面部には凹みも多々見えたがそれでも航行している〈ニュージャージー〉はもう一度汽笛を鳴らし、無事を知らせてきた。

「陣形を組め。我々803が先導する」

《了解した。背後は任せてくれ》

 大破した〈ニュージャージー〉は接舷してきた〈ヴェスタル〉から修復を受け、その周囲を英艦隊が守るように展開し、〈ゆきかぜ〉が正門部を監視する。

「修復は応急だ! 時間が惜しい!」

「主砲が最優先だ! 両舷の損傷も並行で修理しろ!」

 艦橋と言う閉鎖空間でも聞こえる威勢のいい掛け声や怒号が響き渡っていると〈ゆきかぜ〉たちが合流してきた水路を見張っていた英艦船が雷撃を受け沈没した。

「なにっ」

《〈ニュージャージー〉を守れ! なんとしてもだ!》

 〈ロンドン〉に乗艦しているローガン大佐からの命令で近くで無傷だった一隻が盾となるように立ちはだかり、雷撃をしてきた犯人を目撃する。

《敵艦は〈ヨーク〉! クソッ》

「さっきの一隻か.....!」

 体当たりし、艦橋を吹き飛ばしたということで油断していたことが失態だと石川は歯ぎしりをしていると一つの嫌な仮説が浮かぶ。

(もしそうならば、雪風が言いたかったことは......!)

 あまりにも凄惨で、恐れていた事態だと無意識に避けていたその仮説は頬の傷が実現すると告げるべく鼓動した。

「今すぐに修理班を退避させて現海域を離脱しろ!」

《どういうことだ?》

 当たり前の質問に答える余裕などない状況が直後に襲い掛かる。

 正門部を除く全水路から[海の守人]たちが警備に就いていた英国船の真下から浮上し、転覆させながら鉄の咆哮を上げて到来を警告してきた。

「これが答えだ! 現在生存している全艦に告げる! 本艦と〈大和〉たちで英国艦隊旗艦〈ロンドン〉、米国艦隊を脱出させる!」

《了解した。〈ニュージャージー〉は主砲が修復完了。一応は射撃可能だ》

 無線から入った報告を聞きながら〈ゆきかぜ〉は反転し、発進する。

「ここからは時間稼ぎの海戦だ。機関部と火器を狙え!」

「総員第一種戦闘配備!」

 艦内は赤くなり、ジリリと警報鈴を鳴り響かせながら手始めに目の前の〈ベルファスト〉へ主砲を向けると背後から轟音が響き標的の艦橋部が丸ごと吹き飛んだ。

《リハビリにはちょうど良い標的艦だ!》

《我々にも自由の国を掲げるプライドがあるのだ》

 そこには撤退したはずの〈ノースカロライナ〉と〈ニュージャージー〉が二隻そろって水路を塞ぐようにして進んでいた。

「我々ごと押しつぶすつもりか?」

《冗談はよせ。ここは我々に任せろ、ということだ》

 直後に〈ニュージャージー〉が減速し、駆逐艦一隻がやっと通れそうな小さな隙間が出来上がる。

「自由とは犠牲の上に立つが、それは自己犠牲ではないのだぞ」

《まさか敵だった奴に言われるとはな》

 困惑しながらも、納得した様子の声音はやがて二隻同時の砲声によってかき消され〈ゆきかぜ〉には拾われずそのまま正門部を抜けていった。



「種は撒かれた。ここで亡霊どもへ引導を渡そう」

《ここで詩人を気取るな〈ニュージャージー〉》

 へいへい、と〈ニュージャージー〉の艦長は返事をしながら目の前に広がる無数の艦船たちを見て少し見栄を張りすぎたと後悔していると二隻と[海の守人]との間に霧がかかる。

「天候は良好のはずだ....」

 隣にいるはずの〈ノースカロライナ〉も見えないほどの霧の中、突然砲声が響き爆発した炎が見える。

「ナイスキルだ」

《いや、我々は一発も撃ってない....》

「なに?」

 〈ニュージャージー〉が撃っていないのなら誰が? まさか内乱? 誤射?

 そんな疑問が頭を巡っているとまたしても砲声が聞こえ、爆発が起きる。

 あまりにも奇妙な戦闘に二隻とも何もせず、ただただ前進していくうちに霧が晴れて全貌が明らかになった。

「なっ.....」

《こんなことがあり得るのか?》

 それは鉄塊の海だった。

 無数の[海の守人]たちの甲板上に設置されていた物は全て破壊し尽くされた鉄の船型となり洋上には設置されていた残骸がプカプカとしており、あの短時間で全てが殲滅されたと告げてくる。

「こんなことが出来るふねいるか?」

《分からん。だが今は803と英国に合流するのが先だ》

 前進に使用していたエンジンを今度は後進に使い、速力は劣るものの先に後進した〈ニュージャージー〉が旋回し、艦首が水路に引っかかったがメキメキと水路を破壊して旋回を完了させた。

「力技だな。先に行け」

《言われなくても、だ》

 修理された両舷の代償かと思わせられる程に艦首と艦尾は曲がり、それでも前進していく背中を追うように〈ノースカロライナ〉も反転し、艦首と艦尾に傷をつけて前進しようとして鉄の海から汽笛が聞こえ、驚いた。

「誰かいるのか?」

 外で見ていた乗組員は双眼鏡で鉄の海の果てを覗き、その果てに立つ要塞のようなソレを目の当たりにし絶句し、全速力で艦橋へ見たことを報告するべく入室してくる。

「〈大和〉です.....確かに見ました! あれは〈大和〉です!」



 一方、そのころ〈ゆきかぜ〉たちは〈ハイランド〉の正門部から脱出し、陣形を再編成している真っ最中だった。

「輪形陣だ。駆逐艦が外だ」

 石川は命令を出しながら背中で火を吐き出し続ける〈ハイランド〉から追撃をされるのではないかと気が気でなかったが今はそこに割けるほどの戦力は有しておらずここから即座に撤退を優先だと考えていると汽笛が聞こえてくる。

「〈ニュージャージー〉と〈ノースカロライナ〉です! 生きていました!」

《日本皇国、大英帝国諸君。我々は自由の名のもとに生きて帰ってきたぞ》

 どこか勝ち誇った様子の〈ノースカロライナ〉の通信を聞きながら緊張が少し解け、両艦の艦首と艦尾が損傷しているのを見つけた〈ヴェスタル〉が修復作業を始め、しばらく停泊することにした艦隊は無線で会話をする。

「襲撃を受けた際、どうやって生き延びたのだ?」

《我々は外殻部に停泊していたことから襲撃で最も被害を被り、本艦も危うく撃沈されるところだった。だが、一人の士官が我々を鼓舞し、助けてくれたんだ》

《その士官というのは?》

 ローガン大佐が食い気味に質問してくる。

《確か.....ゲイル中尉と言っていたな。だが、その直後に彼がいた施設ごと吹き飛ばされた。もし彼が乗船しているなら感謝する、と伝えてくれ》

 ゲイルの名を聞いた〈ゆきかぜ〉、〈ロンドン〉の両艦橋は驚きの言葉を口々にする。

「ゲイル中尉って、俺たちを案内してくれた人だよな?」

「うそ.....」

「よりによってローガン大佐のか....」

 石川の呟いた言葉でさらに艦橋内はうるさくなった。

「大佐の弟だったんですか!?」

「マジかよ.....」

 驚き、興奮した様子の乗組員たちに石川は少し辟易した様子で話し出す。

「落ち着け。貴官らが今成すべきことは現海域の警戒、索敵。そして生還することだ」

 彼の説教で心機一転した乗組員たちは黙って作業に集中し、計器に目を光らせているとレーダー上に点が浮かび上がる。

「敵艦反応あり! 八時の方向、距離は1500!」

「第一種戦闘配備!」

 石川の命令の直後にその方角から轟音と閃光が煌めき、近くに停泊していた〈ヴェスタル〉に命中し、轟沈させられる。

「長距離射撃......」

 砲撃の精度の高さに驚いているとさらに不思議な報告がくる。

「敵艦、反応消えました!」

「なに?」

 石川はレーダーを覗き見ると確かに反応は消えており、まるで幽霊のようだった。

「どういうことだ....」

 直後にまたしてもレーダーに点が浮かび上がる。

「距離300だと!?」

「目標を視認!––––––〈プリンスオブウェールズ〉です!」

 鉄の咆哮を上げながら浮上した〈プリンスオブウェールズ〉は真っ黒に染まり、闇に溶け込みそうな姿で〈ゆきかぜ〉たち残存艦隊と対峙した。

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