初陣
「駄目です! 第一線突破されました!」
火柱を上げながら轟沈する僚艦たちは死に際でも彼らの進撃を一瞬でも遅めようと舵を切って進路をふさぐようにし、その一瞬の間に残存艦は続々と奥へ退避し、
「
米国人艦長の咆哮と共に主砲、副砲は火を噴き〈プリンスオブウェールズ〉の艦橋と前部にある主砲を吹き飛ばす。
「命中!......〈プリンスオブウェールズ〉、なおも進行中!!」
「なに!? 艦橋を吹き飛ばされたんだぞ!?」
信じられない光景が目の前に広がっているのを目の当たりにした〈ニュージャージー〉の乗組員たちは終わりを察知し無意識に各々の管轄から手を離した瞬間、こちらを狙っていた〈プリンスオブウェールズ〉の側面部にある副砲が爆発する。
《いつから戦うことを止めたんだ自由の国! まさか怖気づいたわけじゃあるまいな!?》
無線越しにどこか皮肉に富んだ口調で話しかけたローガン中尉は〈ハイランド〉の洋上施設の屋上からランチャーを担いで〈ニュージャージー〉に指をさす。
「助かった。我々は自由のために戦い続けると決めているのだ。この程度で負けるはずがない!」
《その調子だ。米国諸君!》
ローガン中尉は豪快に笑い無線を切ってから眼前で未だ健在の、否、前部の主砲も副砲も撃てなくなりながら後部に健在の主砲をこちらに向けて回頭中の〈プリンスオブウェールズ〉に対して再装填したロケットランチャーを今度は後部の煙突部分に撃ち込む。
バシュッと言う軽い発射音で射出された弾頭は即座に煙突部分に着弾し、誘爆していき真っ二つに折れた。
「YEAHHHHHHHHH!!!!!」
英国人らしからぬ声を上げながらロケットランチャーを掲げ屋上に立つローガン中尉は戦艦撃沈に酔いしれながらも足元に転がる木箱の中に残っている弾頭数が残りわずかなのが気にかかった。
(803.....カズ、早く来てくれ!)
再装填するため木箱から弾頭を取ろうとかがんだ瞬間、突然謎の音が〈ハイランド〉を襲う。
ブオオオオオオオオオオン!!
「ぐあっ」
それはどこか汽笛に似てもいたがまるで慟哭のように感じたローガンは立ち上がりさらに驚いた。
「なっ......嘘だろ」
次の瞬間、洋上施設を〈プリンスオブウェールズ〉の主砲が吹き飛ばし、屋上に立っていたゲイル・ローガン中尉の意識は途切れた。
一方、そのころ803艦隊はすでに〈ハイランド〉まであと40キロの地点にまで進んでおり艦橋では報告が飛び交う。
「依然として〈ハイランド〉からは一方的な救難信号しか発信されておりません。もしかしたらすでに.....」
「もしそうだとしても生存者がいるはずだ。その彼らのためにも急がなくては」
通信技師は後ろ向きな意見を進言し、石川はそれを跳ね除け前進を命令し続ける。
「〈ハイランド〉視認! これは―――」
「どの方位だ! 言え!」
絶句したままの士官へ石川が檄を飛ばすとすぐに泣きそうな声で返事が返ってくる。
「11時の方向、火を噴いています!」
「なっ......」
その惨状に〈ゆきかぜ〉の艦橋にいた全員は漏れなく絶句し、絶望的だと目に分かると石川に訴えかけるも本人は深く被ったその視線の分からない状態のまま静かに命ずる。
「進路そのまま。〈大和〉は一番、二番主砲に三式弾装填し副砲は九一式徹甲弾を装填し待機。〈ゆきかぜ〉は全魚雷発射管装填し対空戦闘用意。その他英国艦は救難準備をし、第一種戦闘配備」
「艦長!!」
その意見に思わず席を立って声を荒らげ反対した男に石川は視線を向ける。
「貴官は?」
「山城孝弘二等軍曹です。敬語の省略はお許しを。ここに居る全員を危険にさらすつもりですか!?〈ハイランド〉をこの艦数で制圧、奪還するのは不可能です。大人しく援軍を―――」
「それでは間に合わないのだっ!!」
肘掛けに拳を振り下ろし、ダンという音を鳴らしながら怒った石川に山城含む艦橋にいた全員は驚き、同時に意味が分からないという顔をする。
「奴らは―――いや、〈ハイランド〉は戦略的にもってとても重要な地点にある。あれ無しに今や我々は太平洋上にて攻勢は維持できない」
何かを言おうとして戦略的優先の話に切り替えた石川に不信感を持っていると〈大和〉が汽笛を鳴らす。
「装填完了か。全艦に告げる。これより〈ハイランド〉側面部に〈大和〉が砲撃し道を開く。そこから我々は侵入し生存者の確保、ゆくゆくは我々の家に土足で踏み込んだ[海の守人]を撃退する。勝機は我らにあり。奴らに世界の力を見せつけてやろう」
何故〈大和〉が装填完了したのか分かったのか謎な乗組員たちを置いていくように命令を無線機に叩き込み、ジロリと艦橋を見回すと乗組員たちは慌てて各々の職務に戻る。
「待った。何かが聞こえないか?」
石川が耳を傾けるように言うと静かになった艦橋にいた乗組員たちは一斉に聴覚に神経を集中させる。
するとかすかに〈ハイランド〉内部から砲声と鉄が分断される船の悲鳴のような音が聞こえ、全員の表情がさらに硬くなる。
「作戦変更。前方部にある〈ハイランド〉水門を狙え! 〈大和〉、副砲で吹き飛ばしてくれ!」
無線を使わず声を上げた石川に乗組員たちが呆れていると隣で並走していた〈大和〉の副砲が動き水門に狙いを定め、撃った。
「うっそお.....」
「どうやって.....!?」
果たして煙が明けると見事に艦が侵入できそうな穴が出来上がっており、そこから順々に侵入すると、被害の状況があらわになる。
「ひでえ.....」
「こりゃあ復旧できそうにないな.....」
洋上施設は手当たり次第に砲撃されたのか跡形もなく消し飛び、ドックもいくつかは停泊していた船ごと破壊されており胸を痛めていると無線から雑音交じりの声が聞こえる。
《こちら英国海軍東インド艦隊所属〈ロンドン〉! 現在〈ハイランド〉D4域付近にて残存艦隊と共同し[海の守人]と交戦中!頼む! これが聞こえていたら救援を! 繰り返す―――》
無線からは悲痛な神頼みにも通ずる必死さが聞く者全てに思い起こさせ、反対する者はいなくなった。
「D4域はここから近いか?」
「ここを直進すれば着きます」
「12時の方向に艦船視認!」
いざ向かおうとした瞬間に双眼鏡を構えていた井口准尉の声に石川は冷静に質問する。
「艦種は? 船籍は?」
「巡洋艦、船籍不明! しかし、あれは–––––」
指さす方向にあるシルエットは炎と立ち昇る黒煙とどこか似たような色合いの巡洋艦で、国旗も掲げずこちらの進路を塞ぐように進んでくる。
「エンジン音はしなかったぞ!」
「あの距離になるまでどうして気付かなかったんだ!」
「レーダーには未だ反応無し!」
初めて直面する死のやりとりに乗組員たちは焦り、所定の方法を試みるも全て空回りに終わりさらに焦っていると一喝の声が響く。
「落ち着け。貴官らはこれが初対面だったな。アレが[海の守人]だ。我々の敵であり亡霊だ」
「亡霊....?」
首を傾げていると艦橋の扉が開き、眼鏡をかけた士官の一人が入室する。
「どうだ。分かったか」
「はい!あ れは〈レナウン〉です艦長!」
ご苦労、と石川が礼を述べると敬礼をし、艦橋の乗組員たちを一瞥し改めて敬礼をしてから士官は退出した。
「さあ、我々は小回りのきく駆逐艦で標的はお世辞にも機動性はよろしくない。戦法は対戦艦戦。あの腹にどデカい穴を開けて沈めてやろうではないか」
珍しく喋り、さらに口汚い言葉で意気揚々としている石川を肯定するように艦橋や〈ゆきかぜ〉に活気が取り戻される。
「全速前進。機関が燃え落ちる直前まで上げろ! 主砲1番は〈レナウン〉の艦首ギリギリを狙え! 魚雷発射管一番から三番は左15度回転! 先手はこちらから打つ!」
「主砲一番、〈レナウン〉艦首付近を狙え」
「魚雷発射管一番から3番左15度回転!」
艦長の指示をそれぞれの担当が復唱し命令通りの働きをし、最後の指示を待つ。
「〈大和〉、副砲で奴の隣にある施設の根元を撃て!」
命令後、すぐに後方にいた〈大和〉の副砲が轟音と共に砲弾を吐き出し、それは石川の命じた場所へと正確に命中する。
支えとなる部分を失った施設は壊れ、〈レナウン〉右舷部に衝突し機動性をさらに妨害し、その間に〈ゆきかぜ〉は主砲の有効射程圏内にまで距離を詰めていた。
「主砲、撃え!」
張り上げた声と共に主砲も唸りをあげ〈レナウン〉の左艦首に命中する。
「主砲二番三番、徹甲弾を装填し待機!そして魚雷発射管一番から三番、魚雷発射!」
「一番から三番、魚雷発射!」
バシュッという音が3つほど連続してから海面に白い線が浮かび〈レナウン〉の船体中央に三つすべて着弾し、水柱を上げる。
「おおおお!!」
「主砲二番三番、このまま―――」
「駄目だ。このまま通過しろ」
またしても逆の命令を下した石川に砲術長は吠える。
「あと一撃です! ここで沈めましょう!」
「沈めず拿捕する。これは命令だ」
先程までの意気揚々とした目つきと打って変わって冷ややかな目で砲術長を見ながら石川はそれ以降黙り、艦橋の空気も冷め上がり〈レナウン〉を通過していき、〈大和〉も砲は狙っていても発砲せずそのまま通過した。
「まもなくD4域です。各員、より一層―――」
観測員が報告をしようとした瞬間、後方で爆音とともに鋼鉄が悲鳴を上げる音がし、石川は突然顔色を変えて艦橋の外にいた観測員の元へ走り、その手から双眼鏡をひったくって爆発の音源を見る。
《やってやったぞ!》
《裏切者は沈んでろ!!》
《失せな! クソ野郎が!》
すっかり沈黙し、漂う鉄の塊だった〈レナウン〉にとどめを刺したのは後続のイギリス艦だった。
無線でもわかるほど喜び、罵声を沈みゆくかつての僚艦へ飛ばしていく彼らを石川は睨みつけ、歯ぎしりをする。
「愚か者どもが.....来るぞ....!」
「来る? どういうことですか?」
キョトンとしている観測員に双眼鏡を返してすぐ艦橋へ戻った石川は艦内に聞こえるよう無線を開いて声を上げる。
「全砲門〈ハイランド〉で積載した砲弾を装填しろ! 魚雷発射管も同じく積載した特殊魚雷装填!四番から六番は先に装填した魚雷とすぐ換装!」
「どうしたんですか? そんなに慌てて―――」
席を立って質問した伊藤の頬を石川は殴打し、崩れ落ちた伊藤に石川は怒鳴りつける。
「持ち場を離れるな! 死にたいか貴様!!」
「なんだとこの野郎!!」
突然殴られ挙句の果てには怒鳴りつけられた伊藤は逆上し石川の胸倉を掴むも柔術の要領で床に叩きつけられた。
「早く持ち場に戻れ! 理由は追って話す」
不満の残る目で見ながらも伊藤は背中をさすりながら持ち場に戻ると同時に沈没した〈レナウン〉と同じ場所から不快な音が聞こえる。
ウオオオオオオオオン!!
「なんだこれっ......」
「耳がっ......」
獣の咆哮のような、慟哭のような音と共に水をかき分けて浮上したソレを見ながら石川は恐れのような口調で小さく呟く。
「
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