第一章

昇る陽光

 1942年10月21日、この日人類が初めて[海の守人]と初接触したとされる。太平洋を航海中の米国艦隊が突如として姿を消しそれから一週間後、同艦隊所属の〈エンタープライズ〉〈ホーネット〉〈レキシントン〉〈ヨークタウン〉〈ワスプ〉等の空母が突如として米国本土を爆撃。

 以下は上記艦隊との通信である。

《こちらアメリカ海軍艦隊所属〈ワシントン〉。貴艦らは現在反乱の嫌疑がかけられている。大人しく投降せよ》

《#”$=@::」・。、:34%&》

《なんだ?〈エンタープライズ〉! 発艦を中止せよ! さもなくば貴艦を撃沈する》

 直後〈ワシントン〉付近にて爆発音が響き、乗組員たちが慌てているのが聞こえる。

《繰り返す! 即刻爆撃を中止せよ! さもなくば撃沈する!》

 〈ワシントン〉からの問いかけに〈エンタープライズ〉らは応じずそのまま爆撃機を発艦させ続け、米国本土爆撃を開始した。

《やむを得ない....砲撃用意! 目標〈エンタープライズ〉、〈ヨークタウン〉! 主砲一番二番は〈エンタープライズ〉を狙え! 副砲は〈ヨークタウン〉を!》

 発令数十秒後、〈ワシントン〉艦長の号令と共に轟音が響き乗組員たちの声が艦橋を埋め尽くす。

《次弾装填次第、〈ホーネット〉に.......な!? 退避! たい―――》

 直後に雑音が流れ本通信は終了。

 〈ワシントン〉は何者かの砲撃を艦中央部に直撃し、轟沈。生存者は無し。


 この空爆によって当時の米国大統領は死亡。尚、轟沈させた〈エンタープライズ〉、〈ヨークタウン〉らに乗船していたはずの乗組員の姿はなく、爆撃機にもパイロットがいた形跡すらなかったという。同国空母が反旗を翻したという情報は即座に広まり英国その他連合国陣営は増援を送り日本を除く枢軸国陣営はこれを好機とみなし艦隊を終結させ増援隊と会戦。この時、同年10月31日会戦場所はインド洋であった。

 インド洋での戦闘中、突如枢軸国艦隊陣営の一隻が隣の僚艦を砲撃しこれを撃沈。それに呼応するように連合、枢軸国を問わず僚艦同士で砲撃し合うようになり海域は混乱。この時日本皇国海軍は本営の指示によって同国領海守護に全力を注ぎ、近づいてきた負傷艦を発見した際にはこれを港に案内し現在起きていることを知る。

 インド洋の惨状は凄まじく残存艦は両陣営合わせて数十隻。

 生存者の意見によって突如反旗を翻した艦すべてに共通する事項はその直前、無線途絶。さらに”無人”となったということ。

 これによって両陣営同士が送り込んだスパイの殲滅作戦説は撤回され急遽世界各国の司令官は会談し、後に終戦を宣言。そして同時に世界連合艦隊結成を宣言。

 宣言当初、反発者はいたものの[海の守人]の存在が脅威であることを理解している者が大半でそれでも反発する者は本国防衛の任に就く。

 会戦から10年、これまで大規模海戦などは見られないものの同艦隊の損耗率は激しく[海の守人]の正体も依然として不明。

 しかし、3年ほど前に一度だけ世界連合と[海の守人]との大規模海戦はあったとされる。そこでは多大な犠牲を払いながらも世界連合は[海の守人]を退け、それ以降表立った艦隊を彼らが編成しなくなったのを見る限りそれなりに損耗したとみられる。



「――とまあ、これが今本国で知らされているすべて、ってわけですよ」

 一人の若い男があまり広くない休憩室で広げた雑誌の一部を抜粋してその場にいる人々に語り終えると小さな拍手がちらほらと見え、すぐに止んだ。

「でも、そうだとしたら俺達これからどうなるんでしょうね」

「沈静化してんだろ? だったら掃討戦だろうし楽に決まってんだろ」

「砲撃戦してみたかったな~」

 口々に感想を漏らす彼らは日本皇国海軍候補学校卒の新規乗組員であり、現在は連絡船によって移送されている最中であった。

「でさ、俺達どこの艦に配属されるんだ? やっぱり戦艦かな」

「それがだーれも聞いてないんだよ。変だよな」

 休憩室がザワザワとしていると扉をノックする音が聞こえ視線がそちらに集中する。

「お坊ちゃんお嬢さん方、もうすぐ着くから用意しときな」

 年老いた連絡船の船長らしき男はそう言って立ち去ると、乗組員たちは慌てて身支度を整え始める。

「艦長イケメンだったらいいな~」

「オジサンとかだったらガッカリ~」

 女子たちは配属先になる上司の容姿についてあれやこれやと言いながら夢を広げ、

「やっぱり戦艦だろ! 主砲のあの排莢動作とかロマンだろ!」

「いいや駆逐艦だ。ベテラン操舵長の技量で機敏に動いて敵艦隊を翻弄して撃沈。これが一番だ!」

 男子たちは配属先より艦船の話で盛り上がっていると船のエンジンが停止した。

《本船は予定通り洋上施設”淡路島”に到着。お客さん方は後部タラップから下船するように》

 無機質な声でそう告げブツッと無線を切る音が聞こえるとゾロゾロと乗組員たちは下船すると、英国人たちが彼らを出迎える。

「ようこそいらっしゃいました。あなた方のバックアップを致しますゲイル・ローガン中尉です。早速ですみませんがあなた方の家へご案内します」

「よっしゃ!」

 茶髪で角刈り、青い目を持ったゲイル中尉は下船したての乗組員たちを率いて『淡路島』最奥で鎮座していた803艦隊へと案内し、道中医療班たちとすれ違った乗組員たちはザワつきつつも中尉の容姿について女子が話していると一際大きな黒光りする艦船の前で止まり、それを指差す。

「こちらがあなた方が乗船する艦隊の大黒柱、〈大和〉です」

「これが.....〈大和〉!?」

「でっけえ.....」

 前部と後部に鎮座する46センチ砲は乗組員たちを圧倒し、側面に無数に存在している対空砲の銃身が日光を反射し主砲に負けじと存在を主張する。

「ちょっと待ってください。〈大和〉一隻だけですか?」

 乗組員の質問に大尉は片眉を上げ、首を横に振る。

「他はどこに停泊しているんですか?」

 大尉は無言でいると汽笛が鳴り響く。

「さあ、皆様の乗艦する船が帰ってきましたよ。―――やれやれ、また単独帰還ですか.....」

 そう言いながら指差す先にある船を見て全員絶句した。



「損害状況、報告急げ!」

 警報と共に艦の簡略化された断面部の一部がチカチカと発光している様子を見ながら艦長は士官に戦闘後の状況を聞く。

「はっ、艦首右舷と艦尾は艦砲直撃によって大破。しかし航行能力に支障なし!」

「負傷者人数!」

「艦尾の爆発に機関員四名が巻き込まれ重傷。さらに右舷部に待機していた十名負傷!」

「〈ハイランド〉に通達しとけ。重傷者二十名、医療班の待機求む、と」

「二十名....?」

 通信士官が首をかしげていると艦橋に一名の士官が入ってくる。

「どうした! 未だ本艦は第一種戦闘配備を発令中だ。持ち場を離れてでもの事か!?」

 副官が入ってきた士官を叱責し、艦長がそれを制して士官に話すよう促す。

「先程の戦闘の影響で配電室に負荷がかかり爆発。六名が負傷しました!」

 その報告を受けた彼らは驚き、その中でも負傷者数を水増して伝えた艦長席に座る男だけは笑っていると、連絡員が汽笛を鳴らす。

「さあ帰宅だ。艦内死者はゼロだ」

 艦内放送で伝えた後に艦長は立ち上がり、甲板に出ようとして士官に止められる。

「艦長はどうやって負傷者の数が分かったのですか?」

 艦長は帽子のズレを直し、背を向けたまま答える。

「そっちの言葉で言うなら船の神様ピクシーのおかげさ」

妖精ピクシー、ですか」

 理解が追い付かない士官を置いて行って甲板に出た艦長は風に当たっていると見慣れぬ人だかりを見つける。

「ん?」

 よく目を凝らしてそれを見ると全員士官帽を被り、帽子には菊の紋章が刺繡されており皇国軍人だと分かった艦長は不敵に笑い、またしばらくして艦橋に戻っていった。



「これが803艦隊の主力艦〈雪風〉だ諸君」

「〈ゆきかぜ〉......これが!?」

 乗組員たちが目を疑うのも仕方なかった。

 度重なる戦闘によって損耗した艦はその都度拡張、装備も強化され駆逐艦というのは名だけの存在でその艦装は巡洋艦にも劣らずであり、今帰還した〈ゆきかぜ〉は艦尾が砲撃らしきものでへこみ、一部が黒こげの状態で彼らの前に現れたのだから。

 汽笛を二度鳴らし停泊した〈ゆきかぜ〉に二つのタラップが接続され、片方から下船し、もう片方から逆に乗船する医療班たちの様子を乗組員らは呆然と見て居ると最後に一人の男が下船してくる。

 頬を縦に走る傷、対照的に見る者に安心感を与える柔らかな目元。きちんと短く整えられた髪型。

 男は乗組員たちを一瞥しながらその男は近づいて艦長帽を取って挨拶する。

「日本皇国海軍第803艦隊艦長、石川和佐大将だ。着任して早々ですまないが貴官らの活躍に期待している」

「あの人が艦長....」

「あの、質問が!」

 乗組員の一人が手を上げる。

「なんだ?」

「なんで艦が損傷しているんですか? [海の守人]は沈静化傾向にあるんじゃないんですか?」

 その質問に石川は眉をひそめた。

「どこからそういう情報が流れているのか知らないが、あいつらは寧ろ増加傾向にある。この10年間、戦闘は続いており東インド艦隊は損耗率を六割を突破し停泊中だった803艦隊も出撃しているのだ。そして今さっき戦闘を終えたばかりだ。彼らは12隻船団で進撃。我々は6隻艦隊で迎撃、なんとか撃退したが本艦しか帰還できなかった」

「そんな.....」

 動揺が広がっていくのを感じた石川は気休め程度か重い口を開く。

「だが貴官らは幸運だ。〈ゆきかぜ〉は今まで一度も大きな損傷を受けずにいる。よって戦死する可能性は低い」

 その言葉に胡散臭さを覚えた乗組員たちをよそにゲイル中尉が手を叩いて〈ゆきかぜ〉に乗艦している英国乗組員全員を下船させる。

「え? え?」

「貴官らが来たのだ。彼らも用済みだ。さあ早く乗艦したまえ」

 こうして803艦隊〈ゆきかぜ〉に配属された石川含む乗組員たちはこれから人類史上最大の海戦へと身を投じるとはこの時まだ誰も予期していなかった。



 皇歴2611年

 記録者 エメリッヒ・ローガン大佐

 記録日 1951年9月2日

 803艦隊に補充人員到着。心なしか石川大将の表情も明るくなっており、昨晩の夕食では珍しく彼の方から冗談を言ってきた。

しかし海戦報告は芳しくないものだった。昨日の海戦で〈プリンスオブウェールズ〉を確認したと報告され、いよいよ我々英国艦隊も覚悟を決めなくてはいけないと知らされた。

 よって〈ハイランド〉に停泊中の全駆逐艦を艦装Dに変更。そして即応艦隊[エリザベス]を編成、旗艦を〈ロンドン〉に。総指揮は私が執り〈ハイランド〉の後任としてアラン・ウィリアム中佐を指名。作戦実行日は4日後の9月6日。

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