星落つ

[星の瞬き作戦]から生還した〈ゆきかぜ〉は皇国陣営では形から〈淡路島〉と呼ばれる太平洋連合艦隊洋上修理港に牽引され、港に降りると帽子を脇に挟んで基地司令らしき英国人が出迎えてきた。

「〈ハイランド〉―――失礼、そちらでは〈淡路島〉と呼ばれている洋上修理港責任者エメリッヒ・ローガン少佐です。お会いできて光栄です『死神』殿」

「その名では呼ばないでくださると嬉しいです」

 ひきつった笑みを浮かべながら握手を交わすとローガン少佐は帽子を被り、石川を目の前にそびえ立つ英国施設へと迎え入れる。

「こちらに牽引された駆逐艦は我々の誇りをかけて建造された時と同様にいたしますのでご安心を」

「ありがとうございます。人員の補充が来るまでこちらのクルーを借りてもよろしいでしょうか」

「喜んでお貸しいたしますよ。後で人事リストをお渡ししますので、好きな方を選んでください」

 ローガン少佐はニコリとしながら近くにいた補佐官に手配するように命令し、施設案内を続ける。

「―――以上が本施設〈ハイランド〉の主な機能です。では石川艦長、お部屋にご案内いたします」

 長かった、と石川は思いながらその疲れを表に出さず笑顔のまま頷きローガン少佐へついて行き施設の外へ出ると既に太陽は真上からかなり移動しており出てきた一行の目を灼いた。

 しかし案内先は兵営ではなくその隣にある高級士官所へと案内され、石川は一瞬ついて行く相手を間違えたと思った。

 しかし目の前で案内してくれている相手は少佐でありさらに渡された部屋はその中でも屈指の豪華さを誇る部屋だった。

「間違えていませんか? 少佐」

「いえいえ。それより明日は少し忙しくなりますのでこちらでごゆっくりされてください。ああ、食事は持ってこさせますのでご安心を」

 あっという間にいろいろが決定し、反論の余地なく少佐は笑顔のまま立ち去っていき、石川一人が部屋に残された。

「まいったな.....英国の料理はかなり凄まじいと聞いているのだが......」

 途方に暮れながらもそれより今は睡眠だと思った石川は着ていた軍服をハンガーにかけて帽子も引っかけてそのままベッドに沈み込む。

(結局あの少女の声は幻聴だったのだろうか)

 そんなことを考えていると意識が保てずに深い眠りに落ちていった。

 夢の中で石川は家に帰っていた。まだ自分に家族がいた頃で扉を開けるより先に内側から開けられ家内が迎えてくれる。

 そして夕食を三人で―――待った。三人?

 石川は食卓につきながら目の前で家内と仲睦まじく話す『娘』を凝視する。

「ほら和佐、折角帰ってきたんだから温かいうちに食べてよね」

「あ、ああ」

 家内に促されて料理を口にし、今度は自分は死んだのかと疑った。

「どうしたの?」

「味がする....味がするんだ!」

 そう言うと目の前で呆れた顔を見せながらも家内はすぐに笑顔へ変え石川の頭をなでる。

「そんなに艦内食は不味いのか。こりゃあ、私も乗艦しなくちゃいけないかな?」

「ずるーい! 私も乗る!」

 年相応の無邪気な表情でコロコロと話す『娘』に石川は理解が追い付かず、箸の手が止まっているのに気づいた彼女は彼の膝元に移動し、そこに座る。

「いつも膝元が好きね。

「ゆきかぜ!?」

 家内が感心しながら言ったその名に”娘”は頷き、石川はさらに混乱した。

「あなたが名付けたんじゃない。忘れたの?」

「お父さん? 大丈夫?」

 雪風が心配そうな表情で彼を覗き込みながら発せられた声は不思議なことにフワフワとした感覚に陥った石川は先程までの混乱などすべて嘘のように優しい笑顔を浮かべ、”娘”の頭を撫でる。

「ああ。大丈夫だ。すまないな」

 そう言ってまた箸を持って夕餉を食べようとした瞬間、汽笛の音で目が覚める。

「うわっ!?」

 未だ夢心地の中、外からドアをノックしてくる音がして声をかける。

「何事だ?」

「〈大和〉が帰還しました」

 逸る心を抑えながら皺まみれのシャツを隠すように軍服を羽織り、艦長帽を被ってからドアを開けると水兵が待っていた。

「こちらです」

 ドタドタと慌ただしく行き交う水兵や赤十字の腕章を付けた兵士を見るたびに石川は嫌な光景を何度も予想したが頬に走る古傷は疼かないため、石川は内心安堵しながらも急いで〈大和〉の元へ向かう。

「これは......」

 眼前に広がる景色に石川は絶句し、立ちすくんだ。

「ぐあああ.....」

「衛生兵! こっちにA型の輸血パックを持ってこい!」

「おい死ぬな! 目を開け続けろ! 閉じるな!」

「神様.....」

「祈ってくれよ....俺ぁ祈れないんだ」

 大破した状態で寄港した〈ロンドン〉、〈ストーカー〉から搬送されたクルーたちは簡易テントの中で苦悶の声を上げ続けていたが、運ばれている負傷者は全員英国人のみであり〈大和〉のクルーはおらず、近くの医師に声をかける。

「〈大和〉のクルーは?」

 医師は無言で首を横に振り、近くの患者へ駆け寄っていき治療を始めたため石川はテントの外で呆然と目の前で消火活動が続いている〈大和〉を見ながら湿気た煙草を吸っていた。

「〈!?」

 負傷者たちからの報告をまとめた資料を作戦室で目を通した石川は目の前で沈黙を続けているローガン少佐に詰め寄る。

「我々もまだ把握していないんです。艦内に救助者がいないか探索に入った水兵たちの報告では誰一人おらず、艦橋にこれだけが.....」

 目配せをすると隣に立っていた士官が〈大和〉に残されていたソレを手渡す。渡された遺品を見て石川は声を失う。

「井口.....」

 それは艦長帽で、内側には井口優斗の名が刺繍されており間違いなく旧友のものだと告げ、逃れようのない現実が石川にまとわりついた。

「石川中将、まことに―――」

「―――は行けますか?」

「はい?」

 井口の遺品である艦長帽へ被り替えた石川はもう一度覚悟の決まった視線でローガン少佐に問いかける。

「〈ゆきかぜ〉は出航できますか? 少佐」

「行けます。一応は出航できます」

 少佐からの答えを聞いた石川は人事リストを持ちながら作戦室を去り、停泊している〈ゆきかぜ〉に向かう。

 既に重傷者の搬送も整備もひと段落着いたのか埠頭に誰もおらず、石川に冷えた風が打ち付けられながら乗り込む。

 無人の艦橋で艦長席に座り持ってきた人事リストを開いて適正人材などに丸をしながらふと前を見ると神棚が月光で一際ひときわ輝いて見えた。

「水神様よ、海ってのは本当に平等なのかい?」

 当然問いかけへの答えは返ってこない。だが、石川は続けて問いかける。

「船乗りにとって船は家。乗組員は家族だ。なら同じ艦隊の野郎は兄弟姉妹だ。だからこそ俺は許せねえ。何もかも奪った海の守人あんたらが憎くて仕方ない」

 沈黙。しかし石川は満足したのか胸ポケットから先程少佐から貰った新品の煙草を取り出し、新品のライターで火をつけて一服しながら石川は思い出したように艦長席裏に隠していた酒瓶を探す。

「お、あった」

 果たして見つからなかったのか整備クルーの気遣いかそっくりそのまま置いてあったもう唯一となった本土からの持ち込み品。

 それを月明かりに透かしながら今は水平線の彼方にいるであろう803の乗組員、そしてこれまで散っていた部下たちを思いながら石川は酒を呷り呑むと、瞬く間に顔を赤らめ肘掛けに頭を預けうなだれた。

「勘弁してくれよ....これ以上奪って何になるんだよ.....チクショウ.....」

 下戸にも関わらず一気に摂取したアルコールは石川のため込んでいた悲しみを放出し、艦橋で艦長は一人うなだれながら嗚咽して気づいていなかったが、神棚に飾ってあった御鏡も涙を流したように一閃し、艦の船首部分で静かに涙する少女がたたずんでいた。



 皇歴2608年

 記録者 【検閲済】

[星の瞬き作戦]から唯一生還した〈ゆきかぜ〉を救助した東インド艦隊、803艦隊は多くの犠牲を払いながら洋上施設『淡路島』に寄港するも803艦隊の乗組員全員が失踪。803艦隊艦長は井口優斗二等海佐。全乗組員を死亡と断定し二階級特進。尚、石川中将と井口海佐は皇国海軍学校同期であったため井口中将の精神的な揺らぎは未知数。よって井口中将を第四次皇国作戦からの除隊を進言すると同時に艦長不在となった803艦隊艦長への任を命ずることを提案する。

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