大海原を駆けよ

諏訪森翔

星の瞬き作戦

炎舞う海に何を思う

「機関室より入電! エンジン沈黙しました!」

「〈リットリオ〉轟沈! 左翼陣営の防衛力半減! 旗艦〈ヨークタウン〉からの命令未だ無し!」

「クソ....!」

 ずっと鳴り響いている警報より騒がしいほどに艦橋では被害報告が飛び交い、それらを増長するように乗船している〈ゆきかぜ〉の近くに砲弾が着水した衝撃で揺れ、さらに彼らの緊張を高める報告がされる。

「ソナー検知! これは.....魚雷! 着弾まで3、2、着弾、今!」

「衝撃に備えろ!」

 乗組員が近くにある手すりなどにしがみついた瞬間、轟音とさらに強い衝撃が艦を走る。

「–––被害報告!」

「左舷に被弾! 14%傾斜増!」

「被害箇所周辺の隔壁閉鎖、どうせ排水用員もいないんだろ!? 一部注水で傾斜修正! 増援はまだか!」

 怒号の飛び交う艦橋の中でも艦長席に座る男、石川和佐中将は右頬に走る縦傷を触りながら背筋に走る悪寒が冷静さを保たせていた。

(この悪寒が走る時は大抵ロクなことはない....だが、今は–––今だけは!!)

 拳を握りながら歯軋りしていると目の前が暗くなる。

「艦長危ない!」

「なっ––––」

 乗組員の一人が覆い被さってきた瞬間、轟音が響き同時にさっきまで自分がいた席を炎が舐めとる。

「.....被害報告!!」

 自分に全ての体重をかけたまま動かなくなった乗組員を退けながら立ち上がり、艦長帽を被り直して聞くも先程の直撃した砲撃によって鉄屑と肉塊で満たされた艦橋に立っている人間は彼一人だった。

 呆然と立ちながら石川は近くの壁を殴り慟哭する。

「畜生.....!」

 艦橋前部が吹き飛ばされたことで外が見えるようになった〈ゆきかぜ〉の艦橋から戦場を見下ろす。

 前部に鎮座していた主砲は炎を吐き出しながら明後日の方向を向き沈黙し、両甲板から爆発音が響き、魚雷発射管が駄目になったと伝えてきた。

 左翼に展開していた艦隊は壊滅し、辛うじて浮いている艦船も炎を撒き散らしているだけで継戦能力はもう無いとよく分かり、次に右翼を見ると未だ勇敢に砲撃を続ける〈プリンスオブウェールズ〉、〈霧島〉へ目の前に展開している敵艦隊の〈阿武隈〉、〈レナウン〉が二隻目掛けて攻撃する。

《––––本部、–––––––確認。残存––––––よ》

「生きていたか....」

 ジジジと雑音を撒き散らしながらも本部からの通信を艦長へ伝える。

《こちら本部、本作戦は失敗と確認。残存艦隊は第三防衛戦線まで撤退せよ》

「エンジンは沈黙って言ってたな」

 苦笑しながら右翼に残って交戦していた二隻の方を見ると左翼艦隊と同じように火を吹きながら沈黙していた。

「ここで終わり、か。長かった」

 懐からくたびれた煙草の箱を取り出し、一本取咥えながらライターを取ろうと右ポケットに手を突っ込んで自分が中に着ているシャツへ触れたことで穴が空いてると分かり、仕方なく近くの火へタバコを近づける。

「あちちっ....長いこと吸ってなかったから怖かったが意外といけるもんだ」

 喫煙歴が長いと禁煙しても意味がないってことかと一人納得しながら黒焦げの艦長席に腰掛ける。

「こちら〈ゆきかぜ〉残存艦隊に告ぐ。本艦は機関部と左舷部に魚雷直撃。これによって航行能力は壊滅。見捨てられたし」

 生きてるかもわからない無線機の送信ボタンを押しながらそう言って投げ捨てながら少し短くなった煙草の灰を落として深く吸う。

「げほっげほっ」

「ほら、もう吸わない方がいいって」

「え?」

 どこかから聞こえた少女の声に目を丸くしながら周りを見るも生きている人間がいない艦橋で石川は嘲笑する。

 こんなバカみたいなことをしてる間にも目の前に展開している敵艦隊は進んできており、さっきまで前部しか見えなかったのにもう艦橋まで目視出来るほどまで進んできていた。

「終いまで俺は皇国軍人だ....!」

 その時だった。

 こちらに砲塔を向けていた〈阿武隈〉、〈レナウン〉が突如爆発する。

 何が起きたのか理解できなかった石川は艦長席で呆然としていると無線が鳴り響く。

《〈ゆきかぜ〉生きてるか?》

 無線の声を聞いた石川は笑い、投げ捨てた送信機を探し出してそれを掴み、嬉しそうな声で応じる。

「来るのが遅えぞ〈大和〉!」

《お前が生きてるって聞いてエンジン灼ける直前までかっ飛ばしたんだよ。感謝しろよな》

 無線から聞こえる旧友、井口優斗艦長はどこか拍子抜けな声で応じていると〈ゆきかぜ〉に衝撃が走る。

「うおっ!?」

《こちら大英帝国東インド艦隊所属〈サフォーク〉、〈サセックス〉。[星の瞬き作戦]最後の生き残り〈ゆきかぜ〉殿を牽引いたします!》

「最後の生き残り、か」

 やはり全滅だったかと中村は忌々しそうに舌打ちをしながら死んでいった部下や同胞たちに謝罪していった。

「助かったね、和佐!」

 またしても聞こえた少女の声に石川は辺りを見るが変わらず誰もいない。

 まさか、と思い前方にある神棚の方を見ると爆破された艦橋が嘘のように無傷のまま鎮座して石川を見下ろしていた。

「感謝しますよ」

 誰に言うわけでもなくそう呟きながらいつの間にか尽きていた煙草を捨て新しいのを取り出し近くの火元でそれに火をつけて吸ってから椅子の手すりに置いて立ち上がり、火の海となった艦隊へ敬礼をする。

 途中すれ違って艦橋から見えた〈大和〉と〈ロンドン〉、〈ストーカー〉から発艦したらしきシーファイアの飛行機隊をみた石川は改めて腰掛け、遠ざかっていく戦場を見ながら煙を吐き出し、一瞬煙越しに少女の姿が見えた石川は目を疑った。

「あれが〈ゆきかぜ〉の神様なのかね」

 一人呟き、報告書にはなんて書こうかと頭を悩ませていた。



 皇暦2608年、米国高高度偵察機からの報告で太平洋某所に集結していると確認された未知の勢力、通称[海の守人]の艦隊を一網打尽すべきだと日本皇国本部から提案、発令された[星の瞬き作戦]が承認され、発動。発動の報せから3時間後、各国から集った攻撃艦隊は指定海域に進軍。それから2時間後、先頭艦〈陽炎〉より会戦の入電確認。[星の瞬き作戦]開始。

 1時間後、攻撃艦隊との通信途絶。本作戦は失敗と思われた。

 しかし、本海域周辺にて偶然演習をしていた日本皇国第803艦隊と大英帝国東インド艦隊らは独断で増援として本海域に進撃のちに開戦。[海の守人]艦隊は壊滅、並びに唯一の生存艦〈ゆきかぜ〉を救助という功績を鑑み、同艦隊艦長井口優斗二等海佐並びにアラン・ウィリアム少佐の処分は不問とする。

 尚、〈ゆきかぜ〉は大破。艦内生存者は艦長であった石川和佐中将一名。

 追記、本作戦は第一級機密情報として犠牲者遺族への報告は戦死のみとする。

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