第16話 わがままプリンセス

 冒険者ギルドに到着すると、サーシャがうねうねロープ君を外してくれた。


「ちっ! なんで俺様がこんな目に……!」


 とりあえず悪態をつく!

 嫌われ者のマグナ君の基本だよね!

 ギルドは二階建てでかなり広い作りだった。

 冒険者らしき人たちがギルドを出入りしている。

 結構な僻地だからか人は多くないようだ。

 さっさとギルドに入っていくテレジアの後を、僕たちは続いた。

 中は思ったよりも広く、五十人くらいは入れそうだった。

 ただ冒険者は十人ほどしかいない。

 コマルネ村の冒険者事情はあまりよくはないらしい。

 大森林の真っただ中にあるというのに、魔物の討伐とか手が回るんだろうか。

 テレジアがきょろきょろと辺りを見回している。

 受付へ向かう気配はない。

 あ、これ勝手がわかってないな。

 まさか一人で店を利用したこともないんじゃ。


「テレジア様、こちらへ」

「い、言われなくともわかっている!」


 テレジア以外の全員が、絶対わかってなかっただろうという顔をする。

 方向音痴に世間知らずか、王族だししょうがないよね。


「冒険者ギルドコマルネ支部へようこそ!! 私は受付兼案内をしておりますエリィと申します!!」


 妙に元気のいい受付の女性が満面の笑顔で迎えてくれた。

 小柄で童顔だけど恐らくは僕よりも年上かな。


「俺様は勇者マグナだ」


 僕が偉そうに言うと、辺りがざわつき始める。


「聞いたか? 勇者だってよ」

「またか?」


 また? もしかして……。


「おい、まさか、別の勇者がここに来たか?」

「はい、数日前までいらっしゃいましたよ! 確か、勇者クラウス様ご一行だったかと。とっても難しい依頼を一日で終えて、すぐにランク3まで昇格! 颯爽と旅立つお姿はとっても素敵でしたぁ」


 目を輝かせるエリィさん。

 そんなにすごかったのだろうか。

 しかし、別の勇者が来ていたとは。

 まあ、僕たちはかなり遅れているしあり得ないことじゃない。

 クラウスって、確か【虚空絶断(ラグナロク)】のスキル持ちだったっけ。

 かなり期待されていたようだったけど。


「くっ……後れを取ったか」


 テレジアの声に、僕は振り返る。

 なぜか悔しそうにしながら歯噛みしているテレジアがそこにはいた。

 ……もしかしてクラウスに対抗意識を持っているのだろうか。

 テレジアは妙にやる気があるように見える。

 それはありがたいことなのだけど、ここまでずっと空回りしている。

 暴走しなければいいけど。

 そんなことを考えていると、エリィさんが笑顔のまま小首をかしげた。


「ところでギルドのご利用は初めてですか!?」

「ああ、初めてだ」

「それではまず説明をさせていただきます! その後、問題なければ登録するという形で――」

「ふん、必要ない。すでにギルドのことは知っている」


 なぜかドヤ顔で答えるテレジア。

 事前に調べてきていたんだろうか。

 そういえば、お姫様なのに支度金や旅の準備とかもできてたな。

 まあ、完ぺきではないんだろうけど。


「そうですか! それでは登録をいたしますので、必要事項の記載をお願いいたします!」


 僕たちはそれぞれ登録申請書を渡された。

 レベルとか職業とか特技とか使える魔法とかの項目が、ずらっと並んでいる。

 事前に審査とかないから自己申告制なんだよねこれ。

 僕も初めてギルドに来るんだけど、神父様から色々と教えてもらっているから知っている。

 虚偽申請は罰金やランク降格、下手すればギルド登録解除されるからよほどのことがない限りはしないらしいけど。

 僕はするけどね!

 僕は面倒くさい風を装い、近くのテーブルで申請書を書き始めた。

 周りの冒険者からちらちらと視線を感じる。

 一体、なんだろう? 


「おい、見ろよ……女ばっかりだぜ」

「しかも全員美人じゃねぇの」

「あれが勇者か? 貧層だな……前の奴らはすごかったが」


 ピクっと耳を動かすテレジアの姿が、視界の隅に入った。

 やめてやめて、変に対抗心燃やすようなこと言わないで!

 僕は内心ではらはらしながらも、欠伸をして適当に書いている風を装い、きっちりと『嘘の情報』を書いておいた。

 本当のレベルとか書いたら大変だからね。

 全員書き終わり、受付のエリィさんに提出。

 ふむふむと真剣に読み込み終わったエリィさんが、笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます! 少々お待ちくださいね!」


 どたどたと走って奥へ向かい、数分後にエリィさんが何かを手にして戻ってきた。


「お待たせしました! これで申請完了です! それではランクカードを渡しますね!」


 手袋をしているエリィさんから、ランクカードをそれぞれ渡される。

 カードを手にすると一瞬だけ、魔力の光が生まれ、そして消えた。

 ランクカードは特殊な魔道具で本人確認の証明書にもなる。

 最初にカードを手にしたものが、そのカードの所持者になるのだ。

 エリィさんがしていた手袋は、それを防ぐためのものだったんだろう。

 僕はさっさとカードを鞄に入れる。


「ふん、これがランクカードか……ふふっ」


 テレジアはちょっと嬉しそうにカードを眺めていた。

 こういうの初めてなんだろうな、ちょっと可愛い。


「最初はランク1から始まり、最大10ランクまで上がります! 難しい依頼を成功させると一気にランクが上がったりするので、自分の実力と相談して受けてみてくださいね! ちなみに依頼は掲示板を見るか、私に聞くかしてくださいね!」

「ああ? 勇者なのに1からなのかよ」

「はい! そこは誰であっても一緒です! 過去の勇者様も同じでしたので!」

「ちっ、んだよ。面倒くせぇな。ぱっぱとランク10になれりゃ楽なのによぉ」


 あからさまに嫌な奴を演じると、見事にレベルは上がる。

 周りの冒険者たちの鋭い視線が突き刺さってくる。

 ふふふ、こういう日々の積み重ねが大事なのだ。

 嫌われるためにはね!!

 さて、今日の用事は済んだ。

 さすがのテレジアも今から依頼を受けようなんて思わないはず。


「では私のランクで受けられる最も難しい依頼を受ける!!」


 なんで思っちゃうのかな!?

 相談ゼロ!!

 勝手に決めちゃうお姫様!!

 僕が言うのもなんだけど、ちょっと自制しない!?

 呆気に取られている僕たちを無視して話は進んでいく。


「ふむぅ。最難関ですとギルド依頼の『ダンジョンボス討伐』となりますね!」


 一般依頼は一般人が依頼をするもの。

 内容は千差万別だが、基本的に困難なものは少ない。

 しかしギルド依頼は、文字通りギルドからの依頼だ。

 管轄内で起きる公的な問題、あるいはギルドそのものが対処を要する内容が主だ。

 大体は難易度が高く、そして報酬も高く、ランク設定されていないものもある。

 特にダンジョンボスの討伐は、発見間もない場合はランクを設定しないことが多い。

 理由は簡単。ダンジョン内の危険度は入ってみないと『わからないから』だ。

 もしも低レベルのダンジョンであれば、そのまま攻略してもらえばいい。

 もしも高レベルのダンジョンであれば、ダンジョンボスを討伐できず、逃げかえってくるだろう。

 そうなれば報酬はゼロだ。

 つまりこれは体のいい『ダンジョンの調査』に外ならない。


 エリィさんは無垢な笑みのままこちらを見ている。

 この人、案外計算高い人なのだろうか。

 僕たちが勇者であることも大きいんだろう。

 駆け出しの冒険者は危険察知能力が薄く、簡単に死んでしまうけど、勇者パーティは出立時点でそれなりに鍛錬を積んでいる上にスキルがあるため、比較的に安心だ。

 その上、ランクは1。

 これほど使い勝手のいい冒険者はいないだろう。

 そんなことを知りもしないテレジアは、嬉々として声をあげた。


「ほう! ダンジョンか。気に入った。受けよう!」

「おぉい!! 待て待て! 勇者の俺を差し置いてなに勝手に決めてやがんだよ!」

「ふん、勇者としての義務を果たそうともしない貴様に、言われる筋合いはない!」


 なんという正論!

 怠慢の権化であるマグナ君に発言権はないのは当たり前だろう。

 しかしさすがにこれは見過ごせない。

 僕が食い下がろうとしたとき、フィーリアが助け舟を出してくれた。


「テレジア様! ダンジョンは難易度が高いと聞きます! パーティの連携もままならない私たちには危険極まりないかと」

「ふん! そんな及び腰でどうする! 我々は一日でも早く魔王を倒すために鍛えねばならん! 危険は承知の上だ! それにダンジョンを放置すれば魔物が溢れ、周辺の民に危険が及ぶ! 早急に対処すべきだろう! 今すぐ向かうべきだ!」


 おや? おやおやおや!?

 今、不穏な言葉を聞いたような。


「テ、テレジア様、お待ちください! ま、まさか今から向かおうと思っていらっしゃいますか?」

「そうだが? 何か問題でも?」


 フィーリアが咄嗟に止めに入るも、テレジアは不満そうだ。

 なんという独善!

 ここまで突っ走る人は初めて見た。

 僕の中にいる、嫌われ者のマグナ君もちょっと引いてるよ!


「ぜ、全員疲労していますし、今日のところは休息した方がよろしいのではないかと! 明日改めてどの依頼を受けるかを考えても遅くはありませんし」

「何を言っている! 私たちには時間などない! 急ぎ鍛え、ランクを上げ、より難易度の高い依頼を受け、報酬を得て、装備や道具を購入する! そうして成長しなければならないのだ!」

「そ、それはそうですが無理を押して身体を壊しては、本末転倒です!」

「私たちはすでにクラウスたちに遅れをとっているのだぞ!? これ以上遅れては、奴らに先をこされてしまうではないか!! こ、こんな体たらくではお父様に……くっ! 早く出立するぞ!」


 テレジアの喧騒にフィーリアはたじろいだ。

 サーシャとエフェメラはきょとんとし、僕はまっすぐテレジアを見つめた。

 なぜここまで焦るんだ?

 確かに勇者のパーティに入ったのなら、魔王討伐の使命を遂行したいと考えるのは自然だ。

 しかし無理を押してまですることではないというのは、誰の目にも明らかだ。

 父親……王様と何か関係があるのか?

 どうしても僕たちが魔王を討伐しないといけない、そんな理由があるのだろうか。

 僕たちの反応を見て、テレジアははっとした顔をした。

 気まずそうにしながら視線を逸らし、テレジアは叫ぶ。


「と、とにかくだ! 甘えは許さん! 今から向かう!」


 なんという脳筋お姫様なんだ!

 精神力ですべてカバーできるわけもないのに。

 まあ、僕はレベルも高いし、鍛えてるから結構余裕はあるんだけど。

 他の仲間たちはそうじゃないし、特にサーシャが心配だ。

 サーシャはこの世の終わりといった感じの顔をしている。

 大森林を歩くだけでも大変だったのに、ダンジョンなんて余計に体力を使う。

 見えない場所、歩きづらい道、魔物がどこにいるかわからず、帰るまでの道中も長い。

 しかもダンジョン攻略は依頼の中でも難易度が高い。

 魔物討伐、素材採取などの依頼は完遂するのは比較的に容易だけど、ダンジョン攻略は『ダンジョンのボスを倒す』ことが目的となる。


 ダンジョンは突如現れ、そしてボスを倒すまでずっと存在し続ける。

 ダンジョンには宝も存在するが、魔物も存在するし、ボスを倒さないと魔物が生まれ続ける、いわば魔物の巣のようなものだ。

 周辺地域が危険になるため、ギルドがボス討伐を依頼することが常になっている。

 推定ランクは設定されるが、適切でない場合も多く、頻繁に変わるほどだ。

 なぜならダンジョンボスの強さや、ダンジョン全域の危険度、魔物の種類など網羅できていない場合が多いからだ。

 完全に把握している場合、大体はダンジョンを攻略できている。

 ダンジョンの調査度によってランクは大きく変わる。

 だからこそダンジョン攻略は難易度が高いとされているのだ。

 現時点でランク1が受けられる時点で、ダンジョン調査も済んでいない状態だと推定できる。

 明確にランクが定められていないよりも、危険であることは明白だ。


 とにかくやるべきではないと僕は思うん――

「よし、依頼受諾だ!!」

 ――だけどもう遅かったぁぁ!!!


 テレジアは透き通るような笑顔を見せてきた。

 依頼申請書の自分の名前を書き終えていたようだった。

 エリィさんがパンと手を叩き嬉しそうにしていた。


「ありがとうございます、それでは依頼をお願いしますね!」

「ちょ、待――」

「あ! 受理後はキャンセル料がかかりますし、すぐにキャンセルした場合は、ペナルティもありますんで!」


 僕の言葉を遮るように早口で言い放つエリィさん……いやエリィ。

 なんというしたたかな女性だろうか。

 明らかに利用されていると言うのに、満足そうなテレジアを見て、僕は覚悟を決めた。

 ここは逃げるしかない!!


「やってられねぇ! 俺は宿に行く!」

「マグナ、抜け駆けはダメ」


 サーシャの心の叫び、それはおまえだけ逃がさねぇぜ、という怒りでもあった。

 僕が逃げれば君たちも行かなくて済むかもしれないのに、邪魔しないでくれ!

 そんな僕の心の叫びが彼女に届くはずもない。

 いつの間に取り出したのか、サーシャのうねうねロープ君が迫る。

 しかし僕はうねうねロープ君の攻撃を瞬時に避けた。


「ふっ、あめぇ! 俺は絶対回避(スピードスター)のマグナだ! 視界に入る攻撃はすべて避け――おごおおおおおっ!!?」


 言葉を言い切る前に、僕は足を取られて、顔面を床に強打した。

 レベルが低かったら鼻が折れていただろう。

 足を見ると、うねうねロープ君が二本いた。

 死角から近づき、僕の足を拘束していたのか!?


「二本目だと!?」

「ふふふ、隠しておいたのだー」


 得意気な顔でこちらを見下ろすサーシャ。

 いや違う。これは追い詰められた人間の顔だ。

 僕よりも明らかに疲弊しているサーシャは、多分もうまともに考えられていない。

 いや、だったら一緒に逃げればいいじゃないと思うが、サーシャの目は虚ろで、そこに理性は感じられなかった。


「では行くぞ! ダンジョンボス討伐だ!」


 どこにそんな元気があるのか、テレジアは意気揚々とギルドを出ていく。

 フィーリアは深い嘆息し、エフェメラはぼーっと天井を見上げ、サーシャはふらふらした足取りながらもうねうねロープ君を操り、僕を引きずる。


「あ、あいつ勇者だよな……?」

「あ、ああ。あんな扱いされるとはな……哀れだぜ」


 周囲の冒険者たちの憐憫の視線が、僕に向けられる。

 そして同時に、僕の耳にはレベルダウンの音が響いた。

 

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