第14話 陰の立役者

「――はああッ!」


 テレジアの気勢と共に繰り出された一撃は空を切る。

 彼女の狙いは逸れ、回避をした魔物はテレジアをあざ笑った。

 対峙するは【スケルトンホーン】。

 名前の通り骨状態の牛の魔物だ。

 動きは俊敏な上に、頭部に聳える角は非常に危険である。

 レベルは130程度。

 ここ【ラ・クシュ大森林】ではそれなりに強い方の魔物である。

 五体のスケルトンホーンが僕たちを囲んでいた。

 僕はそそくさと木に登ると防寒に徹する。


「がんばれよぉ!」


 僕の応援に誰も答えてはくれない。

 完全に無視である。


「清浄なる聖域を為し、あらゆる穢れを浄化したまえ! 【ホーリープレイ】!」


 フィーリアの清らかな声音が響くと、温かな光が辺りを包む。

 二体のスケルトンホーンが光に包まれると、形を成していた骨はカラカラと崩れ落ちた。

 残り三体。

 魔物は即座にフィーリアに襲い掛かる中、サーシャの【フレイムアロー】とエフェメラの一矢が一体ずつを撃破。

 残り一体。

 フィーリアは聖術後の硬直で対処が不可能。

 テレジアは離れた場所にいたので間に合わない。

 サーシャとエフェメラは攻撃を終えたばかりで、次の攻撃はできない。

 スケルトンホーンの凶角は今まさにフィーリアに迫ろうとしていた。

 瞬きを許さないほどの猶予しか残されていない中、誰もが思った。

 フィーリアは直撃を避けられないと。

 だがその時、不思議なことが起きた。

 スケルトンホーンが地面に転がり、フィーリアの横を綺麗に通り過ぎたのだ。

 そのまま勢いに任せて木に衝突すると、ダメージに耐え切れなかったらしく、ただの骨と化した。

 数秒の沈黙。

 誰もが何が起きたのか理解していなかった。


 【僕以外には】。


 僕の視線の先、茂みの手前にはスケルトンホーンの前腕骨が転がっていた。

 フィーリアに攻撃が届く前に、僕はスケルトンホーンの腕に目掛けて、石を投げたのだ。

 みんな魔物に夢中で僕の挙動なんて気にもしていなかったため、先に拾っておいた石を投げて、スケルトンホーンの前腕骨を吹き飛ばした。

 かなりの力技だったが、誰にも何が起きたのか理解できなかったはずだ。

 魔法を使えばサーシャに気づかれるかもしれないし、直接助ければ僕の株が多少は上がってしまう。

 彼女を人知れず助けるにはこの方法しかなかった。

 ちなみになんでこんなことができるのかと言えば、神父様に習ったからだ。

 神父様は言った。


『バレずに助けなければならないこともあるかもしれまセン! ですから、色々な技術を習得しておくことがとても大切デース!』


 僕は神父様の満面の笑みを思い出す。

 正に彼の教え通り、役に立った。


「……勢いあまって転んだようだな」


 テレジアが釈然としない顔をしながら言う。

 誰かが助けた様子もないので、そう考えるしかないのだろう。

 まあ、バレないように絶妙な力加減で石を投げた上に、スケルトンホーンが走ったせいで土埃が待っていたし、サーシャのフレイムアローで煙も出ていたからね。

「いやぁ、どうなるかと思ったけどよ、無事でよかったな、フィーリア!」

 レベルが下がると同時に、フィーリアが引きつった笑みを向けてくれた。

 そしてまたエフェメラが茂みに向かい矢を放つ。

 無言。

 そして無視。

 何か言う人は誰もいなかった。

 しかしさっきの戦い、完全に連携ができてなかったな。

 個々の動きは悪くないのに、ちぐはぐというか。

 ……まあ、本来は勇者やらリーダーが司令塔になるんだろうけど。

 僕が言って聞くかな、みんな。

 まあ一応言ってみるか。

 みんなに了承してもらえるように上手い感じで……。


「しっかし全員、動きが悪ぃなぁ。もっと連携できないもんかねぇ? テレジアが突っ込まず前衛を務めてよぉ、後衛であるフィーリアから遠く離れなければ、魔物の攻撃を防げていたはずじゃねぇの? それに誰も声を掛け合わねぇし、サーシャとエフェメラは後手後手になってたし、フィーリアはホーリープレイを使うことを、先に伝えるべきだったんじゃねぇかぁ?」


 嫌われ勇者のマグナ君の割には頑張って、柔らかく指摘したつもりだった。

 しかし僕に指摘されたことが不快だったのか。

 全員からジト目やら鋭い視線を向けられただけだった。

 4レベルアップ!

 やったぜ!


「何もせん貴様にとやかく言われる筋合いはない。役立たずの腐れ勇者は、置物にでもなっていればいいだろう!」


 テレジアの怒りもごもっともだ。

 僕に言われて、素直に従うわけがないし、従ったらむしろ怖い。

 ま、一応言ってみただけだから、いいんだけどさ。

 しかしまともな勇者としての立ち振る舞いをできないというのは厳しいな。

 嫌われればみんなに意見することも難しくなるわけか。

 信頼関係が皆無なんだからそうなって当たり前だけど。

 うーん、とりあえずはしばらく様子見かな。

 みんなポテンシャルは高いからここら辺の魔物なら何とかなるだろうし、時間が経てば自然と互いの行動を把握して連携をしてくれるかもしれない。

 ぷりぷりと怒っているテレジアはさっさと先に進んでしまった。

 残りの三人は僕に目もくれずに樹海の中を進んでいる。

 ちなみに現在、僕たちがいる場所は王都セントブルグの北方にあるラ・クシュ大森林だ。

 この大森林の先にある、国内最大の商業都市でもあるロンドルエンに向かっている。


 【大森林】という名の通りかなり広く、舗装された道も少ないためかなり交通の便が悪い上に、魔物も結構多い。

 馬や馬車に乗った旅人や行商人は大森林を迂回し、東側の山岳地帯を通るくらいだ。

 ただ徒歩では難しく、長期間の旅に耐えるほどの準備はしていないため、必然的に大森林を通って商業都市ロンドルエンに向かうこととなった。

 別に北に向かわずに西の渓谷を通って隣国のリメルに向かい、大森林を迂回して北側へ向かってもよかったんだけど、テレジアが真っすぐ北に向かうと譲らなかったのだ。

 正直、大森林の魔物は150~200レベルのそれなりに強い魔物が生息しているため、現在の僕たちのレベルを考えると、あまり通りたくはない場所だったんだけど。


 魔域の場所を考えると真っすぐ北に向かう方が最も早いため、テレジアは大森林を通りたかったのだろう。

 寄り道なんてしないぞ、という強い意志を感じ、結局ラ・クシュ大森林経由の商業都市ロンドルエン行きルートが決まった。

 僕も意見したけど「戦いもせず、やる気のない腐れ勇者は黙っていろ」と一喝されてしまった。

 まあ、大森林内にもいくつか村があるから、道中がある程度は楽ではある。

 ただ西の渓谷を通った方が確実だし、危険性は少ないということは間違いなかった。

 一先ずは近くの村へ向かうことにはテレジアも了承してくれたので、そこに向かっている最中だ。


「……またさっきみたいにフォローしないといけないのかな」


 少し不安だ。

 助けるのは別にいいし、それを恩に着せるつもりもないし、むしろバレたくはない。

 ただあまりに危なっかしいことばかりされると困る。

 仲間内では、特にテレジアの行動は向こう見ずでハラハラする。

 僕以外の仲間たちが仲良くなればまた違うんだろうけど。

 全員癖が強いし、常識がありそうなのはフィーリアだけなんだよね……。

 彼女の負担が大きすぎるから、あまりにひどい場合は僕が強引にでも修正する必要があるだろう。

 いや、どうやってやるのかと言われても、自分でもわかんないんだけどさ。

 僕は不安を感じつつも、仲間たちの後を追った。

 心なしかフィーリアの背中には疲労が見えた気がした。

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