第12話 最悪なコンビネーション

 王都セントブルグはリンドブルグの最南端の大都市である。

 王都より南には、広々とした平原の先に絶壁の崖があるため他国や魔王軍の侵攻を妨げている。

 魔王が待ち受ける魔域は真逆の最北端に位置し、こちらもまた北方には絶壁が聳え立ち、人間側の侵攻を妨げている。

 僕たち勇者を始めとする人間軍は南方から攻め入るしかなく、現在は魔域の境界線に存在する二国アインクランとリュゼンハイクが睨みを利かせ、魔王軍の侵攻を抑えている形だ。

 双方共に人間国内でも上位に位置する軍国であり、相当数の兵力を誇っているが、それでも魔王軍をけん制し、侵攻を留めることが限界であると言われており、現在は冷戦状態を維持している。


 もちろん、魔王軍の侵入を完全に遮断することはできない。

 ゆえに人間界が安全なわけではないし、魔物が多く生息する地もそこかしこに存在する。

 魔物の生態は不明瞭な部分が多く、凶暴で人間に敵意を持っているものがほとんどで危険だ。

 冒険者や国の討伐隊がその対処に追われている。

 さて僕がなぜこんな説明をしているのかと言えば、現在戦闘中で暇だからである。

 嫌われ勇者のマグナ君として戦いに参加する意思はない。

 しかし内心、仲間の動きを観察する必要もあるから、気を抜いていいわけでもない……はずだったんだけど。


「魔物ごときが、私の前に立ちはだかるな!」


 テレジアの一閃はシャドウボア【レベル50】を寸断した。

 猪の形を模した影といった様相だが、醸す瘴気は辺りを汚す。

 平原の草木を枯れさせる穢れは、テレジアの鎧にまで及んだ。

 鎧は酸化したかのように僅かに錆びたが、すぐにテレジアはその場を飛びのいた。


「おのれっ、聖騎士の鎧が!」


 え? そんな高級な鎧を着てたの?

 聖騎士の鎧って人間が作れる鎧の中でも最上級ランクの鎧じゃ……。

 さすが姫様。

 テレジアが怒りに震える中、すぐさまフィーリアが近づいて、浄化の聖術をかけていた。

 穢れによる悪影響は聖術の浄化、つまり【ホーリープレイ】で治療が可能だ。

 肉体や物質に及ぶ穢れを打ち払う、聖神教徒である聖職者の基本的な聖術である。

 魔物が残っているのにかなり悠長なやり取りだった。

 シャドウボアは地面の影に隠れてしまった。

 影と一体化して移動する能力がシャドウボアにはある。


「はぁ、はぁ……こ、煌々たる理力の蒼炎よー、い、隠者の姿を燃やし照らせー【フレイムライト】」


 なぜか息切れしているサーシャの杖から青い炎が生まれ、渦を巻いて辺りを流れた。

 炎の渦は影を照らし、飛び出たシャドウボアを燃やした。

 しかしその炎は魔物だけでなく周囲の植物まで巻き込む。

 平原だけど木々はそこらに存在し、数本の木々は燃え上がった。


「ああ! も、燃え、燃えちゃいますよ!」


 フィーリアがどうしたものかと慌てふためく中、動揺したサーシャが杖を掲げた。


「な、流るる清水が踊りて舞うー【アクアフロー】」


 頭上に突如として生まれた水の塊。

 それが重力に負けて落下すると草木の火を消した。

 しかし水しぶきは勢いよく辺りに飛び散る。

 僕は嫌な予感がしたので距離を取っておいたけど、戦闘していたみんなは全員水を被ってしまった。

 サーシャがずぶ濡れの中、その場でバタンと倒れた。


「だ、大丈夫ですか? サーシャさん!」


 何があったのかと僕以外の仲間が駆け寄ると、サーシャはのべんとした顔のまま言う。


「つ……疲れた……死ぬぅ……」

「あ、あら、魔法の使い過ぎでしょうか?」

「それはない。魔法は魔力を消費するが体力に影響はないからな」

「ということは……ただの歩き疲れ?」


 フィーリアの言う通り、サーシャはここまでの移動でスタミナがなくなっただけらしい。

 真っ白だし細いし身体は小さいから、まあ体力がありそうな見た目ではないけど。

 というか歩き出して一時間くらいで、ぜぇはぁと息が荒くなっていたことに僕は気づいていたんだけど。


「はぁ……運動嫌いー」

「……軟弱な。そんな様子でこれから大丈夫なのか……?」


 のべーんと地面に倒れているサーシャに対して、テレジアは呆れ顔だ。

 ちなみに僕以外の全員がずぶ濡れだ。

 全員が軽装なためか肢体の輪郭が見事に浮き上がり、胸とか臀部とか、かなり見えている。

 率直に言ってエロい。

 健全な男子だったら中腰になってしまうくらいだった。

 僕はまあ慣れてるからさ、うん。

 顔を逸らしたいところだけど、見なきゃ嫌われ勇者のマグナじゃないので凝視する。


「それよりも……どうしてくれる、このずぶ濡れの体を!」

「サーシャさん……魔法を使う際にはひと声かけてください……へっくち!」

「………………」


 怒り心頭に発するテレジアと困惑するフィーリア、棒立ちしているエフェメラがそこにはいた。

 サーシャは倒れた状態でテレジアたちを見上げる。

 疲れは残っているようだけど、息は整ったらしい


「いやー、ごめんごめんー、魔物相手に戦うのー、慣れてないからわかんなくてー」


 サーシャは適当に謝罪するとゆっくりと立ち上がり、濡れた三角帽子を手にすると、ぎゅーと絞った。

 不意にエフェメラが矢を手にして、茂みを突く。

 彼女の行動に全員が注目してしまう中、エフェメラは矢を引くと、再び矢筒に入れた。


 ………………。

 いや、今の行動はなんなのさ!

 説明一切なしってどういうこと!?

 とは誰も言わず、困惑だけが場を支配していた。

 もちろんエフェメラは無言のままで、説明も言い訳もしない。

 しかし連携する気が微塵もない戦いだった。

 それぞれの個性というか我が強いせいか、個人で戦って、互いに足を引っ張ってる感じだ。

 フィーリアだけはフォローに回ってくれているけど、今後大丈夫なのだろうか。

 変な空気が流れたのを見計らい、僕は優雅に仲間たちへと近づいた。

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