第11話 計画通り

 視線の先に見えたのは空飛ぶ複数の鳥。

 あれはスモールストラスだ。

 レベルは80程度の中級の魔物。

 王都近くの割にはやや強めの魔物だが、魔鳥は広範囲に移動するので珍しくはない。

 知能は低いので僕が勇者だと認識はできないだろう。

 僕たちに気づいているようだ。

 さて、どうするか。

 僕は徐々に後方に下がり仲間たちの様子を観察することにした。

 みんなに伝えたレベルは90。

 魔法で倒せはするけど、率先して戦うのは【嫌われ勇者らしくない】。

 テレジアは剣を、フィーリアはメイスを、サーシャは杖を、そしてエフェメラは弓を構えている。


 そんな中、エフェメラが瞬時に矢を番えて撃った。

 その矢は吸い込まれるように一体のスモールストラスに向かい、そして直撃。

 魔物は奇妙な動きをして、そのまま落下していく。

 まだ魔法が届く範囲でもない。かなり距離があった。

 寸分違わず射殺すとは。

 アルフヘイムの中でも上位の腕前であることは間違いなかった。

 残りのスモールストラスは三体。

 怪鳥たちは一気に距離を詰め、近づくと口腔から風の塊を吐き出した。

 風魔法の【ウインドブラスト】だ。


「光芒の旋律よ廻れ、白き盾! 【グロウシールド】!」


 フィーリアが唱えたグロウシールドは淡い盾を生み出す聖術だ。

 防御力は唱えた術者の能力による。

 対象は魔法と物理攻撃の両方で、聖神教徒が使える基本聖術の一つ。

 しかし、その効果は絶大だった。

 ウインドブラストはグロウシールドに阻まれ完全に霧散した。

 淡い光の盾は砕けず、傷一つさえない状態でその場にとどまり徐々に消えた。

 圧倒的な力がなければそうはならない。


「赤き紅く青き蒼くー、混ざりて交ざりー、落ちて堕ちる。寄る陽炎は境界の叡智ー。始まりの理はその名を記すー。獄炎の落とし子よ顕現せよ【イフリート】」


 サーシャが面倒くさそうに唱えた呪文。

 それは最上位魔法の一つ【召喚魔法】だった。

 精霊を呼び出すほどの理解と魔力は常人に得られるものではない。

 眼前の平野に炎が渦巻き、虚空に現れたのは人型の巨人。

 全身に炎を纏い、近づけば僕たちでさえ灰となる。

 イフリートは空を飛び、スモールストラスへと迫る。

 太い腕には炎の渦が流れ、それは魔物へと打ち込まれた。

 頭上で炎柱が生まれ、それはさらに上空へと昇った。

 怪鳥は灰塵と化し、風に吹かれて消えた。

 だが一体は残っていたらしく、こちらへと滑空していた。

 戦意喪失していないのは魔物ゆえか、あるいは蛮勇か。


 炎の残り香が鼻腔をくすぐる中、眼前に到達したスモールストラスに対峙したのはテレジアだった。

 一つの前進と一つの金属音。

 リィンと鳴り響く音は、あまりに美しい一閃から生まれたのだと瞬時に理解した。

 スモールストラスの体躯は真っ二つに寸断され、後方へと吹き飛んでいった。

 血飛沫さえ遅れ、それは僕たちの後方の風に吹きすさぶ。

 戦いは終わった。

 なるほど……これは予想以上だ。

 全員のレベルは200前後だが、戦い方を見るとそれ以上の実力があるように見えた。

 レベルは所詮強さを表す格でしかなく、経験や技術や知識などは考慮されない。

 もちろんレベルが高ければ高いほど強いというのは間違いない。 

 だがレベルがすべてであるわけではない、ということもまた間違いないのだ。

 彼女たちはもっと強くなるだろう。

 その片鱗は先の戦いで十分すぎるほどに見えた。

 勇者として、彼女たちのような人たちが仲間であることを嬉しい……と本心では思うけど、嫌われ勇者のマグナ君はそう思わない!


「おお、やるじゃねぇか。見事見事」


 僕はみんなに向けて拍手した。

 テレジアどころかフィーリアさえ呆れたような顔を向けてきた。


「貴様……後ろに下がり、私たちに戦いを任せたな!? 勇者としての矜持はないのか!?」

「あったら勇者なんてやってないねぇ。言っただろ、俺の役目は魔王を倒すこと。他の魔物と戦う理由なんてねぇんだよ」


 僕の身勝手な理論に四人全員が顔を見合わせる。

 たまらずと言った感じでフィーリアが口をはさんできた。


「し、しかし勇者様のレベルが低ければ魔王に対抗できません。自ら戦い、経験値を得なければレベルは上がりませんし、やはり道中で魔物と戦い、レベルを上げる必要はあるのでは……」


 フィーリアの言う通りだ。

 魔王を倒せるというのは攻撃が効果的であるというだけで、何もせずに倒せるということではない。

 当然だけどレベルを上げないと魔王に与えるダメージは少なく、魔王から与えられるダメージは多くなる。

 本来ならレベル上げは必須だ。

 ただし嫌われ勇者は怠惰で、わがままなのだ。


「まっ、その内、上げりゃいいだろ。それに俺のスキル【絶対回避(スピードスター)】がありゃ、敵の攻撃は避けられるしなぁ。どうにでもなんだろ」

「で、ですがやはりレベルを上げた方が……」

「もういい」


 尚もフィーリアが説得を試みようとしたが、テレジアが遮った。

 19レベルアップ。

 5レベルダウン。

 彼女は僕に最上級の蔑視を向けてきた。

 これは完全に嫌われたな。


「私たちだけで倒す。【加護の力は、勇者自身のレベルには影響を受けない】はずだ。腐れ勇者のレベルが低かろうが、私たちが強くなれば魔王を倒せる」


 確かに従者は勇者の加護を受け、常人よりも強くなる。

 勇者のレベルではなく、加護を受ける従者のレベルに応じてその加護の強さは変わるのだ。

 だから勇者の僕のレベルが低くとも、理論上は彼女たちが強くなれば強敵にも立ち向かえる。

 だが魔王は別格だ。

 倒せない。倒せるはずがない。

 勇者の力がなく勝てるのならば過去に誰かがやっている。

 勇者の従者は世界中の誰もが知っている英雄や戦士や魔法師、様々な職業の天才もいたのだ。

 その誰もが【勇者の力なくして魔王は倒せず】と言っている。

 彼女の言葉は夢想だ。

 しかしそう思うのも当然だった。

 肝心の勇者が僕みたいなクズなんだから。

 だがその気概はありがたかった。

 僕の態度や性格を見て、やる気をなくす可能性もあったからだ。

 他の面々がどうかはわからないけど、確実にテレジアには戦う理由があるようだった。

 フィーリアは言葉を失い、他の二人も何も言わない。

 呆れられ嫌われたのだろう。

 だが今はまだただ嫌っている程度か、そこにも至っていない。

 今後の旅で、もっと僕を嫌ってもらわないと困る。


「そりゃありがたい、くくく、俺様は楽できるんだからなぁ」


 5レベルアップ。

 3レベルダウン。

 テレジアから見下すような視線を受けても僕は肩を竦めるだけだった。

 テレジアが先頭を歩き始めると、他の三人も後に続いた。


「テ、テレジア様! そっちではありませんよ!」

「え? ふん! わ、わかっていたぞ! ちょっと間違っただけだ!」


 明らかに誤魔化しつつ、テレジアは街道を進む。

 僕はスモールストラスを一瞥した。

 あれではまともな素材は採集できないだろう。

 強いのはいいが、冒険者としての意識はないのだろう。

 魔物の素材は冒険者ギルドに買い取ってもらえるんだけどな。

 まあ、次の村まで距離があるからまだ素材集めをする必要もないけど。

 嘆息して、僕はみんなの後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る