第8話 出会って五分で殺そうとしないでください

 任命の儀を終え、勇者出立というにはやや慎ましやかな見送りの後、僕たちがやってきたのは高級酒場の個室だった。

 ここは限られた人間しか利用できない店。

 勇者一行の僕たちもその限られた人間の中に入る。

 無駄に豪奢な部屋にテーブルやら華美な調度品などが飾られている。

 テーブルにつき、僕たちは顔を見合わせていた。


「なぜ出立しない!」


 不機嫌さを隠そうともせずテレジアは僕を睨んだ。

 姫騎士と呼ばれる彼女の醸し出す威圧感は尋常ではなかったが、僕は努めて冷静に、且つ小馬鹿にしたような態度を維持した。


「言わなきゃわかんねぇか?」


 偉そうな僕の言葉にわかりやすいほどに苛立つテレジア。

 彼女は第三王女、この国の姫様で、王族で、僕たち国民の上に立つやんごとなきお方だ。

 その人に対してこんな尊大な怠惰を取る人間はまずいないだろう。

 しかしこれは必要なことだ。

 人間関係の八割は初対面で決まる、という教えに従い忠実に行動する。

 レベルは三度上がった。

 今のやり取りで僕のことを嫌いになった人が複数いるのか、それともテレジア姫が滅茶苦茶僕に腹を立てたかのどちらかだろうか。

 四人の中で最も感情的になり扱いやすそうなのはテレジア姫か。

 ふむ、この人を主軸に全員の反応を見るか。


「貴様……第三王女たるこの私にかような言い草、許さぬぞ!」


 張り詰めていた空気が今にも弾けそうだった。

 聖女フィーリアは僕とテレジアを交互に見て困惑しており、サーシャはメニューに夢中で、エフェメラは無表情で壁を見ているので何を考えているかわからない。

 テレジアはすでに剣の柄を掴んでいる。かなり喧嘩っ早い性格らしい。


「許さねぇならどうすんだ? 斬るか? 勇者の俺をか? 勇者様を王族が手にかけるなんざ、それこそ王家の笑い者だなぁ?」

「くっ!」


 テレジアは悔しそうに歯噛みする。

 僕の口調はかなり粗暴だけど、言っていることは間違っていないはずだ。


「テレジア様、ひ、一先ずここは寛大なご対応をしていただけませんか?」


 聖女たるフィーリアの柔らかな物言いに、テレジアの怒りも若干和らいだようだった。

 テレジアは柄から手を離し、腕を組んで目を閉じた。

 僕を視界に入れたくないって感じなんだろう。

 レベルアップした。

 フィーリアが安堵の嘆息を吐くと同時に、僕は口火を切った。


「互いの名前くらいしかわからねぇのに旅立ってどうすんだって話だ。そりゃ王都近くにゃ強い魔物はいねぇだろうが、自己紹介くらいはしといた方がいい。それに他の勇者と同時に出発したら、同行しちまうしやりにくいってのもある。互いのやり口も露呈するからなぁ」


 僕が一息に言うと、フィーリアは小さく頷いた。


「確かにマグナ様のおっしゃる通り。わたくしたちは初対面ですし、まずは自己紹介をして最低限の情報を知るべきでしょうね」

「ふん、悠長な……そのようなことは道すがらすればよいだろうが」


 テレジアは気にくわないとばかりに僕を睥睨する。


「ああ? さっきの話聞いてたか? 他の勇者と同時に出発することは避けるべきだっつってんだよ。それに王都セントブルグを出れば次の町までそれなりに距離がある。食事は先に摂るべきだし、旅の準備、それぞれの所持品、所持金の確認、得意不得意、色々と話すことがあるだろうが、そんなこともわかんねぇか、お姫様」

「き、ききき、き、貴様ぁ!」

「お、落ち着いてください! テレジア様っ!」


 フィーリアに言われてか、剣を半分抜いたところで、なんとか思いとどまったようだった。

 初対面でここまで煽られればそりゃ怒る。

 僕はテレジア以外の反応を見た。

 フィーリアは気を遣って、場をとりなそうとしている。

 サーシャはさっきまでメニューに夢中だったが、今は僕たちのやり取りを見ているだけだ。

 エフェメラは相変わらず壁を見ている、この子が一番感情が読めない。

 レベルは一気に30回上がり、10回下がった。

 ………………は?

 え、なんで? なんで30回も上がって、10回も下がってるんだ?

 今までの調査と研究から、嫌われレベルは多くても10程度までという結論が出ている。

 まさか今のやり取りだけでレベルが一気に30も上がったのか?

 いやこれはさすがにおかしい。

 4人で割ったとしても、嫌われレベルが7か8。

 7以降はこんな感じのはずだ。

 


  嫌われレベル8 :悪意ある行動を率先して行う、死んでもいいと思う

  嫌われレベル9 :明確に殺意を持つ

  嫌われレベル10:世界のだれよりも憎んでいる



 出会って数分でここまで嫌われる!?

 さすがにこれは無理がある。

 ということはどういうことだ?

 今のやり取りで僕を嫌ったのは4人だけじゃなく、王都に来てから僕に関わった人たちの好感度が影響しているという可能性はある。

 しかしここまで偏るというのも違和感がある。

 大体がふとした時にレベルアップ、ダウンの音が聞こえるのだが、ここまで一気に来た場合は、何かしらの大きな出来事があった場合がほとんどだ。

 どう見ても、今のみんなとのやり取りで起きたレベルアップだと考えた方が妥当だ。

 ということは【従者に関しては他の人間に比べてスキルの効果が違う】のかな?

 通常の人の嫌われ度は恐らくは10くらいが限界なので大きな差異はない。

 しかし仲間たちの好感度によっては10を優に超える?

 現段階で30のレベルアップと10のレベルダウンがあった。

 もしかして上限は100とか? あるいはそれ以上?

 僕は何となく自分のスキルを確認してみた。



 ●スキル  :嫌者賛美(ジャッジメントレベル)

       …他者に嫌われるほどレベルが上がる。逆に好かれるとレベルが下がる。

        それぞれ一定の好感度の増減でレベル増減数が決まる。

        従者に対しては効果が著しい。



 新たに【従者に対しては効果が著しい】という文言が追記されていた。

 まさかこんなことがあるなんて……。

 これってつまり従者は他者に比べてレベルの増減が激しいってこと?

 それが事実ならば仲間たちの好感度に関しては慎重になる必要がある。

 ちょっと好かれたり嫌われるだけでレベル増減がある。

 10くらいのレベルアップやダウンでも身体に多少の影響があるのだ。

 それに気になるのは、テレジアに対して不遜な態度を取ったのに、なぜかレベルがダウンしたこと。

 言うまでもなくレベルが下がったということは【誰かが僕に好意的な感情を抱いた】ということだ。

 仲間の中にテレジアに敵意を持っている人がいる?

 それとも僕の行動自体に好印象を持ったのか?

 うーん、わからないな。


「ふーふーっ!」

「お、落ち着いてください」


 どうどうと暴れ牛を宥めるかのようにフィーリアがテレジアに声をかけている。

 そんな中、店員が注文していた料理を次々に持ってくる。

 ちなみに入ってきた店員が、テレジアを見た時にビクッとしたのは言うまでもない。

 僕はテレジアの射殺すような視線を無視して、食事を始めた。


「じゃじゃ馬姫。おまえから自己紹介しろよ」

「……こ、殺されたいようだな」

「なんだ言い方がまずかったか? じゃあ、テレジア姫さまぁ、どうか我ら愚民のために自己紹介してくださいませませぇ?」


 僕はくねくねと挑発する。

 テレジアの額に青筋が立った。

 レベルは7上がった。

 そしてレベルが5下がった。

 やはりかなり好感度の影響度が高い。

 しかも段階がかなり小刻みのようで、ちょっとしたことでレベルが増減するようだ。

 初対面の時はもっと緩やかだった。みんなも緊張していたりして、僕に関して感情を抱く余裕がなかったとかなのかな。

 今のやり取りでもレベルが上がったり、僅かに下がったりもしている。

 これは通常の10倍……いやもしかしたら『100倍』もありえるかもしれない。

 とにかく仲間たちの好感度には気をつけないといけない。

 しかしテレジアはよくここまでの不敬に耐えてるな。

 でも申し訳ないけど、やめられないんだ。

 僕は君たちに嫌われなければならないから……!

 僕たちのやり取りをハラハラしながら見守っていたフィーリアが、慌てた様子で声を張り上げる。

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