第7話 仲間は全員美少女でした

 ここは謁見の間。

 僕は欠伸をしつつ、辺りの様子を探った。

 従者任命の儀を待ち受けた貴族や公人の人たちが並んでいた。

 老若男女様々で、さっきの騎士の男性や若い女性も混ざっている。

 この中に従者がいるのか、あるいは別室に控えているのか。

 両隣には勇者と思われる二人の青年が立っていた。

 一人はやや華奢で細身、小柄だけど美形の男性。

 もう一人は長身でガッチリとした体形、自信にあふれた様子の男性。

 勇者の年齢は明確に決まってはいないけど、神託を受けるのは大体十歳から十三歳程度。

 神託を受けてから五年間の教育の後、魔王討伐の出立の儀を行い、同時に勇者の従者を決める。

 すでに従者が誰かは王族や教会へと、神託が下っているはずだ。

 事前に聖神教の司教、大司教がその神託を受けている。


「はぁ、めんどうくせぇなぁ、さっさとしろよ」


 僕の言葉を聞くと、小柄な勇者は驚き、大柄の勇者は不快そうに顔をわずかにしかめた。

 反応からして大体の性格はわかった。

 彼らは勇者。普通の人よりも影響力がある。

 つまり彼らの心証を悪くすれば、それだけ僕を嫌う人が増えるということだ。

 まずはけん制だ。

 ただしやりすぎて勇者の任を解かれるなんてことも、もしかしたらあるかもしれない。

 聖神様の神託に背くことはできないため、表向きは勇者として扱い、飼い殺すなんてこともあり得る。

 見極めが重要だ。


 しばらく待っていると、喧騒が一気に止んだ。

 奥の扉から現れたのは豪奢な衣服に身を包んだ恰幅のいい男性、あの方が王様だろう。

 そして隣には王妃らしき女性。過剰なほどに整った顔立ちと体形だった。

 さすがに王妃様にいやらしい目線を向けるのは、リスクが高すぎるのでやめておいた。

 王と王妃が玉座につくと隣に厳めしい顔つきの男性が立った。

 宰相とかそれくらいの地位の人かな。


「今より、従者任命の儀を執り行う! まずは【虚空絶断(ラグナロク)】クラウス! 前へ!」

「はっ!」


 クラウスと呼ばれた自信満々の勇者が一歩前に出る。

 謁見の間に僅かなどよめきが生まれた。


「虚空絶断(ラグナロク)……万物を切り裂くスキルだとか」

「彼の支援を行えば後に我が家も安泰……」

「あの堂々とした立ち振る舞い。勇者として相応しい」


 この従者任命の儀は、最初の勇者お披露目会でもある。

 そして勇者としてアピールする場でもあるのだ。

 貴族や公人やらに支援してもらえばそれだけ旅が有利に働く。

 本来ならば国が総力を挙げて勇者を支援する立場なんだけど、それはできない。

 聖神様の神託(以下略

 聖神様が何を考えるかはわからないけど、その教えにより、様々な制限がある。

 それが奏功することもあるけど、単なる弊害になることもある。

 勇者は、国からの支援は勇者保障制度以外にはほぼ用意されない。

 だから旅立つ前に、出身村の村長がそれを用意することになっていたのだ。

 しかし国そのものでなく、裕福な人の支援などは禁止されていない。

 ゆえに従者任命の儀では、勇者を見極め支援し、魔王討伐をした勇者を支えたという功績を得ようとする人が後を絶たない。

 国からしても利益が多いため黙認しているわけだ。

 ワガ村も僕という勇者がいたことで多くの恩恵を受けていたし、勇者というのは世界中で大きな影響を与える存在なのだ。

 僕には関係ないことだけどね。

 彼の従者が次々呼ばれる中、そんなことを考えていた。


「――以上だ! 次に【万有重力(グラビティブレス)】リアン!」

「は、はい」


 緊張した面持ちで一歩前に踏み出した小柄な勇者。

 足元がおぼつかない。見た感じ、かなり頼りなかった。

 美しい顔立ちをしているから、ある意味では勇者然としていると言えばそうかもしれない。


「能力は重力系のようですが……しかし彼は少々頼りないですな」

「強さを感じない。あちらはダメかもしれん」

「しかし見目は麗しい。女衆の人気は出るでしょうな」


 そんなやり取りの中、僕は従者を探した。

 他の勇者の従者たちは集まった人の中にいた。

 だから僕の従者も群衆に紛れているはずだ。

 ちょっと緊張してきたな。

 リアンと呼ばれた優しそうな勇者の従者には、さっき応対してくれた騎士も入っていた。

 見た感じかなり強そうだけど、融通は利かなそうだし、僕の従者になっていたらかなり大変だっただろう。

 あ、僕じゃなくて彼がね。


「――以上だ。最後に【絶対回避(スピードスター】マグナ!」

「へいへい」


 言われて僕は怠そうに前に出た。

 クラウスと同様にどよめきが生まれる。

 ただしそのどよめきの種類は先ほどとは違った。


「なんだあの覇気のなさは……しかも【絶対回避(スピードスター)】とは、歴代勇者の中でも使えないスキルと有名な、ただの回避能力ではないか」

「前代の回避スキル持ちの勇者は何の役にも立たなかったとか」

「それに確かマグナ……そうだ、聞いたことがあると思ったが、村ではやりたい放題で能力も最低の上に、村人をこき使っている史上最低の最弱勇者のことでは」


 レベルがどんどん上がっていく。

 ティロリン、ティロリンと小気味よくなる効果音。

 いいね、みんな僕を認識してくれたみたいだ。

 すでに僕の活躍は王都にまで届いていたのか。

 うんうん、頑張って嫌われた甲斐があったよ。


「マグナ、貴様の従者を伝える。まずはリンドブルグ史上最年少宮廷魔法師サーシャ!」


 人の影から現れた小さな影。

 それがトコトコと僕の後ろにやってくる。

 肩まで伸ばした栗色の髪とあどけない顔。

 多分十五、六歳くらいかな。もっと幼いかも。

 小柄で細い。ちなみに胸は小さい。

 野暮ったいローブと鍔の広い三角帽子姿で、大きめの杖をぎゅっと握っている。

 僕は興味なさそうに一瞥し、残念そうに嘆息して見せた。

 それを見ると、サーシャは僅かに唇を尖らせた。

 ごめんなさい! 本当にごめんね! 

 違うんだ、本音は滅茶苦茶嬉しいんだ! 君みたいな可愛くて小柄で小動物みたいで愛らしい上に最年少宮廷魔法師なんて優秀な女の子を仲間に出来るなんて、嬉しいに決まってるけど、それを表に出したら僕の好感度上がって嫌われなくなるからそうしているだけで、嬉しくて小躍りしたいくら――


「我が国の宮廷魔法師があの最弱と噂のマグナの従者だと?」

「神託は絶対だが、これはあまりにも……」

 狼狽える群衆を無視して任命の儀は進む。

「次! アルフヘイム随一の弓の腕前を持つエフェメラ!」


 次に現れたのはエルフの女の子だった。

 おそらく二十歳前後。エルフの年齢は人間よりもやや長寿だけど数百歳まで生きるなんてことはない。一昔前まではそんな噂もあったけどね。

 美しい金糸が棚引く。凛々しく歩く姿に僕は見惚れた。

 中肉中背の僕よりも身長はやや低いけど、女の子にしてはやや高め。

 特筆すべき点は長い耳……ではなく、その胸。でかい。いやドでかい。

 そしてエルフ族は俊敏さを重要視しているため、軽装で薄着だ。

 彼女は薄い衣服を羽織っているだけで胸元や太ももは露出している。しすぎている。

 歩くたびに、たっぷんたっぷんと胸が揺れ、思わず男性陣から感嘆の声が上がるくらいだ。

 嫌われるために敢えて見ようとするまでもなく、僕の視線はエフェメラの胸元に釘付けだった。

 思わず我に返り「見たらダメだ!」と思った後「いや、見ないと嫌われないだろ!」と二度見してしまった。

 なんて恐ろしい胸!


 彼女は無表情でリーシャの隣に並んだ。

 ちなみにあまりに美しいその容姿と身体に目を奪われていたけど、彼女もサーシャ同様に武器である弓と矢筒を背に携えている。

 本来謁見の間では武器の所持は認められていないが従者任命の儀は別だ。

 お披露目会としてのインパクトを重視しているんだろう。

 神託の下った勇者や従者が王や貴族たちに手を上げるはずがない、という信頼の上に成り立っていることでもある。


「サーシャに続いて、アルフヘイムのエルフまで……」

「エフェメラの名は聞いたことがあるぞ。エルフの若者の中で随一の弓の名手とか」


 なるほどなるほど、二人ともかなり有名なのか。

 僕は当然だとばかりに居丈高な態度を維持していた。


「次! 聖神教聖女フィーリア・ハインリ・メフィスト!」


 喧噪が一気に大きくなる。


「聖女様だと!? ほ、本当に神託は下ったのか……!?」

「事実ならば、聖神様はなんとむごいことを……」

「し、信じられん。マグナごときにフィーリア様を」


 完全に聞こえているけど、僕は無視した。

 聖女フィーリアは流麗な所作で一歩ずつ前へ進み出る。

 エフェメラは美しさで衆目を集めた。

 しかしフィーリアはその神々しさと清らかさで人の目を集める。

 聖女である者の証である『純白の髪』がキラキラと輝いていた。

 誰もが目を奪われる中、僕は必死に理性を総動員して、彼女を観察した。

 確か年齢は十八。身長はエフェメラよりもやや低め。

 聖女である彼女を、まともな精神の持ち主であれば下卑た視線を向けない。

 だが僕は必死に彼女をエロい目で見た。

 よくよく見ると胸は豊満、くびれは見事な曲線を描き、臀部は柔らかな曲線を見せている。


 うん! エッチだ!

 エフェメラの暴力的なほどの色気とは違い、清らかながらも背徳的で蠱惑的な魅力がある。

 ちなみに胸の大きさはややエフェメラに劣っていたが、色気では引けを取っていない。

 まあ、そんな目で見ているのは僕だけかもしれないけど。

 いや違う! 見てない! 見ないといけないから見てるだけで本当は見てないし見てはいけないって思ってる! 本当だから!

 フィーリアが僕へとお辞儀をすると僕は鼻を鳴らして応えた。


「最後に…………」


 宰相らしき人は戸惑いを見せた。

 言いにくい人物なのかな?

 僕たちは次の言葉を待った。

 そして数秒後。


「テレジア・ラウツェニング第三王女」


 フィーリアの時と同じくらいのどよめきが生まれた。


「テレジア様!? 姫騎士であるあのお方が、マグナの従者だと!?」

「こ、こんなことは許されん!」


 動揺が走る中、一人の人物の登場により誰もが押し黙った。

 その人物の放つ異彩は凄まじかった。

 圧倒的な存在力。美しくも威容。

 確か年齢は十七歳だったか。

 編み込んだ銀髪は光を反射し、歩くたびに煌々と輝く。

 強気そうな目鼻立ち、鋭い眼光は僕に向けられていた。

 腰には華美な長剣を二本差し、ライトアーマーに身を包んでいる。

 動きやすいようにか露出は多いが、急所は鎧が隠している。

 溢れる気品と絶対的な権力者の圧力に誰もが圧倒されていた。

 だからこそ僕は目をそらさず彼女を見据えた。

 神父様直伝嫌われ術の極意『人間関係の八割は初対面で決まる』だ。

 最初の印象は中々覆らない。だからこそここが肝心。

 僕が、いかにダメでクズで弱くてエッチで最低な勇者であるかをアピールしなければならない。

 あまりにやりすぎると出立前に面倒なことになるため匙加減が大事だ。

 だから僕は見た。彼女の均整の取れた胸と真っ白な太ももを。

 なんでそんなに軽装で露出が多いのかなんてツッコミはせずに、ただただ見た。

 誰もが首を垂れ、彼女の身を案じている中で、僕はただ煩悩をさらけ出した。

 その行動は見事に効力を見せた。


 テレジア様……いやテレジアは僕の後ろにつくと小声で、

「下劣な」

 と言った。


 ちなみにレベルは三回上がった。

 他の三人は上がらなかったけど、姫であるテレジアの好感度は一気に下がったようだ。

 ちょっとだけ性格がわかったぞ。

 彼女たちとは長い付き合いになる。

 上手く嫌われ、旅を共にすることを許容するくらいの絶妙な嫌われ度を維持する必要がある。

 まずは趣味嗜好、人となりを知る必要があるのだ。

 それは追々することとして、僕は心の中で嬉しさのあまり叫んだ。

 仲間全員が女の子なんて最高じゃないか!

 エッチマグナがここで生きる!

 男の子がいたら、もしかしたら僕のエッチマグナに共鳴しちゃうかもだからね!

 女の子だけならそんなことはまずないから、嫌われるのも結構簡単だろう。

 しかもみんな高名な女の子。

 従者の意見は、僕に対しての評価として最も影響するものだ。

 彼女たちが僕を嫌えば、彼女たちの周りの人間も必然的に僕を嫌う。

 そして彼女たちと共にその人たちに関われば当然レベルも上がる。

 これこそが嫌われシナジー!

 運が向いているぞ!


「以上! 最後に王からの直々の言葉をいただく!」


 王様は玉座から立つと、僅かにテレジアに視線を向けた。

 ほんの少しだけ目を細め、そして言う。


「リンドブルグの勇者たちよ。そなたたちは聖神様の神託をいただいた誉れある勇士である! その名に恥じぬ行動をし、魔王を滅し、世界を救うのだ!」


 端的だった。

 しかし王様の目には何かしらの意志の強さが見えた。

 まあ戦うの僕たちなんだけどね……。

 他の勇者二人が敬礼し、僕は遅れて適当に敬礼した。

 背後から、ため息が一つ聞こえた。

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