第3話 合言葉はH

 教会裏には墓地がある。

 その一つの墓標を前に、僕は屈んだ。

 辺りに気配はない。誰も見てはいないだろう。

 懐から花を一輪出すと墓前に供えた。

 墓表には神父様の名前が刻まれている。

 今から一年前、神父様は亡くなった。

 唯一の味方で、唯一真実を知っている人が死んだ時、僕のレベルは一気に上がった。

 僕を愛してくれている人が死んだら、レベルが上がる。

 神父様の愛を知り、同時に愛が失われたことを知った。

 もう僕の味方はいない。

 僕は一人なのだ。

 僕は目を瞑り、神父様との楽しくも大変だった日々を思い出す。



「――いいデスカ、マグナ! 剣はこうこうこうと振るのデス!」


 神父様がグネグネと身体を動かし剣を振る。

 僕はそれに倣って剣を振った。


「こうこうこうですか!」

「そうデス! こうこうこうデス!」


 僕はみんなに隠れて神父様から剣術、魔法、そして嫌われ術を習った。


「魔法はこのように……ヘイ! スーパーナチュラル!」


 神父様が手を正面にかざすと何かの衝撃が生まれた。


「スーパーナチュラル!」


 僕の手のひらからも衝撃が生まれた。


「そうデス! 筋がいいデス! それを使い、女の子のスカートをめくるとあいつキモくね的に嫌われていい感じデス! エッチな男子は嫌われ術の初歩デス! しかし昨今はコンプラとポリコレが厳しいので注意が必要デスヨ!」

「はい! スカートめくりは注意します!」


 厳しい訓練は人知れず毎日続いた。


「マグナ、嫌われるには色々と方法がありますが、おおまかに三つにわけられマス。一つは生理的嫌悪感嫌われ術、これはもう生まれ持った見た目とか基本的な話し方とか生活態度とか、そういう根本的に変えるのが難しい部分を嫌うという理不尽なヤツデス。これは狙ってすることも少しは可能デスガ、嫌われる方の覚悟がハンパなく必要デス。マグナの心が砕け散るので、やめておきまショウ!」

「はい、生理的嫌悪感嫌われ術はやめておきます!」

「次に能動的嫌われ術デス! これはつまり言葉や態度、仕草、癖、香り、恰好など自らが意識して変えられる部分のことを言いマース。生理的嫌悪感嫌われ術との違いは、相手の嗜好に左右されすぎず一般的な評価点を相手に与えることができる点デース。意識すれば改善も改悪も可能な部分なので、やりようはめっちゃありマス! 要は相手に併せて変えちゃおうってコト! これめっちゃ使えるヨネ!」


 バチッとウインクする神父様に、僕も同じようにウインクをした。


「使えるよね!」

「最後は印象的嫌われ術デス! これは自分の情報によって好感度が変わることで、つまり噂、他人の情報、肩書、過去の行動、他者の評価などにあたりマース。沢山女の子と付き合ってる人はなんかチャラいように感じて、一人と長年付き合ってたら一途っぽいヨネ? でも実際は前者の方が女の子に優しくて円満に別れていて、後者は別れない上に乱暴者のクズ男かもしれないデショ! そういう印象と実態がかけ離れることがある部分のことヨ! ぶっちゃけ人間関係で一番面倒で、一番好き嫌いが決まる部分なので、うざいデース。噂とか広める奴は死ねって思いマース!」

「死ねって思いマース!」

「マグナには能動的嫌われ術と印象的嫌われ術を併用する方法を学んでもらいマス! あなたはわがままボーイになり、人に嫌われるような人の特徴をなぞらって、環境や性格を変えることから始めまショウ! そうですね……まずはエッチになりまショウ!」

「エッチに!?」

「そう、エッチな男は嫌われます! でも男らしさのあるエッチな男は好かれマス! ワイルド野郎デスネ! こういう輩はただのクズなのにモテるのはムカつきますね! なんで不良とか半グレとかモテるんでしょうネ。ただのクズな場合がほとんどなのにネ! 神父様の経験上、若い時に輩と付き合った娘は後悔してるか不幸になってる娘ばかりデス! それはそれとしてこの二つの差は、強いか弱いかデス! だから弱い自分を演出するのが大切デス! 口だけのエロ野郎は大体嫌われますが、誰かを傷つける要素は少ないのでその路線でいきまショウ! エッチになれば即オールオッケー! もうマグナは嫌われ野郎にレベルアップしますヨ!」

「わかりました! エッチで口だけで最弱でわがままでやりたい放題のクソ野郎に、僕はなる!」

「ヒュー! その意気デス! 今、マグナ、輝いてるヨ! ヨ! ヨ……ヨ……」



 口笛を吹きながら応援する、エコー付きの神父様を言葉を思い出しながら僕は感慨にふけった。


「神父様……僕、みんなに嫌われてるよ」


 安心させるように笑顔で呟くと、神父様のサムズアップ姿が脳裏を高速でよぎった。

 神父様も草葉の陰で口笛を吹いてくれているだろう。

 ヒューヒュー、ヒューヒューって。

 僕は目じり浮かぶ涙をグッと拭き取り、墓に背を向けた。


「行ってきます」


『マグナ、女の子に嫌われるために大事なのはエッチなことデス。エッチであれ、マグナ。エッチマグナ!』


 ふと聞こえた神父様の言葉に僕は空を仰いだ。

 それは空耳だったのかもしれない。

 でも確かに聞こえたんだ。

 目を閉じ、かみしめるように言った。


「エッチ……マグナ……」


 合言葉は……エッチマグナ。

 僕はその言葉を胸に、明日旅立つ。

 風が僕をはやし立てるように吹いた。

 エッチであれ、エッチであれと。

 僕はその声に後押しされ、地面を蹴った。

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