第2話 嫌われ者の勇者マグナ君
――五年後。
「おっせぇんだよッ!! 勇者である【俺様】を待たせるってのはどういう了見だ!? ああッ!?」
【僕】は豪奢な椅子に座り、テーブルに足をのっけて、正面ではあはあと息を荒げている村長さんを罵倒した。
ややぽっちゃりの村長さんは鞄から輝く瓶を取り出す。
それは体力回復薬である『ハイポーション』だった。
「ぶ、ぶひぃっ! す、すす、すみませんっ。リュ村で薬品類の入荷が遅れてまして、ま、魔物が増えているとかで」
「あああああ!? 死ぬか? 死にたいのか? 言い訳していい立場か、ああ!?」
「しゅ、しゅびばぜんっ」
僕が顔を近づけ睨むと、村長さんは小刻みに震え始めた。
僕の家には数人の村人が世話役として勤めている。
そのため今も、僕のことをウチワで仰いでくれていた。
ほんと、ごめんね……みんな。
僕は内心とは裏腹に村長さんの首根っこを掴みさらに睨んだ。
「俺様が勇者になってから、保障受けて、勇者税まで取れるようになったんだよなぁ? 勇者がいる村ってだけで宣伝になっから、住民も増えて、今じゃ村長のてめぇはウハウハだよなぁ? この寂れた村がよぉ、栄えたのは誰のおかげだ?」
「そ、それは、も、もちろん……勇者であるマグナ様のおかげで……へへっ」
卑屈な笑みを向けてくる村長さんに僕はニコッと笑った。
「だよなぁ? だったら勇者の旅立ちの道具くらいまともなの揃えるのが当然だろう?」
「お、遅れましたことはお詫び申し上げますが、そのハイポーションは近辺で最も腕の立つ錬金術師が作成した最高級品でして、その効果は絶大で、勇者様にもご満足いただ――」
「それ飲め」
僕は事も無げに言ってのけた。
「……は、はい?」
「ここで飲めよ。そのハイポーション。最高級品なんだろう? 効果は絶大なんだろう? 村長であるおまえ直々に遠方まで買ってこいって命令したのは俺様だからなぁ。悪ぃと思ってんだ。疲れたろう? 飲んでいいぞ、それ」
村長はなぜか目を泳がせて、汗をだくだくと流し始めた。
「し、しかしこれはマグナ様のために作らせた」
「そっんちょうの! ちょっといいとこ見てみたい! それイッキイッキ!」
僕は有無を言わさず言った。
コールと言われる技術だ。神父様から教えてもらった嫌われ術、アルハラである。
村長は顔を真っ青にして手どころか肩や足まで震わせていた。
僕がじっと見つめると、威圧感に負けたのか恐る恐るハイポーションを飲んだ。
「ひぃぃぃぃぃひゃあああああああ!」
村長はいきなり叫んでその場でぐるぐる走り回ると、明後日の方向へ走り去っていった。
僕は嘆息し、呟く。
「やっぱり何か入れてやがったか。旅立った後に使わせようとしたんだろうが、バレバレだろ」
普段から顎で使っているのでかなり嫌われていることは明白だった。
村長さんと話している時に何度レベル上がったことか。
ティロティロリン、という小気味いい音が耳に届いた。
どうやらレベルが上がったようだ。
隣で僕を仰いでくれてる若い女性二人に僕は下卑た笑みを向けた。
二人は慣れた様子で愛嬌を振り舞いてくる。
レベルが上がった。
やはり女性は男性に比べて表面上は愛想を良くすることに長けている。
僕はチラッと付き人二人の胸元を見た。
正直、恥ずかしいけどこれは必要なことだ。
「うへへ、いい乳だなぁ」
「ありがとうございます、マグナ様」
ニコッと笑っているが明らかに不快そうだ。
しかしこのセクハラは慣れているらしく、好感度は据え置きだった。
しかし、さっき笑いかけただけでレベル上がったのに、セクハラはいいのか。
よくわからないな、女性の感情というのは。
このお付きの二人も僕のことを完全に嫌っている。
二人は五回ずつレベルが上がっているから『嫌われレベルは5』だ。
ちなみに五年でわかった、大体の好感度の度合いとそのレベルの増減はこんな感じだ。
●嫌われレベル1 :何となく嫌いか苦手
嫌われレベル2 :不快さが顔に出る、悪口を言う
嫌われレベル3 :相手に悪態をつくことがある、明確に批判的な行動をとり始める
嫌われレベル4 :嫌悪する、明確に嫌いだと意思表示する
嫌われレベル5 :明らかな敵意、ゴミを見るような視線
嫌われレベル6 :明らかな憎悪と敵意、殴りかかる程度の憤り
嫌われレベル7 :隙あらば敵対行動や傷つける行為をする
嫌われレベル8 :悪意ある行動を率先して行う、死んでもいいと思う
嫌われレベル9 :明確に殺意を持つ
嫌われレベル10:世界のだれよりも憎んでいる
大体はこんな感じだと思う。
嫌われレベル9以上はまだ会ったことはないから推測だ。
それ以上があるのか、ないのかは不明ということ。
ちなみに【僕と一度でも関わればその後はレベル増減が起きる】。
関わった後は、噂やら誰かからの情報で僕への印象が変わればそれだけでレベルが増減するのだ。
寝ている時や普通に歩いている時にレベルが上がることもあるので、誰かが僕の噂をしているのかなとは思っている。
だからこそ誰かに好かれることをすべきではない。
誰かが僕を好きだと誰かに話せば、その相手が僕に好意を持ち、また別の誰かに、という悪循環が生まれるかもしれないからだ。
万人に嫌われるのは僕のスキルでは最低条件となっている。
ちなみに『好かれレベル』の方はあまりわからない。
神父様の好感度は最初から高かったし、彼以外に僕に好意を持ってくれている人はいないからだ。
いや、本当はもう一人いるけれど……。
僕はふと隣で僕をウチワで仰いでくれている二人を見た。
二人とも二十歳くらいの美人でうら若い女性だ。
露出多めのメイド服を着せているのは僕の命令によるものである。
ちなみに僕の趣味ではない。敢えてさせているだけだ。
正直、気は進まなかったし申し訳ないと思う。
でも……そうするしかないのだ。
身近な人ほど嫌われレベルは上がりやすいからね。
「もういい」
僕が言うとピタリと仰ぐのをやめてくれた。
二人は僕のことを嫌いだけど、仕事に対しては真摯だ。
一応、お給金はまともに出してるからだろう。
まあ、勇者保障制度を利用しているから国から給付されているだけなんだけど。
さて今の僕のレベルを見てみよう。
●名前 :マグナ
・レベル :1493
・スキル :嫌者賛美(ジャッジメントレベル)
…他者に嫌われるほどレベルが上がる。逆に好かれるとレベルが下がる。
それぞれ一定の好感度の増減でレベル増減数が決まる。
かなり上がった。それはつまり滅茶苦茶嫌われているということでもあるけど。
ちなみに各種ステータス、つまり体力、筋力、防御力、俊敏性、魔力、知力、幸運は割愛してる。
なぜかって? 変化が多すぎて手間だから。
大体レベルの差異で純粋な能力というのはわかるからね。
スキルの内容や魔法の習得具合でも変わるけど。
さらに補足で、僕は魔法も使える。火水雷木の属性すべての上級までは習得済みだ。
ただ魔法特化のスキルでもないし、半ばレベルの高さで無理やりに覚えた感じだから、魔法師よりも熟練度は低い。
レベルは勇者だけでなく、普通の人も魔物も魔族も持っている格のようなものだ。
さて、僕が住むワガ村の人口は五年前から著しく増えている。
現在は三百人ほど。店の一軒もなかった寂れた村は小規模の街程度には栄えていた。
宿場や酒場、武器防具道具屋なども開店し、勇者の生まれた村として有名になっていた。
まあ、その勇者が僕みたいな嫌われ者だから、思ったよりは発展していないんだけどね。
それでも勇者という肩書は大きく、それにあやかろうとしたり、観光として利用したりして、比較的に裕福な村となった。
僕としてはかなりみんなに迷惑をかけているし、不快なことをしているからもっと利用して欲しいくらいだ。
僕は侍従の二人を連れて外に出た。
以前は家屋が十程度だったのが、今では十数倍に増えている。
喜ばしいと同時に郷愁に駆られた。
村中を走り回る少年たちが僕に気づくと、姿勢を正して首を垂れた。
「お、おはようございます、勇者様」
「おい、頭が高い。もっと頭下げろ」
明らかに不満そうに僕を見つめる少年たちは、渋々といった感じで頭を下げた。
レベルが上がった。いい感じだ。
「愚民は勇者様に礼を尽くさねぇとな! はははッ!」
僕が尊大に言い立ち去ると、舌打ちが後方から聞こえた。
「回避しか能がない勇者が偉そうに……!」
その言葉を僕は聞こえないふりをして立ち去った。
レベルの増減はかなり頻繁に行われ、その度に身体に妙な感覚が訪れる。
一気にレベルダウンすると気怠いし、逆に一気にレベルアップすると快調になったりする。
周りの感情に左右されるのはある意味では人間らしいのかもしれないけど、かなり厄介だ。
僕は、しかめっ面をキープして歩いた。
人に好かれることも大変だけど、人に嫌われるのも案外難しい。
相手の性格や立場、言動に左右される場合もあるし、状況や環境にも影響される。
勇者は世界に百人しかいない上に魔王を倒せる唯一の存在である。
そのため僕は『初期好感度が高い傾向にあった』のだ。
救世主なのだから、そうなってしかるべきなのはわかるけど、横暴にふるまっても、まあこれくらいならと寛大に許容してくれたりしがちなのだ。
それも最初だけだったけどね、今じゃ僕はワガ村の嫌われ者だ。
まっ、どっちにしてももうすぐ僕はこの村を旅立つんだけどさ。
と、何者かが僕の進行を妨げる。
僕は辟易とした態度をあえて見せつけ、嘆息した。
「み、見つけたわよ! マグナ!」
「なんだよ、メリル。今日も顔真っ赤でおかんむりか?」
幼馴染のメリル。
蒼髪のオカッパ姿は妙に幼く、それでいて快活な印象を僕に与えてくれる。
短めのスカートから真っ白な足が覗いていた。
「あ、あんたまた村長いじめたでしょ! 顔を真っ青にして広場に倒れてたわよ!」
「ククク、まあた広場に倒れてたのかよ! 前回激辛パン食べさせた後も同じように広場まで走って倒れてたよな、マジ受けるぅっ! ぎゃははっ!」
僕は腹を抱えて笑う演技をした。
正直、村長さんには悪いなと思う部分もある。
ただ、前回の激辛パンも今回のように、村長さんが旅の行商人の差し入れだとか言って持ってきたものを食べさせただけだ。
今回の件について、勇者の旅支度は勇者の出自の村の長がすることになっている。
その準備が旅立つ数日前になってもまったくできていなかったため、僕がせっついた。
その結果、ハイポーションを持ってきたのだけど、その内容はさっきの通りだったわけだ。
僕のわがままに腹が立っていたんだろうけど、村長さんは職務放棄をしているわけで。
まあ、別に飲んでもいいんだけどさ、彼の溜飲が下がるとレベルダウンする可能性もあるし。
なんてことは全部、誰にも話さないけど。
当然、事情を知らない上に、村長さんの怠惰な性格もあまり知らないメリルからすれば、僕が悪事を働いたように見えるわけだ。
これ、敢えてしてるんだけどね。
「あ、あんた勇者だからってしていいことと悪いことがあるんだからね! 突然、遠方の料理が食べたいってわがまま言って、料理人連れてこさせたり、剣や魔法の練習サボったり、誰から構わず、、エ、エッチなことしようとして、メイドさんまで雇っちゃってさ! そうやって勇者の肩書を利用してやりたい放題して! 村のみんな、あんたの悪口ばっかり言ってるんだから!」
「ほう? 悪口を? そりゃたまげた!」
知ってる。僕の悪口を言ってない人なんて多分いないんじゃないかな。
むしろ言ってくれていいし、言わない人はどれほど優しい人なのかと思う。
嫌われるのは本望ではないけど、嫌われるために色々やってるんだから、嫌ってくれると嬉しいなって思うね!
メリルは険しい顔をふっと和らげる。
突然の変化に僕は僅かにたじろいだ。
「ねえ、どうしちゃったのよ。勇者神授の儀からマグナはおかしくなっちゃったよね。昔は優しくて頼りがいがあったのに……どうして勇者になった時からおかしくなっちゃったの? 何があったのよ、何かあったのよね……?」
メリルが悲しそうに目を伏せながら言う。
この問いは何度もされてきた。
この五年間、彼女だけが僕に対して疑念を投げかけてくる。
何度も何度も、何かあったのかと言ってくる。
その度に僕は、
「何もねぇよ、これが俺様の地だからな」
そう答えるだけだった。
メリルが悲しむのだけは心が痛んだ。
正直、メリルには話そうと何度も思った。
でも、それはできなかった。
話しても話さなくてもメリルは傷つくだろうと思ったからだ。
僕が嫌われている姿を見続ける必要があるのだから。
だから僕は嫌われ者になると決めてから、誰にも事実を打ち明けることはなかった。
「なんだぁ? おまえ、もしかして俺様のことが好きなのかぁ?」
メリルは僕の言葉に顔を真っ赤にする。
「そ、そそ、そんなはずないでしょ! こんな性格の悪い幼馴染好きになるわけないじゃない! ばっかじゃないの! ばーかばーかっ!」
子供のような悪態をついて走り去ってしまうメリルを見送った。
「……幼馴染ってまだ言ってくれるんだね」
後ろで控えている二人の付き人には聞こえないように、僕は呟いた。
メリル以外の友達はみんな離れていった。
当たり前だ。僕みたいな嫌われ者と付き合うような人はいない。
離れて当然なのに、メリルはまだ僕に関わってくれている。
彼女が優しい人だから、僕は余計に嫌われ者を演じることしかできない。
悲しいし寂しい、でも後悔はない。
「先に帰れ」
付き人二人に言うと、彼女たちは一礼して帰っていった。
もう十分、女性二人を従えた偉そうな馬鹿勇者は演じられた。
僕は一人、教会へと足を運んだ。
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