嫌われ者の最弱勇者だけど実は最強です ~嫌われるほどレベルが上がる最強スキル『嫌者賛美<ジャッジメントレベル>』を持っているので、嫌われ勇者を演じるしかない!~
鏑木カヅキ
第1話 僕、勇者になります!
僕たちは村の教会に向かって走っていた。
隣を走る幼馴染のメリルが笑顔で言う。
「村から勇者様が出るのかな! マグナが勇者になったりして!」
「まさか、僕が神託を受けるわけがないよ」
僕が苦笑しながら返すと「そうかなぁ」と難しい顔をしていた。
僕がクスッと笑うと他の友達が僕たちを追い越す。
「マグナはしっかりしてるからあり得るぞ!」
「剣も勉強も魔法も得意だからね、マグナなら勇者様にぴったりだ!」
走りながら器用に頷く二人に僕は答えに困った。
「そうだよぉ! マグナなら立派な勇者様になれるよね!」
「でもいいのかメリル! マグナが勇者様になったら綺麗なお姫様とかと結婚するんだぞ! ただの幼馴染のおまえなんか忘れられちゃうぞ!」
男友達がからかうように言うとメリルが驚いたように目を見開いて、ぷくっと頬を膨らませた。
メリルが足を止めると、僕たちも止まった。
「そ、そんなことないもん! マグナは優しいから、そんなことしない! マグナは……あ、あたしと、け、けけけ、結婚……」
泣きそうになっていたと思ったら、今度は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
僕は彼女が何を言いたいのか察して、後頭部を掻いてそっぽを向いた。
なんだか恥ずかしくて言葉が浮かばなかった。
「へへへ、メリルはマグナ大好きだからなぁ!」
「そ、そんなこと……」
否定する前に、メリルは黙り込んでしまう。
プルプルと肩を震わせると突然走り出した。
「は、早くいかないとお告げの時間に遅れちゃうんだから!」
僕たちの横を通り過ぎるメリルの横顔は耳まで赤かった。
残された男三人、顔を見合わせてメリルの後を追った。
教会に近づくとすでに村の人たちが集まっていた。
僕の住む村の規模は小さく、住人は大人子供併せて四十人ほどだ。
人口が少ないのでまともな店がないため、基本的には自給自足の生活をしている。
「お祭りみたいだね!」
さっきまでのことは忘れてしまったのか、メリルは嬉しそうにその場で飛び跳ねた。
僕が「そうだね」と笑顔で返すとメリルは屈託なく笑う。
四人で教会に入る。
左右に長椅子が十数並び、正面には聖神グウィンドリン様の御姿が描かれた壁画があった。
僕たち四人は並んで長椅子に座ると時を待った。
村人たちが椅子に座り、全員が集まると次第に静かになる。
時刻は夜。月光と燭台の火が辺りを照らす中、神父様が教会奥の扉から現れた。
「今宵はお集りいただきありがとうございマス。これより勇者神授の儀を行いマス、お子はその場に立ちなサイ」
聞き慣れた神父様の片言の言葉。
神父様は僕たち孤児の親代わりとして面倒を看てくれている。
僕たちを含めた数人の子供がその場に立ち上がった。
「我が国リンドブルグにおいての勇者神授の儀は、各期の月夜にて神託が下されマス。この村から勇者が出るかはわかりまセン。神託を受けし勇者は世界に百人。リンドブルグから何人出るのかもわかりまセン。ですが、輩出されれば、その地に保障と恩恵がもたらされるでショウ」
勇者保障制度というものがある。
勇者の生まれである村はそれだけで一定の保障と恩恵を受けることができるらしい。
その代わり勇者の成長を助け、保護し、きちんと送り出す義務が強いられる。
神父様は口ひげをもしゃもしゃとさせながら壁画に向かい祈り始めた。
「では神託を待ちまショウ……主よ、どうか神託をお授けくだサイ……ッ!」
僕たちも目を閉じ祈った。
無言と無音の中、どれくらいの時間が経ったのか。
誰も何も言わない。
数分の沈黙の後、変化は突然訪れた。
何かが光っている。
温かみを感じた。
妙に甲高く、それでいて心地いい音が響くと同時に誰かが叫んだ。
「ひ、光が」
その言葉を受け、僕は目を開けた。
光っている。
僕の体が。
「な、なんという……マグナ、あなたが……ゆ、勇者の神託を受けたのデスネ!」
神父様は驚きながらも僕の下へ、どたばたと走り寄ってきた。
村人たちからどよめきが生まれる。
「ま、まさか村から勇者が!?」
「こ、こんなことは初めてだぞ!?」
「寂れた村に恩恵が!? ど、どうなるんだ?」
子供たちは戸惑い、大人たちは色めきだっていた。
隣を見るとメリルや友達は困惑し、それでいて僕に何かしらの期待を向けていた。
「や、やっぱりマグナが勇者だったわ!」
メリルは狼狽の中、それでも自慢げに薄い胸を張った。
勇者、勇者だと周りがはやし立て、悔しそうにあるいは戸惑う子供たち。そんな中、僕はただただ困惑していた。
僕が勇者? 僕なんかが勇者なんて……。
神父様にガシッと肩を掴まれ、僕は顔を上げた。
「あなたが勇者なのデス、マグナ。これは大変、誉れ高いことなのデスヨ!」
神父様が優しく笑うと僕もつられて笑った。
僕に勇者としての素質があるかどうかはわからない。
でも勇者として人を救うことは、確かに誉れ高きことだと思う。
みんなを助ける、救う。そんなことを考えると少しだけ胸が熱くなってきた。
いつの間にか教会内は騒がしくなっていた。
そんなみんなを諫めるように神父様はパンと手を鳴らした。
「さあ、では【スキル】をいただきまショウ」
スキル。それは聖神様からいただく力の名称のことだ。
僕は神父様に連れられ壁画前まで行くと、一緒に床に膝をつき、祈りをささげた。
不意に周囲の音が遠く感じ、近くから囁き声が生まれた。
『弱き者。しかして強き者。飛翔せし存在の力はやがて他者を貶める。ゆえに強く、ゆえに孤高。勇者の源は万物を超えし無辜なる威容。負なる他の意思は力となりて滾る。その名は【嫌者賛美(ジャッジメントレベル)】』
響く声は中性的で誰ともわからずそれでいて妙に心地よかった。
僕はパッと目を開け、思わず神父様を見た。
声のことを話そうとしたけれど、神父様はわなわなと唇を震わせた。
「し、神父様……?」
神父様は突如として立ち上がり、みんなに振り返る。
「ど、どうやら今日、聖神様はお疲れのご様子……後日スキルの神授を賜りまショウ。今宵はみなさまはご自宅にご帰宅くだサイ。勇者神授の祝いは明日お願いシマス」
村人たちはすぐにでも祭りを始めたい様子だったけど、神父様の言葉にしょうがないとばかりに家へと帰っていった。
僕は状況がわからず神父様やメリルたちを交互に見ていた。
「マグナ、あなたに話がありマス」
今まで見たことがないほどに真剣な顔に僕は肩を震わせた。
メリルたちは僕に何か言いたげだったけど、神父様に家に帰るように言われると渋々帰っていった。
「マグナ! また明日ね!」
メリルや友達が手をぶんぶんと振ってくれた。
僕は手を上げてそれに答える。
神父様と僕以外は全員がいなくなった。
神父様はよろよろと歩き、長椅子に座ると頭を抱えた。
僕も隣に座る。
一体、どうしたんだろうと思いつつも言葉にはしなかった。
神父様はゆっくりと顔を上げて、口を開いた。
「先ほど賜ったお言葉、聞きましたカ?」
「は、はい。【嫌者賛美(ジャッジメントレベル)】とか。あれが僕に与えられたスキルなんですか?」
「そうデス。勇者のスキルは非常に多種多様なので、別の勇者と同じスキルが与えられることはあまり多くはありまセン……そしてスキル授与の神託においてそのスキルの説明と名称を授けられマス」
「確か……負なる他の意思は力となりて滾る、みたいなことを言われたような」
「勇者自身は与えられたスキルを知ることができマス。心に問うてみなサイ」
僕は首を傾げつつも、言われるままに自分のスキルを知りたいと願った。
すると眼前にゆがんだ文字が浮かぶ。
●名前 :マグナ
・レベル :1
・スキル :嫌者賛美(ジャッジメントレベル)
…他者に嫌われるほどレベルが上がる。逆に好かれるとレベルが下がる。
それぞれ一定の好感度の増減でレベル増減数が決まる。
僕は驚きながらも神父様に見えた文言を説明した。
すると神父様はやはりとばかりにため息を漏らす。
「説明から、恐らくは『他者に嫌われることでレベルが上がる』というスキルかと思いました……やはりそうでしたカ。しかもレベル1とは……本来、勇者になった場合、最初の平均レベルは50程度。現在、村人からの好感度が高すぎるための弊害でしょうか。うーむ、マグナはいい子ですからね。とにかく勇者のスキルは非常に扱いにくい場合も多いと聞きマス。運悪くこのようなスキルを得てしまったのでショウカ」
神父様は頭を抱え、そして険しい表情で僕を見据えた。
「マグナ、あなたはとても優しい子デス。このようなスキルはあなたに合わない……他者に嫌われることで強くなるスキルなど。好かれてしまえばレベルが上がる。それはつまり『誰にも好かれてはいけない』ということでもありマス……」
僕は状況が呑み込めていなかった。
でも神父様の真剣な表情と言葉にようやく実感を持つ。
今後、人に嫌われ続けなければ、強くなれないのだと。
「勇者の力は絶大デス。ですがスキルを活用しなければ勇者としての利点を生かせまセン……そして勇者の辞退は認められまセン。勇者は国民の義務なのデス。あなたはスキルを使い勇者として活動するしかないのデス。問題はどの程度が好かれて、どの程度が嫌われる範疇に入るのかという点デス。人の心は非常に複雑で難しいデス。相手に嫌ってくれ、と言って嫌う人はいないでショウシ。表面上嫌っていても、内心では好意を持っているということもありえマス」
僕は必死に頭を働かせた。
人に嫌われるとレベルが上がり、好かれるとレベルが下がるというスキル。
つまりこういうスキルがあるから嫌ってくれと言っても効果は発揮されない。
なぜならスキルのために嫌われる行動をとっていると知られたら、嫌われないからだ。
「……誰にも僕のスキルを説明せず、本当に嫌われるような態度を取り続けるしかない、ということでしょうか」
「残念ながらそうなりマス。おお! 神よ! なぜこのような試練をマグナに与えたのデス! フ〇ッキンゴ〇ド!」
神父様は嘆きながら祈りをささげる。
みんなに嫌われることを考えると、とても悲しいし、寂しかった。
けれど勇者に選ばれてしまったからには勇者になるしかない。
僕は壁画を観察した。
猛々しい聖神グウィンドリンが剣と盾を持ち、空を見上げている。
ふと気づいた。
彼の周りには誰もいないことに。
一人、孤高。戦いに赴く地にもその隣にも寄り添う人は誰もいなかった。
もしかしたら聖神も孤独な戦いを続けていたのだろうか。
神話は神話。人の見た歴史ではない。
だから僕にはそんな史実があるかなんてわからなかった。
勇者は魔王を討滅する存在。
勇者が存在するのならば魔王もまた生まれている。
勇者と魔王は対の存在なのだから。
そして魔王は勇者でしか倒せない。
勇者は【百人】いる。僕が戦わなくても別の勇者が倒してくれるかもしれない。
でも――
「僕、やります」
でも、僕はみんなを守りたい。
村のみんなを、世界の人たちを救いたい。
僕にその力があるのなら、僕は戦いたい。
僕は孤児で両親も家族もいなかったけど、この村の人たち、神父様、メリルたちのおかげで楽しい日々を過ごせていた。
そんな世界が魔王や魔物によって脅かされるかもしれない。
だったら僕は戦いたい。
みんなに恩返しがしたいし、悲しい思いを誰にもしてほしくはない。
そう思ったんだ。
「マグナ……本当にいいのデスカ?」
「はい。僕、勇者になります。嫌われ者の勇者に! それでみんなを救えるなら、僕は世界一の嫌われ者になりますっ!」
神父様は僕の手をぎゅっと握り額に当てた。
「残念ながら私はあなたのスキルや考えを知ってしまっていマス。だからあなたを嫌いにはなれまセン。嫌いになれるはずもない。ですが私は見ていマス。あなたの真実の姿を。それを忘れないでくだサイ。私はあなたの味方だということを。あなたを知っているということを」
「ありがとう神父様。大丈夫です! 僕、こう見えて結構前向きな性格なので!」
細い腕を曲げて、力こぶを見せようとしたけど、そこには何もなかった。
神父様は優しく笑うと、表情を引き締めた。
「わかりまシタ。そこまでいうのならば私も腹をくくりマス。とりあえず、あなたのスキルがバレてしまってはいけないので、国への申請は別のスキルにしまショウ。そうですね……『回避能力に長けているスキル』……【絶対回避(スピードスター)】としましょうカ。これは過去にあった、回避特化のスキルなので信憑性は高いはずデス! それにレベルが上がれば俊敏性も上がりますから、回避特化だと言っても通じるでショウ! あまり強いスキルでもないので、弱いという演技もしやすいですヨ!」
「で、でも嘘の申請をしてもいいんでしょうか?」
「大丈夫デス! スキルがわかるのは神託を受けた勇者と付き添いの神父だけ。後で知る手段はありませんし、調査もガバガバですからネ!」
「ありがとうございます、神父様……!」
「ふふふ、よいのデス! ではマグナ! これからは私が剣術と魔法と『人に嫌われる極意』を教えてあげまショウ! こう見えて、昔は世界を渡り歩き、悪人をバッタバッタと斬り倒し、世界の美人にモテモテの人生を歩んできましたからネ! 大船に乗ったつもりでいてくだサーイ!」
「よくわかりませんけど、よろしくおねがいします!」
「ノンノンノン! そういう時は『うっせぇよ、このハゲ』デスヨ!」
指と首を横に振りながら神父様は言った。
確かに頭の部分は少し薄いかもしれないけど、ハゲというほどじゃないと思う。
「そ、そんなこと言えないですよ。事実でもそうじゃなくても悪口は相手を傷つけちゃいます……」
「マグナ……それが嫌われる手段なのデス」
「で、できれば他の方法がいいんですけど。なにかありませんか?」
「ふむ、ならばやはり相手を落とすよりも、自分を下げる方法で嫌われるようにしますカ。ですが、嫌われるには相手を悪く言うのが手っ取り早いということは覚えておくのですヨ!」
「わ、わかりました! 僕、頑張ります!」
神父様が困ったように笑うと、僕は後頭部を掻いた。
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