サクラツムグミライ

三瀬 しろり

サクラツムグミライ


「さくらこっちこっち!急げっ」

「うんっ!えと、5、4、3、2、1……」

「「「ジャーンプ!!」」」


カシャ、とシャッター音がする。


私たちは水筒に立てかけたスマホのまわり

にそそくさと集まって、それをのぞき込んだ。

真っ青な空をバックに、私たちが手を繋いで笑顔で飛び跳ねる様子が写っている。


「やった、大成功!!」

「セーラー服めっちゃ映える!」

「これ簡単そうに見えて意外と難しいんだねぇ」


その写真をラインのグループに送ってもらい、早速アイコンにした。

「なにこれすっごい青春」

「やっとJKになれた気分!もう卒業したけど」

すみれが、卒業証書片手にカラッと笑う。


卒業式が終わった後の校庭に残って、私──花丘さくらは、友達のすみれとひまりと、高校生活最後の思い出を作っていた。


まわりでも同級生が写真を撮っている。

本当はもう帰ってもいいんだけど、帰ってる人はほとんどいない。みんな名残惜しいんだ。


「えー、もう帰るのかよ」

「ちょっと用事あって。また打ち上げでな」


そんな中校門を出ていく人を、私はちらっと見る。



(あ、樹……)


幼なじみの結城樹だ。

小学校低学年まではよく遊んだりしていたけど、大きくなってからは話さなくなっていた。

何しろ樹は学校中の人気者。対して私は、よくも悪くも目立たない平凡女子。

なんとなく、近くにいるのに引け目を感じてしまったからだ。

(告白とかかな。アイツモテるし……)


「あ、すみれちゃんたち!ウチらとも写真撮ろ!」

「行こ、さくら」

すみれに呼ばれ、ぼーっと考えていた私はハッとしてそっちへ向かう。

その後はもう、皆で写真を撮ったり、卒業アルバムにメッセージ書いたり、楽しいやらさびしいやら。


「じゃ、打ち上げの予定決まったら連絡するからー!」

クラスの子にバイバイすると、私たちはようやく校門へと歩き始めた。


「あー、もうこの学校ともお別れかぁ」

すみれのこぼした声に、私は本当に卒業したんだなと実感する。


きっとありふれた、でも私にとっては宝物のような高校生活を思い出して、少しだけ視界がぼやけた。


「あ。でもさくらは陸部の送別会でまたガッコ来るんだっけ?」


「う、うん。ふたりは送別会とかあるの?」

上を向いてぐっと涙を飲み込み、笑う。


「わたしはないよ〜。春休みはネコと遊びまくる!」

ひまりが胸を張って言う。

(そういえば、ひまりは大学では動物について勉強するって言ってたっけ)


「あたしもバスケ部であるけど、市民体育館でやるからガッコはもう来ないなー」

宙を見つめて告げるすみれは、将来は運動に関わる仕事に就きたいって言ってた。


まっすぐに未来を見据えるふたりの姿は、すごくかっこいい。

……実は、私はまだこれってものが見つかってないんだ。

そういうのはこれから、って思ってたけど。



(あれ、なんで、なんだか……あせる)



卒業だって感傷的になってた気持ちのせいだろうか。

もう高校生じゃないんだって、改めて思うと、急に恐くなった。少しずつ『大人』に近づいている。

まだはっきりと将来を決められていない自分が、すごく情けなく思えた。


陸上部だって、走るのは得意だったから、なんとなく入ってしまったけど、将来続けたいほど好きなわけでもない。

大学も、これといってやりたいこともなかったから、家から近い大学を選んだ。


(私、将来何がしたいんだろう)


ぼんやりと考えていたら、校門に着いてしまった。

左と右にそれぞれ道が伸びていて、すみれとひまりとはここでお別れだ。


「バイバイ、さくら。毎日は会えなくなるけど、これからもガンガン遊びに誘うから!!」

「さくらちゃん、今までありがとう!これからも仲良くしてねぇ〜」


なんだかすっきりした顔をしているすみれと、ぼろぼろ泣いているさくらを抱きしめて、私は微笑む。


「うん、3年間ありがとう。またね!」





ふたりが見えなくなるまで手を振り続けると、私は左へ続く道を歩き出した。


(ふたりはすごいなぁ……)


おめでたい日だというのに、ついうつむいてしまう。


そんなとき、ビュッと強い追い風が吹いた。

私は風に押されて一歩前へ出る。

(今日、風強っ)


追い風だしまあいいけど、と歩き出したわたしの目に、ふわっと風に乗って飛んできた一枚の桜の花びらが映る。



思わず後ろを振り向くと、目の前に桜の雨が降っていた。



「綺麗……」

目を見開いて見とれてしまう。


(どこから飛んで来たんだろう、学校に桜なんて──)


もうかなり遠くにある校舎に目をこらすと、校舎裏のすみっこにピンクのものが見えた。


(え、もしかしてアレ?)


卒業式の日に気づくなんて、もったいないことしたな。


また、強い風が吹いた。わたしの長い黒髪がさらわれる。

私はひょいと花びらをつかまえると、それを見つめた。


(……あれ?)


なんだろう、この既視感。

桜、そして高校卒業──。

────私、何か忘れてる?


頭の片隅にぼんやりと存在する記憶を、どうにかしてひっぱりだそうとする。

5分ほどその場で熟考していると、頭に聞きなじんだ声が響いた。



『────コーコー卒業したら、一緒に桜の下のタイムカプセル、掘り返そうな!』



「………あっ!!」


私は息をのむと、次の瞬間駆け出した。

チカチカしている信号をくぐり抜け、家の近所の公園へと走る。


(忘れてるかもしれない、もう帰っちゃったかもしれない)


はぁはぁと息を乱しながら、必死で走る。

途中、じゃり道で思いっきりこけてしまった。


「痛……」


私はちょっと顔をしかめつつも、立ち上がる。


(それでも──)


そしてまた、走り出した。





公園は、驚くほどシーンとしていた。


私は息をきらしながら、あの桜の木を探す。

確か、この小さな丘を越えれば見えるはずだ。


(どうか、いますように……)


私は祈りながら、丘を一歩一歩踏みしめる。

頂上に登った途端、息がとまりそうになった。



──満開の桜の木の下に、樹が立っていた。



彼は私を見つけると、「おせーぞ」と笑う。何年も話してなかったのに、そんなの感じさせない軽い口調。


(覚えててくれたんだ)


私は喜びで胸を震わせながら、ゆっくりと丘を降りる。


「全然来ないから帰ろうかと思ってたわ。危なかった〜」

ほーっと息をつく樹を見て、あっと思った。


(もしかして用事って……)


「ん、どした?」

「ううん。待っててくれてありがとう」


ふふっと笑って、地面にしゃがみこむ。

(ええと、どの辺に埋めたっけ)


「さくら、コレ!」

樹がじゃーんと突き出したのはふたつのスコップだ。


「お〜準備万端じゃん!」

私はひとつを受け取ると、近くをザクザク掘り始める。


(カプセルの中にあるのは、きっと昔のわたしの『好き』だ)


知りたい。昔の私が何を好きで、何になりたかったのか。

黙々と掘り進めていると、スコップの先に硬い感触を感じた。


(……あっ!)


一瞬体中がぶわっと熱くなって、あわててそこを掘り返す。

しばらくすると、薄くなった土から、ビニール袋がはみ出した。


「あった!樹、あったよ!!」

「うおっ、マジ!?」


こっちに駆けてくる樹の前で、わたしは宝物にでも触るように、慎重にそれを持ち上げる。

ビニール袋のぎゅっとしばった口を切って、赤色のお菓子の缶を取りだした。

その見た目は埋めたときとそう変わらなくて、ここだけ時間が止まっていたみたいだ。

なんだか感動して、ふたりして黙っちゃった。


「……開けるか、さくら」

「う、うん」


まだ少し震える手で缶の蓋に手をかける。

樹も蓋をつかんだところで、「せーのっ」と力を込める。

すると、まるで開けられるのを待っていたかのように、いとも簡単に開いた。


最初に見えたのは、水色の封筒。

それに、車のおもちゃ、サッカーボールのキーホルダー、くまのぬいぐるみ、水色のリボンのシュシュなどなど。


「うわ、なっつ」

樹がサッカーボールのキーホルダーをひょいと持ち上げてじっと眺める。


私もシュシュを取ってぎゅっと握りしめた。そういえばわたし、昔は水色が好きだったっけ。

シュシュを手元に置いて、水色の封筒を開いた。かわいいくまさんの便箋が出てくる。



『6年後のわたしへ!!

友達はいっぱいできましたか?

高校は楽しかった?

いつきくんとはまだ仲いい?

お花屋さんにはなれそうですか?

わたしは今、勉強をがんばっています。

6年後のわたしもがんばってね!

さくらより』


「……っ」


つたない文字で書かれた文章に、ぐっと何かがこみ上げてくる。


(私、昔はお花屋さんになりたかったんだ)


ずっと鼻をすすって、ちらっと樹を見る。

彼も星の模様の手紙を眺めていた。

口元に笑みを浮かべる様子に、なんでか見とれてしまう。


「もう高校も卒業か」

ぽそっと樹がつぶやいた言葉に、私はそうだねと返す。


私たちはたえず大人になっていく。

水色が好きで、お花屋さんになる未来を描いていた私はもういないけれど。



その想いは今に──未来に繋がる。



風がふいて、公園に桜が舞った。


(そういえば、桜は昔からずっと好きだったっけ)


「さくらは、これからどうするん?」


ふいに樹の放った言葉に、少し驚く。


それから、桜の木に向き直ると、少しだけ胸をはった。


「今、決めた。私は大学にいる間に、夢中になれることを見つける」


口に出してみると、胸にすとんと落ちてきた。


将来について考えるのは、恐い。

すみれやひまりみたいに、これっていうものも私にはまだない。

(でも)

すみれ、ひまり、樹、そして桜──今の『好き』を大切にして、少しずつ考えていけばいい。そう思えた。

なんたって、昔の私が応援してくれているんだから、ね。


「ほー、いいじゃん。ちなみにオレもさくらと同じ大学だから」


「……え、そうなの!?」

「確か学部も同じだった気がする。これからまたよろしく。もう話せなくなるのとかイヤだかんな?」


冗談ぽく言いながら差し出された手を、少しだけためらった後、しっかりとつかんで

微笑んだ。


「うん」


今日何度目かの風が吹いて、桜が散る。

それは、私たちの新たな門出を、祝福してくれるようだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サクラツムグミライ 三瀬 しろり @sharp_r

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ