第15話 夜明けの戦い

 まだ日が昇る前、月明りに照らされた暗闇。


 静まり返った野営地では、時折り……誰かのいびき声や、ひそひそと話す声が聞こえてくる。




「正虎様、お時間です」


「うむ。支度をするぞ」


 寝転がって目をつぶって休んでいた正虎を、護衛となる武官が起こしに来る。


 朝日奈家に代々伝わる、朱色を基調とした鎧兜を付け、朝日をイメージした家紋が付いた羽織を纏う。これから戦いに赴く、武家としての装いだ。


 野営陣地の中を目覚めの伝令が静かに動き回り、討伐隊の人達を起こしていく――




【 鬼の集落 討伐隊 】


 ・朝日奈家(忍び含む) 12名

 ・その他の武家一門衆   8名

 ・討伐者組合      38名

 ・魔術師組合       5名

 ・陣地構築・補助要員  21名




 武家が主力メンバーとなって最前線に立ち、討伐者が周囲の小鬼を担当する。さらに外側を、偵察や森の中での活動に優れた者達、武家の忍び衆などが囲って逃げられない包囲網を作る。


 すべての人が討伐に向かうわけではなく、資材を運んできた人や野営陣地を守る人。何かあった時のための、補助要員として来た者達も多い。


 説明会などを通じて言われたのは、作戦の要は【奇襲作戦】だという事。夜明けに実行するのは、外で活動している鬼達は、夜になれば集落に戻ってくる。そこをまとめて一気にたたく為だという。


 一つ目の集落を攻撃する時は大規模な魔法を禁止し、静かに行動する事が重要だ。2つ目の集落に気づかれる前に、精鋭部隊で一気に殲滅する予定となっている。




「では、出陣じゃ! 忍び衆と選ばれた者達の指示に従うように。自分勝手に動き回って問題を起こせば、処罰の対象とする。気を引き締めて進むように」


 朝日奈家の忍び衆の筆頭である影成の案内の元、討伐隊は夜明けの奇襲をかける為に進んでいく。


 朝日がやっとかすかに見え始めた夜明けという事もあり、眠そうな表情をしている人も見かけるが、今回集められたのは経験豊富な精鋭ばかり。討伐者にとっては野営する経験をつんだ者達が多く、ほどよい緊張感で戦いに挑めそうだ。


「それでは、我らも行くとするかの」


「はいっ」


 まるで散歩にでも行くかのような掛け声と共に、バルザックさんの後に続いて、迅人とスミレも動き出す。


 バルザックさんは、黒色のローブを纏い、まさに魔術師といった風貌。


 背中には、魔法文字と魔石を組み込んだ3本の長杖を背負っているのが印象的だ。


 迅人はこれからの戦いを思い、高ぶりそうになる気持ちを落ち着けるように……相棒として、ずっと一緒に戦ってきた白姫に右手をそっと添えて、小さな声でつぶやく。


「白姫、頼りにしているぞ」


 迅人の声に答えるかのように、暖ったかいような感覚のする魔力で反応する白姫。


 2人きりの時は話し合い手になってくれたりするのに、他の人が居る時は……ぜんぜん声を返してきたりはしないのだ。


 白姫に聞いて見ると「めんどくさいからバレたくない」と言われてしまった。


 精霊武具を持った人は他にも居るらしく、魔力感知に優れた人が居ると、白姫の変わった魔力に気づいて……なんとなくわかってしまうらしい――




「ピーーッ、ピッ、ピーーッ」


 集落を囲う忍びから、笛の音による合図が送られてくる。


「我らの目標は、あの大きな建物にいる赤鬼。突き進むぞ!」


「「おうっ」」


 正虎の掛け声に答えるのは、武家と討伐者の中から選ばれた14名。




 朝日奈家は、正虎を含む4名。

 神宮司家は、長男の武尊たけると武官の3名。

 鏡花水月は、バルザック・スミレ・迅人の3名。

 討伐者は、鉄壁ガルド、氷剣ユキナ、疾風ジェード、山猫ルビス。


 名のある人達に囲まれて、迅人は一番の新入りだ――




 重い鎧兜を着ているというのに、軽々と飛び出した正虎。


 そして、その速さに遅れをとらないように……次々と飛び出して行く精鋭達。


「一気に突き進むぞ!」


 あっという間に道中に群がる小鬼達を切り伏せながら、赤鬼が居るという大きな建物へと突入する。


 建物の中は、人間や動物のような頭蓋骨などが散乱している大きな部屋。


 小鬼が数匹と、少し黒っぽくなってきた赤鬼が4匹居た。


 合図にしていた笛の音や、小鬼達が叫び声を上げるせいで目覚めてしまったのか……赤鬼は何が起こっているのかと、怒りの声を発しながら、辺りを見回していて、突然に侵入してきた討伐者達と目が合う。




「ハァァーッ」


 先頭を走る正虎は、まるで道中で切り払ってきた小鬼を相手にしていたように、見つけた赤鬼まで一直線に進み、出会い頭に一太刀で切り伏せようとする。


 赤鬼は、近くにあった石のような棒を盾にして、なんとか即死は防いだものの……武器ごと体も大きく切り裂かれて、致命傷を負ってしまう。


 さらに、正虎に影のように付き従う武官達の見事な連携攻撃によって、一気にトドメを刺されてしまった。


 迅人達も、正虎の後に続き……それぞれに、示し合わせたかのように、別々の赤鬼へと向かっていく――




「儂は足止めでもしようかの【土遁どとん地縛柱ちばくちゅう】」


 バルザックが杖を地面に突き刺すと、魔力が地面を伝わって行き、赤鬼の膝から下に岩のブロックのような物が発生し、赤鬼の動きを制限する。


 意味不明な拘束魔法に気をとられた赤鬼に、今がチャンスとばかりに迅人とスミレは向かっていく。


「神楽木流……【朧残月おぼろざんげつ】」


 迅人は足に薄く【纏いまと】と言われる魔力を纏い、鬼に向かって走り出す。


 高速で左右に足さばきによるフェイントを入れながら、まるで分身しているかのような虚実の姿を残し、赤鬼の横を通り過ぎながら……右腕と脇腹に致命傷となる斬撃を入れる。


 そしてトドメは……迅人の動きを見ながら、真後ろから来ていたスミレが、首元へと大剣をしっかり突き刺す。バルザックの拘束と迅人の斬撃に注意を向けた隙をつく、見事な一撃だ。


 他の2匹の赤鬼も、あっという間に神宮司家と討伐者達によって討ち取られていた。


「まだ集落には鬼が残っている。殲滅に向かうぞ」


 まるで集落への包囲網を外側から縮めるようにして、順番に討ち取られていく小鬼達。


 迅人は、バルザックの的確な指示に従いながら、スミレを含めた3人で順調に小鬼の討伐していく――




 まだまだ鬼の討伐は始まったばかり。


 やっと一つ目の集落を殲滅したとはいえ、次の集落には……ほとんど黒色に近い、危険な赤黒鬼も居ると聞く。


 鬼と人との戦いは、こうして新たな戦端を開く事となった。


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