第14話 野営陣地

 一時は天候が悪化し、夕立のような雨が降りだした事で、不安な表情を浮かべる者もいたが、森の手前にある野営予定地に着く頃には空も晴れてきて、無事に到着する事が出来た。


 新たな集落発見によって、追加でさらに増えた人員を併せると……なんと80人近い大討伐隊だ。




「それでは、ここを野営地とする。土魔法が使える者を中心に、みなで協力して事にあたるように。出発は明け方となる。今回の作戦の重要な所は、相手に知られない事だ。酒を飲んで騒ぐのも、火を起こすのも禁止だ。注意するように!」


 土魔法が使える魔法使いが、次々と建築予定地に呼ばれていく。


 魔法使い達が杖を掲げて……周囲には、外壁となる掘りと土壁が、地面を柔らかい粘土をこねて作られるように、どんどんと出来上がっていく。


 こんな大規模な建築も、土魔法を使いこなせれば出来るんだなぁ。


 迅人も魔法を使えるようになったとはいえ、まだまだ使い道は生活魔法といった感じで、マッチ変わりに焚火に火を付けたり、軽く風を起こしたりする程度にしか使っていない。


 いつか自分も使えるようになればいいなぁと思いながら、長い杖を構えて……真剣に建築していく魔法使い達の様子を、見逃さないようにジッと見つめる――




「迅人、これからテントなどの設営をしていく。力仕事になるぞ。手伝ってくれ」


「はい。力仕事なら得意なので任せてください!」


 やっと自分にも出番が来たなと思って、ガーベラの指示に従って次々と物資を設置していく。


 異世界に来てから上がった身体能力のおかげで、重い物でも軽々と持ち上げられるようになったので、よく宿屋の手伝いなどで荷物を運んだりするのを手伝っていた。


 見た目は若くて、スラっとした細マッチョのような体形。


 それなのに、重そうな丸太を軽々と運ぶという……そのギャップのせいなのか、その姿を初めて見る事になった討伐隊の人からは、なんだあいつはって視線で見られながら、ひそかに注目されて驚かれる事になった。


 そうして順調に野営地となる場所に、次々と寝所となるテントや料理をする場所などが設置されていく――




◇ 朝日奈家 作戦指揮所 ◇


「ようこそ、バルザック師匠。子供の時に魔法を教えてもらって以来、おひさしぶりです」


「フォフォフォッ。あの時の坊主が大きくなりおってからに。もう坊主とは言えんのう」


 かつて魔法使いとしての教えを受けた正虎は、師匠だったバルザックに丁寧に挨拶をする。


 子供の頃の正虎は剣の才能もあったが、魔法が大好きだった。そこで、討伐者としても有名なバルザックに教えを請い、訓練をするのはもちろん、一緒に何度も迷宮などに籠った事もあったのだ。


「前回の大討伐の事について知っている人は少なくなっています。バルザック師匠は実際に参加されてなかったとはいえ、知り合いが多数参加されたと聞いています。奥地に居る魔法を使いや黒鬼について、何か教えてもらえないでしょうか」


 バルザックは80年程前に行われた前回の大討伐には、迷宮で負った怪我が原因で参加出来なかった。


 そういった事情もあって、心のどこかでは自分も参加出来ていればと思い返す時があった。


 身内であるガーベラから連絡があった時には、そんな過去の思いもあって……すぐさま参加の意思を返したのだった。


「実際に見たわけではないし、生き残った者達に聞いた話しにはなるが……赤鬼が進化すると、黒鬼になるという話しは、おそらく真実じゃ。実際に黒色に変色しかけた赤鬼が、討伐者に多数目撃されておるからの。そして何より、黒鬼は長生きしているだけあって、知能が発達し経験も豊富じゃ。単純な強さだけではなく、敵の頭の良さにも注意すべきじゃの」


 正虎は、過去を思い出しながら話す師匠の言葉を、相槌を入れながら真剣な表情で聞き入る。


 さらに詳しい話しを聞いていくと……前回の大討伐では、少数精鋭の別動隊で敵の拠点に乗り込み、首領と思われる大きな黒鬼を倒した後の方が、地獄のような帰り道だったようだ。


 生き残りとみられる黒鬼が指揮する鬼の部隊は、まるで「ぜったいに逃がさない!!」


 そんな事を思っているような雰囲気で、徐々に討伐隊を追い詰めて来るようになり、帰り道となる場所を大岩で封鎖されたり、眠る暇や休む時間を与えぬとばかりに、地の利を活かし数の暴力を使って、24時間攻め立てて来たようだ――




「朝日奈家にも、多くの話しが伝わってますが、その時代を生きて来た師匠の話しは参考になります。今回の討伐は、森の中層と言われる場所に近い2か所の集落。師匠にも是非、相談役として前線に立っていただきたい」


「お主も知っておる通り、儂の得意魔法は煉獄魔法じゃ。森の中では扱いづらいわい。土や氷といった魔法も使える事は使えるが……それなら他にも優秀な者達が居よう」


 師匠となるバルザックは、初めは最前線に立つのを拒んでいたが……。


 ふと名案を思い出したかのように、ひとつうなずく。


「師匠の体力や魔力が落ちたとはいえ、その経験と判断力に期待しています」


 正虎に説得され、その熱意に負けて結局は一緒に最前線に立つ事になったのだが――


 前線に立つ交換条件として……ちゃっかり迅人とスミレを連れていく事にしたのは、狙っていたのかどうか、正虎は迅人とスミレの参加を認める事となった。




「鬼の住処は、人間にとってはまさに敵地じゃ。かつての英雄達に憧れて、安易に敵を深追いすればする程に危険は増していく。気をつけるようにするんじゃぞ」


「はい。今回は集落の討伐が終われば、野営地としているこの場所を強化して、鬼に対する前線基地にする予定です。我らは英雄になりにきたのではないと、しかと心得ます」


 まるで教え子を諭すように話しをするバルザック。


 途中からは、重要人物である他の武家の方々や、最前線で一緒に戦う事になる討伐者達とも、最後の話し合いをし、いつの間にか外は段々と暗くなっていく――




◇ 鏡花水月のテント ◇


 野営地の中には、大小様々なテントが立ち並んでいる。


 その中の一つ、鏡花水月の団員達が集まるテントに、迅人は身内同然とばかりに迎え入れられていた。


「私は、迅人の隣で眠る事にしたから!」


「えぇぇ、他にも空いてる場所ならいっぱいあるだろ?」


 鏡花水月のみんなが思い思いに、自分の寝場所を確保していく。


 迅人自身は、なんとなく正式な団員ではなく……まだ客人だからなぁ。そんな風に思って、テントの端っこに眠る場所を用意していた。


 だが、いざ眠ろうとして横になると……スミレが横にやってきて、強引に迅人の隣に寝場所を確保してきたのだった。


「だいたい、なんでそんな所で眠ろうとしているのよ! ……でも丁度良いわね。迅人の隣は私がもらうから!」


 強引に一緒に寝ようとするスミレの姿に、困ったけど嬉しいという……なんとも言えない感覚が湧いてくる。


 この異世界に来てからは、常識がわからないせいで困る事も多かった。それでも、いつもスミレが相談にのってくれて、助けられたことは多い。


 こうやって傍に居てくれるだけで、不思議と心が落ち着くなんて……スミレには、本当にいつも助けられるなぁ。


「迅人、明日からは討伐が始まるわ。あなたの事は、私が守るから」


「うん、ありがとう。一緒に無事に生きて帰ろう」


 目が合うと……照れくさそうにしながら、すぐに寝転がってしまうスミレ。


 何気ない一言なのに、優しさを感じるスミレの言葉を聞いて、自然と心のどこかがあったかくなって、討伐前という事で高ぶっていた気持ちが落ち着いてくる。




 人それぞれ。様々な思いを抱きつつ……こうして討伐隊の夜は、静かに時間が過ぎ去っていくのであった――




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