第12話 過ぎ去りし英雄伝説
◇ 鏡花水月の宿屋 ◇
「ただいま、カエデちゃん」
「迅人さん、おかえりなさい~」
見慣れた人達に挨拶を返しながら、いつも泊っている宿屋へと帰ってこれた迅人。
カエデちゃんは、鏡花水月が支援している孤児院から働きに来ている子供達の一人で、いつも明るく元気よくといった感じのする、可愛らしい宿屋の受付さんだ。
まだ異世界に来てから2週間とはいえ、こうやっていつも安心して帰ってこれる場所があるっていうのは、本当にありがたいなぁ。
「スミレか、ガーベラさんがどこに居るかわかるかい?」
詳しい人に、鬼の集落についてと、討伐隊について相談しておきたいなぁ。
「う~んとね……。スミレさんは裏庭で訓練してて、団長はどこかに出かけたままだよ~」
「ありがとう。裏庭に行ってみるよ」
いつも頑張ってくれてるカエデちゃんに、お礼変わりといった感じで、みんなに大人気の飴ちゃんを渡して、さっそく裏庭へと向かう――
「よ~し、素振りをあと50回だ。そんな剣じゃ鬼はたおせないぞ! もっと気合を入れて振り下ろせ!」
「「はいっ」」
孤児院の子供達に、真剣な表情で剣術を教えているスミレ。
この世界では、誰もが幼少期から武器の訓練をする。魔物という身近な脅威が居るせいで、一歩でも王都から出ると、常に危険と隣合わせだ。いざという時には、自分自身の鍛えた力が生き残れるかどうかに大きく関わってくる。
「よし、そこまで! もうすぐ夕方だ。帰り道は寄り道せずに、真っ直ぐに孤児院まで帰るんだぞ」
「「はいっ」」
剣術の訓練を終えて、やっとおわったぁ~といった雰囲気で一息つく子供達。
邪魔しないように、傍で見守っていると、スミレの剣術指導は終わったみたいだ――
迅人に気づいた子供もいて、時々ちらちらと視線を送ってきたりして、スミレに怒られたりする姿は、可愛いもんだ。
「ちびっこども~。訓練をがんばったご褒美をあげよう。並んで並んで~」
迅人が訓練終わりに声をかけると、わぁ~っと歓声を上げながら群がってくる子供達。
まるで餌付けしているような感覚になったりもしてきたが、一人一人にお手製の飴ちゃんを配っていく。暇な時の趣味として、最近始めたおかし作りで余った物なんだけど、子供だけじゃなくて……何故か大人にも大人気だ。
「兄ちゃんありがと~」
訓練でふらふらになっていた子供も、飴ちゃんがもらえるとわかると、急に元気になったりするのは、やっぱり子供ならではだなぁ。
「迅人おかえり。今日は早かったんだな」
「うん、今日は色々とあってさ……」
鬼の集落の発見や、討伐者組合での出来事をスミレに伝えて、どうしたらいいのか相談してみる。
悩まし気な表情で、迅人から話を聞くスミレ。どうやら迅人が思っていたよりも事態は大事みたいで、武家の人まで一緒に参加する合同討伐隊は珍しいみたいだ。
「7等級以上となれば、うちの傭兵団にも声が掛かるはずだ。もうすぐ団長も帰ってくるし、他の団員達も集めて相談しよう」
「なるほど。ちゃんと相談して良かったよ」
他の団員達に事情を説明し、宿にある大広間に集まる事になった。
そこからは、団長のガーベラが帰ってきたり、討伐者組合の職員などもやってきて、みんなでこれからの事について詳しく相談していく。
「討伐者組合、職員のスズカニャン。鏡花水月のみなさんには、食料の用意と荷物の運搬、魔物の解体など、色々な事を任せたいニャ」
いつもお世話になってる猫獣人のスズカがやってきて、討伐者組合からの要請を聞く。
傭兵団としての実績もあり、魔物の討伐だけじゃなく、雑貨店として様々な商品を扱っている経験もある事などもあって、鏡花水月が今回のサポート役のような感じで選ばれたみたいだ。
多くの人が動く討伐隊には、食料の確保などはもちろんだけど、他にも戦利品の運搬、道中の料理や、野営陣地を作って泊りになった時にどうするかなど、色々な仕事があるみたいだ。
スズカの要請や、団長のガーベラの話を聞いていると……。
・結論としては、討伐隊として戦闘に参加するのは、迅人とスミレ。
・鏡花水月は傭兵団として、10人位の団員達が参加し、討伐隊の荷物を運んだりといったサポートをする。
・討伐隊の主力は、鏡花水月のメンバーを除いて、武家と精鋭達で30名ほど集めるみたいだ。
予定としては3日間となっているけど、状況次第では5日かかるという。
予備の武器として棒手裏剣も数本は持っているけど……。
いざという時のために、もっと棒手裏剣の予備を増やしておこうかな。遠距離で攻撃する手段に余裕があれば、立ち回りに幅が出来て、安心して戦う事が出来そうだ。
無事に職員のスズカや団員達との話しも終わり、物資の手配や装備の補充をしにいったりと、あわただしく動き出す。
「みんなが来てくれるなら、知らない人ばかりよりも安心できるなぁ」
「ふふっ、鏡花水月は4等級の傭兵団だからな。私以外にも腕利きは居るぞ」
4等級の団長以外にも、普段は姿をめったに見せないけど、迷宮専門の探索者として……3級のバルザックと4級のスイレンという、2人の団員がいるみたいだ。
今回は運搬係りの護衛にまわってくれるみたいで、強い戦力が他にもいるなら安心できる。
迅人は荷物や装備の補充も終わり、日課となっている白姫の手入れをする。
「白姫、今日も守ってくれてありがとう。また大変な討伐が始まるけど、よろしくな」
「迅人は、まだまだひよっこじゃからのう。人は死ぬときはあっさり死ぬ。油断だけはするんじゃないぞ」
迅人と白姫は軽く雑談をしてから、明日に備えてゆっくりとベッドで休む――
◇ 朝日奈家 ◇
「
「ふむ、すぐに呼んでまいれ」
朝日奈家の中で、武家の棟梁と言われる人物『
その昔、80年程前の事になるが……。
集落が見つかったと言われる同じ場所で、前回の討伐隊をまかされて居たのも朝日奈家だ。
中層に近い森の中には、鬼に対する最前線基地とも言える砦がいくつかあり、そこを大鬼が率いる鬼の集団が襲って、そのまま集落を築いてしまった事があったのだ――
当時の事や昔話しを、お爺さんから代々言い伝えのように聞いていた事を思い出す。
深き森の奥地には【鬼の住処】と言われる大きな洞窟があり、無数の鬼達がひしめく中で、黒き大きな鬼が居た……。そして森から鬼を討伐しようとして、武家の者や討伐者達が数多く集まり、300名にもなる【大討伐隊】が組まれた事があった。
討伐は順調に進み、結果的には鬼の統率者と言われる首領をなんとか倒す事が出来た。
しかし、住処に集まっていた鬼の数は多く……1000匹以上は居たという数の暴力の前に、討伐隊は次々とやられていってしまった。そして、なんとか生きて帰ってこれたのは、わずか30名程だったという。
多くの武家の人や討伐者達の精鋭を失った事で、前線にあった鬼に対する砦は手薄になってしまった。
そして今度は逆に……生き残った鬼達の激しい反撃にあい、砦に残った人々が滅ぼされてしまったという――
朝日奈家だけではなく、武家や討伐者にとっては……鬼退治の英雄伝説であると共に、悲しみの歴史でもある。
「またあの場所に集落が作られるとは……我ら武家にとっても因縁の地か」
アゴに手を添え、目をつぶって思考に沈む正虎。
言い伝えの話しを思い出しながら、すぐに調査の得意な忍びの者に詳しく調べさせる事にする。
「
「はっ。すぐに調査に向かいます。明け方に連絡の一報を入れ、明日の昼までには戻ります」
正虎が仕事場としている執務室の中に、影のように控えていた忍びが動き出す。
そして、調査へと向かった忍びが手に入れた情報により、また新たな問題が浮かび出す事となる――
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