第8話 神楽木家の武術➁

「よし、そこまでだ!」


 いつの間にか、偵察組以外の全員が揃い、見世物のようになっていた手合わせは、ガーベラの掛け声で終わりとなる。


 最初の手合わせで負けただけではなく……その後も、何度も迅人に翻弄されながら負けてしまったスミレ。それでも、目だけは爛々と輝きながら、闘志を漲らせて何度も立ち上がって来る。


 足払いなどで転ばされた時に、何度も衣服に土が付き、手加減されたとはいえ、急所への蹴りやヒジ打ちといった打撃などを受けて、その体は満身創痍といった感じだ。


 迅人とスミレの一番大きな違いは、対人相手での経験の差。


 素直でわかりやすい剣術を使うスミレと、多彩な技を使いながら……心理的な意味でも、フェイントなどを使って、相手を翻弄しながら戦う迅人の技術にハマってしまった感じだ。


「次は、ぜったいに勝ってみせるからな!」


「はいっ、また機会があれば手合わせしましょう」


 悔しそうな表情をするスミレとは対照的に、迅人は嬉し気に自分自身の力を分析していた。


 結論から言えば……予想した以上に、以前よりも身体能力は上がっているみたいだ。


 それは、平原を駆けた時にわかっていた――走ったり、ジャンプしたりする。といった筋力的な能力だけじゃなく、相手の攻撃してくる気配を読んだり、以前なら見切れないような速度の剣筋も、今では目で追いながら、余裕をもって見極められる程に上がっている。


 さらに対人間用の技術として、殺気を込めたフェイントや体術はこちらでは珍しいのか、色々な技術を試しながら戦っていると、団員達の中でも実力があると言われていたスミレが相手でも、充分に翻弄する事が出来た。


 両腕があった昔は、自由自在に色々な技が使えたが、片腕になってからは使えなくなってしまった技も多い。


 それでも、リハビリがてらに色々な場面を想定しながら、実家の山裏にこもって一人で訓練もしていたけど……実際に対面する人間を相手に、今まで訓練してきた成果として、一つ一つの技を試してみて、片腕というハンデを背負っていても、幅広く色々な戦い方も出来るようになっていた。


 頭で考えて一人で練習するだけじゃなく、実際に手合わせをしながら色々と試せるのは、本当に良い訓練になるなぁ。


 片腕になってからは、リハビリをかねて……実家の裏山で、一人で試行錯誤しながら訓練する事が多くなってしまった。それがここに来てやっと、何故か今までの努力が報われたような気持ちになって、嬉しくなってくる。


(これなら……魔物だけじゃなく、人間相手でも充分にやっていけそうかな)


 そんな事を内心で思いながら、料理番が待つ良い匂いがしてきた休憩所に、団員達と一緒に向かう。




「それにしても、迅人の足さばきや受け流しはすごかったな! 俺にも教えてくれ」


「いやいや、俺はあの手首を掴んでスミレを抑え込んだ、あの技が知りたいぞ!」


「俺には、あの蹴り技を教えてくれ!」


 迅人は食事をしながらも、先程の手合わせで見せた技について、団員達に色々と話しかけられてしまい、どういった技なのかをわかりやすく説明していく。


 神楽木家に代々伝わってきた足さばきを基礎にした、重心を自由自在に操る、流れるような体術といった技も多いが、空手や中国武術といった有名な武術以外にも、様々な地球に伝わってきた技の中から、色々な技を応用して使っている。


 寸勁や関節技、躰道たいどうの蹴り技といった技術も手合わせで見せたので、この世界の人には初めて聞く様な話しも多かったみたいだ。その珍しさなのか、色々と驚かれてしまった。


 わかりやすい例えで言うと、力強さやスピードを上げるために、何が必要なのか。


 そこで団員達に伝えたのは、筋力を鍛えて力強さを増すなどではなく……。いかに脱力して、リラックスした状態を作り、体全体の体重や筋力をどうやって効率的に活かすか。


 他にも、普段の生活の中では、無意識にしている呼吸法を、まずは頭で意識する事によって、自分自身の重心や力の入れ方を理論的に意識して活かす事で、体を自由自在に操る事が出来て……体幹をしっかりと安定させる。などといった、実際に自分自身で体感してみないとわからないような、武術の基本から教えていった。


 平和な日本とは違い、いつ死ぬかもわからない、弱肉強食の世界。


 少しでも新しい技術を学ぼうと、真剣に武術に取り組む熱心な姿勢に感化されて、自分の技術を教えたくなってくる。


 軽い食事休憩をした後も、あまりにもみんなの熱意が凄くて、色々な技術を教えていると……あっという間に、時間が過ぎていく――




「そろそろ出発だ! 夜になる前に、迷宮都市に向かうぞ」


 ガーベラの掛け声に、もっと練習をしたいのにしょうがない。といった感じで、訓練をしていたみんなも出発するために馬車へと向かう。


 ふと気づいて、何気なく周囲を見回すと……。


 頭上にあったお日様の位置が下がり、夕方に近づいてきている。手合わせや技術の指導に、思ったより熱中してしまったみたいだ。


(これから向かう迷宮都市は、いったいどんな所なんだろうなぁ)


 そんな事を内心で思いながら、足早に馬車へと乗り込む。


 ふとした縁で仲良くなった団員達との出会いや、未知の異世界……周囲の景色を見回しながら、これからはどんな事が起きるんだろう。なんて想像しているだけでも、だんだんと楽しくなってくる――




◇ 作者後書き ◇

『第一章 異世界での旅路』これで完結です。

第二章からは……迷宮都市を中心に、また新たな冒険が始まります。


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