第十四話 心のバランス

2001年8月6日、月曜日、昼前

「よしっ、出来たぞ!」

 起床6時。そして軽い食事をして勉強を開始する。俺、宏之はそんな生活が夏休みに入ってからずっと続く、ちゃんと持続出来ている自分に驚いた。

「凄いぞ!宏之」と自画自賛。

 彼女が出来るとこんなにも心の持ちようが違うのかと思いながら、今やっている数学の問題の答え合わせをする。

 ガガァ~~~~ン一瞬、俺の空間が凍りつく・・・、100点中63点、しかも昨日間違った所をまた間違えているし。

「オッ、俺って進歩してねぇーーーっ」

 このままで本当に春香と同じ大学に行けるのか?

 夏休みになって、今までの分を取り返すために猛勉強しているのだが、ヤッパリ無駄な努力なのか?やれば出来るんだ、俺はやれば出来るんだと自分に言い聞かす・・・、

でも不安だ。

 慎治は予備校で頑張っている。

 貴斗は?アイツは大丈夫だろう、自分の得意分野で受験すれば良いんだから、おれは・・・。

 そんな事を考えていると何だか青い気分になりそうだ。文系の方は覚えればいい、暗記得意だし。だが、理系は辛いかも、何とかならないものだろうか?そうだ、貴斗、ヤツに教えを請おう。

 アイツの教え方はスッゲー分かりやすいからな。協力してくれるか分からないが電話に掛けてみるか?受話器をとってヤツの携帯に掛けた。数回呼び出し音がなった後、ソイツは電話に出た。

「はい、藤原です。どなたでしょうか?」

「なんだ?お前、電話に出る時そんな感じなのか?」

 余りにも丁寧な奴の対応(現実とのギャップ)に吃驚した俺はそう言ってしまった。

「どなたでしょか?」

「俺だよ、俺。声、聞いて分からないのか?」

「分かりません、用が無いなら切りますよ」

「分かってるくせにぃ~~~、つれないなぁ~貴斗、俺だよ、俺ぇっ!」

「俺、おれ詐欺には引っ掛かりません。それでは」

『ガチッ、ツゥ~~~』

〈ゲッ貴斗の奴、本当に切りやがった。もう一度掛け直そう〉

「はいっ、藤原です。どなたでしょうか?」

「俺だ、宏之だ」

「分かっている」

「さっき、俺だって分かって切っただろ?」

「お前と関るとロクなこと無いからなと慎治に聞かされたからな・・・」

「つめてぇ~なぁ~~~」

〈くそぉ~っ、後で慎治の野郎、絞めてやるぜ〉

「それで、用件はナンだ?」

「今、数学と物理の問題で躓いてるんだ。んで、お前に教えを請おうと思って電話した」

「分かった、今から行く、いいな?」

「即答か!?」

「宏之が勉強、頑張っている理由。涼崎さんの為だろ」

「そうだけど」

「努力する奴に俺は協力を惜しまない。それに今日はバイトないし」

「恩にきるぜ!ヤッパリお前っていい奴だよな。俺の眼に狂いはないってか」

「期待しない・・・、それとそんな事を早計に口にするものではない・・・」

「何だよ、それ?マッいいわ、ジャアすぐ来てくれ!」

「了解」

 その言葉を電話で耳にしてから、四〇分後に貴斗は俺の所へ現れ、

「来てやったぜ、宏之!」

「マジ、助かるよ!」

「どうせ、お前の事だから、ロクに食事など摂って無いだろ?これ買って来てやったぜ」

 ホカ亭の弁当を買ってきてくれたようだ、しかも結構豪勢なヤツを。ヤツが俺にそういうと胃の虫が鳴く。

『グゥ~~~、キュルルる』

「ハハッ、サンクス」

 近くに置いて有った財布から金を取り出そうとした時、貴斗は俺のその行動を言葉で静止させられた。

「俺の奢り」

「いや、しかし」

「俺と違ってバイトして無いだろ、遠慮するな」

「じゃ~、お言葉に甘えさせてもらうぜ」

 昼食を摂ったあと、貴斗に教えてもらいながら数学と物理の問題を解いていく。

 ヤツの教え方は凄く分かり易く、そこら辺の教師とは全く別物だった。ヤツの分かりやすい教え方もあってなんと集中して6時間も経っていた。点数も平均点80点オーバーだ。

 問題がサクサク解けるのってかなり面白いぜ。自分でも驚きである。相手の教え方が違うとこうも理数系を学ぶ楽しさが変わって来る物なのかと感じてしまう俺だった。それに貴斗に教えてもらうと学校の授業ってただやらされているって感じを受けちまうよ。

「教えるのが疲れた。ここら辺で、切り上げだ。」

「おうよ、しっかし、お前の教え方って、スッゲぇ~~~っ分かり易いぜ、まったく。家庭教師や予備校の講師とか出来るんじゃないのか?」

「無理」

「なんで、そんなに簡単に答えられるんだよ」

「人が多い所は嫌いだ、家庭教師の二人っきり、ってのも何だか・・・、精神的に疲れるだろうと思う・・・、・・・、・・・」

 そう貴斗が答えるとヤツの表情が幾分翳った様に俺には見えた。記憶喪失の所為だろうか・・・、だからそれ以上聞かない方がいいのかもしれないと思って話題を変える事にした。

「ハハッ、納得!オマエらしいよ。それよか、今日、本当に何も用事無かったのか藤宮さんと?」

「あぁ~~~、今日は別に無い。詩織、部活頑張っているようだからな」

「それならいいんだけどよ」

「いつも俺の事でお前、藤宮さんとの約束、キャンセルしちまうからな」

「大丈夫だ、詩織も分かってくれている」

「バぁ~~~カ、俺が言えた義理じゃないけど、それはお前の思い込みだぞ、多分。藤宮さん、絶対悲しく思ってるぜ、突然、楽しみにしていた事がキャンセルされたら」

 それから、お互いに彼女の事で色々、他の奴等には言えない事をブッチャケて語り合った。

「貴斗、オマエ、最近の隼瀬、どう思う?」

「情緒不安定に見える。彼氏が欲しいとか急に言い出した」

「なぬッ、お前にもそんな事言ったのか?」

「アッ、アァ~~~」

「何となく深刻な問題だな。何とか俺等で支えてやろうぜ」

「努力する」

「ハハッ、それ貴斗の口癖だな!」

「そうかもしれない」

「なア、貴斗、時間有るんだろ。ゲーセンでもいかねえかぁ?・・・、っと、騒がしいところ嫌いだったな」

「ああ、宏之の言葉通り、騒がしい所、余り好きじゃないが・・・、いいぜ、たまには行っても」

少し考えてからヤツは俺にそんな風に返してくれていた。

「じゃ、早速、出かけますか」

 俺等は夜のネオン煌めく繁華街へと駆け込み、そして夜遅くまで街をぶらつき、ゲーセンで下らない話をしながら楽しんだ。


2001年8月9日

特別区体育館で開催された関東水泳記録大会終了後

「しおりン、優勝おめでとう!」

「有難うございます、でっ、ですがぁ・・・」

「何よ、もっと嬉しそうな顔しなさいよ」

「だって、今日の香澄ヘンでしたから。何時も香澄とは瀬戸際の勝負ですのに、今日は」

「それ以上言わないで、ただ今日は調子悪かっただけ。何時も私だって、万全で望める訳じゃないのよ、女だし・・・」

「嘘、香澄、私にウソをついています」

「ウソって何の事?」

「香澄、何か私に隠してる。悩んでいます。今までズット一緒だったのだから香澄の事、良く分かるのです」

「知ったような口聞かないで!・・・、あっ、ごめん、本当になんでもないから。アタシ、これから用事あるし・・・、ホラ、しおりンだって、応援に来てくれた、貴斗が待っているでしょ?早く行ってあげなさい」

 そう言葉に残すと香澄は詩織の前から立ち去った。


*   *   *


「貴斗君、お待たせして申し訳ありません」

「気にするな・・・、それより詩織、優勝おめでとう」

「ありがとう・・・・・・、ございます」

「ナンだ、嬉しそうな顔していないな?どうした?」

「ヤッパリ顔に出てしまっているのですね、私、香澄の事でちょっと」

「隼瀬がどうかしたのか?」

「今日の・・・、いえ、最近の香澄・・・、ちょっとへん。だって何時・・・もなら香澄と私は接戦、なのに今日は」

「今日の記録は思わしくないって事か?」

「はい。どうして、ってお聞きしても何も答えてくれませんでした。何か隠している風でした」

「幼馴染みのお前にも黙っているって事は、よっぽどの事だろ。今は、黙って見守ってやれ!」

「そうですよね、有難うございます。若しもの時は貴斗君、香澄の事を助けてくれますよね?」

「言うまでも無い。その時は宏之、慎治にも手伝わせる」


同刻・三戸、常盤書店前


「クゥ~~~っ、俺って凄い進歩だ」

 この前、貴斗に教わってから、着実に前進している。

 今もっている問題集では簡単すぎだぜ!今なら東○大学理科Ⅲの問題も余裕だ~~~!ッてのは冗談だが、今もっている問題集が役に立たなくなったのは本当である。

ってな分けで俺は三戸の常盤書店で新しい1ランク上の問題集を買って来た所だ。

「かっしわぎさんっ、こんにちはぁ!」

 書店から表に出て自動販売機でポカリを買ったとき俺を呼ぶ声が聞こえた。むっ、この声の主はと思いながらそちらを缶のプルタブを開けながら振り向いた。

「おろっ、翠ちゃんじゃないか?どうして、こんな所に?」

「大会があったんですぅ」

「大会?大会ってなんの?」

「えっ?今日、特別区体育館で水泳の記録大会あったんですよ。知らなかったんですかぁ?」

「アッ、そう言えば春香がそんな事を言っていたような?」

「あっ!それじゃ、まったね~~~」

 翠ちゃんは一緒にいた女の子達に手を振ってそう言っていた。ろくに挨拶もせずに、物珍しそうにしていた彼女の友達たちがその場を去って行く。ッタク、最近の小娘たちは教育が・・・、って俺が言える立場じゃないか・・・。

「柏木さん、何してたんですかぁ?」

〈ッチ、さっきの友達と一緒にどっか行っちまえばよかったのに。この娘と一緒にいると何言われるかわからん、面倒だ〉

「あぁ~~~!柏木さん、今ものすごぉ~く嫌な顔してるぅ~」

「えっ、そうだったか?〈ヤパ顔に出ちまったか?〉」

「あぁーっ、ますますムカつきますうぅ~」

 彼女は口を尖らせ、すねた風な表情を作っていた。

「アぁ~~~、ゴメン、ゴメン、つい本心が顔に・・・ッて、俺がココで何してるかって質問だったよな」

 これ以上、彼女の機嫌を損ねないように対処した。

「ココで新しい受験の問題集を買ってきた所だ」

「すっご~~~い、すごい、すごい『パチ、パチ、パチ』」

 何だか馬鹿にされているような気分だが、あえて受け流すことにした。俺、って大人。

「だって、受験生のくせにゲーム徹夜して、あげくの果てお姉ちゃんとデートの日、待ち合わせ場所で爆睡していた人が新しい問題集買うんですもんねぇ」

「ヴェッ!何故それを・・・、それ、春香から聞いたのか?」

「ちがいまぁ~~~っす、お姉ちゃんと香澄先輩の電話の会話を聴いたのぉ」

「なんだってぇーーーっ!」

〈盗み聞きって奴ですか?ヤッベーぞオイ、隼瀬に知られたと有っちゃぁ~七代先まで馬鹿にされるのがオチだ・・・、いや、春香との待ち合わせでそんなだらしない状態で待っていたなんて告げられたんじゃ、『宏之、アンタよくも、アタシの大事な親友にそんな失礼な態度とったわね』とか、鬼気迫る顔で言われ・・・、・・・、・・・ぶぅ、ぶっ殺される。〉

「柏木さん、顔、蒼いですよぉ?」

「なっ、何を馬鹿なことを」

〈実際蒼い筈が無い・・・?俺の思考回路を見切っての突っ込みか?やるな、翠ちゃん〉

「デモね~~~、香澄先輩それどころじゃないと思いますよ」

「ん?なして」

「だって、彼氏、出来たって言ってたもん」

『ブッッッーーーッ!!!』

 現実的にありえないことを想像し、余りにも吃驚して口の中に含んでいた飲料を噴出してしまった。

「きゃぁーっ、きったな~~~いぃ。何するんですか、まったくぅ」

「ワリぃ、ワリぃ、余りにも吃驚したもんで、隼瀬に彼氏が出来たって?」

「ハハッ、柏木さん、コッチの予想通りの反応、ウッシッシ!」

「んっ?なんだ、その手は?」

「なんか、喉、渇いちゃったなぁ~」

「自販機ならそこにあるだろ?早く続き聞かせるよ」

「情報料、柏木さんの態度しだいですねぇ」

 そう言っていやな目つきをしていた。

「くっ・・・・・・」

〈コイツ、大人を舐めやがって、姉妹で性格が伝染しなくても、この性格はやっぱ、隼瀬の影響なのか?何故、藤宮さんの方に似なかったんだ?〉

「ほれっ」

 いってズボンのポケットからゲーセンのメダルを翠ちゃんに渡してやった。

「柏木さん、ベタ過ぎぃ~~~っ」

「翠ちゃんにはそれでも十分すぎぐらいだ」

「ひっど~~~い、ここで泣いちゃいますよぉ~~~」

 両手を目の上に当ててポーズをとり、俺を脅そうとする春香の妹。

「うっ、まて、分かった」

〈こいつの事だ、本当にやりかねない。危険すぎる・・・、この人通りの多い前でやられたら、それに交番近いし、危険だ・・・〉

「ほらよっ」

 いって今度はちゃんと財布から500円玉を取り出して渡した。

「わぁ~~~いぃ」

〈マジで子供だ〉

 彼女が自販機でアイスを一本買って戻ってきた様だが、何故か釣りは俺に戻ってこなかった。

「それで、隼瀬がなんだって?」

「彼氏が出きったって噂」

「それは聞いたぜ、さっき」

「それだけ」

「それだけぇ~~~だぁ?」

「・・・な~~~んて、うっそぉ~。どっかの学校、男の人と、今日も一緒に帰って行くのを見たの。制服に見覚えあるんだけど思い出せなかったけでね」

「今日も?今日もって事は何回も見た事あるのか?」

「うん、今日大会だったからその人も応援に来ていたんだと思う」

「大会の記録は当然、隼瀬の優勝だろ?」

「今回は詩織先輩が優勝したんだぁ」

「ホォ~~~、藤宮さんが」

 そうだよな、何時も彼女達は僅差だったもんな。だから、藤宮さんが優勝してもおかしくないはず。

「んじゃ~2位か?」

「3位・・・・・・、全然、タイム伸びなくて、何時もなら詩織先輩と接戦で白熱したバトルが展開するはずだったのにぃ」

「そんな時もあるさ、体調だって何いつも万全って分けには行かないからな」

「う~~ん、でも」と不機嫌そうな表情に翠ちゃんは成っていた。

「でも、なんだよ」

「すっごい、頭に来ることがあったんです、聴いてくれますぅ」

 俺は自分の腕時計で時間を確認した。三戸でだいぶ、時間を過ごした事に気づいた。

「アッ、もう時間が無い早く帰って勉強の続きをしないと」

「聞いてくださいっ!」

 彼女、翠ちゃんは強めの口調で俺が帰ろうとするのを止めさせられた。

「分かったよ、話していいぜ」

「香澄先輩がそんな成績をとったから、周りの連中が彼氏で来て色ボケしたんじゃない・・・、なんて知りもしない、誹謗中傷を言うから」

「なに?」とその言葉と一緒になぜか俺の表情に怒気が混ざっていた。

「それに、そいつ等、大会にも出られないくせに今なら、誰とやっても勝てるんじゃない、チョロイわ。なんていうから」

「・・・、ふざけんなっ!そんなこと言った奴等、今すぐ連れてこい、俺の前に!」

 感情がどうして激怒したか分からないが怒鳴りながら声を発していた。

「柏木さん?」と心配した表情でこちらを見る、翠ちゃん。

「そいつらに、隼瀬の何が分かるってんだ?彼奴が、どれだけ頑張っているかも知らないくせに。俺も、彼奴本人じゃないから、努力の底は知れないけど・・・、だがな!彼氏が出来たからって練習をないがしろにして、簡単にタイムを落とすような奴じゃないはずだぜ・・・・・・、多分」

「柏木・・・さん」

「もし、アイツが何かに心を奪われ、その順位をとったのなら・・・、そんな軽いもんじゃないはず。何か・・・、もっと、こう深い理由が・・・」

〈こないだから隼瀬の言葉、変だとは思っていたが、だからって速攻、彼氏作ってこれかよ・・・、何かあったに違いネ~~~〉

 俺が黙っていると、翠ちゃんが心配そうな目で俺を見る。

「大丈夫、心配ないちょっと考え込んでいただけだから」

 何だか頭に血がのぼっていたようだ。どうしてだろうか?

「香澄先輩の事、心配ですか?」

「数少ない俺の女友達だからな」

「本当にそれだけですか?」

「なんだ?俺がそれ以上の感情を持っているって言うのか?俺には春香が居るんだぜ」

「そのッ、別にそう言うんじゃないけど」

 俺の言葉に彼女は困った表情を浮かべる。このくらいの年頃だし、直ぐ愛だのナンだのってそっちの方向に持って行きたくなるのは分かるんだが。安易な考えだぜ。

「心して聞けよ、今からスッゲぇー青臭い事言うから」

 俺は出来る限り真剣な表情へと変える。

「親友と恋人、どっちが大事なんて、そう簡単には天秤に掛けられない。俺にとってはだけど・・・、貴斗や慎治と一緒にいると良くその事を思い知らされる。もし、デートの約束があって、そのとき同じく俺の親友が凄く困っている時、俺は親友を選ぶぜ、絶対・・・、いや多分。俺にとって隼瀬はそんな奴なのさ。だから、愛だの恋だのってそんな風に短絡的に考えて欲しくないんだ。俺は、隼瀬に色々と世話になっているからな。

だから、困っている時は助けてやりたいんだよ。助けてもらっているのは、隼瀬だけじゃないけど」

 俺は天下の往来でコッパズカシ~事を翠ちゃんに説いてしまった。でも以外、翠ちゃん、真剣に聞いていてくれたみたいだ。

「ハハッ、説教臭かったかな」

「ウゥ~~~、ゴメンなさいですぅ、柏木さんの気持ちも知らないで・・・、香澄先輩に対して情は情でも愛情じゃなくて友情ですネェ。先輩のこと本気で心配してくれてたんですね。ちょっぴりぃ、感どぉ~」

「おぉ~、当然よ!なんか、馬鹿にされたような言い方に聞こえるけど・・・。翠ちゃんにとって隼瀬は大事な先輩なんだろ。気持ちは同じさ!」

「うん」

「んじゃ、言いたい事も言ったし、俺、帰るわ。勉強の続きもしなくちゃなんないしな」

「エェェエエッ、帰っちゃうんですか?」

といって彼女はジーっと俺の持っている参考書を眺める。

「ネ~~~、柏木さん!一人でやるより、お姉ちゃんと一緒にやった方がはかどるんじゃないんですかぁ?」

「ウ――ンッ」と俺は一瞬考え込む。

「何でそこで考え込むんですか?ホラホラ、行きましょうよぉ!」

 そんな俺を無視して彼女は手を強引に引っ張って歩き始める。なんか情けない光景だ。渋々?彼女の後に付いて行く事にした。この日、初めて彼女(春香)の両親と顔をあわせる事になった。


 彼女の父、涼崎秋人は大学の教授で人類学というものを専攻している。人類学って俺には何のことだかさっぱりだが秋人さんと初めて話した印象はとても大らかな人だったと言う事と実は秋人さん息子が欲しかったらしく、俺の事を大いに歓迎してくれた。

 娘二人の父親だからもっと厳しい人かと思ったがそうで無くて安心した。

 母親の葵さんはとても落ち着いた方で気品があると言うかおっとりしているというか・・・、なんと言うか?ちょっと表現しづらいがとても綺麗な方だった。

 勉強の方はなんか妙に落ち着かなくて、余り出来たとは言い難い。春香の部屋をこの日、初めて拝む事が出来たが、俺とはまったく生活レベルが違う。置いてある家具、調度品がどれも高級そうに見える物ばかりで部屋の雰囲気は女子らしいカラーで統一されていた。

 それから、勉強のあと、春香の両親に一緒に食事をしようと誘われた。秋人さんの勧めで・・・、半ば強引に酒を勧められた。俺はこの日、初めてアルコールと言う物を口にしたのだ・・・。味の方はサッパリ、分からなかったが、とてもいい気分になったのは確かである。

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