第十三話 夏だ、山だ、海だ、宏之、絶体絶命?

2001年8月3日、金曜日、柏木宅

『カリカリカリ・・・カリカリカリカリカリカリカリ・・・』

 宏之は問題集を見ながらシャーペンを走らせる。恋人の春香に一緒の大学に行こうと言われて今までの分を取り戻す為、朝早くから猛勉強中。彼が勉強に集中していると電話のベルがなる。

『プルルルップルルルッ~~~、・・・プルルル~~~~・・・』

 シャーペンを走らせる手を止めた。彼は相手が誰であるか受話器をとる前に分かっているような感じで素早く受話器をとった。

「春香かぁ?」

「燐林楼ですか?ラーメン、チャーハン3人前の出前お願いします」

「クソッタレェ~~~、家はラーメン屋じゃない、ピザ屋だぁ!」

 最後にボケをかまして宏之は受話器を切った。彼は心で舌打ちしながらボヤいていると再び電話のベルが鳴る。

「今度こそは、もしもし、春香か?」

「エッ、エッ、エッ、エェーーーっ!どうして分かったのぉ?」

「しいて言えば、シックスセンスかな」

「シックスセンスは、霊感だよぉ」

「ジャぁ~、セブンスセンス」

「意味不明だよぉ。でも私だって分かったの、すっご~~いぃ」

〈全然、凄くないぞ〉と俺、宏之は心の中でそう思った。何故なら昨日、この時間に電話すると彼女が言っていたからである。

 俺達が付き合い始めて約一年と半、色々と紆余曲折はあったけど今はお互いに良い感じで付き合っている。二人でいると色々な事で話が尽きる事がなく退屈しない。

 今でも、電話で長話をしていると彼女は親に怒られるみたいだ。そうそう、前に携帯を持つ事を進めたが彼女は機械音痴なのを知ったため諦めた。ただ、音痴なのは小さい形の物に限るみたいだぜ。

 フルートって楽器や裁縫とか器用にできるみたいで、不器用じゃなんだけど、なんでか、電子機器を扱うのは得意じゃないようだ。

「あのねぇ・・・、さっきぃ、香澄ちゃんからぁ・・・、電話があったんだけどねぇ、これから会わないかってぇ?」

「隼瀬が?何で?」

「海にぃ・・・、行こうってぇ」

「海?突然、何を言い出すんだ。急にぃ、泳ぎたくなったんだってぇ」

 隼瀬の奴、何考えているのかさっぱり分からないぜ。アイツ四六時中、泳いでいるくせに?そう思ったが口には出さなかった・・・。しかし、思ったそれを口に出しているとは俺自身気付いていない。一瞬間が空いてから彼女から言葉をかけてきた。

「・・・、行くのぉ?」

 時計を見て時間を確認する。朝6時起きしてすでに五時間、十分やったから一息つくか?

「丁度、勉強もひと段落した所だから、別に構わないぜ」

「じゃあ、私も行くねっ」

「何処で待ち合わせ?」

「12時30分に三戸駅改札口だって」

「あぁ~~~わかった」

「それじゃぁ、また後でねぇ~~~」

「そんじゃな」といて俺は受話器を下ろした。

 三戸エクスプレスって電車に乗れば、神奈川の湘南や茨城の大洗、千葉の銚子マリーナまで大体、一時間弱で行けるから、十二時半に出れば、午後二時前には到着できるだろうから十分遊ぶ時間はあるな。さて、どこの海水欲情・・・、浴場に行くんだろうか?

 去年も行ったなぁ~~~名も知らない海へ・・・、しかも慎治と二人きりで。目の保養のつもりで行ったけど結局、周りはカップルばかりで嬉しさ激減、虚しさ倍増で帰ってきたのを覚えている。そうだ慎治も誘ってやろうかな?既に隼瀬が連絡していたりして。そう思って慎治の家に電話をかける。

『只今、留守にしております、ご用件のある方は、発信音の後にメッセージをお残しください、ピィ―――!!』

 あれっ?いないのか?運のない奴・・・。そっか、そう言えばアイツ予備校に行っていたんだっけ。多分そこだな。そうだ、貴斗にも連絡しておくかな?・・・、やめておくか。

 若しかして藤宮さんと何処かへ出掛けているかも知れないしな。


~ 三戸駅改札口前 ~

「ウム、待ち合わせ時間10分前」

 俺は時計を確認する。待ち合わせ場所にはまだ誰も来ていない様だ。

「こぉ~ん~にぃ~ち~わぁ~~~っ!」

「だっ、誰だ?」

 聞きなれない声に驚いて振り向く。誰だ。しかし、何処にも見当たらない。

「こぉ~ん~にぃ~ち~わぁ~~~っ!」

 再度、俺に挨拶をしてくる奴がいる。もう一度辺りを振り返る。しかし、やっぱり誰も居ない。

                ↓


                ・


                ↓

 少しばかり視点を落としてみた。誰だ、このチッコイのは?タクッ、人の膝元で怒鳴りやがって。いくら寛大なお兄さんでも怒っちゃうぞぉ!?

「翠ッ!もう、なにをやってるのよ!!」

〈うん・・・?この声は〉

「何度も呼んだもぉ~~~ん」

〈み~どぉ~りィ~~~?なんだか聞き覚えのあるような・・・?〉

「ゴメンネッ・・・」

「よぉう来たか春香」

「吃驚したでしょ~?」

「いやぁ~~~、まぁ~その」

〈まさか・・・この娘は・・・?〉と心に思った事を口に出す。

「もしかして、妹?」

「勝手に付いて来ちゃったのぉ、この娘、ゴメンねぇ」

「えぇ~~~、私が春香お姉ちゃんの噂の彼氏に合いたいって言ったらぁ、凄くニコニコしていたの、お姉ちゃんじゃなぁい」

「ち、ちょっと翠ッ!余計なこと」

「というわけで、涼崎翠でェ~すっ!」

「ハハッ、どうも、柏木宏之です」

〈『噂の彼氏』ってどういう意味だ?〉

「う~~~ん?」

 急に春香の妹らしき女の子は俺の事をジロジロと見始め、ちょこまかと俺の周りを回り始めた。

「総合点は満点100点中77点ね」

「はあぁ!?」

「ち、ちょっとぉ~~~、翠ッたらぁ宏之君に変な事しないでよぉ」

「ウ~~ん、合格点まであと三点・・・、一息なんだけど、パパに報告するにはちょっとやばい点数ぅ~~~」

「ホッ、報告ぅ!?なっ、何だ」

「ミっ、翠、いい加減にしなぁさぁ~いっ!」

「でぇ~~~もぉ、半分は嘘じゃないもんっ」

 何か、この娘テンション高い奴だなと俺は思った・・・。ココまで姉妹で性格正反対だとは・・・って言うかこの娘、誰かに似ているような気がするのはなぜだろう?

「ごめ~~~ん!遅れちゃった」

「遅れてしまって、もうし訳ありません」

「ヨッ、隼ぁ!?」

『―――ドカッ!』

「うがっ!?」

〈なっ、なんだ?〉

 翠ちゃんが俺を突き飛ばし隼瀬と藤宮さんの所に駆け寄った。

「アッ、香澄先輩、詩織先輩」

「あれ?・・・翠・・・、っうわあっ!」

「エッ、翠ちゃん・・・あら、あら、ウフフフ」

 走る勢いそのまま翠は隼瀬に飛びつき、二人ともそのまま倒れてしまった。

「ぃったたたた」

「かすみぃーっ、大丈夫?・・・、フフッ、翠ちゃんは相もお変わらずお元気そうですね」

「えぇええっ?だっ、大丈夫、香澄ちゃん」

「アハハッ、・・・大丈夫」

 突然現れた早々に隼瀬にあんな事出来るなんて只者じゃないぞと俺は思ってしまった。

「・・・、改めて紹介するね。妹の翠です」

 俺はパチパチと小バカにするように翠、彼女に拍手してやった。

「香澄先輩、詩織先輩、お久しぶりですぅ」

 なんとその二人は翠のスイミング・スクール時代の先輩後輩の関係だったと聞かされた。

「それとぉ~~~、柏木さん。初めましてぇ~っ!」

「妹がいる、ってのは知ってたけど。なんか全然、逆だな」

「やっ、やだ・・・、宏之君」

 何かを隠す表情で春香は俺の言葉をかき消そうとした。

「お姉ちゃん?いったい柏木さんの前でどんな態度とってるのぉ?」

「どっ、どんなってぇ・・・、いつもの私ぃ」

「クックックゥ、あのねェ、柏木さん、本当のお姉ちゃんは、きっと柏木さんが知らないこわ、こわぁ~~~な、お姉ちゃんですよ」

「はあぁ・・・?」

「今度、こっそりご招待しますのでぜひ、本当のおネエぇ・・・」

「やっ、やめてよ、翠、それ以上言うとおいってちゃうわよっ!」

「ホラ、怖いでしょ」

「うぅ~~~」

 春香の隣で香澄と詩織が彼女の行動を見て苦笑していた。

「ところで、ヒロユキ・・・、貴斗、まだ来てないみたいだけど、アンタ見ていない?」

「見てないけど。何、やっぱあいつも来るのか?」

「そうだけど?」

「藤宮さんが来たから当然か?」

「タ・カ・トって誰ですか?」

「詩織ちゃんの彼氏よぉ」

「えぇ~~~。詩織お姉さまにぃ彼氏できちゃったんですかぁ?

翠、大ショック、スぅッ~ごぉく悲しいですぅ~~~」

〈おいおい、こいつなんて失礼なこと言っているんだ〉

「翠!詩織ちゃんに失礼よ。謝りなさい!」

「だぁっ、だってェ~~~」

「いいのですよ、春香ちゃん」

 そんなやり取りをしている内に俺と香澄は辺りを見回し貴斗を探していた。

「オイ、あそこにいるのは貴斗じゃないか?」

 俺がその方向を指差すと、そこにはサングラスを掛けた一人の長身青年が、複数の女の子に囲まれて困った顔をしていた。

「そうみたいね」

「エッ、その人は何処ですか?」

「ちぃっ、うらやましい奴」とボヤキながら俺は貴斗のいる方へと向かった。

「オイ、貴斗何やってんだ、性犯罪に走るのもそこまでにしておけ、皆そろっているぜ」

 その後、ぞろぞろと春香達もここへやってきた。

「フゥ・・・、助かった」

 貴斗は俺の皮肉を無視し、安堵の笑みを向けていた。だが、サングラスを掛けているので俺にそれが分かることはなかった。

「ホラ、言っただろ?ちゃんと待ち合わせしているって」

「エぇ~~~ざぁんねぇ~~~ん」

 貴斗の周りにいた女の子達はそう残念そうな言葉と表情を残して、簡単にその場を去って行った。中学生くらいの子達に逆ナンされていたようだ。

「オウ、貴斗、逆ナンされるとは良いご身分だなぁ」

「相手はどう見ても中学生だ。嬉しいはずがないだろ」

 サングラスを掛けているので表情が読み取れないが俺は貴斗の口にした言葉が本当であると直感で思った。

「処で、何でサングラスなんか掛けているんだ?」

「今日は日差しが強かったから」と即答するが本当の意は別の処にあるだろう。

「まったく、何やってたのよ?タカトっ!」

「貴斗君、こんにちは」

「ふじわら君、なんかぁ、大変そうだったネェ」

「えぇえぇぇぇっ、この人が詩織お姉様の彼氏さんなんですかぁ?」

 翠ちゃんは俺の時と同じようにジロジロと貴斗のヤツを観察していた。

「ウぅ~~~ン、82点。でも詩織お姉さまと付き合うには全然足らなぁ~~~いっ。後三百万点は欲しいところかなぁ~~~?」

〈おいおいマジでとんでもないこと言いやがる百点満点じゃないのかよ。確かに藤宮さんは内の学校のアイドルだけど、貴斗の無口で、無愛想で、冷たそうに見えるところを除けば、まあ、そんなことはどうでもいいけど、顔の方は男の俺から見ても羨ましいくらい、かちぇ~とおもうんだけどなぁ・・・。この翠って娘にとって、藤宮さんの評価は神様と同等なのか?〉

「モぉ~~~、やめなさいよ、翠ぃ。ゴメンね、藤原君、詩織ちゃん」

「ナンだ?このちびっ子いミニマイズドゥされた小娘は」

 貴斗、奴の身長から見たら翠ちゃんは小さく見えるのも当然だ。(身長差約55cm)

「なんか、口悪そぉ~~~、減点300000000!!」

「ハハハッ、可哀想に俺より評価、下がってんの。すぅっげぇ~よっ、しかも減点されすぎてマイナスじゃん」

「翠、藤原君に謝りなさ!」とかなりきつい言葉で俺の恋人は妹を咎めた。

「悪気なかったんですぅ、ゴメンしてねぇ」

 春香の妹はケロッとした表情で貴斗に謝っていた。

「それと、春香お姉ちゃんの妹で・・・、涼崎翠って言いますぅ」

「俺も、チッこいなんて言って悪かった、藤原貴斗だ。好きな様に呼べ」

「ハぁ~~~イ、分かりました。それじゃぁ・・・、首輪みたいなのつけてるからぁ、お犬さん。うぅうんでも、そのサングラスがアイボにそっくりだからロボケン・・・、ロボワンかなぁ~」

「みどりぃ、言っていい事と悪い事があるでしょうっ!!!」

 犬ぅ?貴斗に向かってよくもまあそんな恐ろしい事を言えるぜ、このお子さんは・・・。

 それよりも春香があんな怖い顔する何って知らなかった。そうと怒っているぞ。これからはなるべく春香を怒らせない様に心がけないといけないかも知れない。

「うぅぅ、貴斗さん、ごめんなさいですぅ」

「翠ちゃんといったか?俺は気にしない、だから気にするな」

 貴斗のヤツは翠ちゃんの口にした言葉を怒るとう感情も見せないで淡々とした口調でそう言っていた。相変わらず無愛想だ。ロボット犬ではなくて、あるいみロボットみたいな奴ってのは言いえて妙かも・・・。

「はい、そこまで。あんた達いつまでここにいるつもり?さっさと行くわよ」

 痺れを切らせた隼瀬に促され皆それぞれ会話を交えながら、駅のホームへと向かった。それからホームに着くと俺は隼瀬に言葉をかけていた。

「隼瀬、オマエも難儀な奴だな?何が悲しくて休みの日まで泳ぎに行こうってんだ?」

「いいじゃない、そんなの。気分転換よ、気分転換なんかぱぁ~っとみんなと一緒に泳ぎたかったの!」

「隼瀬いつも、泳いでいるじゃないか詩織と一緒に」

 普段なら突っ込みを入れそうに無い貴斗のヤツが隼瀬に突っ込んでいた。

「貴斗、なんか言った?」

『文句あるの』と低い感じの声で隼瀬は貴斗にそう言い、さらに俺達二人に、

「何、この状態に二人とも不満あるわけ?」と言って来た。

「別に・・・」

 貴斗のヤツは面倒臭そうにそう答えていた。それとは別に俺は頭の中で思考を巡らしていた。・・・、春香、藤宮さん、隼瀬に翠ちゃんとオマケの貴斗・・・。男は俺と貴斗だけ、性別不詳の奴が一人としても・・・、女が三人。ウム、悪くはない。いや、むしろ羨む状況だよな。

「ヒロユキ、アンタ今、何考えていたのか当ててあげましょうか」

 隼瀬は据わった目で俺を見、拳を鳴らしていた。

「めっ、滅相も御座いません」

 彼女は水陸両用で尚且つ水中強襲型だ。今から行く場所は俺にとって圧倒的不利だ!万が一にも勝機は無い。貴斗は助けてくれそうにないし、ココで挑発してしまっては・・・、と俺がそんな思考を巡らしていた。

「へェ~~~、柏木さんって案外、香澄先輩とも仲良さそうなんですねぇ~~~!?なんか、いいお笑いコンビって感じですぅ!春香お姉ちゃん妬いちゃうかもよぉ」

 俺と隼瀬のやり取りを見ていた彼女がニコヤカな表情でそう言ってきた。

「ナッ、何、馬鹿な事を言っているんだ、俺がコイツに合わせてやっているんだよッ」

「はっ?何いってんの?逆でしょ、逆!」

「ハハハっ、チミ、なかなか面白い事い・・・、グハッ」

 お花畑と綺麗な少女が俺には一瞬、見え、ぶっ倒れる。いったい何が起きたんだ?

「ち、ちょっと翠、何をやってるのっ!?」

「オイっ、宏之」とヤツの言う声が聞こえる。

 俺は翠の持っているバッグで殴られたようだ。しかも角で、硬そうな角で強打だぞ。

「いくら、柏木さんでも、香澄先輩の悪口は絶対禁止!もちろん、詩織先輩のもぉっ。詩織先輩たちの悪口言っちゃったら、海に沈めて鮫の餌にしちゃうんだから」

「翠、いい子ねェ~~~」

「くっぅ~~~、痛ってな~~~」

「宏之、しっかりしろ」とそう言って貴斗は俺を起こしてくれた。

「ねえぇ、香澄、翠ちゃんやり過ぎですよ。柏木君にもし何かおありになったら春香ちゃん泣かれてしまうかもしれませんよ」

〈おぉ~~~、藤宮さんなんて優しいんだ、俺に助け舟を出してくれたぞ!さすが聖陵が誇るスーパーヒロイン〉

「しおりン、アンタ、アタシとヒロユキ、どっちのミぃ・カぁ・タぁ~~~?」

「ソッ、それは・・・・・・、かすみ」

〈アッ、悪夢だ〉と俺は心の中でそう思った。さっき、翠ちゃん誰かに似ていると思ったら、隼瀬だ。これは、隼瀬が俺に放った刺客だ、きっ、危険すぎる危険すぎるぞぉ~!

今のうちに何か対策を講じないと将来、俺の命を脅かすかもしれない。何とか貴斗に協力を要請しないと・・・。だが今は誰も知る事は出来ない。後に翠ちゃんは貴斗の財布を脅かす存在となる事を。

「アッ、電車!来た見たいですぅ」

「見れば、分かるわよ、そんなにはしゃいじゃって翠ッたら」

「なんかねぇ、今日は面白いんだもん」

 その時、触らぬ神にたたりなしだと心で思う貴斗だった。

だが、しかし、サングラスをかけていたので誰もその心理を読み取れる者はいない。

〈何とかこの小娘に格の差を見せ付けてやらねば。フフフッ・・・、小娘、今に見ていろよ。どちらが格上かきっちり教えてやる〉と俺、宏之は心の中でそう誓うのであった。

 その後、彼等は電車の中で下世話な会話を交え、彼等は三戸から電車で55分行った所にある大洗に近い隠れた名所の御手洗海岸へと向かう。

『アぁ~~~、そろそろビーチシートに座っているとは言えケツが痛くなってきたぞ。何で、女の着替えはこんなのも遅いんだ?』

「貴斗、お前もそう思わないか?」と、隣に同じ様に座っているヤツに同意を求めていた。

「なにが?」

 だが、しかし、奴の答えは俺の意思が全く伝わっていないようだった。

『アぁ~~~、やっぱ海っていいよな、夏って感じがして』

「貴斗、お前もそう思うだろ」

「そうだな」

「お前、どういう意味で言ったのか分かっているのか?」

「夏が、だろ?」

『貴斗、コイツよう分からん奴だ。サングラス掛けているから表情も読み取れないし』

「馬鹿か、お前」

「なにヲぉ~~~ッ!」

「宏之お前、自分の思っている事、言葉に出ている。気をつけた方がいい」

「なっ、なにィ~~~!?」

 俺は貴斗にそれを忠告されるまで気が付かなかった。

「分かった、以後注意するぜ」

 奴と色々会話を交えていると、こいつの知識の深さにいたく感銘を受ける。ナノに何故こんなにも冷めた奴なのかヤッパリ記憶喪失のせいなのか?それについては俺も触れないようにしているが・・・すると。

「ハっあぁ~~~イッ、二人ともオッ・マッ・タァ・セェッ~~~!」

「馬鹿っぽい柏木さん、首輪の貴斗さん、おっまたせしましたぁ~」

「貴斗君、柏木君、お待たせさせてしまって、ごめんなさいね」

「・・・・・・・・・」と俺と貴斗は沈黙。

そしてまた「・・・」と藤宮さんの後ろに引っ付く様に隠れて顔だけ少し覗かせながら春香も沈黙していた。

「おぉ~~~いッ!スケベっぽい柏木さぁん?危険な臭いの貴斗さん?二人ともどうしちゃったんですか。暑さで逝っちゃいましたかぁ~~~?」

〈なかなか良い品揃えである〉

〈・・・想像以上だ、記憶喪失だとしても漢としての感覚は正常のようだ、よしッ!〉

 男、二人は何かを勝手に想像し始めた。

 いつも無愛想な貴斗はサングラスを掛けていたので余計な表情を彼女等に読み取られる事は無かったが、宏之はさっきの貴斗の忠告もむなしく彼女等、一人一人の感想をにやけ顔で口にしてしまい、香澄に蹴りをいれられた。

「シュッ、シュヴァイツァァアアァーっ・・・な・・なに・ゆ・え、グフッ!」

 意味不明な言葉を宏之は言い放っち撃沈してしまう。

「宏之君!大丈夫ッ!?」

「柏木さん、なんだかとっても目が厭らしかったですよぉ」

「口は災いの元ですよ、柏木君」

「何を言っていたのか意味不明だけど、きっとロクな事じゃないわぁ」

「御臨終」

 貴斗に忠告されたのにもかかわらずまた口に出したのか・・・下手なオチ。

 それからはそれぞれ準備体操したあと、俺達は隼瀬が知っている穴場の丁度良い深さの岩場の海へと向かった。

 その場所についてから俺は春香を眺めていた・・・。しかし、なんて申してよいのやら、前に〝少し泳げる〟と春香は言っていたような気が・・・・・・?人はあれを泳いでいるとは言わないはず。

 アッまた沈んだ、オオッ、浮いた・・・、・・・、・・・、浮いた。そして、隣に来た翠ちゃんが騒ぎ立てる。

「柏木さん!?」

「あれ、翠ちゃん。どうかしたのか?」

「お姉ちゃん、あれ何やってるんですかぁ!」

「泳いでいる・・・らしい?」

「ばっ、ばかぁ、柏木さん、あれぇ溺れてるんだよッ!!!」

「ええぇっ?」

〈ぎゃ~~~~、まっ、まじでぇっ?しっ、沈んでるぅぅぅ!〉

 俺は頭を抱えながら驚いておろおろしてしまった。

「はっ、早く助けるぅ!」

『ドンッ!』

 何故か突然、裏に現れた貴斗に蹴落とされ俺は海に突っ込んでいた。体勢は悪かったが何とか獲物を捕獲・・・、春香をサルベージする事に成功した。

 春香を見ると彼女は少し海水を飲んで気絶している様だ。

「大丈夫か?・・・、駄目か?」

「・・・、うん」と意味の良く分からない口調で春香は俺に答えていた。

「どっちだ?」

「・・・、うん」

「これはぁ、人工呼吸が必要ですねぇッ!」

 いつの間にか翠ちゃん以外の連中も回りに駆けつけていた。

「はあんっ?」

「ささっ、柏木さん。好きなだけ遠慮しないでやっちゃってくださぁいっ!」

「早くしろ、手遅れになるかも知れない」

「ヒロユキ、何、照れてんのよ?」

「柏木君、お早くしませんと」

「あのねぇ~~~」

〈こいつ等、勝手に言いたい放題、口にしやがって、俺の気持ちにもなってみろ!〉

「わぁくわく、わっくわくぅ~、どきどきぃー」

〈ガキ、声に出しやがって興味津々ってか?まったく〉

「こういう事は人まえでなく・・・」

「なぁ~~~んだ、柏木さんやらないのぉ。

いくじなし?それとも、こしぬけぇ?まけ犬さんですかぁ~~~?」

「だっ、誰がぁ~~~意気地なし、腰抜けだって?〝負け犬〟って言うなぁ!こうなったら翠ちゃん、俺と競争しろ!」

 長い間、ズッと機会を伺っていたが、今がその時だと俺は思った。ココで格の違いをきっちり教育しなければ。などと、春香の事をそっちのけに

「競争?どんなぁですかぁ~~~」

「そう、そう、あそこのブイが立っている所まで」

 翠ちゃんと俺が会話を交えている内に春香は藤宮さんの心臓マッサージによって目覚めていた。翠ちゃんは姉が起き上がったのに気が付いて、

「ハハぁ~~~ン、お姉ちゃんにいいとこ見せたいんでしょ?」

「違う!」と俺はキッパリと彼女に言い放った。

「でも、何だか喉、渇いて来ちゃったし、お腹もすいてきたなぁ~~~」

「だったら、負けた方が奢り、ってのはどうだ!悪い話じゃないだろ?」

「おごってくれるの?」

 既に己の勝ちが確定しているかのように翠ちゃんは俺に言う。なんて奴だ、まったく痴れモノが。

「俺が負けたらな」と自信たっぷりに俺はそう彼女に言ってやった。

「ウン、ウン、早く競争しヨッ!」

「春香、大丈夫か?立てるか?」

「ウン・・・、もう大丈夫」

「アタシは諦めておいた方がいいと思うけどねェ」

「柏木君、無理はいけませんよ」

「骨は拾う、安心しろ」

「貴斗、応援してくれる気、無いわけ?」

「一応、そのつもりで言ったが」

「言葉、足り無すぎ。まっ、頑張ってくるぜ。隼瀬、藤宮さん、審判たのんまぁ~」

「・・・、いらないと思うけど、まいいわ」

「いつでも準備OKですよ」

 頭はそこそこだけどスポーツに自信がある俺だ。あんな小娘如きに負けるはずが無い。

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 だが、しかし、その結果は?数回の勝負の内・・・、俺は海の上でドザエモン状態になっていた。

「グヴェ~~~」

「宏之君、大丈夫ぅ?」と心配そうに春香は岩場の上から俺に呼びかけ、

「・・・ああぁ」と俺は力なく答える。

「でもぉ・・・、駄目そうだよぉ」

「・・・あああぁ」

「・・・どっちなのぉ?」

「・・・あぁ」

 さっきの春香と俺が逆になった状況に陥る。今ので、何度目の勝負だったのだろうか?思い出せない。海に浮かびながら考え込む俺。まずいぞ、視界が白くなってきた。

 アアァ~~~、空があんなに青く、遠くに・・・。

「エッヘヘッ~柏木さん、ごめんまた勝っちゃいましたねぇ~~~」

 ニックき小悪魔が俺を嘲笑している。こうなったら勝つまでやるぞ!さっきからちょっとの差で負けているんだ。そうだ、勝てないはずが無い。勝てないはずが無いんだ!

「ヨシッ、次こそは!」

「・・・、ねえぇ、宏之君もう諦めた方がぁいいよぉ~~~」

 そうは行かない、次こそ勝ってやらねば。

「アァ~~~。いっぱい食べたからもう満腹ですぅ」

 ああ、お陰で俺の財布の重量はどんどん減っていく・・・。だがな、君は既に俺の策にハマっているのだよ。あれだけ食べれば、運動能力の低下は必至!?体力だって俺の方があるはず。

「次ぎ勝ったらお姉ちゃんに上げるぅ」

「えっ、でも」

「・・・、言わせておけ、春香。つうわけで、いざ尋常に勝負!」

「何度やっても、結果は同じですけどねぇ」

「アッ、あのね、翠・・・」

「いくらお姉ちゃんの頼みでも手っ、抜かないよぉ~~~だっ!」

「・・・、どうしても駄目ぇ?」

「だぁ~~~メッ!」

「大した自信だね、翠君。次の勝負、倍というのはどうかね?」

「別にいいですけど・・・、どうせなら5倍・・・・・・、10倍にしましょうぉ」

 ケッケッケ、掛かりおったなぁ、所詮は子供よ。これで負けた分、キッチリ取り返せると俺は勝利を確信したように喜んだ。

「あぁ~~~、まんまと乗せられちゃったわね、ヒロユキの奴」

 詩織はなんて言っていいのか分からず苦笑した。貴斗は口を挟まずじっと翠と宏之の勝負を観戦していた。

「おぉ~~~、すでに隼瀬には俺の勝機が見えているようだな」

「乗せられているのはアンタ」

「満腹なんだぞ、それにスタミナだってそろそろ尽きるだろ?」

「翠、いい加減許してあげたら」

「そうですよ、翠ちゃん、程々にして差し上げないと」

「ハぁーーーイッ、分かりました次は本気でやりますぅ」

「・・・、はいっ?」

「次回のお姉ちゃんとのデートでお金なかったら可哀想だしぃ」

「・・・・・・、ヴェッ!?」

「柏木さん、何そんなに驚いてるんですかぁ?・・・、

もう少しで勝てそうだと思わせれば、絶対ムキになると思ったんだけど、やりすぎちゃった」

「ヒロユキ、言って置くけどこの娘、一応、中学で大会記録、持ってんのよ」

「翠ちゃんは、期待の星なのですよ」

「・・・、ハッ?」

「これ終わったらぁ、香澄先輩、詩織先輩、競争してくださいっ」

「そうしたいんだったら、サッサと終わらせちゃいなさい」

「香澄以外の子と競争するのもたまにはいいですかもね」

「あっ、ヒロユキッ!」

「あぁ~、逃げるぅ!」

「バぁ~カ、バぁ~カ、バカぁ~」

『・・・、うぜ!?マジうぜぇ~よ、クソッタレ、貴斗のバカぁーーーーーーーっ!!!!』

「宏之・・・、海に沈めるぞ」

「アハハハッ、今のは言葉の綾って事で」


~ 三戸駅改札口解散前 ~


「ア~~~、楽しかったぁー」

「そりゃ、翠ちゃんはね」

「でも、柏木さんってぇ筋いいから水泳やればぁ?」

「絶対やらね~~~っ!」

 この小娘、これ以上まだ俺をカモにしたいのか?

「ゴメンね、宏之君」

「そう言えばぁ、貴斗さん、今日、殆ど海に入っていませんでしたねぇ」

 翠ちゃんの言葉にヤツは何も答えなかった。夜だと言うのに未だ貴斗のヤツはサングラスを外さないでいるぜ。

「アッ、もしかして泳げないんですかぁ?」

「みどりぃ~~~、藤原君に失礼ぇよ」

「涼崎さん、気にするな。それに別に泳げないって訳でもない」

「そうだぜ、俺がドザエモンになっている時も助けてくれなかったし・・・エッ?じゃ~~~誰が俺を・・・?」

「はぁ・・・何、言ってる、宏之。アンタを助けたのは紛れも無く貴斗よ。アタシやしおりンじゃ、アンタを担げないし、そのとき翠は食べ物買いに行っていたしね」

 ヤレヤレって表情で隼瀬は答えをくれた。

「ねぇ~~~、それより、そろそろ、解散しましょッヒロユキ、ちゃんと春香の事、送っていきなさいよね」

〈そうしたいのも山々だけど、これ以上、翠ちゃんと一緒に居たら俺の財布に穴があいてしまう。それに大体コブ付じゃロクなお話も出来そうにないし・・・〉

「お姉ちゃんと、二人きりになれないからでしょ?」

「―――ギクゥ!」

「んもっ~~~!行くわよ、翠、それじゃ。ああ・・・、それじゃぁ後で、電話するね」

 別れ際、そう春香は俺に囁いた。

「ヒュぅー、ヒュ~~~っ!」

「ほらっ!行くぅ。それでは、香澄ちゃん、詩織ちゃん、藤原君、皆さようならぁねぇ~」

「春香、またね」

「お二人ともオヤスミなさいです」

「気をつけて帰れ」

「うんじゃ俺はシー・ユー・リゲインってとこか」

「あははっ、何ですかぁ~~~、それはぁ・・・、またッ変に心にも無いことぉ」

「うるせぇ~、翠ちゃん、さっさと行けっ!」

「ニヒヒヒッ」

 憎たらしい笑いを見せてからその小悪魔は雇い主の所へ飛んで行った。それから、貴斗のヤツと藤宮さんはこれから夜の町をぶらつくとかで彼等もすぐに立ち去った。

「全く、あれで姉妹とは信じがたいぜ・・・、話せば話すほど信じ難い」

「でも気に入られて良かったじゃない」

「あれで嫌われていたら、もっとしゃれにならないぜ、まったく」

「あぁ~あ、アタシもマジで彼氏が欲しくなっちゃった」

「何を言い出すんだ、急に?欲求不満なんじゃねえの?」

 俺は隼瀬を送っていく事にした。会話が不意に途切れると暫く俺は話を掛ける事も出来なかった。彼女が何となくどこか遠くに思いを馳せている様に感じられたからだ。

「ネエ、ヒロユキ」

「ナンだ?」

「もし、もしアタシに彼氏、出来たらどうする?」

「どうするっていわれてもね?まあ、応援くらいしてやるさ」

「なんか、含みある言い方ね」

「もし、お前に彼氏、出来たらこんな風に遊べなくなるから、それが残念と思っただけだぜ」

「エぇ~~~、そんな器のちっちゃい奴となんか、付き合わないわよ」

「そう穏やかにはいかねもんだ。若し、春香が俺の知らない奴とそんなことしていたらやっぱムカつくしな」

「へぇ~~~ちゃんと彼氏してるんだね」

「全員が全員とは言い切れないが男なんて程度の差こそあれ同じようなもんだと思うぜ」

「フン、フン、結構ヒロユキって独占よく強かったんだ」

「そんなこと言われて見るまで分からないもんだ」

「アハハッ・・・、春香は幸せだね。貴斗としおりンはどうなんだろ?」

「俺に聞かれても・・・、でもうまく行ってるんじゃないの?隼瀬の方が詳しいんじゃないのか?幼馴染みだろ、藤宮さんと?」

「そうだけど・・・、心配なの。それにしても、アタシの宏之に対する見立ては間違っていなかったようね」

「隼瀬、お前には感謝してるよ」

「ヘェ~~~ヒロユキがね、だったら何か奢ってよ」

「てめえ、俺の財布状況知ってて、言ってるのか?」

「冗談よ」

「まあ、感謝してるからそれぐらいならいいけどな」

「じゃ~~~、期待してるわね」

 そしていつの間にか彼女の家に到着していた。

「それじゃ、ヒロユキ、気をつけてね」

「またな!」

 隼瀬は俺に急に彼氏が欲しいなんて言い出だした。何だか距離が離れていくような気がする。貴斗や慎治が聞いたら何ていうだろう?しかし、貴斗はそれを既に耳にしている事を俺は知らなかった。隼瀬の気持ち分からなくないが安易な事は言いたくない。それは初めて俺が女の子と付き合って色々知ったからだぜ。

 お互いに必要だと思える相手がいれば、やる気も出るし心の支えにもなる。特に隼瀬は記録と戦うスポーツ選手だ!精神的な支えがあった方が断然良いに決まっている。その分、見た感じでは藤宮さんの方は貴斗、ヤツがいるから充実している様に思える。隼瀬の周りにカップルばかりでは彼女自身肩身の狭い思いする時もあるはずだ。

 もし、仮に隼瀬に彼氏が出来たら、こんな関係、簡単には続かないだろう。だから、今は俺や慎治、貴斗で彼氏のいない隼瀬の支えになってやらなきゃと思っている。もしこんな事を口にしたら隼瀬は余計なお世話だというだろうな。

 そういえば慎治に彼女がいるって話し聞いた事が無いな?学校の中では結構女子に人気がある筈なのに。何故だろうか?案外違う学校の奴と付き合っていたりして・・・、うんな訳ないか。

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