第六話 乙 女 心

7月14日、土曜日、三戸駅改札口

 藤宮詩織は改札口を通り抜け駅の西口へと向かって歩いていた。

 表に出ると昼の陽射しが彼女に向かって一斉に降り注ぐ。彼女は左手で目を覆い隠し、空を見上げた。

 大変自己紹介が遅くなってしまいましたようで・・・、申し訳ございません。わたくしは藤宮詩織と申す者です。

 私の幼馴染み、隼瀬香澄とご一緒に水泳部に所属して部長をさせて頂いています。

 それと香澄と同様に幼馴染みの藤原貴斗君の恋人もさせて頂いています・・・、でも胸が締め付けられるくらい悲しい事ですが彼、記憶喪失で昔の私の事なんか全然覚えていないのですよ。酷いですよね。

 ですから、貴斗君にはいち早く記憶を取り戻して欲しいと願っています。

 不束者ですが皆様、私の事を覚えて下さると、とてもうれしゅう御座います。

「良い天気です。晴れてよかった」

 予報で降水確率が20%だった。

 しかし、それくらいの確率でも私は心配していた。だって、折角のデートなのだから晴れている方が良いに決まっていますから。

 空の様子を確認した後、私はトコトコと軽い足取りで歩きながら待ち合わせの場所へと移動していた。

 時折、腕時計で時間を確認。12時13分。

 待ち合わせの場所まで後四、五分程度。

 約束の時刻は12時30分です。

 貴斗君はちゃんと今日、お約束の場所へ来てくれていますでしょうか?だって昨日、会話の最後、少し彼の言葉は歯切れが悪かった事を彼女は思い出していた。

 前日、午後11時22分。数回コールの後、相手側に繋がった。

「もしもし、藤宮詩織ともうします」

「詩織か?こんばんは」

「貴斗君、今晩は。あの・・・、貴斗君、明日もアルバイトなのでしょうか?」

「ぇぇ~っと、明日はオフの筈だ。レッツミぃシー、スケジュール帳、見るから少し待てろっ」


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「大丈夫、午前・午後、両方とも無い」

「本当?フフッ、良かったです。あの、ですね。明日、ブティックに行ってご一緒に服を見てもらいたいのですけど・・・」

「NOだ!」と彼は話し終える前に拒否の答えを返してきた。

「酷い、まだ最後までお話していませんのに、どうして、即答で拒否なのですか?」

「男の俺が、何で女の服を見立て、なければない?隼瀬に頼め。隼瀬や涼崎さんに」

「どうしても駄目なのですか?」

「Completely No!否っ!」

 どうしたら彼に〝Yes〟って言ってもらえるだろうか?少し考えてある事を思い出したのです。

「貴斗君、そういえば先週のお約束の穴埋め、まだしてくれていませんよねぇ?」

「・・・・・・」

「タァ・カァ・トォ~君っ?黙ってしまわれてどうしてしまったのかしらぁ~~~?」

「・・・・・・・・・」

「グスンッ、何も答えてくれないのね、私の事なんてどうでもいいのですね」と声のトーンを下げて彼にそう言って差し上げました。

「分かったOKだ、だからそんな悲しい声で訴えるな」

「貴斗君、有難うございます」

「時間と待ち合わせ場所は」とそう彼に聞かれたので時間と待ち合わせ場所を教えたのです。

「貴斗君、今度は約束、破っちゃイヤですからね!」

「了解、それじゃ明日その場所で。オヤスミ、詩織。本当は恥ずかしいから行きたくない」

 貴斗君の最後の方の言葉は小さくて、ちゃんと聞き取れなかった。

 昨日の事を考えていたら待ち合わせ場所の909が見えてきました。

 909は9階建ての総合クローズデパート。男性、女性、問わず数多くの衣料品メーカーの店舗がその中にあります。

 メーカー直接販売なので価格も二、三割安いことで知られていたのですよ。

 エントランスの回転ドアを潜り抜け建物中央にある噴水へと向かう。

 その建物中央は八階まで吹き抜けとなっていてその造りに買い物客は圧倒させられてしまいます。

 海外のモールと呼ばれている建築様式を取り入れているらしいです。

 噴水の場所へと向かいながら回りを確認すると貴斗君が私の視界へと飛び込んできた。

 すると、気分が嬉しくなって小走りしながら彼の元へと急ぐのでした。

「コンニチハ、詩織」

「貴斗君、御待たせしました」

「そんなことない、俺も数秒前に反対側の入り口から来たところだ」

「ねぇ?それでは早速、見に参りましょう」

「そう、急かすな。時間も、時間だし先に昼食にしよう」

「エェ~~~、私は早く見廻りたいのにぃー」と私は彼をからかう様に駄々を捏ねていた。

「そう言うなって今日は一日中、詩織の気が済むまで付き合ってやるから」

「貴斗君、ホントに?嬉しいぃーーーっ!」

 笑顔を作ってそう言葉にしてあげた。私の表情を見た彼はほんのり顔を紅潮させて俯きながら項をポリポリっ、と指で掻いていたご様子。

〈記憶喪失になっても恥ずかしがって居ますのを隠す時の癖は変わらないようですね〉

 そう心の中で呟いていた。滅多に見ることは叶いませんでしたけど、貴斗君は恥ずかしがる時や嘘をつく時、必ずと言っていい程に取る仕草がある事を私は知っていたのですよ。多分それは香澄も知らないワタクシだけの秘密。

「貴斗君、どうしてししまわれたのですか?ホラッ、参りましょうよ」

「あっ、待ってくれよぉ!詩織」

 歩き出した私に貴斗君もそう言って横へ駆け寄って来て下さいました。それから、その私達二人は九階の憩いの場(人工的室内自然と食堂の店舗が立ち並ぶ場所)へと向かう。

「結構、込んでいるようですね。お昼どういたしましょうか?」

「昼時、込んでいて当たり前」と私の恋人はそんな言葉を平然と私に答えを返していた。

 彼とどのお店に入るか相談した結果『パスタ・フリーク』というパスタ専門店で食事を摂る事に決定。

 私も彼と一緒でランチスペシャルを頼ませていただきました。

 食事をしながら、二人で日常的な会話を楽しむ。

 その時の貴斗君の対応は素っ気無かったけど、彼といるだけでとても気分がよいので気にならなかった。

 昼食を終え、私が貴斗君の顔を除くとなんだか未だ物足りなさそうだなと思ってそれを言葉に出す。

「ネェ、貴斗君、物足りなさそうに見えますけど、大丈夫?」

「問題ない、気にするな」

 彼は抑揚の無い言葉でそう返してきました。

 ですが、私には彼が嘘をついている事が容易に理解できたのです、彼の行動にそれが現れていたから。

 その様な貴斗君に何かを言おうとしましたけど、彼が大丈夫と言うのであればそれ以上言及しない方が良いと言う事を知っていたのでそれ以上は言葉にしなかった。

 支払いのためレジに向かった私はハンドバッグから財布を取り出そうとすると貴斗君はその手を止め、言葉を掛けてくる。

「俺が払う」

「それでは、貴斗君に悪いから」

 そう言葉にすると貴斗君は目を細め私を見詰めていた・・・、いや睨んでいるようでした。

 少し怖い・・・、仕方が無く彼に従う事にした。

 今の彼氏彼女の事情は大抵が割り勘だと聞いていましたから、貴斗君の厚意に甘んじてよいのか不安に思う事が多々存在しています。

 お店から出た私達は近くのベンチに腰を下ろし、ほんの少しだけ休憩。

「ネェ、貴斗君?お会計してもらって、本当によろしかったの?」

「俺はバイトしている、少なからず詩織より金を持っていると思うが・・・、迷惑だったか?」

「うぅん、そんな事無いです、有難うございました」

 内心バイトの時間を減らしてもっと一緒にいて欲しいと願ってみましたけど、今の私にそれを口に出す勇気はないのです。

 昼食を摂ってからはゆっくりと八階から目ぼしいお店を順番に入り夏物の洋服を見て回った。

 その間、貴斗君に色々と尋ねてみましたけど、返ってくる答えはすべて同じで『詩織ならなに着たって似合うだろ』とだけでした・・・、悲しいです。そして、約三時間が過ぎる。


~ ブティックNana ~


「貴斗君、サッキから貴方の言葉はそればっかり、私は・・・」

 寂しさの余り最後の言葉は貴斗君に聞き取れないくらい小さくなっていた。それに対する彼の返答は・・・。

「事実を言っている積もりだが、何か気に障ったか?」

 彼のその言葉を聴いて、無性に悲しみに駆られてしまうのです。

〈貴斗君の莫迦、アンポンタン、鈍感、鈍チン〉と心の中で貴斗君を中傷していた。

「私は、貴斗君に択んで欲しかったのにぃ・・・」と寂しさの混じる声で彼に訴えたのです。

「・・・、詩織に対する配慮が欠けていたようだ、悪かった」

 私の言葉と表情から彼はなにを思ったのか、そんな風に答えてくれたのです。そして、まだ彼の言葉は続くようでした。

「もう一度見て回り、詩織の気に入った服を幾つかチョイスしろ。その中から俺が最終的に択び決定する・・・。それじゃ、駄目か?」

 すぐ答えず貴斗君の顔を除く。

 他の人から見たら彼の表情は変化していない様に見えるだろうけど私が押黙ったままなので彼は幾分、心配の色を顔に表してくれました。

 昔の貴斗君はこんなに表現に乏しくなかった筈と思いながらも彼の言葉への答えを返す。

「有難う、それでいいです」

 感謝の気持ちを言葉にして彼に微笑みを返して上げました。

 すると、彼はバツの悪そうな表情で照れながら項を掻いたのですよ。

 最終的に貴斗君が択んでくれた夏服は『クレステア』というお店のウィンドウケースに飾ってあったオーシャンブルーのワンピースとそれに付属の帽子。

 その店の店員に自分のサイズに合うものを出してもらい、私はそれを試着していた。

 それが終わると彼の前に立ち、言葉を掛けて差し上げます。

「どう、この服、私に合っているでしょうか?」

 右手で帽子を押さえ左手でスカートの裾を軽く上げ彼にお披露目ポーズを取る。すると彼の顔は見る見るうちに紅くなり、私から顔を背けて言葉を出してくれました。

「きっ、綺麗、似合っている・・・・・・。可愛い」

 私にとって記憶喪失の今の彼がそんなに顔を赤らめたのを初めて見た様な気が・・・、初々しく思って、とても嬉しかった。それから、試着室に戻り元の服に着替え彼の元へと向う。

「お待ちになりました?」

「気にするな」

 彼の言葉は簡易的なものだった。だけど、いまだ彼の顔色は紅潮したままだった。

 そんな彼に私は嬉みの意味を含め軽くクスクスッと笑い、その顔をお見せする。

「なぜ、笑う?」

「フフッ別にたいした事ではなくてよ、それよりレジに行きましょう」

「いらっしゃいませ909の会員カードをお持ちでしょうか?」

「これですね、ハイッ」

 私はすでに用意していたカードを店員に渡していた。

「消費税込みで40,813円になります」

 財布からお金を取り出そうとすると、それよりも早く貴斗君は五万円を取り出し、それを店員に渡そうとする。

「自分でちゃんとお支払いしますから、貴斗君」

 慌てて、彼の行動を止めようとするのですけど、店員がしゃしゃり出てくる。

「彼氏さんですか?優しいですね。女性は男性の好意を甘んじて受けるものですよ。逆もそうですけどね」とその女性店員の言葉に躊躇した声を上げてしまいました。

「でっ、でもぉ~」

「そうしろっ」と言って彼は既にお金を渡してしまった様だった。

「9,187円のお釣りになります。アリガトォ~~~ゴザイマシタァ~」

 その女性店員は会計が終わると営業スマイルで私達に向けて見送ってくれました。そして、店から出た私は心配した顔で貴斗君に尋る。

「ネェ、本当に買って頂いてよろしかったのですか?」

「何でそんな顔をする?俺がそうしたいから、そうしたまでだ」

「それでも・・・」

「フッ、・・・、今日は俺の素っ気無い態度に詩織が受けた傷心の詫び、それと俺の計り知れない所で何時も迷惑を掛けている様な気がするだから・・・、これが理由だ!不満か?」と彼はその真意を口にしてくれたのです。

「ホントに有難うございますネェ、貴斗君。一生大事にいたしますから・・・」

「そんな事をする必要ない、着られなくなったら捨てロッ」

「貴斗君のバカァ、どうしてそのような事を言うのですか」

「なぜ、怒る?」

「知らないですっ、もう、フンッ」

「でも良かった・・・」

「エッ、何がですか?」

「俺の持ち金で足りる買い物で」

「どうしてそう思うの?」

 貴斗君が嘘の返答して来たのを私は見抜いていた。本当のことなど教えてくれそうも無いと思ったけれど、それでも尋ね続けた。

「女性物の服は高いと聞き及んでいる、だから会計前、少々心配だった」

「ごめんなさいね、貴斗君」

「なんとなく惨めな気分になる。だから謝るな」

「ウフフッ」

「だから何故、笑う?」

「べぇつにぃ~、大した事ではありません。クスッ」

 最後にもう一度笑って見せてから話題を変えるために、

「これから如何しましょうか?」とこれからの予定について彼に尋ねていた。

「・・・、7時18分か?夕食時だな・・・」

「もう、そんな時間なのね」

「昼がリトル、ビットと足りなかったからなぁ~、早めに食したい気分だ」

「フフッ、やっぱりお昼足りなかったみたいですね」

 私の彼氏はたまに会話の中に英語が混ざることがあります・・・、

それは矢張り向こうに長く行っていたからなのでしょうか?でも可笑しいですね記憶喪失のはずなのに。

「クッ、シット」

 彼は余計な事を口走ってしまった様な表情で苦笑し、それを私に見せてくださいました。

「それでは私のお家に向かいましょう。何か私がお作りしてさしあげますね、貴斗君、アナタの為に。フフッ」

「そっ、それは、でっ、出来ん、勘弁してくれ」

「どうしてその様な事を言うのかしら、教えて頂きたいわ。クスッ」

 からかうような口調で私は貴斗君にそう尋ねていた。

「だって、ほらっ、その・・・まだまずいだろ、君の両親に会うのは・・・」

 そんな私の問いに貴斗君は恥ずかしそうに吃りながら、そう聞かせてくれたのです。

「それに関して貴斗君は何のご心配も要りません。お父様もお母様もお慶びしてくれると思いますよ、きっと」

「何故その様なことが言える?」

「フフッ、ヒ・ミ・ツです」

 貴斗君は私の言葉に唖然として何も返してはくれないようですね。

「さあ、お帰りしましょう、貴斗君」

 その時、私は無意識の内に彼の手をお握りし、歩き出そうとする。

 彼はたじろぎ、戸惑いを見せてくれましたけど、やがて私の手を彼の大きくガッシリとした手で優しく握り返してくれたのでした。

 それから、自分のした行動に刹那、駭き恥ずかしくなってしまいましたが、嬉しさの方が勝ってそのまま駅へと向かい電車に乗ってお家へと帰っていたのでした。

 私の両親は無論、中学の頃までの貴斗君の事を知っています。

 今の彼の状態と彼両親の死については洸大さまからお聞かせ願っています。

 彼への接し方は心配することは無いのですが・・・。

 しかし、問題が一つだけあるのを私はすっかり忘れているみたいでした。

 それは三歳下の弟の響。

 弟は昔から貴斗君の事を嫌っていたのですよ。姉である私にはどうしてだか理解できていないのですけど。

「ただいまぁ~~~」

 私がそう言うと迎えてくれたのは弟の響でした。

「お帰り、姉ちゃん」

 そう言った後、私の後ろに立っているのが貴斗君であると理解すると表情が一変していたのです。

「弟さんかい?邪魔する」

「あぁ~~~、マジで、すげく邪魔だよ。さっさと帰んなぁ。いや、この世界から消えちまいな」

「ヒビキィ、そんな失礼なことを言ってはいけません」

「姉ちゃん、なんでこんなヤツ、連れてくるんだよ」

「響ッ!」と私はそう言ってから貴斗君の方へ振り返り、

「御免なさいね」と謝った。しかし、彼は全然気に留めていない様子でした。

「お父さまと、お母さまは?」

「学会で遅くなるって。祖父ちゃんは碁会所、祖母ちゃん、今日は活花の先生してる」

「そんな事より、お腹空いたぁ、何か作ってよ。そんなヤツ、追い返してサッ」

「そんなことをいいますと作ってあげませんよ」

「うっ、分かったよ、オイお前!今回だけは家のシイキをまたがせてやる」

『敷居』を『シイキ』と間違った弟の響をフフッと軽く笑ってあげました。すると弟はバツが悪そうに言葉を残し逃げてゆくのです。

「めし、出来たら呼んで部屋にいるから」

「どうぞ、お上がりください」

「やけに広い家だな」と彼は率直な感想を聞かせてくれた。

 貴斗君を茶の間に通し座布団を出してから、台所へと私は向かったのです。

「出来るまでここでお寛ぎになって下さいね」

 一度リホームしているこの家には様式のリヴィングやシステムキッチンの部屋が増築されている。

 だけど、たまには和室も良いかなと私は思って彼をそちらに通したのですよ。

 私が料理をしている間、貴斗君は茶の間と台所を行ったり来たりして、ソワソワしていた。

 幾分緊張している様子。

 今も昔も彼が緊張している所なんて中々、見られなかったらしく、ワタクシは嬉しそうな顔をしていたようですね。

 それから料理が出来ると私は卓袱台にそれらを並べる。

 それを終えると響を呼び連れてきたのです。

 冷蔵庫にあった食材を使い、鰈の煮付け、和風八宝菜炒め、ホウレン草の胡麻和え、京菜のお吸い物と和食で統一してみたのですよ。

 貴斗君は私が作った料理に愕いた様な表情を見せてくれた。

 弟の響はさも当たり前のように平然と席に座って私がご飯をよそうのを待っていた。

 茶碗にご飯をよそってそれぞれの場所に置くとその男二人に声をかけた。

「それではどうぞ召し上がってください」

「いっただきぃーーーっ!」

「頂く」

 二人はそう言うと箸を動かし始めた。しばし、私は貴斗君の食べる仕草を眺めていた。そして、それに気付いたのか彼は、

「詩織、箸動いてないぞ?」

「オイッ、お前、姉ちゃんに何か言うこと無いのか?」

「響、何ですかその口の利き方は、貴斗君に失礼ですよ」

 弟は私の言葉など無視して、貴斗君に言葉を掛けていた。

「美味しいとか、旨い、イケルとか、どうやって作ったんだとか言えねぇのか?」

「至極美味しいぞ、詩織。響と言ったな?藤原貴斗だ、覚えて置け」

「何じゃそりゃ?ハァ~~~コイツ女心って物を理解していないのかぁ?」

「響、なにオマセな事を言っているのかしら?」

「ナハハッ、ゴメン」

 昔も響は貴斗君に良く突っかかっていて、それを煽る様に貴斗君も響を相手にしていたのですよ。それを私は何時もシドロモドロして見ているしか出来なかったのです。

 だけど、今の貴斗君の対応は冷静(無視)?で戦禍の拡大は起こらなかった。やがて夕食を終える。

「美味しかった詩織、ご馳走様」

「姉ちゃん、ごっそうさん」

「お粗末さまでした」

「ハァ~、何でこんな朴念仁の様なヤツが姉ちゃんの恋人してるんだ?まったく信じがたいぜ」

「響、食事を終えたのならさっさと部屋に戻りなさい」

「ヘイ、ヘイッと・・・、オイ、貴斗、姉ちゃんに変なことしたら打っ飛ばすからな。いいな、覚えて置け!」

 最後にそう生意気な事を言うと弟は茶の間から出て行った。そして、それを聞いた貴斗君は鼻でフッと笑っていた。

「貴斗君、ゴメンなさいね。普段はあのような子ではないのですけど・・・」

「お前が気にやむことじゃない」

 片づけが終わった後、私は貴斗君にお茶を入れていた。

『コポコポコポッ』

「貴斗君、どうぞ。お熱いので気をつけてくださいね」

「猫舌じゃないから心配ない」

 そういう問題ではないと思ったけど、彼に言っても聞いてくれそうに無いと考えたのでそのまま彼の言葉を聞き流す。

「来週からテストですね。貴斗君はお準備できているのですか?」

「別に・・・、テストなんてどうでも良い。俺には関係ない」

「私は嫌ですよ、貴斗君と一緒に聖陵大学に行きたいのですから。

だから、貴方にも頑張って欲しいのです」

「それは無理な注文だ」

「どうして、そんな事を言うのですか?」

「学年トップクラスのお前と俺ではレベルが違いすぎる」

「努力する前からそのようなことを言っては駄目。ですからお願いします、ご一緒に頑張りましょうよ。ねぇ~~」

私は懇願の目で彼に訴えた。

「・・・、わかったからそんな眼で見るな・・・、恥ずかしい」

「それでは明日から、みなさまをお集めして、お勉強会をお開きしましょうね」

「ファッツ?明日から、だ?マジで言ってんのか詩織!」

「はい、今、決定いたしました。貴斗君に拒否権はありません」

 笑みを浮かべ、貴斗君に強要してしまいました。

「Vetoなしかよ・・・、チッ、分かった。詩織がそう決めたら俺が何言っても聞いてくれないだろうからな。場所と、時間は?」

「貴斗君、物分りが良くて私とっても嬉しいです」

「場所は貴斗君のご自宅、お時間は9時30分から。私は香澄と春香チャンにご連絡しておきますから、貴方は柏木君と八神くんに必ずご連絡する事!宜しくお願いしますね」

「俺の家だ?・・・」

「貴斗君、返事は?」

「ハァ~・・・、ハイ」

「返事が小さいようだけどゆ・る・し・てさしあげますねッ」

「ハハッ、敵わない、詩織には・・・、明日もあるし、そろそろ帰る」

 彼がそう言葉にしてきたから、私は玄関先まで彼を見送ったのです。

「貴斗君、ちゃんと二人に連絡しておいて下さいね」

「了解!それじゃまた明日。オヤスミ詩織」

「うん、オヤスミなさい貴斗君、明日楽しみにしていますからね」

 そう別れの挨拶をすると彼は右手を上げその場を去って行く。

 私は貴斗君が見えなくなるまで彼の背中を見送っていました。

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