9話② 家族会議
「馬檀の身代わりを立てることにする。…身代わりは素鼠だ。」
素鼠、と聞いた途端、郭夫人はにやにやと笑う。よりによって嫌いな者が身代わりになるとは、なんという偶然か。悪くない。そんな腹黒い思考をよそに、実直な馬芝が尋ねる。
「しかし、万一身代わりだとバレたらどうします?」
「あの子供と馬檀は同い年です。それらしい格好をさせればバレませんよ。」
イライラした口調で郭夫人が答えるが、嚴興がそれを否定する。
「いや、過去に身代わりを立てた例があるらしいが神官にバレたらしい。しかし、素鼠は違う。」
「違う、とは?」
郭夫人の問いに返答しようにも、言葉が詰まる。少し口籠もってから、意を決して秘密を伝える。
「…素鼠は、恐らく儂の子だ。」
「…⁉︎」
全員が驚いて言葉を失う。長年仕えてきた執事でさえも口をぽかんと開けている。
「旦那様の子…?…そんな、浮気なさっていたのですか⁉︎今まで隠して、私を騙していたのですか⁉︎」
突然知る夫の裏切りに、郭夫人は激怒する。嚴興に詰め寄るが、嚴興はそれをばっさりと切り捨てる。
「苦情は後でいくらでも聞く。皮肉にも今はそれが唯一の救いの道になっているのだ。同じ身代わりでも、儂の血を引く者ならば、神官の目を誤魔化せるかもしれぬ。万一バレても、なんとかお許し頂けるかもしれぬ。」
「…ですから、旦那様は以前にあの子供を庇ったのですね。ご自身の子だから…。ご自身の子と知っていたなら、なぜ最初からあの子供を選ばなかったのです?なぜ馬檀を?」
そのとおり、と言うように執事も嚴興をじっと見つめる。問われて、嚴興はこれまでの朝議での攻防戦を振り返り、自身の不甲斐なさにため息をつく。
「儂にとっては忘れたい存在であったし、実際忘れていた。今回のことで、ようやく儂の子である可能性を思い出すほどな。…当然最初から馬檀を選ぶつもりなどなかった。腹立たしいが、策に嵌まってしまったのだ…。馬檀よ、不甲斐ない父を許してくれ。」
馬檀の方に向き直り頭を下げる。父が自分に頭を下げることに戸惑うばかりで、馬檀は碌に返事ができずにいる。しん、とした気まずい雰囲気となった中、馬芝がぽつりと口を開く。
「恐らく父上の子、ということはそうでない可能性もあるのですか?その場合どうすれば…」
嚴興の子でなければ今回の作戦は意味がない。肝心なところが不確かなのは大いに不安だ。
「もしそうでなければ、いよいよ本家筋から攫ってでも連れてくる。そうなれば我が家は一族から孤立するが…。」
それでも家族が死ぬよりはずっといい。郭夫人と馬芝も気持ちは同じだった。
「騎一族で、父上ほどの地位と権力を持つ方が他におりますでしょうか。例え孤立したとしても、落ちぶれるはずがございません。」
父上、と嚴興に頭を下げ馬芝は続ける。
「私はまだ若輩でありますが、騎家の跡取りとして父上をお支えし、この家をより大きくして参ります。此度のこと、乗り切るためならなんでも致しますゆえ、どうぞなんなりとお申し付けください。」
息子の申し出を嬉しく思うものの、言葉の端々から、策を講じる才覚や自分から動く行動力の乏しさを感じ、心の中で落胆する。きっと馬芝には何もさせないことが一番良いだろう。下手に動かせば、馬鹿正直なところが裏目に出てしまう。
「馬芝は決して周りに身代わりのことは悟られるな。人柱になる弟を嘆くも、誇らしく思う兄を演じろ。馬檀、お前は都を出発するまで決して部屋から出るな。夫人も馬檀をよく見張れ。7日後、都を出発する予定だそうだ。それまで素鼠を監禁し、なるべく馬檀に似せておく。相由、素鼠を監禁する際、死んだように見せかけろ。その方が後々厄介にならずに済む。そして、これは我ら家族だけの秘密だ。侍女や使用人達にも悟られるなよ。」
はい、と郭夫人や子供ら、執事が返答する。後は、儀式の当日隙を見て馬檀と素鼠が入れ替われば良い。そして万一の時のために一族の人間を用意する。拙くはあるがこれしか道はないのだ。
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