8話② 身代わり

 選出した人柱を皇帝に報告する日が来た。大左官長や陵州候を始め、大臣や諸侯達が朝議に揃う。朝議が始まり、早速皇帝が人柱について尋ねる。


「大右よ、人柱は決まったのか?」


「はい、陛下。こちらに。」


人柱に立てた子の名前を記した封書を盆に乗せて、嚴興がうやうやしく、皇帝の側仕えである宦官の元まで進みでる。しかし、盆を持つ手は震え顔は脂汗をかいている。


「大右官長様、顔色が悪いぞ。」


「無理もないだろ、己の一族から選抜なさったんだぞ…。」


皆がひそひそと囁き注目する中、嚴興はとうとうよろけてしまい、大臣達が並び立つ方へ封書を落としてしまった。


「陛下、これはとんだ御無礼を。お許しくださいませ。」


即座に不作法を詫びて、慌てて拾いにかかる。封書が落ちたあたりに立つ大臣達は慌てて退ける。そこに入り込んで封書を拾い上げようと手を伸ばすと、嚴興よりも先に拾い上げた手があった。


「大右官長様、どうか落ち着かれませ。これを。」


陵州侯だった。にっこりと微笑みながら封書を差し出すが、嚴興は睨みつけながらそれをひったくる。


「うむ、これは失礼した。」


封書を再び盆に乗せ、宦官の元に辿り着く。封書を受け取った宦官が皇帝に手渡し、皇帝は封書を開けた。紙を広げ、その名を見て「ほほう」と感嘆する。嚴興は皇帝の前に跪き報告する。


「陛下、そちらにある名の者を此度の人柱として選出致しました。この者は我が…」


「息子であろう。実の息子を差し出すとは、なんという忠誠よ。これぞ臣下の鑑である。」


嚴興の口上に被せるように皇帝が話しかける。息子と聞いて、臣下達はどよめいている。嚴興は焦った。なぜ皇帝が適当に用意した子の名を見て即座に息子と分かるのだろう?まさか…。


「馬檀と言うのは確かまだ6歳ほどと聞いておる。そのような幼子を差し出すのはさぞや苦しかろう。」


「…⁉︎」


嚴興は混乱した。あまりの衝撃で言葉が出ない。


(なぜ、名前が馬檀になっている⁉︎そんな馬鹿な‼︎)


口をぱくぱくさせる嚴興をよそに、皇帝は更に畳み掛ける。


「過去には下賤の者を見繕って身代わりに差し出した事例もあるようだが、神官の手にかかればそのような欺瞞はすぐに暴かれる。」


それを聞いて嚴興は絶望した。封書を間違えたと言って、身代わりの名を出すことができない。一体なぜこんなことが起きているのか。


「儀式の用意は陵州侯に任せていたが、進捗はどうか。」


「はい、陛下。準備は整えております。あとは現地に赴き設営をしまして、儀式を取り行うのみでございます。」


淡々と答える陵州侯の声を背で聞いて、嚴興は咄嗟に悟った。


(あの時だ!封書を拾い上げた時、奴がすり替えたのだ!)


確信はないが、そうとしか思えない。しかし、今の嚴興には馬檀の名を撤回して、怪しまれずに身代わりの名を出す術を思いつかない。脂汗を流しながら必死に考えるそばで、話はどんどん進んでいく。


「陛下、お願いがございます。私、蘇寧白は州侯として一族を挙げて復興に尽力して参る所存です。つきましては冬妃様がお力添えなさることお許しくださいませ。」


「冬妃だと?皇室からの復興支援は、皇帝の指示により皇后が取り仕切る。冬妃の力添えとはいかなる意味だ。」


皇帝の言うように、まずは皇后が先頭になって支援内容を取り決める。側室がそれを超えた支援をしては皇室としての面子が立たない。


「はい。冬妃様は此度の地震に大層心を痛めていらっしゃいます。陵州は私と冬妃様の故郷にございますゆえ。冬妃様はご自身の私財を投げ打ち、儀式も参加して神に祈りを捧げたいと仰っておられます。陵州の民であった冬妃様の復興を願うお心をどうかお汲みくださいませ。」


やや大袈裟に振りかぶり平伏する様を見て、皇帝は大きく頷く。


「わかった。冬妃の支援と儀式の参加を許可しよう。大右といい、陵州侯といい、誠この国は臣下に恵まれた。のう、大右。」


「ひぁ…!も、勿体無いお言葉にございます…。」


それどころではない嚴興の耳には全く話が入ってこない。声が裏返って、情けない返答になりながらも、この状況から脱却する策を考え続ける。


「では、陵州始世郡で儀式を執り行う。これより7日後都を出発する。大右は直ちに息子を連れて来て、その身柄を宮中の神官に引き渡すように。それから…」


「へ、陛下!」


声を張り上げて皇帝の言葉を遮る。これ以上話を進ませたくない気持ちが滲む声だ。


「お、恐れながら!…わ、我が息子は幼く、お、親としても別れは大層辛うございます。どうか出発の日まで我が屋敷で過ごすことをお許しくださいませぇ!」


床にめり込むような勢いで額を押しつけて平伏する。陵州侯の平伏とは真逆な、必死な姿を皇帝は神妙な面持ちで見下ろす。


「朕の言葉を遮ってまで嘆願するとは…。よかろう。そなたの忠誠心に免じて屋敷で過ごすことを許す。」


「恐悦至極に存じます!」


嚴興は額を擦り付けながら、なんとか挽回の機会を得たと思う。嚴興にとって最初で最後の機会である。

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