7話② 兄と妹

 騎家の屋敷に昼食の時間が来た。主人一家と同じ時に使用人達も昼食を取る。給仕は侍女がするため、使用人達には短くも心穏やかに過ごせる時間であった。今日の昼は具沢山の団子汁のようで、皆がめいめいの椀を持って鍋の前に並ぶ。素鼠も一番後ろに並んでいた。


「おお、今日は団子汁かい。団子多めに入れとくれよ。」


「なんだい、自分だけたらふく食おうなんて、相変わらずだねぇ。」


大人達の会話を聞きながら、素鼠は今か今かと待つ。ようやく自分の番になって椀を差し出すも、返ってきた椀には汁と菜っ葉だけであった。


「あの…!団子とか具とか残ってないですか…?」


「無いよ!さっさと食べちまいな!あれ、お疲れ様!やっと終わったのかい?」


「いや、屋根の修理はなかなか大変だねぇ。お、団子汁かい。」


「そうだよ、しっかり食べとくれ。」


山盛りの団子汁が素鼠の目の前を横切っていく。2人は素鼠のことなど見えてないかのようにお喋りを続けている。たまらずその場で汁を飲み干して、椀を洗い場に置いて厨房を飛び出した。



袁が亡くなってから半月ほど経った。あれから素鼠の食事は減らされ、仕事はキツいものを押し付けられるようになった。差し金は、やはり郭夫人で、素鼠の事を許していなかったのだ。


「お腹空いたよ…。」


ぐううっと鳴るお腹が気になり、服をめくる。そこにはくっきりと浮き出た肋骨と膨らんだ腹があった。しゃがみこんで足元にある草を抜いて口に放り込む。苦い味が広がって、余計に辛い気持ちになる。


「おい、素鼠。お前昼から厠の汲み取りな。」


「え…?あの、それ柊さんの担当じゃ…。」


「お前でもできるだろ。せいぜい豚に喰われるなよ。」


柊に声をかけられ、一番嫌な仕事を押しつけられる。汲み取りは汚れや臭いも凄まじく、汲み取った屎尿は相当な重さになる。それを豚小屋に撒くのだが、注意しなければ豚の群れに転落して喰われてしまう。


「…いっそ喰われた方がいいかもなぁ。」


親も友もいない素鼠が、6つの歳まで拠り所としてきたこの屋敷の仲間からの差別は、生きる居場所を削り取られることであった。


「袁爺がいたらなぁ…。袁爺…。」


自分を庇って死んだ老夫。袁を求める資格は無いと分かっていても、名前を呟かずにはおれなかった。




「素鼠のやつ、このままだと死にますよ。」


厨房に入った柊が、その場にいる使用人達に聞こえるように言う。誰もが口を噤む。


「奥方様のご命令だ、仕方ないだろ…。」


「食事を減らして、仕事をキツイものにしろ。気にかけることもするな。それを死ぬまで続けろ、って…。いくらなんでも子供にやりすぎだと思います。」


「とか言って、お前さっき厠の汲み取りの仕事押し付けてたの見てたぞ。自分だけ善人ぶるなよ。」


「…それは、キツい仕事って言ったらあの仕事だから…。」


「けっ!」


そう言ってしゃがんで睨みつけていた男が立ちあがり、柊に詰め寄る。


「いいか!俺はあの餓鬼に腹が立ってんだ!あいつが大人しく罰受けてたら、袁さんが死ぬこたぁなかったんだろ!使用人なんか、罰受けてなんぼさ!俺だってあの奥方に片耳削がれてんだ。それをあいつだけ助かって、袁さんが死ぬっておかしいだろ!」


「袁さんは自分から庇ってました!」


「あいつがピーピー喚いたからだろうが!」


「でもまだ子供なんだ…」


奴婢おれたちの世界には、大人も餓鬼も関係ねぇ!ヘマすりゃ死ぬのが相場なんだ!」


とうとう柊の胸倉を掴んで怒鳴り付ける。

大人達の本音。それは、庇われた素鼠への嫉妬だった。凄惨な体験をしてきた者ほど、その例外を認めたくないのだ。


「奥方様の命令は死ぬまでだろ…?今頃豚小屋で足滑らせて喰われてるかもな。」


胸倉から手を離して男は厨房から出て行く。他の者もそろそろとそれに続く。無力さに項垂れる柊の肩を敏が叩いた。


「素鼠はあんたが拾った子だし、気になるだろうさ。あんたは優しいね…。けどそれも注意しないと…。」


「そういう敏さんだって、ちょっとでも素鼠に飯がいくようにって、今日の汁物具沢山にしてたの、知ってますよ。」


それを聞いてへへっと敏は鼻を啜る。


「無力なのは私も同じさ…。」


そうして柊も敏も仕事に戻った。その日の夕方、素鼠が汲み取りから戻らないと見に行ったところ、豚小屋には素鼠の着物と血糊が残されていた。

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