7話① 兄と妹

 後宮には、現皇帝以外の男は立ち入ることができないという掟がある。他の男と妃嬪達の過ちを防ぐ為と、大臣や臣下達が妃嬪達と手を組んで陰謀を巡らす事を防ぐ為だ。しかし、時代と共に義友など皇帝の信頼の厚い者は、都度皇帝の許可があれば立ち入る事が可能になった。今日も、皇帝の許可を得た1人の臣下が後宮の椿松宮を訪れていた。


「冬妃様はおられるか。お取り次ぎを。」


「かしこまりました。」


すぐに女官に案内され、冬妃がくつろぐ部屋にたどり着く。所持している装飾品を整理しているのか、円卓には所狭しと櫛や簪などが並べられ、部屋の隅には贅を凝らした箱が積まれている。


「これはまたすごい数でございますね、冬妃様。」


半ば呆れながら部屋に入ると、冬妃は卓の簪から顔を上げないまま返答する。


「整理しておかねばこの先の計画に支障が出ますわ。此度の地震で妃嬪の素行も注目される事でしょうし。…あぁこの真珠の簪か、珊瑚の簪か。ねぇ兄上、どちらを取っておきましょうか。」


「…その呼び方はここだけにしておいてくれよ。」


「心得てますわ、殿。」


そう言って冬妃は顔を上げてふふっと笑う。


「少しふざけてみただけです。どうぞ、こちらにおかけになってください。装飾品ばかりですが…。それで、例の事はいかがでしたか?」


「はい。なんとか騎氏一族から人柱を立てさせることに成功しました。陛下は10日のうちに選出することを命じられました。しかし昨日の今日で、すぐこの計画を思いつくとはさすが冬妃様。」


「お褒め頂き光栄ですわ。兄上から陵州のことは普段から文で知っておりましたから、地震のこともやはり陵州ではないかと思っていたのです。何より、昨日兄上が都にいた事が一番良かった。そうでなければ計画したとて、実行できませんもの。」


「まぁ、丑三つ時に長い文を寄越されて何事かと思いましたがね…。しかし、この先は上手くいくでしょうか…。」


冬妃は珊瑚の簪を手に取る。海にある姿そのままを磨き上げたような枝分かれした珊瑚は艶やかに光っている。その枝分かれした部分を指先でなぞっていく。


「…わずか10日。騎氏一族の分布を見ればほとんどが陵州に多い。適任を選んで、その家の長に許可を貰い、陛下に報告するまでを10日でやるには遠方の陵州にいる一族からは選べません。そうすれば自ずと、都にいる騎氏一族からになる。都の一族が果たして何人いるか。」


「下手に選べば一族から恨みを買いかねない。かと言って選ばない訳にはいかない。そうなると最後は…」


「自分の息子を差し出すしかないでしょうね。」


冷たく言い放って、冬妃は珊瑚の簪を処分する予定の装飾品が入った袋の中へ投げ込む。


「過去の記録を見ましたが、選出を任された者の多くは自分の弟妹や子や孫を差し出していますね。騎嚴興は一見権力を振りかざす冷徹でぞんざいな男に見えますが、意外にも人道に悖ることなく、周囲との調和を重んじるようです。…私は、奴が息子を差し出すと予想しております。」


「そうして貰わなくては…。兄上、確実に嚴興様が息子を差し出すよう手を打ってください。」


「えぇ、勿論です。ご安心ください。」


「では、私も役目を果たしますわ。その為にひとつ兄上には、陛下へ伝言を頼みたいのです。」


「それはこの豪華絢爛な装飾品と関係が?」


金細工の帯飾りを手に取ってユラユラ揺らしながら蘇寧白が問う。それを素早く取り上げて冬妃がにっこりと笑う。


「そうです。私が復興と救済の為に私財を投げ打ちたいと申していると伝えてください。そして、陵州侯の妹として直に陵州に赴き、復興の役に立ちたいと申している、とも。」


取り上げた帯飾りを丁寧に仕舞いながら、冬妃はにっこり笑う。


「ちなみのこの帯飾りは私が陛下から賜った最初の品です。兄上とて気安く触らないでください。」


これはこれは、と蘇寧白は肩をすくめる。


「お前は随分と陛下をお慕いしているのだな。この後宮で愛というものは虚しいばかりじゃないのか…?」


意地悪く言う蘇寧白に、冬妃は更に微笑む。


「ご心配頂かなくとも、私は安泰でございます。」


それを聞いて蘇寧白は真顔になる。じっと冬妃の顔を見つめてから、やれやれと立ち上がる。


「…お前は昔から変わらない。…陛下への御伝言確かに承りました。また何かあれば文を寄越してください。では、失礼致します。」


冬妃に一礼し、部屋を後にする。それを見送った冬妃は一人部屋で呟く。


「何にも脅かされぬ人生が私の望みです。」


そうして再び装飾品の選別を始めるのだった。




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