6話② 前兆

 碧の国は9つの州で成り立つ。首都、西革が国の中心に位置し、首都のある州をこう州という。その高州の周りを8州が取り囲んでいる。

 北のりょう州、北東のあん州、東の州、南東のすい州、南の州、南西のよう州、西の州、北西のけん州。

 そのうちの乾州、陵州、安州北部を囲むように白太山の山脈がかかっており、山脈はそのまま隣のハオビ王国との国境となっている。西の韋州はカランヤ国と接し、南西の楊州から北東の安州南部の外は海洋となっている。

 

地震から一夜明け、朝議の場には大臣や州侯、官僚達がずらりと並んで立つ。そして皇帝の入室に続いて、少女が1人入ってくる。全身白色の装束を纏った少女は感情も無く淡々と語り出す。それは昨夜の地震についてだった。


「震源は北の陵州、始世しせい郡。以前から小さな揺れが頻発していたが、今回の揺れによって地割れ、家屋の倒壊、それに伴う火災など発生。被害は甚大で、死者や行方不明者が多数。また、神殿が一部崩壊。神官達に犠牲者無し。至急民を救済されたし。」


一通りの報告を終えると、少女は退室する。朝議の場は騒然となった。玉座から向かって左側の先頭に立つ大左官長、永四徳えいしとくが一歩進み出て進言する。


「陛下、只今の神官の報告に偽りなければ、神殿が崩壊したなど由々しきことにございます。始世郡ほか被災地の復興は重要なれど、この国の根幹たる神を祀る神殿の再建は最も早く着手せねばなりませぬ。」


何を、と騎嚴興が口を挟む。


「今、この国で実際に血を流し苦しんでいるのは民ですぞ。神殿の再建は確かに重要ではあるが、崩壊したのは一部!それよりもまず、神官の申すように民を助けるのが先ではないのですか⁉︎」


「では、先程報告をした神官に被害の些細を伝えた神官は何処にいると?まさに今崩壊した神殿にいるのだぞ。この国の神官の能力のおかげで、我々はたったの一夜でおよそ120里(470km)離れた土地の現状を知ることができているのだ。神殿の崩壊が他国に知られ、万一攻めてきたらどうするというのか?災害に加え戦災にも見舞われるのだぞ!」


 碧の国では白太山の神を祀っている。神官は、白太山に近い始世郡に建てられた神殿に住み、白太山の神の声を聞く。人には無い特殊な能力があり、それを政治に利用されていた。


「しかし、此度の地震は以前から小さな揺れがあったとも申していた。その時点で神殿の耐久や郡の防災に当たるべきではなかったのか。」


「ふむ。どうなのだ、陵州侯?」


嚴興の発言を受けて、皇帝が問いかける。すると、男が一歩前に出た。白髪の一本も無い若々しい風貌である。


「陵州侯、蘇寧白そねいはくがお答え致します。此度の地震による被害、誠に痛ましく、また面目次第もございません。以前からの小さな揺れは報告を受けており、各郡、各市、村などに防災の備えをするよう勧告を出しております。神殿につきましては、神官達の要請がございませんでしたので、特に問題無しと当時判断致しました。」


「責任逃れをするつもりか?勧告など紙切れ一枚で終わってしまう話。ましてや、要請が無かったから何もしなかったなどと、よくもぬけぬけと!」


永四徳が唸るが、それを皇帝が制す。


「防災はさておき、確かに神殿については州侯が簡単に関わる事が出来ぬであろう。それに、神殿の老朽化が進んでいるのは朕も承知していた。神官が先程申した通り、まずは民の救済を優先とする。神官には崩壊を免れた箇所で生活させ、国境の結界を強固にさせよ。」


皇帝の言葉に皆深々と一礼する。そこへ陵州侯がこんな提案をした。


「陛下、恐れながら神殿の再建にあたりましては、人柱を立ててはいかがでしょう。神の怒りを鎮め、神殿再建工事の無事を祈願するのです。」


「ほう、陵州侯は此度の地震は白太山の神の怒りのせいと申すか。」


「はい、陛下。古来より地の揺れは山の神の怒りによるものと申します。ましてや此度は白太山近くの始世郡でございます。白太山の神によるものである可能性は大いにあるかと。」


「神官はそのようには申しておらぬが、なんにせよ白太山の神を崇めるのは皇帝の責務である。良い機会である。陵州侯の提案を受けよう。して、人柱の当てはあるのか?」


「はい、陵州に古くから住まう一族から、と考えております。李氏、阿氏、梁氏、騎氏…」


そこまで聞いて、すかさず嚴興が止めに入った。


「騎氏だと⁉︎我が一族を候補に挙げるのか⁉︎そなた騎一族である儂を前にしてよくも…!」


激昂する嚴興を意に介さず、さらに陵州侯は続ける。


「今回このように陵州を出自とする一族を挙げましたのは、震源が陵州だからです。白太山の神のお膝元である陵州の民を捧げれば、神もご納得くださるかと。ならばそれ相応の血筋の者を選ばねば、かえって災いの元となりましょう。」


「そなた、まだ言うか!」


「おや、大右官長様ともあろうお方が、我らが碧の神に対する奉仕に異議を唱えられますか。そう言えば、騎一族から人柱を立てたという記録は少のうございますね。陛下、いかがでしょう。これを機に騎一族からお選びになられては?」


「きさまぁ!」


皇帝の前であることも忘れ、嚴興は大声を上げた。その取り乱した様子に皇帝の眉がぴくりと動く。そして、低い声で嚴興に問う。


「大右よ、そなた国の大事を蔑ろにしておるのか?碧を守る為にその身を捧げるのが、臣下の務めであろう。さればその一族も同じ。それとも、人柱を立てることに不満があるのか?」


皇帝の鋭い目が、嚴興の興奮して赤らんだ顔をみるみる青くする。慌てて嚴興は膝をつく。


「陛下、何も不満な事はございません。このような大事を、一州侯に命じられているように思いまして…。陛下の御下命とあらば喜んで我が一族から差し出しましょう。」


それを聞いて、皇帝が大きく頷く。


「うむ、良かろう。では皆に命ずる。陵州騎氏一族より白太山の神に捧げる人柱を選出せよ。此度は神の怒りを鎮めること、神殿再建の無事の祈願を目的とする。騎嚴興は10日以内に選出し、報告せよ。儀式の準備は神官と陵州侯が進めよ。」


「かしこまりました。」


臣下が一斉に膝をつき、一礼する。長い袖に隠れて大左官長と陵州侯はほくそ笑み、嚴興は怒りで顔を歪ませていた。





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