2話② 捨て子

 

 朝食の後、捨て子の一件で柊を始め貝、敏、菜菜、恵香、屋敷に仕える執事が嚴興の部屋に呼び出された。嚴興は酷く不機嫌な様子で6人は縮こまって平伏していた。


「…捨て子を拾ったというが、この世には捨て子、孤児みなしごなど珍しくない。わざわざ拾ってはキリが無い。それを何の許可もなく勝手に拾って乳まで与えるとは…。

今後屋敷の前で捨て子があれば、例え夜中でもすぐに役所に行け。柊、お前が最初に見つけたのならこれから執事とともに役所へ行って届け出をしてこい。引き取り手が無くとも、我が屋敷で育てることは許さん。」


これで話は終わりというふうに嚴興が立ち上がる。しかし部屋から出ようとする嚴興を、柊の言葉が止めた。


「恐れながらご主人様、あの赤子ただの捨て子ではないようです。…その、母親らしい女が『あの夜のことを忘れたとは言わせない。決してこの子を死なせるな』と言ったんです。このお屋敷の誰かと関わりのある赤子なのかもしれないです…。」


それを聞いて嚴興の顔はみるみる青くなる。

しばらく言葉が出ない様子に、使用人達は一層床に額をつけて小さくなる。


「それは、まことか?女がそのようなことを…?」


驚愕のあまりフラつきながら再び着席すると、肘を文机ふづくえについて手で顔を覆う。しばらく黙り込んだ後、使用人達に固く口止めして、執事だけを残して解散させる。


「あの晩渡した札は確かに門扉の内側に埋めたのか?掘り返してはいないな?」


執事を傍に寄らせ小声で問いただす。


「はい、ご主人様。地中深くに埋めております。掘り返してもおりません。」


この執事は韓相由かんしょうゆと言い、騎家に長年屋敷に住み込みで仕えている。どんな命令でも遂行する忠誠心があり、嚴興の信頼は厚かった。


「相由、これから役所に行って赤子を届け出る際、もし該当の者が無く引き取り手も無ければ、我が屋敷の使用人として引き取ってこい。」


「かしこまりました。」


先程とは真逆の命令であるにもかかわらず、執事は何も聞き返さなかった。


 嚴興が出仕した後、柊と執事は赤子を連れて役所に届けた。柊の証言から妊婦の行方不明者を見たが、この時期に出産予定の行方不明の妊婦は誰も該当しなかった。他に引き取り手も無いため、命令通り赤子は屋敷に連れ帰ることになった。

 屋敷から帰ると赤子は一旦授乳のため恵香に預けられた。その間執事は使用人全員を庭に集めるとこう告げた。


「今朝方、柊が拾った赤子だが引き取り手も無いため、ご主人様のお慈悲により屋敷の使用人にすることになった。これからは、乳は恵香に任せるとしてそれ以外の世話は使用人達の間ですること。成長に合わせて仕事をさせるように。」


これを聞いて使用人達は赤子の無事を安堵する者、仕事が増えたと愚痴をこぼす者様々ではあった。執事が去ったあと、敏や菜菜などは早速赤子のおしめを縫わなくてはと妙に張り切っていた。


「しかし、赤子赤子では可哀想じゃないか。何か名前は決まってないのか?」


厩番の袁がぽつりと言う。


「名前ったって、どうせ身分は奴婢なんだから大層なものつけなくていいよ。そういえばあの子は男か女かどっちだい?」


敏が菜菜に問うと、男だ、と答える。


「あの子をくるんでた布、元は肌着か何かだったんでしょうけど、鼠色の襤褸になってましたよ。お陰で体も汚れてましたから、洗っといたんです。」


その時に確認したのだと菜菜が言う。


「鼠色の襤褸ってことで、素鼠そそはどうかな?」


菜菜の話を聞いて貝が提案する。皆は素鼠、素鼠と呟いてみる。


「素鼠、呼びやすくていいじゃないか。どうせ人に仕える人生だ。分不相応な名前を持ったって碌なことは無いよ。これくらいが良い。」


袁の一言で皆納得したようで、素鼠に決まりだなと盛り上がる。命名の件は袁から執事へ、執事から嚴興に伝えられた。赤子の名付けなど興味が無かった嚴興は勝手にすれば良いと言っただけだった。翌日、再び執事が役所を訪れ、赤子は正式に素鼠として騎家の使用人となった。



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