第14話 襲撃
王都までの旅は雪に降られることもなく、順調に進んでいた。冬は寒さで街道が固く締まるので、走りやすいことが影響しているのだろう。
優季とララはすっかり仲良くなった。アルはまだ優季に慣れないようだが、簡単な会話はしてくれるようになった。
いくつかの町や村を中継して王都まであと間もなくとなったある日、1号車の護衛に着いていた魔術士の格好をした女性が、突然御者に向かって声を上げた。
「最後尾から魔術による合図が来た。馬に乗った何者かが追ってくる。人数は約20人! 盗賊かもしれない。速度を上げて!」
御者は顔を青くして馬の速度を上げる。優季は客車の後ろの窓からのぞいてみるが、後続の馬車が邪魔でよく見えない。でも、きっと盗賊の方が早いだろうと考えた。
客車内を見ると、魔術士の女性は杖を握って誰かと会話しているようだ。きっと魔法をつかっているのだろう。ローブを着た商人はがたがた震え、親子連れはしっかり抱き合ている。ララは顔を青ざめさせて窓から外の様子を伺っており、アルは足元から得物を取り出している。
魔法で仲間と連絡を取っていた魔術士の女性が全員に聞こえるように言った。
「2号車まで盗賊に取りつかれた。ここまできたら迎え撃つしかない。戦える者は武器をとって協力して頂戴! このままでは殺されるわ。いや、女は殺されないか…」
その意味を悟って、優季とララは背筋が寒くなる。きっと、凌辱された上で、奴隷にでもされるに違いない。
優季も覚悟を決めた。鞘に納めているミスリルダガーをスカートのベルトに差し、足元に隠していた魔法剣を持つ。これがこの世界の現実なのか。日本とは違うんだと改めて認識した。
「ねえ、ユウキも戦うの?」
「うん。一応戦いの訓練はしてきたから。ララは馬車の中のみんなをよろしくね」
「俺も戦う! 女の子ばかりにいいかっこさせられるか!」
アルが気合を入れた顔で吠える。
「うん。連携が取れるように、なるべく近くで戦おう。相手の方が多いからばらばらに戦うと各個撃破されてしまうよ」
「ああ、そうしよう」
アルは冷静に対応を考えている優季に驚くとともに感心した。
「準備はいい! 行くわよ! 御者さん馬車を止めて!」
止めた馬車から3人が飛び出した。それを見て盗賊5人が向かってくる。1台につき5人ずつ組になって襲撃しているようだ。それを護衛の冒険者が中心となって迎え撃っているのが見える。
アルは長さ2mほどのハルバードを構えた。それを見て、優季は鞘からスモールソードを抜いた。魔力が付与された刀身が白銀に輝く。
「な、なにその剣、魔力が付与されているの…。そんなものがこの世にあるなんて…」
「魔術士さん! 盗賊が来る。魔法で先制して!」
魔法剣を見て驚いた魔術師が優季に注意されて我に返る。
「私は、Dクラス冒険者エミリーよ。風の魔法が使えるわ!」
エミリーが持っていた杖を盗賊に向かって振ると、強い風が巻き起こって先頭を走ってきた2人の盗賊を馬もろとも転倒させた。それを見た優季とアルは、武器を構えて走り出し、ユウキが起き上がろうとした1人の胸に剣を突き立て、アルは、ハルバードを横薙ぎに払って盗賊の胴体を切り裂く。
訓練とは違う。人を突き刺した感触が手に残っている。魔物ではない、無我夢中とはいえ、人間を傷付けたんだという感情に優季が動揺する。
「おい! しっかりしろ!」
一瞬、放心状態になった優季をアルが叱咤した。
(はっ! 望お姉ちゃんは、ボクを守るため、ゴブリンの群れに1人で立ち向かった。せっかく友達になったララやアルを守らなくちゃ!)
「ゴメン。もう大丈夫だから」
何とか気を持ち直した優季は改めて気持ちを奮い立たせるのだった。
「ひゃっはー!」とか「俺の名をいってみろぉおお!」などと意味不明な叫びを上げながら向かってきた盗賊をエミリーの魔法の援護で仕留めた2人だが、戦っているうちに馬車から離れてしまっている。慌てて馬車の方を見ると、エミリーが盗賊に襲われそうになっていた。
「きゃあっ!」
盗賊の振り下ろした剣を何とか杖で防いでいるが、盗賊の攻撃で魔法を放つのもままならないようだ。このままでは危ない!
「エミリーさん!」
エミリーを助けようとして馬車の方に向かおうとしたが、別の馬車を襲っていた盗賊がこちらに向かってきた。「ユウキはエミリーを!こいつは俺が抑える!」優季はアルの言葉に一瞬どうするか考えたが、ここはエミリーを助ける方を優先させなければと思い、向かってきた盗賊はアルに任せてエミリーに向かって走り出した。
アルと別れてしまったため、連携が取れなくなってしまった。優季1人でエミリーを助けなければならない。そのエミリーは何とか杖で盗賊の攻撃を防いでいるが、力負けし始めていてケガも負っているようだ。
(まずい!)
このままではエミリーが押し切られてしまう。そう思った優季は盗賊の注意を引くため、ミスリルダガーを抜くと盗賊に向けて力いっぱい放った!
「ぐあっ!」
エミリーに覆いかぶさっていた盗賊の腰付近をミスリルダガーが切り裂き、エミリーを圧迫していた盗賊から力が抜けた。傷を負った盗賊が憎々しげに優季に振り向き、大きな剣を振りかざして向かってきた。
盗賊の攻撃を剣で防ぐ。キィンと音がしてお互いの剣がはじかれる。
「へえ、やるじゃない!」
盗賊がにやりと笑うと、剣を振り回してきた。優季は自分に当たりそうな斬撃を躱しながら隙を見つけては袈裟懸けから横薙ぎ、下から上への切り上げと剣を振り、ダメージを与えていく。そして、盗賊が蓄積したダメージにひるんだところで思いっきり相手に向かって突っこみ、胸にスモールソードを突き立てた。魔法剣が鉄の胸当てをやすやすと切り裂き、背中まで突き抜けた瞬間「うわらば!」と盗賊は謎の叫び声をあげ、前のめりに倒れた。
盗賊を倒した優季が(そうだ、アルは…)と思い出し、アルと盗賊が戦っている方を見ると、丁度アルが盗賊を袈裟懸けに切り裂いたところだった。
「よかった。アルに何かあったらララに泣かれちゃう」
周りを見ると、護衛の冒険者と戦える客が盗賊を排除したようで、どの馬車も無事のようであった。
「大丈夫?」と優季がエミリーに声をかけると、服をぱんぱんと払ってエミリーが近づいてきた。
「助かったわ。ありがとう」
「ううん、こちらも魔法の援護があったから戦えた。お互い様です」
「おう、大丈夫か」
「うん、アルもご苦労様。ほら、ララが飛び出て来たよ。無事な顔を見せてあげて」
「うわ~ん。アル~、ユウキ~」
ララが泣きながらアルに抱き着いた。アルとララを見ていた優季だったが、エミリーが近付いてきて、ミスリルダガーを渡してきた。
「これ、あなたのでしょ。お返しするわ。でも、こんな純粋なミスリルの剣を見たことない。そして、あなたの持つ魔法剣。どうやって手に入れたの?」
厳しい目で問いかけてくるエミリーに優季が答えられずにまごまごしていると、連絡馬車のみんなが集まってきた。
「後で、話を聞かせてね」
エミリーはそう言うと、仲間の元に向かった。
結局、襲ってきた盗賊は22人だった。そのうち、17人を倒し、5人を生きたまま捕らえた。連絡馬車の方は護衛と一緒に7人の乗客が盗賊を迎え撃った。ラインハルトは1人で5人倒したそうだ。わざわざ優季に自慢しに来た。
護衛の2人、乗客の5人がケガをしたが死者はいなかった。今は、ケガをした人たちの治療を皆で行っている。
「動けるようになるのは、明日になる。申し訳ないが、今晩はここで野宿してもらいたい。食事はこちらで出す。むろん、この食事代と遅れた分の追加料金はいただかない」と連絡馬車の管理人が話すと、皆めいめいに火を起こし、その周囲に車座になった。女たちや子供連れは客車に入って、暖房の魔具を使うことが許されたので、優季とララは1号車に戻って休むことにした。
「でもユウキは凄いね。アルも強いけど、ユウキも相当強いね。びっくりした」
ララがまだ興奮冷めやらぬように話しかけてくる。
「うん、近くに剣を教えてくれる人がいて、その人に習ってたんだ。んと、5年くらいかな。でも、その人にはほとんど勝てなかったよ」
「そうなの? でもあなたの持っている剣は普通じゃないわ。聞かせてもらうわよ」
突然、馬車の中にエミリーが入ってきた。
「エミリーさん…」
優季はぎくりとして思わず声を出してしまった。
(どうしよう。どう誤魔化そう…)
優季が悩んでいるとララが、助け舟を出してくれた。
「人には言えない秘密ってものがあるんじゃないの。いいじゃない、こうやって皆助かったんだから。ユウキは頑張った。ユウキのおかげであなたも命拾いしたんだよ。あまりユウキを困らせないであげてよ」
「いただいた方から秘密にするように言われているんだ。だから言えない。ごめんね」
「わかったわ。しつこくしてごめんなさい。もう聞かないわ。助けてくれてありがとう、疲れたでしょ。もう休みましょう」
エミリーはそう言うとゴロンと、床に転がった。しばらく2人はエミリーを見つめていたが、そのうちに眠くなってきたので、暖房魔具の前に並んで横になり、眠る事にした。
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