第5話 優季の決意

 優季は夢を見ていた。夢の中では姉の望と自分が楽しく、笑いながら買い物をしていた。姉は自分をとても大切にしてくれた。優季も姉が大好きだった。もしかしたら両親より好きだったかもしれない。姉といるととても幸せな気持ちになった。

 姉に抱き着こうとしたとき、ふっと姉が消えた。慌てて周りを見回すと、今まで見ていた景色はなくなり、真っ暗な世界になった。優季は急に不安になり、姉の名前を呼び続ける。そして目が覚めた。


 目が覚めると、ベットの上に寝かされているのがわかった。ぼんやりした頭と目で周りを見ると、6畳ほどの広さで、石の壁に明かり代わりのロウソクが1本灯っている。


「ここはどこ…」

「お姉ちゃんはどこ…」


 起き上がろうとしたが、体が動かない。優季は思い出す。姉と買い物に出かけたこと。そして地震と津波に遭ったこと。日本じゃない世界に来たこと。怪物に襲われたこと…。

 姉の望は自分を守るために怪物と戦った。そしてどうなった? 自分も怪物に傷つけられたはずなのに生きている…。わからない。

 傷ついた体を確かめていると何か違和感を感じる。なんだろうと掛毛布をずらして体を見る。お腹の傷はきれいになくなっていた。そして、有るべきモノがない。


 優季が混乱していると、部屋の扉がギギ~と嫌な音を上げて開いた。扉の方を見ると薄汚れたフードを被った人物が入ってきた。この人がボクを助けてくれたの…。


「あ、あの、あなたがボクを助けてくれたんですか」

「お、おねえちゃ…、あ、姉もいたはずなんですが、姉はどこですか」


 入ってきた人がフードを上げた。その瞬間、優季は大きな悲鳴を上げた。頭部には髪の毛がなく、顔の目の部分は黒く落ち窪み、怪しげな光が見えている。鼻はなく骸骨のような鼻腔となっていて、口も骸骨のよう。皮膚があるが茶色く、光沢を放っている。そうだ、以前、図鑑で見た「即身仏」にそっくりだ…。

 優季が入ってきた「即身仏」は危害を加える様子はないようだ。優季が観察していると、「即身仏」が口を開いた。


『我が名はバルコム』

『見ての通り不死者(アンデッド)だ』


 アンデッド?を見つめる優季にバルコムは話しかけてきた。


『おぬしの言葉はこの国のものではないな。何を言っているのかわからん』

『だから、今、思念により会話している。言葉に出さずともよい』


 優季はここで初めて、声が直接頭の中から聞こえてくることに気づいた。


 バルコムが言うには、黒の大森林(どうやら、望と優季が転移した場所らしい)で魔具の素材を探していた時に。森の中から時空の歪みを感じ、その場所を探しているうちに、女の子の激しく強い思念を感じた。その場所に転移したところ、ゴブリンに襲われて瀕死の少女が大けがを負った少年を守っているところに出会った。


 バルコムはもともと教会の大司教であったが、究極の魔法を追い求めるに当たり、自らアンデッド化して永遠の生命を得たとのことであった。世俗との関りを断ち切ったバルコムは、面倒ごとに巻き込まれることを嫌い、そのまま放っておこうかと思ったが、女の子の男の子に対する強い想いと、自分の命を投げ出してまで男の子を助けたいと願う尊い行い、両者の庇いあう姿を見て考えを変え、助けることにしたのだと。


『お前の姉はもういない』


「え?」


『儂がゴブリンどもを追い払った時、少女は頭に致命傷を負っていて、とても助かりそうな状態ではなかった。また、おぬしも腹が切り裂かれ、内臓のいくつかが喰われていて、危ない状態であった』


 バルコムが言うには、バルコムが住む洞窟に二人を連れ帰り、治癒魔法をかけたものの、望の受けた体の傷は深く命の灯が消える寸前。優季もまた、傷はふさいだが、この世界の治癒魔法では欠損した部位は復元できないということで、いずれ死ぬ運命であったとのことであった。

 バルコムがどうしようかと思案していると、一瞬、望が意識を取り戻し、優季を助けてくれるよう懇願した。私はどうなってもよいからと…。


『儂は少女の願いを叶えることにした』

『欠損した部位は復元できない。幸いにも少女の胴体のダメージは治癒魔法で改善できたのでな。だから、魔法を使い、少女の体をおぬしに移したのだ』


「……え?」


『生物の体の入れ替えはアンデッド化同様、許されざる禁呪法であるが、おぬしの姉の最後の願いはおぬしに生きてもらいたいこと。死に際に必死に願うその想いを叶えることにしたのだ。一か八かの賭けであったが』


『おぬしは、生きることができる。姉がおぬしを助けたのだ』

「お、お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどうなったのですか!」


『おまえの姉は死んだ。わしに願いを伝えた後にな。何もしなくても死は免れない状態であった。しかし、おぬしの姉は、おぬしの命を救った。満足であったろう』

『魂もわしが天に送った。安らかな顔であった』


「う、うわあああああ!」


 優季は大声を上げて泣いた。両目からとめどなく涙があふれてくる。バルコムはその姿を見てそっと部屋を後にするのであった。


 優季は泣き疲れて眠ってしまったらしい。目を覚ますと改めてバルコムの話を思い出してみた。


「死にかかったボクをお姉ちゃんが自分の体を使って助けてくれた」

「ボクの体はお姉ちゃんの体でもあるのか…」


 しげしげと自分の体を見てみる。意識は男だが体は女の子になっている。不安ばかりが募る。


「でも」

「お姉ちゃんの魂は天に召されたと言っていたけど、ボクが生きることで、お姉ちゃんも生きることになるんだ」

「お姉ちゃんは、最後にボクに「生きて幸せになって」と言った」

「この世界がどこなのかわからないけど、ボクは生きる! お姉ちゃんの願いを叶えるんだ」


「バルコムさんにいろいろと教えてもらおう」

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