第4話 望の戦い
背後から現れた緑色の肌をした生き物。この世界では「ゴブリン」と呼ばれる魔物だが、望たち姉弟には解るわけがない。地球には存在しない生き物だからだ。だが、それがここは地球ではないことを改めて理解させた。
望は本能で危険を察知し、優季を背中にかばって手に入れた小剣を構える。
現れたゴブリンは5体で、身長は130~140㎝位。145㎝の望よりやや小さい。足は短く、腰布を巻いている腹は出っ張り、手が長い。顔は醜悪でにやにやとした表情から友好的ではないことがわかる。また、めいめいにこん棒や錆びた小剣を持ち、望たち姉弟を襲おうとしている。
望は怖かった。こんな怪物に捕まったらきっと食べられてしまうんだと思ったら、なおさら怖くなった。でも優季は私以上に怖いに違いない。私が守らなければ…。勇気を奮い立たせる。
「優季、逃げるよ!」
「…………」
「優季!」
「わっ! な、なにお姉ちゃん」
「戦っても勝ち目がない、だから逃げるの! 手を繋いで!」
「わ、わかった」
怯える優季を励まし、目の前の怪物に背を向けて走り出す。幸いにして弓を持った怪物はいない。何とか逃げ切れば…。
しかし、ここは河原で小石が広がっているため走りにくい。何度も転びそうになる優季を支えて走る。怪物の足は速くない。何とか逃げ切れそうだと思ったとき、優季の足が石と石の間に挟まり盛大に転倒した。
「うわあ!」
「優季! 大丈夫っ!」
転倒した優季は河原の石に体を打ち付けたため、思ったよりケガがひどい。足は折れてはいないようだがひどく捻ったようで動かすことができない。
「お、お姉ちゃん。あ、足が痛くて動かないよう…」
背後から怪物が迫ってくる。望は優季を守るため覚悟を決めた。
「優季、津波の時は守るという約束を果たせなかったけど、今度こそ私は優季を守るからね!絶対に守るからね!」
望は小剣を構えて、深呼吸をし、心を落ち着かせると怪物に向かっていった。
「お、お姉ちゃん!」望の耳に優季の声が聞こえた。
ゴブリンは望の姿を見るとバカにしたように薄ら笑いを浮かべると、こん棒と錆びた剣を持った2体が望にかかってきた。
望は、今までケンカしたことはないし武道を習ったこともない。しかし、大好きな弟を守るという覚悟はそれらに勝った。ゴブリンがこん棒を振り上げた瞬間、体全体をたたきつけ、ひるんだ隙に小剣をゴブリンの胸に突き立てた。こん棒ゴブリンは「ギョワワワ~」といった叫び声をあげると、口から血を吐き出しながら絶命した。
「1体倒した…」
血だらけになった手を見ながら呟いた。恐怖と気持ち悪さで涙が出てくる。小剣を突き刺したときの感触は忘れられない。望は14歳の普通の女の子なのだ。でも今は優季を守るために戦わなければならない。
今度は錆びた剣を持ったゴブリンが接近してくる。望が近づくとやみくもに剣を振りまわりてきた。何とか小剣を合わせて凌ぐが、それでも腕や体に当たることがあり、血がにじんでくる。しかし、望は痛みに耐え、隙を見つけようとする。
錆び剣ゴブリンは、意外と体力があるようで、なかなか疲れを見せない。むしろ望の体力が限界に近付いてきた。
(このままではダメ…。何とかしないと)
望は焦るが、なかなか突破口が見いだせない。錆び剣ゴブリンは望の焦りを見て剣を振り回しながら突っ込んできた。
「こんのぉおお、やられるもんか!」
足元の小石を蹴り上げ、突っ込んでくるゴブリンにぶつけた。奇跡的に小石がゴブリンの目に当たりゴブリンが一瞬ひるむ。その隙を見逃さず望は小剣を胸に突き立てた。
何とか2体のゴブリンを倒した望だが、体中にけがを負い、体力も少ない。しかし、ゴブリンは5体いたはずだ。残り3体は…。
周りを見回した望は、優季に向かっている3体のゴブリンを見て青ざめた。優季が危ない!優季を守らなくちゃ! 残りの体力を振り絞って優季のもとに走り出した。
優季に襲い掛かっている錆び剣を持ったゴブリン1体の背中に体当たりしながら小剣を突き立てる。勢いあまってゴブリンと一緒に転がった。額を切ったようで血が目に入って痛むがかまっていられない。さらに、優季にこん棒を向けたゴブリン2体が目に入った。望は咄嗟に走り出し優季に覆いかぶさる。
優季を庇った望にこん棒が振り下ろされる。背中に、頭に何度も…。
「お姉ちゃん…」
「おなかが痛いよ…。怪物に食べられたんだ。ボク、もうだめだ。ボクはいいから早く逃げて…」
望はの優季の体を見てハッとする。ゴブリンに食い破られて血だらけになって内臓の一部が傷ついている。どうしてこうなったの…。望は涙を流すが勇気を振り絞る。
「また守れないの…。でも優季の命の火はまだ消えていない!」
「私は逃げない!今度こそ優季を守るって決めたんだ。だから逃げない!」
「お姉ちゃん、このままではお姉ちゃんが死んじゃうよ。ダメだよ、お姉ちゃんは死んじゃだめだよ!ボクそんなの耐えられないよ!だから逃げて。ボクが食べられているうちに逃げて!」
優季は弱弱しいが、しっかりと言葉を紡ぎ、姉に生きてほしいと願う。望は弟の優しさがうれしかった。
「…私は優季が大好き。弟が生まれたとお父さんから聞いたとき、とてもうれしかった。病院で初めて優季を見たとき、なんてかわいいんだと思った。その時、私が大切に守るんだと心に決めたの」
「だから、絶対に私は優季を守る! 優季には生きて幸せになってほしいの!」
ゴブリンが振り下ろすこん棒は、容赦なく望を傷つける。骨は何か所も折れ、先の戦いで傷を負った箇所は、さらに深く傷つき、体全体が大きなダメージを負っている。それでも望は優季を守る。怪物が早くあきらめて立ち去って行くのを期待しながら…。
「お、おねえちゃん…」
優季の両目から大粒の涙が流れる。望は最後の力を振り絞って手を動かし、涙をぬぐって言った。
「…優季、この世界はどこかわからない。でも、あの津波から生き延びたことは何か意味があると思う。私はここで終わりだけれど、優季は生き延びてこの世界に何があるのか、私たちがなぜここに来たのか、確かめて…。そして幸せになって。おねがいよ……」
「おね、おねえちゃん…。」
(神様、この世界の神様…。もしいるのなら優季を助けてください。優季はとってもいい子なんです、私の大切な、そして大好きな弟なんです。お願いします…。お願い…、おね…)
望の意識が途切れた時、黒い突風が巻き起こり、ゴブリンを切り裂いたが、望も優季も気づくことはなかった。
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