第3話 異世界転移

 どの位たったろうか。何故か鳥の声がする。望がゆっくり目を覚ますと周囲は鬱蒼とした森で、大木の周りに背の高い草が生い茂っている。


「ここは…。私たち確か津波に飲まれたはず。私死んだの?」

「そうだ、優季!」


望は慌てて周囲を見回すと、すぐ側で優季が倒れているのが目に入る。


「優季!優季!」


 声をかけるが反応はない。しかし、死んでいるわけではなさそうだ。呼吸をしていることに気づいた望はホッとする。


「ここはどこなの?」


 立ち上がって周りを見るが、森が広がっているだけ。〇〇市にこのような場所はない。

 望たち姉弟は津波に飲み込まれたはずだが、ここは死後の世界ではなさそうだ。津波に押し流された訳でもない。


「防災学習の時、津波に巻き込まれれば、強烈な波の力で体がバラバラになるという話を聞いたことがあったわ。じゃ私たちは何故無事なの?」

「ここは地震の被害もないようだし……」


 その時、うう~んと小さな唸り声を上げて優季が目覚めた。


「優季大丈夫! 体は何ともない?」


 望は慌てて優季に駆け寄り、体をぺたぺた触りまくる。


「お、お姉ちゃん、恥ずかしいよ。体は何ともないよ」

「よ、よかった…」


 ホッとした望の目から涙があふれる。


「ここはどこなの?」

「わからない。〇〇市ではなさそう。そもそも津波に飲まれたと思ったのに、気が付いたらここにいたの。しかも、私たち生きているし。何故生きているかもわからない…」


「2人で悩んでもしょうがないわ。どこか、人のいるところに行きましょう。そうすればここがどこかわかるかもしれないし。私たちに水も食べ物もないから助けが必要だもの」

「うん。お姉ちゃんの言うとおりにする」


(か、かわいい)


 望は思わず優季を抱きしめたくなったが、最大限の忍耐力を発揮して我慢した。

 

「で、どこに向かうの?」

 早速、途方に暮れてしまった。


 サバイバルの知識がない2人は、当てずっぽうに方角を決め、生い茂る草を踏みしめながら進んでいる。時折見かける鳥や小動物は、見かけたことがない珍しいものだ。


(ここは日本じゃないの? 外国なの?)


 望は自然系の番組が大好きで、よく見るため小動物は比較的詳しい。それでも、見たことのない生き物を見て不安が募る。


「うう、このままでは遭難しそう」

「そうなんだ」


 優季の意識しない親父ギャグに体力を奪われながらも進むと、大きな木の根元にキラリと光るものを見つけた。

 急いで駆け寄ってみると、銀色の鎧を着て朽ち果てている骸骨であった。


「ひっ、何これ…」

「お姉ちゃん、これ骸骨だよ。本物かな、怖いよ…」


 望も優季も顔を真っ青にして骸骨を見つめる。

 大木の根元に横たわっている銀色の鎧を着た骸骨。それほど時間がたっていないのかそれほど古びた感じはしない。ただ、鎧の下に肉が残っているのか、腐敗臭が漂い、2人は顔を顰める。


 望が勇気を出して調べると、鎧の胴回りには大きな亀裂があり、血の流れた跡がある。何者かと戦ったが、胴に致命傷を受け倒れたのではないかと思われた。


「…………」

「お姉ちゃん。どうしたの?」


 考え込んだ望を見て優季が不安そうに尋ねる。


「優季、もしかしたらここは日本ではないかもしれない。いや、地球ですらないかも…」

「どういうこと?」

「私たちのいた時代にはこんな鎧を着て戦う人はいない。あるとすれば映画の中だけ。でも、この死体は本物だわ」

「しかも、鉄砲で撃たれた跡はないし、この胴の傷は鋭い何かで切り裂かれたように見える」


「どういうこと?」


「ここは、私たちが住んでいた世界ではないかもしれないということよ」


「ええ。何で?」


「わからないよ! 私が教えてもらいたいよ!」

「でも、今思い出すと、津波に飲まれる瞬間、私たちの周りが光ったような気がした。もしかしたら、その瞬間、ここに来たのかも」


「もう、戻れないの? お父さん、お母さんに会えないの?」


 優季が大粒の涙を流して泣き出した。望も泣き出したかったがグッとこらえて優季に話しかけた。


「優季、私たちはあの津波で死ぬところだった。でも、どういう理由かわからないけど、今生きている。日本に戻れるかどうかはわからないけど、ここで生きていかなければならないなら、頑張るしかない。私が優季を守る。絶対守る。だから泣かないで」


 優季はしばらくグズグズしていたが、顔を上げて「お姉ちゃん、ボク泣かないよ。ボクもお姉ちゃんを助ける」と言い、望にしっかりと抱きつくのであった。


「さて、そうとなれば…」

「どうするの?」

「この騎士さんから、使えるものをいただきましょう」


 望は、鎧の周囲を見回すと、刃渡り80㎝ほどの両刃の大剣と、鞘に入った30㎝ほどの小剣を見つけた。大剣の方は血が付いたと思われるところは錆びていたが、小剣の方は鞘に納められていたこともあり、きれいなままで刃こぼれもなかった。


「大剣はダメね。錆びているし、何より重くて私には持てないわ。小剣だけいただきましょう。私が持つね」

「お姉ちゃん、こんなの見つけたよ」


 優季が見つけたのは皮でできた小袋に入った硬貨だった。


「銀貨と金貨ね」

 入っていたのは銀貨が数十枚と金貨が数枚。


「金貨とか銀貨とか初めて見た。ありがたくいただきましょう。人のいるところに行ったらお金は必要だわ」


「さあ、ここから離れましょう」

「でも、どっちに行くの?」


 その場でよく耳を凝らしていると、かすかに水の流れる音がすることに望が気付いた。


「優季、水の流れる音がする。川があるかもしれない、音のする方向に行ってみましょう」

「わかった」


 2人は、手を繋いで歩き出す。音のする方向に向かってしばらく行くと、あまり大きくないが川が流れていた。


「やった! 川よ、川の流れる方向に行けば人が住んでいる場所に行けるかも知れない。優季、もう少し頑張って」


「うん、でもお姉ちゃん、ボクお腹すいた…」


 そういえば、目覚めてから大分たつが何も食べていないことに気づいた。服のポケットをまさぐるが、ポケットティッシュとハンカチ以外何もない。周りを見回しても低木に実る変な色の実や怪しげな色のキノコが生えてはいるが、毒があったら困るので、手を出せない。


「ごめん、何とか人のいるところまで行こう。それまでは我慢して」

「うう…」


(ごめんね優季)


 望は心の中で優季に謝る。早く人里に行って食べ物を分けてもらおう。望はかわいい弟のため、萎えかける心を奮い立たせて進むのであった。


 さらに進むと、比較的河原の広い場所に出た。

 日も傾いてきた。これ以上進むのは危険かもしれない。食べ物はなく、火を起こすこともできない。夜は何が起こるかわからない。でも、危険を冒して進むのはどうかと考えた結果、望はここで休むことにした。


 空を見上げると日が大分傾いてきいる。茜空にはまだ早いが、間もなく日が暮れるだろう。気温も少し下がってきた。その時、望たちが休んでいる場所の背後がガサガサと音を立てた。

 2人がびっくりして立ち上がると、草むらから現れたのは、緑色の肌をして腰布だけを付けた醜悪な生き物だった。

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