第6話 異世界イシュトアール
『目覚めたか』
「バルコムさん…」
バルコムがゆっくりと部屋の中に入ってきた。優季は寝台から起き上がろうとしたが、体が自由に動かない。
『無理をするな。移した体がなじんで動けるようになるまでしばらくかかる。寝ているがよい』
『おぬしも色々と聞きたいことがあると思うが、まず、儂から質問させてもらおう』
『おぬしの名前は? どこから来た?』
「はい、ボクの名前は高階優季(タカシナユウキ)です」
優季は名乗った後、自分の住んでいたところは日本の〇〇市の小学校4年生で、姉と買い物に出かけた後からゴブリンという怪物に襲われたことまでを話し始めた。途中、何度も姉を思い出し、泣きそうになったが…。
『ふうむ。この国、いや、この世界とは異なる言葉を話していることから、不思議に思っていたのだが、異界から転移してきたとは…』
『それで納得いった。なぜ、人が近づくことのない、魔物の巣窟である未開の大森林にいたのかがな』
「でも、森の中には銀色の鎧を着た騎士みたいな死体がありましたよ」
『たまにいるのだ。自分の力を過信し、名声を求めるため森に入る輩が。その様な者はたいてい命を落とす』
「今度はボクから聞いてもいいですか」
『よかろう』
「ここはどこですか。何故ボクとお姉ちゃんはここに来たのでしょうか」
バルコムが話してくれたことによると、ここは「イシュトアール」と呼ばれる世界で、海を挟んで2つの大きな大陸と大小さまざまな島があるという。優季達が転移したのは、2つの大陸のうち、北側に位置する「ジーランディア大陸」といい、黒の大森林は大陸の北に位置する未開の地とのことであった。また、大森林の南には大陸最大の規模を誇る「ロディニア王国」があり、ロディニア王国の東西にはいくつかの小国が国境を接しているという。また、ロディニア大陸の南には海峡を挟んで「ラミディア大陸」が存在しているという。
話を聞くと、この世界の文明は地球の中世に近いようだということもわかった。さらに、イシュトアールには「魔法」と呼ばれるものがあるという。
「魔法…って何ですか?」
『魔法とは自然魔術とも言う。その名のとおり自然の力を世界に埋め込まれた隠された結びつきとして認識し、理を知り、制御し、魔力を持って操作することで発現する。お主、いや、これからは名前で呼ぼう』
「優季でいいです」
『うむ、ユウキよ。お主の体にも魔力の流れを感じる。学べば使えることができるであろう』
優季はまだ9歳の少年。バルコムが言っていることの半分も理解できなかったが、この世界は2つの大陸があること。人の治める国がいくつかあること。魔法は勉強次第で使えるだろうことは何となくわかった。
『なぜ、ユウキ達がここに来たのかということだが…』
「はい」
『正直、わからん』
「そんな…」
『ただ、儂が思うに、津波というのはわからんが、自然の大きな変動があったとき、極まれに時空に亀裂が入り、次元の異なる世界が繋がることがあるということを大昔に書かれた書物で読んだことがある。ユウキ達はこれに巻き込まれたのではないか』
「偶然ということですか」
『そうだ』
「じゃ、もう日本に帰ることはできないということですか?」
『難しいな。いや、できないであろう』
やはり、ここで生きるしかないのだ。両親も津波で2人が死んだと思っているだろう。あの地震で両親が生きていればの話だが…。姉の望ももういない。優季は改めて覚悟を決めたのだった。
バルコムは自分自身の話もしてくれた。
『儂はもともと、ロディニア大陸にあった街の教会に所属する大司教であった』
『しかし、儂は教会の仕事より魔法の研究に興味があっての。研究をしているうちに、大昔の魔術師が操る魔法は自然の理さえ大きく変え、気候や大地を自在に操り、物に命を与え、生きとし生けるもの全ての畏怖を集めるものであったという』
『儂はどうしても、自然の理を自在に操ったのか知りたかった。儂が現世にいた時代にはもう、過去の知識は失われ、魔法は生活に利用できるだけの小さな現象を発現させるだけのものになっていた。儂は魔法の研究に没頭したが、いかんせん人の体では寿命という限界が訪れる』
『ある時、儂は教会の奥深くに封印された部屋を見つけた。封印を解除しその中に踏み込むと一冊の本を見つけた。それは様々な禁忌が記された、決して人の目に触れさせてはいけないものであった。しかし、儂は本を開いた。様々な恐ろしい秘術が記されていたが、その中に自らを不死化するものもあったのだ。儂は歓喜し、不死化の魔法を使い、アンデッド「リッチー」となったのだ』
『ユウキに姉の体を移した魔法も、「生物融合」というこの本に記された禁呪法によるものだ』
『この体になって、既に1000年以上経つ。不死の体となったわしはに無限の時間がある。そして人里離れたこの場所に迷宮を作った。誰にも邪魔されず研究に没頭するためにな』
優季は言葉を失った。今の顔を鏡で見たら真っ青を通り越して真っ白に見えるだろう。バルコムの話は優季の理解を超えている。
しかし、バルコムが優季を助けてくれたのは間違いない事実である。だから優季は勇気を出してバルコムにお願いした。
「バルコムさん、ボクに色々教えてくれませんか。えと、この世界の言葉や魔法」
「お姉ちゃんと約束したんです。この世界で生きると。だから…」
「生きるための力を教えて下さい。お願いします!」
優季は必死にお願いした。この世界で生きる。日本人の優季にはつらい選択だがそれしか道はない。しかも、女の子の体になったので、なおさらである。バルコムは感情の見えない目で優季を見つめる。
『よかろう』
『だが、まずは体を癒すことだ。しばらくはまともに動けまい』
『この者どもにユウキの世話をさせる。何でも申し付けるがよい』
そう言ってバルコムは、どこから出したのか杖を一振りすると、床が光ってその中から骸骨が2体と顔色の青白い女の人が出てきた。
優季が驚いて骸骨達を見ていると、バルコムが部屋から静かに出て行った。
「どうしたらいいの…」
優季は茫然と、寝床の脇に佇む骸骨達を見続けるのであった。
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