ドラゴンの女王編

第四十二話 ゴブリン戦が終わり、俺が地獄から生還した後の話


 ハデス教官によって1000万のゴブリン軍団は呆気なく全滅し、何故か俺が地獄に落とされてから一週間と数日が経過した。


「ジン。ほら、あーーん」


「ジンくん。あーーん❤️」


「ぱく。もきゅもきゅ」


 ベッドに座りながら、俺はミイナと天使の二人が出した人参とピーマンをそれぞれ食べていた。

 なんで二人に食べさせてもらっているのか。

 それは地獄から生還した俺が。


「かゆ……うま……」


 と生気を失った顔でぶつぶつとこの言葉しか喋らなかったかららしい。

 らしい。というのは地獄に落ちてからここ一週間の記憶が俺に無いからだ。地獄で何を体験してこうなったのかさえ記憶には無かったが、思い出そうとさえ思わない恐怖がDNAレベルで刻まれているようで、思い出そうと思うだけで無意識にガタガタと体が勝手に震えていた。

 

 俺がこんな状態だから、看病という名目で意識がはっきりして数日経過してもこうして二人に食べされられていた。


「私の人参を先に食べたわよ」


「私のピーマンが先でした」


「「むむむむむ」」

 

 左手に野菜の乗った皿、右手にフォークを持ったミイナと天使がおでこを突き合わせて張り合っている。

 どうして天使がミイナと一緒にいるのか。

 それはあのエンペラーゴブリン戦の後、不本意にも俺と合体した天使が、『現世から天界に帰るのは簡単だけど、天界から現世に下りるのは不可能に近いの。だから私はこの現世に残ることに決めました』とのことで、エンペラーゴブリンによって体中がボロボロになったミイナ達をあの場から助けて治療もする代わりに、この屋敷に住まわせてもらって地獄から生還した俺の世話をしていたらしい。

 らしい。というのはやはりその辺の記憶が無く、じゃあなんでミイナも一緒に世話をしているかというと、『目を離せば天使がジンの服を脱いでアレコレしようとしてたからよ』とのことだ。ほぼ廃人同然の俺に天使は一体何をしようとしてたのだろう。その辺の記憶が無いだけに、考えるだけで体がブルっと震える。

 

 と、ここ一週間と数日の出来事を振り返りつつ、ゴクンと野菜を飲み込みながら、天使と絶賛張り合い中のミイナに対し、改めてお礼を伝えよう。

 ありがとうミイナ。俺の世話をしてくれただけじゃなく、天使のアレコレからも救ってくれて。やはり君が俺にとって真の天使だ。


「ジンくん。こんな女が天使なわけないじゃない!」


「むぐっ!」


 ピーマンの塊を無理矢理俺の口に入れながら怒る天使。


「またジンの心を読んだのね天使」


「あ、そういえばミイナさんはジンくんの心読めないんでしたね。ぷぷぷ」


「ぐっ、その通りよ。でもそれが当たり前じゃない」


「『当たり前』ですか。それが人間であるミイナさんと天使である私の違いなんですよ。悔しかったらミイナさんもジンくんの心を読んでくださいほら早く。ほら!」


「ぐぬぬぬぬぬ」


 俺の心を読めなくて悔しがるミイナに、マウントを取った天使がニンマリと笑い。


「本当は教えたくないけど特別にジンくんが今思っていた事を伝えるけど、ジンくんは『ありがとう天使。やっぱり君は俺にとって最高の嫁だ』だって。きゃ〜〜! 嬉しいよジンくーーーん!」


「むぐぐぐっ!」


 頬を染めながら、勝手に記憶を改ざんした天使がハイテンションでピーマンだけを口の中に入れてきた。

 食べさせるのはいいが、いい加減ピーマンだけはやめろ! 口の中が苦いんだよ!

 キャーキャー騒ぐ天使に対し、ミイナは悔しがりながらも冷静に。


「それは嘘ね。だって天使、あなたジンの心読んで最初怒ってたじゃない」


 その一言で天使の動きはピタリと止まり。


「あ、あれは照れ隠しのつもりよ」


「『こんな女が天使』とか言ってたじゃない」


「そ、それは……」


 天使の動揺した様子に、今度はミイナがニンマリと笑い。


「もしかしてジン。私の事を天使だと思ったのかしら。それならとても嬉しいわ」


「むごむごっ!」


 本気で嬉しそうな顔をしながら、行き場のない照れを隠すように人参だけを俺の口に入れるミイナ。

 ミイナが嬉しそうなのは俺も嬉しい。嬉しいけど。

 

「シクシク」


 ハムスターのように膨れる頬。俺の口の中は今、大量のピーマンと人参でいっぱいだった。

 そろそろ人参やピーマンだけじゃなくて、別のものも食べたいなミイナ……………………あと天使。

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