第十二話 この気持ちを例えるなら、ヤンデレヒロインが刃物で俺を刺しながら結婚の報告をしてきたようなそんな気持ち。


「なんだここ。なんで天使が俺の目の前にいる」


「ジンくん。ちゃんと私の話聞いてました? お風呂かご飯か私を選んでくださいよ。ちなみにおすすめはわ・た・し、ですよ」


 天使がエプロン越しに豊満な胸を見せつけ、おたまで自分を指しながらウインクしてきた。

 人によっちゃドキドキするような可愛い仕草だが、この天使がするとなんでこんなに萎えるんだろう。


「そんなのいいから、ここから帰してくれ」


「わ・た・し。ですね。選んでくれてありがとう」


 いきなり天使は俺に抱きついてきた。


「選んでないし抱きついてくるな」


「抱きつくのはベッドの中がいいのですね。ジンくん見た目に反して大胆なんですね。じゃあ二階にある私の部屋に行きましょうか」


 天使が手を引いてきたが、俺はそれに抵抗する。


「行かんぞ」


「どうして。もしかして私とアレをするのが恥ずかしいの?」


「何をするのか知らんが全然恥ずかしくない」


 正直天使と裸で二人きりであったとしても冷静でいられる自信しかない。


「本当かな? なら行って確かめてみましょうか。いざ、ベッドという名のエデンへ」


「だから行かない」


「どうして動かないの。

 むーー。強情なジンくん」


 手を繋いだまま動かない俺の態度に頬を膨らます天使。そんなことしても無駄だ。とっとと俺を帰せ。


「そっか。はぁ。しょうがないですねぇ」


 天使がため息を吐きながら俺から手を離した。


 パチン。


 天使の指パッチンにより、家もおたまもエプロンも全てが消えた。

 そして天使は消えずに残ったソファに座り、同じく残ったテーブルに両手を置いてそこに顔を乗せながら、ある有名な司令官のような仕草をしながら。


「いきなりですが。ジンくんに大事な話があります」


「大事な話?」


 さっきまでと違い重苦しい雰囲気の天使に、俺はごくりと唾を飲んで天使の対面にあるソファに座った。


「そう、大事な話。ジンくんを殺してまで伝えたいことがあるの」


「俺を殺してまで。それほどまでに大事な話が」


 なんか『俺を殺して』とかあっさり言われたが今は無視しよう。


「大事な話。それはね」


「それは」


 重苦しい空気が漂う中、天使がゆっくり口を開き。


「実はジンくんとの婚姻届、無断で【天国役所】に出してみたの」


「…………は?」


「そしたら【天国役所】で承認されまして。私とジンくん晴れて夫婦になりました」


「はあああっ!!」


 印鑑の押された書類を見せつけながら、笑顔になった天使が頬に手を当てて『きゃーーー、言っちゃった』と恥ずかしそうにしている。

 俺は天使が何を言った理解できなかった。

 夫婦? 俺と天使が? ナニコレ夢? 夢じゃないならここは地獄か? 地獄ならハデス教官出てくるのか?


「地獄でもなければ夢でもないですよ」


「夢じゃないのか。じゃあ本当に俺と天使が夫婦に」


【YES】


 天使がイエス枕を見せつけて答えた。


「そうか。俺と天使が夫婦か」


「どう。ジンくん。こんな可愛い私がお嫁さんですよ。嬉しい? 嬉しいですよね!」


 胸を見せつけながら顔を近づけきた天使を無視し、俺は立ち上がり、息をこれでもかと吸い。


「ふ・ざ・け・る・なあああああああああ!」


 心の底から思いっきり叫んだ。


「お前何してんだよ。お前と結婚なんて冗談でも許さないぞ!」


「冗談なんかじゃないですよ。ほらこの書類に書いてあるでしょ」


 天使の見せつけてきた書類を無言で破り捨てた。


「残念。それは複製よ」


 天使の手から次々と書類が出てきた。


「とっとと原本をよこせ」


「だーめ」


 書類を見せつけながら舌を出す天使。

 マジムカツク。


「そんなに怒らないで。ほら、これあげるから」


 天使が指パッチンすると、俺の左手の薬指に金色の指輪が現れた。


「指輪だと。そんなもの――ぐぎぎぎ、外れん」


「外そうとしても無駄よ。それは【契りの指輪】。私とジンくんの夫婦の証よ」


 天使の左手の薬指にも同じ指輪が付いていた。

 

「お前との夫婦の証とかそんなものいらん、とっとと外せ!」


「一度つけたら二度と外れないわよ」


「はぁ!? お前なんっっって指輪つけてくれたんだ!」


 天使の言う通り、指輪はどうやっても外れなかった。


「それにその指輪がある限り、ジンくんは神の加護レベルで私以外の女の子との恋愛展開は邪魔されますよ」


 天使はまたとんでもない事をさらっと言った。

 この天使以外の恋愛が邪魔される!? じゃあミイナとの幸せ夫婦生活もこの呪われた指輪のせいで邪魔されるのか!? ふざけるなああああああああ!


「こうなったらもう指を切り落としてやる。こい聖剣」


 俺は聖剣を召喚し、迷わず左手の薬指だけを斬る。

 だがしかし指は切れておらず、血の一滴すら出ていなかった。


「無駄よジンくん。例えジンくんの肉体が朽ちても私が婚約解消するまでその指輪と指は残り続けます」


「そんな。じゃあ俺はこの指輪がある限りミイナとイチャイチャできずにこのまま過ごすのか……」


 絶望のあまり床に崩れ落ちた。

 今の俺はまるで世界が破滅したような心境だった。


「ジンくん落ち込まないで。認めたくなくてもいつか時間が解決してくれるだろうから」


「そんなの未来永劫あり得ない」


「くふふ。それはどうかしら。

 まあ伝えたい事は全部伝えたから、ジンくんは私と会えなくなるから寂しいだろうけど一旦現世に帰しますね」


「寂しくないからそうしてくれ」


 天使が俺の崩れ落ちている床に魔法陣を展開する。


「それじゃあ魔王討伐のお仕事頑張ってくださいね。ア・ナ・タ❤️」


 投げキッスをする天使。

 その言葉を最後に、俺の意識は現世へと戻った。

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