魚類銀行

架橋 椋香

魚類銀行

 ぬらるぬらりぬられりの、と夢は歪んで、その端無き膜を、溶かすように音もなく畳んでゆきます。緑郎ろくろうくんの家にも、朝が浸みてきました。


「……っ!」

 緑郎は跳ね起きた。妙な夢だった。ぬらるぬらりぬられりの から、ぬらりれの を引けと言われたようにアトアージが悪い。のキはねがってはいない。喜んだ。はれっきとした魚である。そうだ、魚の夢を見たのだ。


 仕方がないないないから朝御飯はマーブルチョコ。しかし全てが、凡てが、総てが、すべすべしたものが、魚の眼のように見える。吐きそうになり、でも吐けばさらに魚の眼、を解していた胃が、五十嵐くんが、「うわっ、それはやだな」と言い、止む。緑郎は全ての顔から逃げるように家を飛び出す。


 その頃、緋祢あかねは信号待ちをしていた。隣に立つ親子、子が「あか!」親が「あかだね」の応酬。緋祢は生来とにかく信号に引っ掛かりがちなのである。子が何度となく「あか!」を繰り返し、親はさすがに「あかだね」「あかだね」「あかだね、この信号長いなぁ」。申し訳ない。まぢ消えたい。でもここを渡らなきゃ学校には着かないから。緋祢は中学生である。そこに。


「バタバタバタバタッ!!!」

 うしろから足音。緑郎である。


 家を飛び出したは良いものの、緑郎には正気が戻っていなかった。靴を履いていないことに気づき、家に戻ると、靴箱を壊してしまった。雪崩れる靴の中から自分の物を探しながら投げ捨てた靴でドアを、壁を、鏡を、クローゼットを、便器を、ベッドを、炊飯器を、ラジオを、エアコンを、破壊し、靴を履いて飛び出せば向かいの家に激突、そのまま近隣住宅街をめちゃめちゃにして駆けてきたのだ。

「……遅い。」

 と緋祢が言うや否や、信号は緑に変わる。緑郎は生来信号に引っ掛からない。この性質は緋祢のものにも勝るのだ。

「ごめん、ちょっと寝坊しちゃって。」

 これには緋祢は答えず、すたすたと歩いていく。緑郎は彼女を追いかける。


 その後ろで、親子が「みどり!」「うん、みどりだね。長かったなぁ、渡ろうか」と言っているのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魚類銀行 架橋 椋香 @mukunokinokaori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ