第48話 神の力

「滅びる世界を救ってくれって言われても……そもそもこの世界滅びるのか?」

「いんや、この世界は滅びないな」

「……」


 頭が痛くなってくる。

 どうやらこのアレスという男、説明がとにかく下手なのだ。


「なあアレス。じゃあ滅びる世界っていうのは?」

「こことは異なる世界だな。えーと、俺もあんまり詳しく理解してるわけじゃないんだけど……あ、そうだ」


 何かを思いついたかのように指を鳴らすと、突如巨大なモニターが発生する。


 ――どうでもいいけど、陽キャ系イケメンは指パッチンも似合うな。


 下手なアイドルよりもアイドルっぽい神様を前に、疲れたせいか脳内がそんなことを考えてしまった。

 

「なーんか言葉で説明するのって苦手だからよ、頭の中これで出しちまおう」


 そうしてモニターに映ったのは、大樹ユグドラシル。

 とはいえ、この迷宮都市とは異なり、アレスと出会ったときのような青い空間に浮かんでいるような感じだが。


 妙に近代チックな映像で世界観が麻痺していると、根っこの部分が青色になる。


「えーと、まず俺たちが今居るのがこの根っこくらいなところで、滅びようとしてるのは……」


 そこから上が、どんどん赤く染まっていき、大樹のほとんどが真っ赤になる。


「これだけだな!」

「ほぼ全部じゃないか!」

「だからだいぶヤバいんだよなぁ」


 あっはっはー、と笑うがどう考えても笑い事ではない。


「えっと、つまり俺たちは今この大樹ユグドラシルの根元に『下ってきた』けど、本当は上に上がらないといけないってことでいいんだな?」

「違うんだなこれが!」

「なんでだよ⁉」


 もうこいつ嫌いになりそうだ、とイツキが頭を悩ませているうちにアレスは映像の近くに寄ると、青く染まった部分を指さす。


「相棒がいた『世界』がここ」


 そして次に、真っ赤になった世界樹部分の上に広がる大きな広場のような場所を指さす。

 そこはまだ、青にも赤にもならない白い場所で、まるでユグドラシルに支えられているようだ。


「そんでここが俺たち神々が生きる場所。纏めて天界なんて呼ぶが、俺はこの中でもオリュンポス山ってところに住んでたんだ」


 最後に、その広場を支えている赤くなった枝を指す。


「それで、これらが滅び行く世界。滅んだら枝は消滅していくから、これが全部無くなったら……」


 モニターの中のユグドラシルの枝がボロボロと、腐るように落ちていく。

 するとそれに支えられていた天界が傾き、そしてそのままユグドラシルから落下して――。


「あ……」


 唯一青くなっていた根元に落ちて、そのまま世界は消滅してしまった。


「とまあ、こんな感じだな」

「……」


 なんとなく、言いたいことは分かった。

 つまるところ、今イツキがいる『世界』とは別の世界がいくつも存在し、それらは大きく見ればこの世界樹ユグドラシルの枝葉の一つである、ということだろう。


「破滅から救うっていうのは、要するに他の世界を救えってことか……」

「グッド! その通りだ!」

「……あのさ、さすがにそれは話がでかくなりすぎてないか?」


 要するに、異世界転生、もしくは異世界転移を何度もして、何度も世界を救えということだろう。


「そんなの、ただの学生だった俺に出来るわけ……」


 そこで言葉を切る。

 妙にゲームチックなこの世界のシステム、そして迷宮。


 階層ごとに段階的に強くなる魔物たち。

 10層毎に属性の異なる世界観、そして慣れると倒せる仕様。


 神の加護という、人を超えた力。

 守護者という、普通にやっていればクリア出来ないボスも用意し、才能のある人間だけが見出されていく形。


 これらを総合して考えると……。


「だから迷宮は、こんな風に段階を組んで強くなれるようになってたのか」

「お、そこにも気付いちゃうか? さすがじゃねえか!」


 つまるところ、迷宮が『神の試練』というのは間違いではなかったのだ。


「俺たち神は、他世界に直接干渉出来ないからな。こうして加護って形でしか、人とは関われないんだ」

「なるほどな。それでこの場所、迷宮の最奥だけが――」

「一番滅びから遠くて、そして唯一顕現出来る場所ってわけだ!」


 イツキはソファに深く身体を沈め、一度大きくため息を吐いた。

 そしてこれからどうするべきかを考える。


「世界を救うって……具体的にはなにをしたらいいんだ?」

「おお、乗り気になってくれたか⁉」

「話を聞いてからだ」


 はっきり言って、ただの学生だったイツキにはあまりにも荷が重い話だと思う。

 とはいえ無碍にも出来ない。

 なぜなら、イツキがこの世界で生き延びられている一端は、このアレスの力も大きいからだ。


「そっか。まあ簡単に言えば、その世界を滅ぼす予定の『破滅』を倒せば良い」

「破滅?」

「ああ! わかりやすく言えば、魔王みたいなのがいるから一緒に倒そうぜ! ってこと」

「魔王、ねぇ……」


 ゲーム的で分かりやすい。

 分かりやすいが、とても危険な気がした。


「ちなみに俺がやらなかったら……?」

「そのときはまた、新しい相棒探さないといけないが……もう次はないかもなぁ」


 そう言いながら、天界が落ちる映像をリピートし始める。

 破滅に世界を滅ぼされると、天界が落ち、そしてこの根元であるイツキのいる世界も滅んでしまうのだろう。


 つまるところ、選択肢なんて合ってないようなものなのだ。


「……魔王なんて、倒せるのか?」

「おいおい相棒! もっと自信を持てよ! お前はこの俺、戦神アレスが選んだ男だぜ!」

「そうは言われてもな。確かにお前の加護を得た俺は普通の人から見れば化物みたいなもんだろうけど、世界を滅ぼすような相手に通用するとは思えないんだが?」

「ほ、ほほぅ……この俺の、戦神アレスの力を、その程度だって思ってるのかぁ……そうかぁ……」


 アレスはちょっと拗ねたような声を出すと、よし! と指を鳴らす。

 その瞬間、ソファだけを残して青い空間に戻る。


「なら俺の力を見せてやるぜ!」


 同時に、翼の生えた巨大な蛇が現れた。

 

「なっ――⁉」


 その威圧感は、先日の黒騎士とは比べものにならないほどで、明らかにこれまでのバランスを大きく崩した魔物。


 勝てるわけがない、そう思いアレスを見ると、彼は自信満々で腕を組んでいた。


「奴の名はニーズヘッグ! このユグドラシルの根をかじり続ける害獣だ!」

「害獣って……」


 そんな中途半端な言葉が許されるわけもない、圧倒的存在感を持ったラスボスのような風格。

 

 レベル50となり、カンストした今の状態ですら勝ち目のない敵を前にイツキが絶望していると、アレスが近寄ってくる。


「大丈夫だ。今の相棒には俺が付いている」

「え?」


 肩を組んで、自信ありげの声を出すと、そのまま彼は粒子となって消えていった。

 

 そしてその黄金はイツキの身体と剣に宿り――。


「これって……⁉」

『戦神アレスの力、相棒に教えてやるぜ!』


 凄まじい力の奔流。

 黄金色に輝く光がイツキを覆うと、ニーズヘッグがまるで恐れを成すようにわずかに後退した。


「……これなら⁉」


 イツキは両手で剣を持つ。

 そして一気にニーズヘッグに飛び出すと、これまでとは比べものにならない動きを見せて――。


「はぁぁぁぁぁ!」


 そのまま一気に切り込んだ。

 ニーズヘッグの身体は硬く、一刀両断とはいかなかったが、その巨体を遠くに吹き飛ばした。

 そして――。


『やっちまえ相棒!』


 ――やれる。


 まるで最初に魔術を覚えたときのように、自然とイツキはできると思った。


 手にした剣に魔力を込めると、極光の力を宿した光剣となる


「おおおおおお!」


 そしてその光を解き放つように切り裂くと、それは巨大なエネルギーとなってニーズヘッグを飲み込んだ。


「……これが」

『ああ! これが神の力だ!』


 これまでとは大きく異なったその力の大きさに、イツキはただ呆然としてしまう。

 先ほどまで絶望の象徴だったニーズヘッグは消滅し、世界のどこにも存在しなかった。

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